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お義父さん! 娘さんを何とかしてください!

 実は、勢い任せでいい加減に決めた今回のサブタイトル。

 名目だけで、特に関連性の無いものになる予定でしたが、

 割と合うネタになってしまって頭を抱えています。

「ご機嫌麗しゅう、お嬢様。浮浪者同然の境遇に在ってなお、その気高さは亡きお父上に瓜二つ」

「嗚呼、また神永の家にお仕え出来るだなんて。光栄の至りに御座います」


「はいはいドーモ。ご無沙汰しております」

 目元に皺をたたえ、妙に謙った口振りの老夫婦を、茉莉花は苦虫を噛み潰したような表情で見つめている。

 彼らは、今は亡き超人・マッハバロンの支援者だ。《原初の男》が此の世を平定した後より神永の家に仕え、その娘とも近しい距離に居た。


 今にして思えば、これまで捕捉されなかった方がおかしかったのだ。主が亡くばその娘に仕えるのは当然のこと。


 仕えるべき主を亡くし、ハイプレッシャーの家に身を寄せていた彼らは、ひと目で茉莉花を見初め。怪我をしたストライカーから引き剥がし、我が娘とばかりに迎え入れた。


「下がりおれ外道」

「貴様さえいなければ、お嬢様が斯様に落ちぶれることも無かったのだ」


 敵意に満ちた使用人らの目が、深手を負ったストライカーに突き刺さる。

 言われなくとも出てゆくさ、丁度良い厄介払いだ。誰よりも彼女の身を案じていた殺戮者は、茉莉花の同意を得るより早く、疲弊した身体を引き摺り去ってゆく。


「ストライカー」

 不安に揺れる"共犯者"の瞳が、彼の背中を見据えて呼び止める。

 けれど、そこから言葉を継ぐことは叶わない。バイザーの下に隠れた暗い瞳が、茉莉花の中から反論を統べて奪い去った。


「これでいい。これで、いいんだ」

 誰に言うでもなくそう独り言ちると、ストライカーは廊下に出、ひどく前屈みになって駆け出した。



※ ※ ※



「それで? それで? この子との馴れ初めはいつでしたの?」

「あっ、えぇと〜……自・タクッ」

「じ、自社……あっ違う御社に原稿を持ち込んでくれたのよね? そうだったわよね!?」

「アッハイ」



「何かーー娘とのお話を聴かせて。『そういう』お仕事でしょ、貴方と菜々緒。余暇に何をしているの?」

「ぼ、ぼくですか。暇な時はもっぱら映……いがっ!」

「そう、映画よ映画。カレ、インスピレーションを古今東西色んな映画から得てるの。あちこち付き合わされるもんだから、興味の無い時はもうヒマでヒマで〜〜」



 失言だったのは聞かんでも解かる。わかるけどさあ、だからって肘鉄やら足踏むの、止めてくんない……?


 こうして実害を被ってみると、偽装恋愛ってやつを危なげなく成立させる創作やその作者らの気が知れん。

 菜々緒の母・四音しおんさんはおれを質問攻めにして、茶を啜る暇すら与えず、親父さんは口を結んで値踏みするような目付きを崩さない。


「あっれェー、お酒切れちったァ〜〜。お母さぁーん、もう一杯、もう一杯だけ注いでェー」

「こォら三葉。お客様の前ではしたない」


 頼みの綱の三葉みなはちゃんは、来客用の(と思しき)ウイスキーを引っ掛け赤ら顔。味方らしい味方が何処にも居ない。

 ああ、頼むからさっさと終わってくれまいか。祈るように俯き、目線を逸したその刹那、大気を切り裂く不気味な熱が、おれを見据えて狙い打つ。


「菜々緒。母さんは、大くんから話を聞きたいんじゃないかな」

 き、来た。来やがったッ。口調は柔らかだけど、目が全く笑ってねえ。


「で、でも父さん。カレ、見ての通り口下手で」

「『仮にも』自分の彼氏を、そう卑下することもなかろう。大くんに失礼だぞ」

「あっ、はい……」

 いつも強気なあのナナちんも、親父の前じゃけんもほろろ。だ、なんて笑ってる場合じゃねえ。その矛先はおれの元へと一直線。菜々緒を介して、ぎりぎり会話が成立していたのに、これじゃあもう、後がない!


