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なんでアンタがここにいる!?

 本作も、残りあと四話。

 ということで、主役の強化形態でも書こうかなと。

 今更ながらに。

◆ ◆ ◆


「ちきしょう……、畜生、畜生! 畜生ぉ……」


 冷たく降り頻る雨が、ぬかるんだ大地に横たわる、まだら模様の怪物から熱という熱を奪い去ってゆく。

 生田誠一。またの名をガーディアン・ストライカー。超人社会から爪弾きにされ、一人野垂れ死ぬ運命にあった男。

 他の超人を残らず殺すと己に誓い、我武者羅に突き進んだ結果がこれか。自分に第二の命を与えた者が存命ならば、如何な嘲笑を投げ掛けることだろう。


 マッハバロン。ネバー・サレンダー。ファンタマズル。『伝説の九人』をも物ともせず、勝ち続けて来たことで慢心していたのは否定しない。

 既に、自分がこのガーディアン社会にとって無視できない存在だということも知っていた。

 だが、それでもなお『キューバン・キャッツ』を名乗る軍団は桁が違った。九人総てが違う武器を持ち、電子制御されたか如きコンビネーションでこちらの手札を削りに削る。

 対する此方は二体を潰すのが精一杯。奪える能力は何もなく、回復の要たる茉莉花も奴らの手に落ちた。


「それでも、戦えって……言うのかよ……」

 関節部が悲鳴を上げ、軋むのを推して半身を起こす。

 自己治癒も不完全。能力は総て見切られ、決定打には至らない。ならばどうする? 逃げの一手しかありえない。


「冗談。逃げるなんざ死んでも御免だ」

 浮かんだ甘い考えを彼方に放り、頬を張って立ち上がる。

 敵は総て殺す。二度目の命を得たあの日から、退転の道などありはしない。

 待ってろよ、茉莉花。ストライカーは震える手で鹵獲した二輪車を起こし、半ば負ぶさるかのように飛び乗り、走らせた。



※ ※ ※



『――それでさ。取材も兼ねて、M県K市に行こうかなって思ってる訳よ』

『取材って。なにもないぜ、こんな田舎町。気取るなよハクメンロー』

『――だから良いんだよ。そういう画が欲しいのさ。お前、地元なんだろ? 知ってるとこだけでいいから案内してくれよ』


(久し振りに話をしたかと思えば……)

 はじまりは今朝、通話アプリのアマ創作グループに、懐かしい名前が躍っていたこと。

 ハクメンローの奴と話をするのも三年ぶりくらいか。何度も何度も賞に作品を投稿し続け、幾ら没を喰っても諦めない鉄の男。

 その故か疎遠になって、何処で何してるか知らなかったが、まさかそこからイチ作家になってようとは驚きだ。

 はてさて、どうしてやるべきか。休みはまあ、取れと言うなら取れなくはないけど……。


「ねぇ、あんたちゃんと聞いてる? ヒトが話してるのに端末弄らないで」

「アイ・アイ……」

 こっちはこっちで忙しい。今日も今日はで仕事上がりに呼び出され、眉間に皺を寄せた担当編集者に原稿を譲渡。異常なまでの添削と共に突き返される作業を繰り返している。

「いい加減、妥協してくんない? 正直ちょっと、疲れて来てさー」

「仏の顔も三度まで。あのいざこざは、前のお寿司で全額チャラよ」

「あぁそうかよ。そうですか」

 おれの目の前には、赤渕アンダーリム眼鏡に、きめ細やかな黒髪を色気のないバレッタで撫で付けた、ネイビーシャツに足首覗くパンツスーツのバリキャリ女。

 七巻目の執筆もそろそろ架橋だ。ろくに宣伝も打たれず後ろ盾も何もないとはいえ、通算五連続ボッシュートは流石に堪える。


「次回のガーストは、ストライカーの強化形態を出したいと思う」。と言ったのはおれか菜々緒か。記憶すら曖昧だ。

 編集長直々に『売れ筋を頼むよ』と言われている以上、自己満足だけでなく他が読んで面白い展開を盛り込まなくてはならない。ライバルの出現、ヒロインの内面描写を描いたのなら、後はもう主人公を強化する他ない。


 頃合いだと異論なく案は通ったが、なかなかどうして前に進めない。

 おれが作った案は、奴が気に入らないと熟読の末にボツ。

 菜々緒が出した案は、おれが気乗りせず中折れの尻切れ。


 古今東西、主人公のパワーアップイベントは作品の大事な転換点だ。あぁは言ったが、妥協して終わるのはおれ自身が許さない。きっと、ナナちんもそう思っているのだろう。



「あのさ、ちょっと……。休憩しても」

「構わないわ。じゃあ、話はまた後日ね」

 イチを話して五を理解。不機嫌そうだが、嫌味はない。完全にビジネスライクな関係だ。他意の付け込む余地はない。

(何か……言うべきじゃ、ないよな)

