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ゴースト・ライト  作者: イマジンカイザー
ガーディアン・ストライカー第三十六話・激突!白熱! 強敵ファンタマズル!
13/30

前編

(これまでのあらすじ:ガーディアン・ストライカーによるガーディアン殺しの総数が、遂に三桁を超えた。事態を重く見た首脳陣は彼を狩ることだけに特化した戦闘兵器・カウンターハンターを投入。更には伝説の九人がひとり、ファンタマズルを現地に派遣。茉莉花とはぐれ、満身創痍のストライカーを未だかつてない脅威が襲う――)

「畜生め、今日に限ってなんてざまだィ」

 馴染みの文具店、ボールペン売り場の前を右往左往で早十分。

 買うべきか、買わぬべきか。似たような形のペンを見比べ、うぅむと唸る。



 彼は今、早急に解決すべき三つの問題に直面している。

 ひとつ、彼は若者向け作品を中心とする小説家であり、残り一週間の締め切りに追われていること。

 ふたつ、なのに次回作が箱書きまでしか出来ておらず、本格的に行き詰まっていること。

 みっつ。執筆に用い、長年愛用していたボールペンを、つい数十分前使い潰してしまったこと。



 替えを捜しに外へ出たが、生憎何処へ行っても品切れ状態。他のものを試してみるが、愛用のものには程遠い。結果、買うことも無くレジの前に立ち尽くすのみ。



「結局、何も買わなかったな……」

 失意のままに店を出て、商店街の往来であれがよかった・これがよかったと無いものねだり。

 さあて一体どうするか――。俯いてとぼとぼと歩く彼の足先に、何か固いものがぶつかった。

「これ、は」

 どうやら、細い葉巻型のボールペンらしい。余程使い古されているのか、くすんだ銀色をしている。

 普段使っているものとは似ても似つかないが、これはこれで趣がある。何より、ペンを理由に仕事を休むとはけしからんと、あの鬼のような担当編集者にどやされる。

 彼はこの銀色のペンを相棒とし、近くのベンチに腰掛けると、同じく新調したばかりの箱書き用手帳を取り出す。



「さてさて、ここからが大一番。『我らがガーディアン・ストライカーは、伝説の九人がひとり、ファンタマズルと戦闘開始。

 手をかざした範囲十数メートルの無機物の定義を書き換え、自らの好きなように組み上げる能力を前に、ストライカーの攻撃は全く通じず大苦戦――』、と」


 さらさらと走り書いたのは、彼が飯の種とするバトルアクション小説の一節である。強敵との死闘、埋まらない戦力差、窮地に陥る主人公。燃える要素は申し分ないのだが、それを一つに繋ぎ、オチまで持ってゆくアイデアがない。


 残りは後一週間。箱書きばかりでなく、そろそろ本書きに入らなければならないのだが――。



「おや……?」

 自身の遥か後方で、割れんばかりの轟音を耳にしたのはその時だ。気になって振り向くと、十階建てのオフィスビルが風に吹かれた砂の城めいて崩れ落ちる。

 解体爆破? 待て待て。予告も無しに、真昼の往来でそんなことするものか。

 じゃあ、何で? 彼が答えを出すより早く、その周囲に隣接するビル群が、同じように順繰りに、次々分解されてゆく。



(ヘンだな。こういうシーン、見憶えあるぞ……)

 何を馬鹿なと思ったが、手帳を捲り最初の頁に到ったところで、彼の顔から血の気が引いた。


「『ファンタマズル、そこに住まう人々もお構いなしにビルを分解。跳躍力に長け、跳ねながら逃げるストライカーを捕縛に掛かる』……」

 手帳の文面と実際の場面とをしきりに見比べ、そこに齟齬がないことを理解する。

 まさか。そんな。馬鹿な。ここに書いたことが、現実に成ったというのか?


 有り得ない。これは何かの冗談だ。頭を振って否定しつつも、自身が紡いだ続く一文が、容赦なく脳裏を過る。


「するってぇと、次は……」

 ――ぐあ、あ!!