「さぁて、さて。雑葉くん。前置きはこの際抜きにしよう」

 前置きナシでいきなり本題。これが裁判なら極刑確定。まさか、このヒト……まさか。



「きみは、本当に、うちの娘のことを……好いているのかね」



 初めて会ったあの瞬間。敵意に満ちたあの目を見た時から、そうじゃないかと思ってはいた。

 やっぱりそうか。一通り話を聞いて、ボロが出かけたこのタイミングで仕掛けて来やがったッ。


「えぇ。そりゃあもう。好きでもないのにご両親に報告なんて。あり得ませんよ」

「キミも知っての通り、菜々緒は昔からこういう性格だからね。どうも今ひとつ、この話自体がピンと来ないのだ」

 彼はそこですっかり冷えた湯呑のお茶を軽く啜り、一拍を置いて更に続ける。


「此の世には――。親の催促を躱したり、双方が不当に利益を得る偽装結婚なるものがある。

 大くん。ひょっとして、君も『そう』なんじゃないか? うちの娘に泣きつかれ、無理をしてるんじゃあ、無いのかい」


(ポイント・オブ・ノーリターン《もう後がない》……)

 畜生め、何もかも全てお見通しか。

 この場合、答えは二つに一つ。早々に土下座して罪を認めるか、むしろ堂々と胸を張って嘘を突き通すか。


 おれ単体なら間違いなく前者を選んだだろう。けれど、これは菜々緒に頼まれたこと。アイツの人生が掛かった大一番だ。一抜けすることは許されない。

 ああ、分かったよ。やるよ、やりゃあいいんだろ!



「否……、断じて否! もしそれが本当なら、とんでもない茶番じゃないですか。馬鹿げてる」

「ひとつ、疑問に思っていたのだが」ナナちんパパはおれの言葉を聞き流し、容赦なく質問を叩きつける。

「菜々緒が君との想い出を語るのは解かる。しかし、君の方からそうした話がどういう訳だね。ずいぶんと、偏ってるんじゃあ、ないかな」


「ぬ……」そりゃあみんな菜々緒と口裏合わせた作り話だもの。おれから話せることなどなにもない。

 退路を潰し、おれをうそつきと糾弾するつもりだな。そんなもの、あるわけ無いと見下してやがる。

(馬鹿にしやがって、ノベル作家を舐めんなよ)