「どうしたの、大ざっぱ」

「無ェよ。それじゃな」

 これで良い。これで、良いのだ。ツンとすました菜々緒の顔を見、甘い考えを振り切った。



※ ※ ※



「648円が一点、432円が二点ですね。計三点のお買い上げで1512円になりまーす」

「はい、はい」

 何と無く、収まりの付かない日ってものはあるものだ。

 嫌な空気を払拭せんと、おれはその足でN市へと向かい、馴染みの同人本ショップで新刊三冊を購入。

 昔は顔を見るなりしつこく身分証明を求めて来たものだが、今じゃ顔を見るなり納得しきり。ラクでいいが、なんだか少し納得行かない。


(『見せてアゲル、ホントのあたし』に、『騙し騙されナントヤラ』。『崩れ行くこの街で』……)

 久々に沢山買った。実用・資料用・趣味用と。どうせ暇を貰ったんだ、今日くらいはゆるりと読書に使わせてもらうぜ菜々緒さん。



「さあて、と」

 時刻は間もなく午後八時。家に帰り、ケトルに水を入れて湯を沸かし、温まるまでスマホに保存した次話を流し見。

 整理しよう。雑魚とは違う本格的な対複数。攫われたヒロイン。何故か姿を見せる《原初の男》。必要な要素はこれくらいか。

 ここまではナナちんにも見せ、承諾をもらっている。だがこの先はどうする? 強くなるには相応の動機付けが必要だ。半端な理由じゃおれも読者もナナちんも納得しまい。



 ――ぴんぼーん。ぴんぽーん。


「うん……?」

 なんだいなんだい、こんな夜更けに何の用だ。

 と、同時に何者なのかと思案を巡らす。友人連中がここに来る筈はなし。菜々緒は……あれでも一応社会人だ。来るべきでない時間にうちを訪れたりはしない。


「と、なると」

 長く、ひとりで貸家暮らしをしていると、何処からかそれを嗅ぎ付ける者が居る。

 公共放送の集金だったり、不要な商品を売りつけるセールスマンだったり、果ては聞き覚えのない新興宗教だったり。

 奴らはヒトの都合なんて全く考えちゃくれない。夜中に現れ話だけでもと迫ったり、草木も眠る丑三つ時、此処へバイクで乗り付けて、勧誘の紙だけ投函して足早に去ってったりさ。はっきり言って無茶苦茶だ。

 無神論者だと説明したって、いつも聞き入れてはもらえない。ならば無視しかあるまいて。無礼を働いたのはそっちだ。放って置けば帰るだろうて。



 ――ぴんぽーん。ぴんぽーん。ぴんぽーん。ぴんぽーん。



 くうっ、無視を決め込もうとしたら何だよこれ。三十秒間隔で弾くようにぱん、ぱんと。

 駄目だ。奴らにペースを奪われるな。無視をしろ。無視を、決め込むのだ。



 ――ぴんぽーん。ぴんぽーん。ぴんぽーん。ぴんぽーん。

 ――ぴんぽーん。ぴんぽーん。ぴんぽーん。ぴんぽーん。

 ――ぴんぽーん。ぴんぽーん。ぴんぽーん。ぴんぽーん。



(こっ、この野郎……!)

 三十秒が十五秒。七・五秒が五秒弱。今何時だと思ってンだ。周りの迷惑も顧みず、出るまでまじに鳴らし続けるつもりなのか!?


「ちきしょう、あッたま来た」

 無視で動じぬ相手なら、怒鳴り付けて引き下がらせる他に無し。遊びは終わりだコンチキショウ、そこで待ってろ、手前ェの面、今そこで拝んでやっからな。


「うるせェぞぴんぽんぴんぽんぴんぽんとよォ! 今何時だと思ってんだ、ご近所さんの迷惑考えろってんだアァアン?!」


 出来得る限り声を荒げ、わざとらしく眉間にシワを寄せ、出会い頭に絶叫地味た必殺の口撃。

 カンペキだ。有無を言わさず丸め込み、とっとと出てけと繋いで行ける。いつまでも黙り決め込むだけだと思うなよ勧誘野郎。何事も、やり過ぎちゃあ行けないってことよ。



 などと思い、次ぐ手を考え、目を見開いたその時。

 そこに立つ『もの』を目にした瞬間、それまで考えていたあれやそれが、何もかも総て消し飛んだ。


「ア……あぁあ……アァ……」

 手入れの行き届いた薄茶の長髪。膨らんだ乳房を強調する薄桃色の肩出しタートルネック。足首よりも上を包み隠す黒のロングスカート。

 おれはこのオンナを知っている。拙作、ガーディアン・ストライカーの挿絵師。イラストレーターの水鏡ギギ。一時の迷いで、想い人かと勘違いしたイケてる女。


(うん……?!)

 否、待て待て。知ってておかしいのは向こうだろ。なんで、彼女が、おれの家の場所を、知ってやがるんだ!?


「ふ、ふえ……ふぇえ……良かったァ……。おうち、居てくれたあ……」

「えっ、おい……。ちょっと!?」


 なにが、なんだか、ワカラナイ。

 何故に、どうして、こうなった?