 それまで誰も居なかったこの公園に、人の形をした黒い塊がもんどりを打って飛んできた。

 一体何だ? と問う行為に意味はない。彼は『コイツ』のことを知っている。恐らく彼自身よりも識っている。


「ガーディアン・ストライカー」

「な、に……」

 どうして、俺の名を? フルフェイスヘルメットめいたマスクを被った痩身の男は、苦心して身体を起こし、ふらつきながらも声のする方へと向かう。


「じょ、ジョーダンだろ。まさか、こんなことが、現実に……!」

 紙の上の『創作物』がにじり寄る中、作家の彼が抱いたのは畏怖ではなく、むしろ歓喜の驚嘆であった。

 イラストレーターと顔を合わせて協議を重ね、互いが妥協し落ち着いたあの姿が、アタマの中で何度夢想したか知れぬあの姿が、若干の濁声を伴って歩いて来る。しがないラノベ作家にとって、これ程の幸福があるか?


(待てよ)

 よくよく見ると何かおかしい。彼の容姿は威圧的なフルフェイスに黒のファーコート、マーブルチョコめいたまだら模様のボディースーツだった筈。

 だが眼前のあいつはどうだ。光源による明暗こそあれど、上から下まで黒一色ではないか。


 彼に問い質さんとしたその刹那、眼前に到達したストライカーが、戸惑う作家の首根を掴む。


「お前がそうか、そうなんだな!? ファンタマズルの協力者! 俺をこんな場所に連れ出した、張本人!」

「は、はい!?」

 協力者? 連れ出した? 彼は何を言っている。自分は只、手帳に文字を書いただけではないか。

 駄目だ、何一つ理解出来ん。それに、この出来事が手帳に描いた箱書き通りなら、次は――。



 ――ホーッ、ホッホッホ。駄目ですわよストライカー。アナタは、このワタクシの手から、絶対に逃れられませんの……♡



 まるで、ピアノ線で宙吊りにされるかのような挙動を伴い、虹色の羽衣を纏った女が降りて来た。

 両手に輝く白銀の上等な手袋。鼻から上を覆うヴェネチアン・マスク。肌の多くを覆っていてもなお解るあの美貌。此の世のものとは思えない。否、創作物の具現化だから当たり前か。

『伝説の九人』が一人・幻惑のファンタマズル。俺がこれから、次の話で形にせんとしていたキャラクターだ。


『ストライカー』ファンタマズルは上品に高笑い、俺と“彼”、両方を指した上で言う。

『その指摘は半分正解で、半分違っておりますわ。彼は只の被害者。手にしたチカラの大きさに戸惑っているだけなのです。

 アナタ、"まほうのペン"が何かも知らず、興味本位で使われましたのね』


「まほうの、ペン」

 完全ではないが、ばらばらで混沌とした状況が、一筋の糸に繋がろうとしている。

 ストライカーの言う通り、この世界に彼を呼んだのは自分だ。苦戦するところを紙に認めたのだから。

 ファンタマズルの言葉でようやっと理解した。何故そんなものと巡り合ったかは知らないが、『これ』はそういう類の"モノ"らしい。



『さ。茶番はここでお開きにしましょう』一方的に語って満足したのか、ファンタマズルは腰に手を回し、身の丈程もある大鎌を掴み取る。

『ペンを手にした時点でアナタもターゲットのひとり。異世界の子豚ちゃんは、一体どんな声で断末魔(なく)のかしら……♡』



(だと……したら)

 殺気を込めて迫り来る超人を目にし、作家の目は危うい程に澄んでいる。丁寧に事態を積み重ねてくれたお陰で、『使い方』はだいたい理解出来た。

 すべきことは唯ひとつ。自分も彼も、こんなところで惨たらしく死ぬわけには行かない!


『喰らって消え去れッ、“深淵ノ一太刀”ぃいいいっ!』

 大鎌を持って振り被り、上体を弓のようにしならせながら、作家目掛け・何の躊躇も無く青銅に光る刃を放つ。

 対する彼は手帳に目をやり動かない。ストライカーも本調子でないのか、腹を押さえてうずくまっている。

 迫る殺気に匙を投げた? 否、彼は今戦っている。自分にしか出来ぬ方法で闘っているのだ。


(鬼の顔をカリカリチュアした紋様のフルフェイスマスク、マーブル模様に年季の入ったボディースーツ、能力行使を司る両手足首の銀リング……。どうだ……、これなら、どうだっ)


 鎌の風圧を頬で感じながらも、要点を走り書きエンドマーク。だが刃は既に己が喉元、描くことに意味など無かったか?