 だったら……、とことん付き合ってやろうじゃないの。


「水族館」

「何?」

「N港水族館ですよ勿論。あそこで菜々緒とホットドッグ片手にシャチショーを観て、ペンギンの水槽まで互いに肩を抱き寄せ眺めてました」


 産まれてこの方彼女なんて居た事は無いが、野郎ないし、ネット仲間と遊んだくらいの想い出ならおれにもある。

 あれは……、そう三年くらいのオフ会だったか。四・五人で集まっての割り勘。フードコードで日が暮れるまで、次に書く話のネタを語り合ってたっけ。


「そ、そうね。んもう、何勝手に言ってくれちゃってるのよ。私から話そうとしたって言うのにー」

 言わずともおれの考えを察したか、菜々緒は引きつった笑顔で話に乗った。天の助けだ。おれひとりじゃ、何を話したって信じてもらえないもんな。


「ふ、むう……」

 言い返されるとは思ってなかったらしく、向こうも怯んで二の句を告げずにいる。

 いける。この勝負勝てるぞ。


「他にもッ、他にもありますよ。去年の春頃、九華公園で渡し船の上からつつじを眺めてっ」

「え、え。カレったら濡れるからって、身を呈して私を波飛沫から守ってくれたのよ。その時ちょんと手が触れちゃって〜」

「そう、それそれ! 菜々緒のやつ、大袈裟に怖がるんだもんなー、アッハッハッハ」


 九華公園のお堀で船に乗り、城下跡を眺めたのは本当だ。しかし、手が触れてどうこうは、おれの一つ前の座席のカップル。

 よくもまあ、他人の話をさも自分のことのように語れるもんだ。傍目から観るとばかばかしい。


「て、手繋ぎ……!」

 それを疑いもせず、娘さんとの進行具合に驚く向こうも向こうだ。もしかして、ナナちんのヘンに抜けたところは彼の遺伝か何かなのかしら。

 何にせよ好都合だ。このまま一気に畳み掛けるッ。


「あぁ、ええっと。あれは丁度去年の夏頃だったかなあ」

 おぼろげな記憶を辿り、己が脳内で言うべきことを吟味する。

 まだ、おれとアイツがただの飲み仲間だった頃。M県T郡の川原に遊びに行って。

 一頻り川遊びを楽しんだ上で、砂利だらけの平地にマットを敷き、各々が用意した出来合いの食事でブレイクタイム。


 ぶっちゃけ、あの時の方がよっぽど告白していいタイミングだったんじゃないか。こんなデートめいた遊びをする辺り、おれとアイツは既に彼氏彼女の仲なのだと、本気で思っていたのだけど……。


「そんなワケで、楽しく過ごしてたんですよー。ね、菜々緒さん」


 あれ?

 おい、おい。菜々緒さん。

 何黙ってこっち睨んでンの。どうして何も言わないの。


「どど、どうしちゃったんですか菜々緒さん。あったでしょ。河原で、楽しく、ピクニック」

「ええ、そうね」ようやく喋った菜々緒の声は不気味なくらい冷え切っている。

 何? おれ何か虎の尾でも踏んじゃった? いやいや、心当たりなんもなし。逆恨みじゃなきゃ、何だってンだよ。


 やつはそれだけ吐き捨てると、口をつぐんで暫しの沈黙。

 一体、何を企んでいるんだ。困惑しながら次を待つおれの目に、流れるように土下座をするナナちんの姿が飛び込んで来た。


「お父さん、お母さん、ごめんなさい。これは……。何もかもデマカセなのよ」

「は……」いや、ちょっと待てよ。待て待て、なんだそれは!!


「見合いは嫌だと職場でぼやいていたら、こいつがこうしようって詰め寄ったの。私は利用されていただけ。悪いのは全部、この男なの!」

「ファッ!? ちょっ、おい、こら、アァ!?」

 最早、体裁を取り繕っている場合ではない。何故、助け船を出したおれが罪を着せられねばならんのだ。

「お前状況分かってる!? なんでこのタイミングでそんなこと言うの!?」

「ええ、理解しているわ」破れかぶれのハズなのに、菜々緒の声はひどく冷淡だ。

「あなたが、マツリとの想い出を持ち出して、不当に利用せんとしていたことをね」


「う、嘘ぉおん……!」

 ま、マツリの奴……。あの時のこと、ナナちんに話してやがったのか。

 元々、菜々緒が好きだったのは、共通の友人・上代茉莉。おれたちは彼女の仲立ちがあって、編集者と執筆者という間柄となった。

 前提からして嘘をつき、そこに虚構を塗り固めたストレスは、ナナちんに取って耐え難いものだったのだろう。

 それが、自分も識るマツリの姿と重なった。嘘だと否定する気持ちは解かる。わかるのだが……。



「き、貴様ァ……! やはり、やはりぃぃぃぃいい」

 やべぇ、向こうのお義父さんってば、アタマから湯気立ち上らせてオカンムリ。気持ちは解かる。解るけど、いやでもそれっておれのせい?


