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大変! 編集長が来た!!

これでようやくほんとのホントに折り返し。

この話だけでも、今年中に終わらせたいところ。



「Hey、併、塀! ランボー狼藉はそこまでだぜ、ストライカーちゃんよォ」

 灰色のテンガロン・ハットに、丁寧に剃り揃えられた顎髭。真っ直ぐながらも澱んだ鳶色とびいろの目をした優男は、ストライカーとその獲物たる野良ガーディアンとの間に割って入り、時代錯誤な二丁拳銃を突き付ける。



 彼の足元には、太腿・鳩尾・喉元に貫通した銃痕を残す超人が、物言わぬ死体と成り果て転がっている。今まさに、ストライカーが狩らんとしていた『コンビ』の片割れだ。

 奴は敵だ。それは相違ない。だが、同胞を難なく殺してこの余裕――。と言うより単におちゃらけたその態度は、これまでに屠って来たどんなガーディアンとも似ていない。

 一体コイツは、何なのだ?


「何だ? ってツラしてるから特別に教えてやるぜ。一度しか言わねェかんな、耳の穴かっぽじってよぉォく聞けよ」

 テンガロン・ハットの男は襟を広げ、スーツの裏にピン留めされたバッヂを見せつけ、

「『ザ・アヴェンジャー』。正義の執行人たァ俺様のことよ。市井を荒らす不当な同胞に成敗を下す。言うなりゃアお前さんの同類だ」

 軽薄な口調ではあるものの、そこに親しみは見られない。鳶色のその瞳は、隙あらば始末してやろうと狙う狩人の眼差しだ。


「無論、いたずらに社会の不安を煽る輩も粛清対象さ。ここで会ったが百年目、俺とお前、始末屋としてどっちが上か、試してもらおうかッ」



※ ※ ※



『――お嬢様。着信が入っております』

『――電話だぞォ。あんまり俺をイラつかせンなよ』

『――姫、着信に御座います。速やかに受話器をお取りください』



「あー……。あー。アェー……」

 ダンディな口髭の初老執事、少し気性の荒い幼馴染、私に忠義を尽くす武将の三人が、携帯端末の中で代わる代わる着信を報せてくる。

 もぞもぞと布団の中を探り、ディスプレイに目をやれば、よォく見知った苗字と名前。

 出たくないなあ。けどあの子、着留守にしないでずぅっと掛け続けるしなあ。

 仕方がないかと端末を耳に当て、幼い頃から聞き知ったその声を聴く。


「――やっほー菜々お姉。また呑んでそのままベッドに潜ったっしょ。辛いねぇー、『ウレノコリ』は、ツライねぇー」

「うっさい。『みなは』うっさい。私は仕事が恋人なの。別に寂しくも何もないですよーだ」

「――痩せ我慢しちゃって泣かせるねェ。そんなこと言って、実家が恋しくなってきたんしょ? はぁちゃんさんの温もりが恋しくなって来たっしょ」

「無い、無い。在るわけない。だいたい、帰った所で父さんも母さんも見合いがどうの、って話しかしないじゃない」


 桐乃三葉きりの・みなは。四つ違いの私の妹。服飾デザイン関係の職に付き、自宅住まいの独身貴族。

 この歳になって、家族とはとんと連絡しなくなったけど、この子とは時折電話で近況を話し合っている。まあ、つまり、その話題が親たちにも筒抜けになる訳だけど。


「――しっかし、お姉もよくやるねえ。あんまり売れてないんしょ? 担当してる、ほら……あの~」

「ガーディアン・ストライカー」引き合いに出すなら名前くらい覚えておいてほしい。

「お金になる・ならないの問題じゃない。私がやりたいからやる、矜持プライドの問題なの」

「――まァたそんな風にカッコつけて。矜持はご飯を食べさせてくれるんですか。夢だけじゃなく、現実もちゃんと観なきゃ駄目ですよーっ」

「だぁかぁら、あんたには関係ないでしょ」

 発奮して逸らかすけれど、ホントは自分でも解っている。夢を追って実家を出て早五年、いつまで経ってもイチ編集のままで、2DKの借間を出ることは叶わなくて。