 否――。否否否。作家の喉を刃が掠めるその刹那、黒い色付きの疾風かぜが、二人の真中に割って入った。



『あァら、あらあら。もう快復なさいましたのね、ストライカー』

「お陰さまでな」

 作家の眼前に、肘を硬質化させたヘルメットの超人(ストライカー)が居る。手帳に認めた通り、見憶えのある色合いだ。

 柄が長く、弧を描く刃故に、中途半端に割り込まれれば攻め手が無い。ストライカーは大鎌の柄を押し返し、僅かな隙に振り被り、正拳突きの構えを取った。


『小癪なッ』ファンタマズルは斬殺を諦め鎌を捨てると、即座に右手の平を二人に向ける。

 刹那の判断が彼らの運命を分けた。ストライカーもまた構えを解き、作家を小脇に抱えると、上体を思い切り反らして不意の一撃をすり抜けた。


 軌道の先にあったベンチが捻じ曲がり、回転するルービックキューブめいて分解されてゆく。もう一瞬判断が遅ければ、捩じ切れたのは二人の方だっただろう。



「逃げるぞ、態勢を立て直す」

 ストライカーは身体を起こし様、思い切り飛び退き、抱かえた作家に指示を飛ばす。

 対して彼はどうか。三半規管を滅茶苦茶に刺激するこの状況でなお、握ったペンと手帳を手放さない。

「任せてくれよストライカー。『アシ』ならもう調達済みさ」

「何だって」

 地面を擦って制動を利かすその背後で、新品同然の大型二輪が、景気の良い爆音を轟かせ待ち構えていた。

 出来過ぎているのではない、そうしたのだ。ファンタマズルの言う『まほうのペン』には、それを可能とするチカラがある。


「有り難い」思い切りエンジンを噴かし、作家を背に乗せて走り去る。バイクや車、果てはジェットスキーや農業用トラクターをも操るストライカーにとって、大型二輪を転がすことなど造作もない。


「凄いな、これが君のチカラか」

「いや、俺にもよくわからないんですけどね」

 自分の創ったキャラに敬語はどうか、と思いつつ、いざ目の前にすると畏まってしまう。

 同時に彼は、ストライカーのまだら模様の一部、右脇腹が浅黒く滲んでいるのに気が付いた。


「あの、それは」

「気にするな、直に治る。それより今は」

「解ってます」そう設定したのは自分だから。「けど、放っておいちゃ、勝てるものも勝てませんよ」

「ならどうする」

「こうします」

 作家はストライカーの屈強な背中を机代わりにし、手帳の次ページにせせこましく文字を書き込んでゆく。

 夕刻の沈みゆく陽から、光の雨が星屑のように彼らの元へ降り注ぐ。それはやがて人の形を象って結実し、作家とストライカーとの間に割り込んだ。


「ほえ……?!」

 この場で最も驚いたのは、まず間違いなく『彼女』であろう。

 気が付けば単車の上で相棒の背中に体を預け、己が背後には手帳を持った見知らぬ男。

 そして何より、腰まで伸びた赤銅色の髪はウェーブの掛かったツーサイドアップ。真新しい麦わら帽子を浅く被り、スカイブルーのオフショルダーワンピースに白のヒールと、まるでよそ行きのお嬢様めいた格好に『書き換えられて』いたのだから。


(よし来たッ狙い通り! これよこれこれ! やったぜ俺ぇええええ)

 相乗りの上口出し出来る立場にないが、主役に加えヒロインを、しかも好みド・ストライクの衣装を纏わせ召喚出来るとは。イチ作家としてこれ以上の僥倖があるか? 有り得ない、ある訳が無い!!!!


「うわっ、ちょっナニコレストライカー!? どうかしちゃったのはアナタ? それともあたし? 何、この、何ぃいい!?」

「敵から逃げてるのさ。お喋りは後にしてくれ、舌噛むぜ」

「答えになってない、いいいいい!!」


「やったぜ、やったぜ俺ぇえええええ!! 俺の人生今サイコぉぉおおお!!」

「っていうか何この人!? なんであたし、二人のオトコに挟まれちゃってるワケェええ」

 感極まり、想いが口を突いて溢れ出す。

 此の世の春が来た。作家は堪えきれずガッツポーズで喜びを示す。


 そのせいで、ファンタマズルに依る街の破壊が続くこの現実に、目を背けながら――。

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