「ま、待ってくださいお義父さん。それってぼくの責任ですか!? 問題なのは文脈からして」

「きさまに義父(ちち)と呼ばれる筋合いはぬァい!」駄目だ、完全に頭に血が昇っている。

「菜々緒に近付くコメツキムシがッ、出て行け、すぐさま・出て行けィ」

 いや、いやいやいやいや。何なんだよこの状況。おれだってサッサと出て行きたいよ。

 でもさ、今更そうもゆかないだろ。ここでハイそうですかじゃ男がすたるってもんだろ。


 あれ? そもそもこんな状況に置かれた原因って何だっけ。誰のせいでこうなってんだ?

 なんだか、訳が分からんくなって来た……。



「でもでも、でもさ〜〜」

 緊迫した空気にそぐわない、図抜けて明るい女の声。酔っ払ってろくに会話に入らなかった三葉ちゃんか。

「それってホントに『それだけ』の話かなあ。あのお姉が、こんな茶番を頼んで、了承してくれたヒトだよ〜? ただのお人好しに、そんなこと・出来るぅ〜〜?」


「それは、まあ……確かに、そうか」

「なな。なぁっ!?」

 ナイス助け舟みなはちゃん。菜々緒の奴めざまあみろ。思わぬ援護射撃に目を白黒とさせてやがる。

「み、みぃ、なぁ、はぁ〜〜……!」

 親の仇とばかりに妹を睨むが、当のみなはちゃんは酔っ払ってどこ吹く風。

 よぉし、流れ来た。お義父さん、娘さんをなんとかしてください。

「つまり、あれもこれも、菜々緒の妄言……」

「だ、騙されちゃだめよ父さん! そんなワケないでしょ!? 私とコイツは所詮それだけの仲! それ以上でもそれ以下でもないッ!!」

「何ッ、やっぱりそうなのか」


 やはり、血縁に勝る者なし・か……。たった一言で振り出しとかずるいぞナナちん。

 くそっ、何なんだこのコント空間は。このままじゃ永遠に堂々巡りだ。

 なにか無いのか。この状況を一歩前に進める、何かが……。



「あらあら。まぁまぁ」

 この殺伐空間の中でただ一人、温雅に笑う女の声。

 菜々緒でも、みなはちゃんでもない。となると誰か。消去法だ。

 ヤツのお義母さん・四音さんが、おれたちを見て楽しげに顔を綻ばせている。



「おまえ、何故笑っているのだ」

「だってあなた。おかしいじゃありませんか」

 お義母さんはどうして分からないのか、とでも言いたげな顔で鼻を鳴らすと。「あの菜々緒が殿方と口喧嘩! 喧嘩をしているんですよ。微笑ましいとは思いません?」


「え……」

「ええ、っ」

 少しばかり、時間を巻き戻そうと思う。

 事の発端――。何故、菜々緒が見合い相手に否を叩きつけ、嫌々ながらおれに偽装恋愛を頼んで来たのか。

 それは、彼女がオトコを愛せないから。故に三十路手前になってなお浮いた話のひとつもなく、初恋の相手は同性の茉莉だった。


 今の今まで、おれはそうした機微を家族が尊重しないが為に起きた軋轢だと考えていた。事実は違うのか? 知っていたからこその見合いだったっていうのか?