 必死に思案し、答えを探さんと努力した。けれど無駄だった。アタマが現実を受け入れるより早く、泣きじゃくるギギちゃんのしなやかな腕がおれを捉え、柔く暖かな脂肪のかたまりが、視界総てを覆い尽くした。


 正直、最高です。オトコに産まれて、本当に良かった。

 オンナノコってすごい。なんかいいにおいする。安心するっつーか、何かこう、癒やされるっつーか……。



※ ※ ※



「つまり、その……喧嘩したの? 彼氏さんと」

「はい。ケンカ……しちゃいました」


 此の世に完璧な人間など居ない。魅力的な美人にだって、相応の向こう脛ってモンがある。

 ギギちゃんにとってのそれは、異常なまでの人見知り。コミュ力の欠如、喜怒哀楽の極端さだ。


 コミュ障の女の子と玄関先で話していても埒が明かん。運良く冷蔵庫に残っていた缶チューハイを差し出して酔っ払ってもらい、ようやく事情を聞き出す事が出来た。

 あれ、待てよ。この物言いだとおれが悪いみたいじゃね?

 違います。違うんですよ。彼女、酒に酔わないとまともに会話が出来ないんです。必要経費、不可抗力なんですってば。



 閑話休題。事のあらましはこうだ。

 ギギちゃんくらいの年頃になれば、一緒になろうってオトコは星の数ほど居る。

 そんな奴らがしのぎを削って、見事ハートを射抜いた輩が盛森満もりもり・みつる。類は友を呼ぶとでも言うのかね。彼もまた、ガタイの良い体型をしていながら、異性はおろか同性とすらまともに会話出来ないコミュ障マン。何度か顔を合わせる機会があったが、スケブを介してしか、彼の意思を見たことはない。


「カレがその、めちゃくちゃ怒って?」

「はい。顔を真赤にしてまして」

「ギギちゃんも三下り半叩きつけて、家出しちゃったと?」

「家なき子、ってやつです。ドージョーするならカネをくれ、なんて」


 うらやまけしからん話だが、お互い仲良く同棲していた中で、どちらか一方が下手を打ち(要点は何度訊いてもはぐらかされた)、喧嘩別れで出てきてしまったのだという。

 コミュ障の彼女に頼るツテはあまりない。まず、おれたち共通の友人たる菜々緒の元へと出向いたが、やつはにべも無く断って。ならばと紹介されたのがうちだったらしい。

 何故だ。何故、独身男の粗末な貸家に、彼氏持ちのオンナノコを向かわせたのだナナちん。本来、それはお前の役目では無いのかナナちん。



「でも、まさかユメノさまの本名が『大雑把』とは驚きましたよー」

 こっちはこっちで、酔っ払って気が大きい。おれもその……、見た目はアレでも女に飢えた二十五歳童貞なんすよ水鏡さん。酒臭い吐息振り撒いて、人ん家見回すのやめてもらえませんかね。

 なんかこう、理性がやばい。


「あ。あー、あー。大丈夫ですよ、ダイジョブ。私だって本名は『門脇』ですし〜」

 HNと一文字も被ってない。というか、酔った勢いで個人情報晒していいんかい。


「おほーっ。あっ、これは〜〜」

 ちょっ、ヒトが目ェ離した隙に何処見てんだよ酔っ払いぃ。しかもそれ、今さっき同人ショップで買って来た薄い本じゃねぇか。

 駄目だよ、それは流石にやばいって。ソレ、おれの趣味丸出しのホンなんすよ。オトコがオンナの皮被って、騙し騙されする薄い本なんですよ。やべーって、まじでヤベェって!!


「ほっほほーう、『イチノタニ』さん、こんなタイプのお話も書いてたんですねー。意外ーっ」

「ほ、ほっほほ……?」

 酔いが回っているとはいえ、色々アウトな薄い本を、何の抵抗もなくぱらぱらと捲るあの絵面。

 えっ、何? バレてやばいなって思ってたのおれだけ? そこまで気にしなくも良くない系!?


「ああっ、ゴメンナサイユメノさま」怪訝な顔したおれを見て、今更白々しく詫びを入れたギギちゃんは。

「や、や、や。この漫画の絵師さん……イチノタニって言うんですけど、昔ネットで仲の良かったひとなんですよ。可愛い娘を描くヒトだったんですが、まさかそこからこんな風に成長してるとはーって」

「は、はあ……」

 身振り手振りを交え、必死に説明しているが、そんなことなどどうでも良かった。

 飾り気の無いオンナノコの匂いが、ワン・インチの距離で香るこの幸福。

 ごめんよマツリ。ホントごめん。でもさ、でもさ。

 これ見せられたら……。こんなのが目の前で展開してたらさあ!

 色々!! 色々想像妄想しちゃうでしょォ!? 健全なオトコとしちゃあ当然でしょォ!?


「あっ、あの~~……ダイジョブ?」

「Oh……。OK・OK。大丈夫、大丈夫。平常運転っす。まず、間違いなく」


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