「か、かかか、母さん! どど、どうしてそれを」

「お腹を痛めて産んだ子よ。そのくらい分からないでどうするの」

 湧いて出た疑問に対し、これ以上ない正論で切り返す。母は強し。解決出来ねど、悩み事はお見通しってワケね。


「じゃ、じゃあ……あの見合いは」

「だからって、放っておくわけにも行かないでしょ。こうでもすれば、少しでも意識が変わると思って」

 荒療治、ここに、極まれり。成る程、おれも菜々緒も、彼女の手のひらで踊らされてたってワケ。

 いや、ナナちんはそれでいいかもだけどさ、巻き込まれたおれはどうなんですかお義母さん。


「よ、余計なお世話よ! 私の生き方は私が決めるッ。指図なんかされたくない」

「ま。そう思うわよね。ワカル・ワカル」

 順当な返しだ。怒って当然だと思う。

 けれど、仕掛け人たる四音さんは、だから何だと素知らぬ顔だ。


「でも。ずっとそのままで、あなたは幸せになれるの菜々緒。誰にも本音を打ち明けられず、悶々としたキモチで歳を重ねたって、あなたが辛いだけじゃない。

 私もお父さんも、菜々がたとえ誰を好きになろうが、喜んで受け入れるつもりよ。自分のキモチに正直でさえあればね」


 湧いて出たお義母さんの言葉に、その旦那は黙って頷き同意を示す。親の心子知らず。知らぬは娘ばかりなり。驚きとも、怒りとも、喜びとも知れぬ――、いや、そのどれもが混ざり合い困惑する菜々緒の顔は、今までで一番無防備で、かつ魅力的に見えた。


「な、何よ。何なの……、それ……」思いがけず虚を突かれた菜々緒の顔は、その歳以上に若く見え。「そういうことはさ、もっと、早く、言ってよぉ……」

 抑えていた感情が溢れ出し、薄っすら塗られた白粉が目元の泪で汚く澱む。

 その気持ちは痛い程分かる。わかるが、おれを散々追い落として泣かれても、なあ……。



「だから、今日はちょっと安心しちゃった」

 お義母さんは泣きじゃくる菜々緒にハンケチを貸し、背中を擦ってどう、どうと落ち着かせ。

「ちゃんと居たんじゃない。あなたが本心を打ち明けて、それでもこうして口喧嘩出来るヒトが」


「ふ、え……え!?」

「ファッ!?」

 お。おい待てよ。

 これは、なんだか……。雲行きがアヤしくないか?


「『フリ』だなんて勿体無い。ここまであなたに尽くしてくれる男の人よ。この際だから、そのまま夫婦になっちゃいなさいよ」

「Wat's!?」

「駄目よ、駄目ダメ駄目! こんな自活力ナシのズボラ男、こっちから願い下げよ!」

「は!? ナナちん手前ェ、それがおれに対する態度かァァアン? 誰のせいでこんなことになってんだ、エェ!?」

「それとこれとは話が別ッ。誰がアンタみたいな下半身に正直なオトコと夫婦なんて。土下座されたって御免被るわ」


 こ、この野郎……!

 畜生、誰のせいでこうなったと思ってんだ。

 お前はそれでいいかもだけど、これじゃまるで、おれは単なるピエロじゃねぇか。

 おれはお悩み解決ビトだぞ。お宅の問題を、身を粉にして解決してやったんだぞ。

 なのにこの仕打ちはどうよ。このオチは何だよ。

 あまりにも。あんまりにも、報われねェ……。


「まあまあ。仲睦まじくて良いことね、ね? あなた」

「ずぼら!? ズボラと言ったか貴様! やはり貴様に菜々緒はやれん! 表に出よ、表にぃいいいい」

 あ、あ、あ。違うんです、お義母さんお義父さん。ぼくも菜々緒もココロに決めた相手がいるんだ。こんなの憎まれ口の叩き合いでしかないんですよ。

 嗚呼もう、チキショウ。なんなんだよ、何だってんだよ、この状況ぅうううう!!!!



「あはは、いいぞー。もっとやれー」



◆ ◆ ◆



「本当に、それで……良かったのか?」

「勿論。規律とかくあるべき像に縛られた生活なんて、死んだって御免だわ」

 首から上を無くし、大の字のまま事切れる使用人二人を無感情に見やり、茉莉花はストライカーの強奪した二輪車の後部座席へと滑り込む。

 老夫婦が彼女に求めたのは、結局の所マッハバロンの面影だけであり、とどの詰まりは我欲の解消。在りし日の自分たちの写し鏡でしか無かった。


 故に彼らは、仇敵たるストライカーを許す事が出来ず、傷心の彼を騙し討ち同然に襲い、返り討ちとなった。


 自分は、また茉莉花の居場所を奪ってしまった。如何な言葉を掛けるべきかと思案する彼に、『乗せて』という晴れ晴れとしたひとこと。


 仇だ、ヒトゴロシだという垣根はそこには無い。互いに利害の一致した、ガーディアン社会の反逆者。二人にとってはそれで十分だった。


「行こう。此処にもう、用はない」

「そうか」

 無垢な稚児めいて自身に覆い被さる茉莉花を流し見、ストライカーは複雑な表情を浮かべる。

 彼女が戻って来てくれて、安堵したという想いに嘘はない。

 だが、彼らと暮らした方が、彼女にとって幸せだったろうに。みすみす捨てて、無軌道な自分の旅について来るなんて。

 失せろと一喝し、無理矢理にでも引き剥がすべきだろうか。無駄だ。茉莉花はそれでもなお自分に付き、何らかのトラブルを背負い込んで、結局此方に転がり込むだろう。


(『一蓮托生』……。否、この場合『因果応報』か)

 マッハバロンをこの手で下したあの日から、彼女との繋がりは断ち切れぬものと変わっていたのだろうか。

 茉莉花が、そう、望むなら。ストライカーはバイクを走らせ、燃え盛る元・ハイプレッシャーの邸宅から逃げ去ってゆく。


 その甘い選択が、後に耐え難き悲劇を産むことを、知っていながら――。



※ ※ ※



『――やっぱ、オトコは行動っすよねえスケープ・ゴートさん。まさか、なつめの方も、ボクが連絡するのを待ってただーなーんてー(^_-)-☆』


(そのニコチャンマークは当てつけか? くそったれめ)

 目の前を通り過ぎるオニオンサーモンの皿を掴み、自分の手元にストック。


「食事中に端末弄らないで。行儀悪い」

 向こうは向こうで、注文したイクラ軍艦をカウンター越しに店員から受け取る。

「友達だよ。彼女とヨリを戻したんだって」

 肉厚に優れたサーモンを奥歯で咀嚼し、スライスオニオンをシャキシャキと鳴らす。

「驚いた。あなたの友達に彼女持ちがいるなんて」

 軍艦巻きにしょうゆを垂らし、大粒のイクラを一息に口の中へ放り込む。

「口の減らねえオンナだ。やっぱ女の子は二次元の殊勝で一途なコにかーぎーるーわーなー」

 大袈裟にそう言ってやり、次いでたわわと乗ったウニ皿を引っ手繰る。クセのある苦味と舌の上で蕩ける旨味が堪らない。


 悪夢のような恋愛偽装事件から一週間後。前触れ無しにおれを呼んだ菜々緒は、集合場所に近所で有名な回転寿司屋『スシ・ドージョー』を選んだ。

「どれでも、好きなだけ食べるがいいわ。今日は奢り」。出会い頭に告げられたその台詞に耳を疑い、三度訊き返し、快音響く平手打ちで返される。

 多分、奴なりの詫びというか、お礼なのだろう。じゃあ暴力振るうなよって話だけど。



「結局さ。あの後、どうなったの」

 おれは通り掛かった店員に焼き穴子を注文し、タマゴに手を付ける菜々緒に問う。

「どうもこうも、洗いざらい話したわよ。あなたの素性とか職業。茉莉のことだけ省いてね」

 菜々緒はタマゴを喰うなり、レールを滑るネギトロに手を伸ばし、しょうゆを二三滴垂らすと。「その上で、『婿にいらっしゃい』って言ってたわ。母さんが」

「その上で、尚か……」

 じゅうじゅうと音を立て、8センチ近い身に甘辛ダレを薄く塗った焼き穴子を前にしてなお、そう言われると気が滅入る。やっぱこの仕事、受けるべきじゃなかったかなあ。


「ねえ、大雑把」店員に向かい炙りえんがわを、と言って直ぐ、菜々緒の神妙な目がおれを視る。

「何」

「もしも、もしもよ。あんたや私の前に、マツリがいなかったとしたら。今回の話、どうしてた?」


 振って出た質問に、おれはすぐさま答えを穴子の身に求め、暫しの沈黙。

 赤渕アンダーリム越しの亜麻色の瞳は、冗談の欠片も無いシリアス一辺倒。


 この質問に如何な意味があるのか。気にはなるが、それは此方の返答次第だろう。

 時間を掛けて穴子の身を箸で切り分け、咀嚼し、胃の腑に落とし込む。

 肉厚豊かで、鰻にも劣らぬ逸品なのに、甘味の抜けたガムの味しかしなかった。



「もし・とか、たら・とか、れば。そんなの全部『仮定』だろ。その時にならなきゃ分かんねえ」

「上手く逃げたわね」

「あんたのお仕込み通りさ。こう長く続けてっと、揚げ足取りばかり上手くなるもんで」


 どうしてそう答えたか。実のところ、おれにもよくわからない。

 この場で「受けたよ」だの「夫婦になろう」なとど言えば、平手を喰らいつつも何らかの進展が見られただろう。

 解かっていた。判っていたが、それでもおれははぐらかす道を選んだ。

 死んだ茉莉に操を立てた? イマドキそんなの流行らない。だからお前は童貞なのだ。

 おれの中のおれが、他人事めいて捲し立てる。


 それでも、おれは誤魔化して、話を打ち切ると決めた。

 菜々緒のことが嫌いだからじゃない。そうすべきじゃないと思ったからだ。

 何故って? 言葉じゃ上手く説明できない。揚げ足取りは上手くとも、ココロの機微を言の葉に乗せるのは、いつまで経っても苦手なままだ。



 ――やあい、やあい。このヘタレ。二次元と結婚してしまえ。



 そう言って、おれのケツを蹴り上げるのは、果たして誰だったのだろう。

 炙りえんがわ、お待ち。おれの答えを待たずして、菜々緒の目の前を皿が行く。


「ごめん。今のは……忘れて」

「ああ」


 薄皮をすっと炙り、焦げ目の付いたえんがわの身と、軽く振られた塩との相性の良さは、最早ここに書くまでもあるまい。

 黙々と、噛み締めて味わう菜々緒の姿を見、ほんの少しだけ胸が痛んだ。



※ ※ ※



「あぁあ、お姉ったら、なんであんなに頑固なのかねえ」

 もうそのまま付き合ってしまえば良いのに。桐乃三葉は狼狽える姉とその婚約者の写真を眺め、うんざりと息を吐く。


 父母は娘たちの意思を尊重し、滅多なことでは口を出さない。

 だからこそ自分が矢面に立ち、姉の意識を変えようと思った。育児雑誌を片手に年齢をささやくだけで、父は思いの外早く動いた。


「ホント、勿体無いことしたね、お姉」

 また来てねと言ってはみたが、恐らく二度と恋仲に発展することは無いだろう。経験で解かる。

 逃がした魚はデッカイぞ。三葉は誰に言うでもなく独り言ち、投函されていた郵便物に目を通す。


「あれ……?」

 朝の郵便チェックと部屋掃除は実家住まいたる自分の仕事だ。知り合いのものなら、宛名を見ずとも字体で解かる。


 然して、宛名に見覚えのない葉書が一枚。港町ヨコハマから、A県の片田舎。自分や、父の仕事仲間にだって、ここまで離れた場所の取引先は存在しない。


「ねえ、お母さん。おかあさーん」

 残る郵便を玄関に残し、姉の名が躍る葉書一枚を持ってだだ広い廊下を駆けてゆく。

 ただ遠いだけなら、そうなのかと聞き流すことも出来ただろう。しかし、その裏に『結婚おめでとう』と書かれているとなれば話は別だ。


「ねぇ、ねぇねえ。『イシドリ』さんって、お母さんたちの、知り合い?」

 書いていて、『ああ、自分には真っ当なラブコメなんかできないのかなあ』

 と不安になりました。前回とは別の意味で。

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