 浮いた話のひとつもなく、安物のキャミソールと毛糸のショートパンツで惰眠を貪るズボラさん。見ていて不安になるキモチも分からなくはない。


 だからって、私に一体どうしろと。言い返せず苦虫を噛み潰した顔をしていると、リビングの方で飾り気のない着信音が鳴り響く。

 会社から貸与されている、専用の携帯端末だ。



「あ……ごめんみなは。職場から電話来た」

 また掛けると言い残し、電話を切って布団を跳ね除ける。

 ああ、えっと、どこにやったかなあ。音はせども姿は見えず。


 二十七の誕生日に買った、ソファーを陣取るクマのぬいぐるみの下? 違う。

 乱雑に読み散らかした『資料』本の下? そうでもない。

 じゃあ、一体どこなのよ。歯軋りしながら周囲を見やり、冷蔵庫の上から不気味な振動がするのに気が付いた。


(そういや、昨日呑み明かして寝たんだっけ……)

 開け口に出来た窪みにうまァく嵌っててまあ。どうしてそこに置いたか全く覚えてない。

 うん、まあ、結果オーライ。速やかに通話ボタンに触れて耳に当て。



「はいもしもし、桐乃です」



 ――あぁ、良かった、繋がった。えっとねキリナナちゃん。休日のところ本当に申し訳ないんだけど……


「はぁ」

 どこか急いて、気弱な口調。一体何が電話口の彼女をそうさせるのか。

 そもそも、思い当たるフシがない。ガーディアン・ストライカーの次巻はもう書店に並んでいるし、締め切りや校正なんかで呼び出される筈は――。


 ――編集長がナナちゃんの『担当作』の件で、一度お話したいって。ほら、もうじき『改変』期だから。


「あぁ、そんな……って、へ……編集長!?」



 じょ、ジョーダン……でしょ?



※ ※ ※



 要件を聞くやいなや、髪を整え化粧をキメるのに四十分。そこから最寄り駅の快速電車で十五分。A県N市の繁華街に建つ、背高のっぽのオフィスビルが私の職場。

 ノック三度と共に名前を告げ、向こうの返事を待つ。ドアの奥から嗄れた『入りたまえ』の声がするのに、差して時間は掛からなかった。



「や、や。急に呼び立ててゴメンねぇナナ『ミ』ちゃん。ほら、何事も『思い立ったが吉日』って言うでしょ〜〜」

「ナナ『オ』、です」そりゃそっちは吉日だろうけど、少しは巻き込まれるこちらの身にもなってほしい。



 年季の入ったグレーの背広をしゃんと着こなし、幾重もの皺が刻まれた浅黒い肌、対照的にきっちり磨き込まれた白い歯。

 笑みを絶やさず、気さくな態度を崩さない彼の名は川瀬巳継かわせ・みつぐ。F書房のライトノベル部門『VX文庫』を取り仕切る編集長である。



「何分、急な話でしたので。一体何の御用でしょうか」

「あれ、まだ言ってなかったっけ?」

 首を傾げ、不思議そうな顔で私を見やる。意地悪ではなく、本気で忘れていたのだろうか。それはそれで腹が立つ。


「君が担当してるあの……、そう、『ガーディアン・バスターズ』!」

 もう、いちいち突っ掛かって訂正する気にもならない。「それが、何か?」


「何か、じゃないよ」編集長は笑みを絶やさず、ほんの少し嫌味な口振りで。「ナナミちゃんだってウチのレーベルの売りは解ってるでしょ~~。困るんだよねえ、あぁいう内容はさあ」


「あの。仰るコトの意味が判りません」

 とぼけたつもりはなく、私の偽らざる真意である。「それを踏まえ、私に一体どうしろと?」

「んもう、察しが悪いねえ~~ナナミちゃん」悪びれる様子も、苛立つ様子も無く、淡々と話を継ぐ。「ウチのウリは清純な恋愛モノや健全な冒険活劇作品。そこへ来て、黒いマスクの男がヒーローを殺し、復讐を果たそうっていう重たい話やられてもねェ~~。解るでしょぉ」


「打ち切り……ですか」

「や! やや! そんなひどいことする訳ない、する筈ない。曲がりなりにも、数字はそこそこ・出してる訳だしね」

「では、一体何だというのです」真綿で首を締めるこの閉塞感。言いたいことがあるのなら、勿体ぶらず、早く本題に入ってもらいたい。


「要はアレだよ。そのどうにもならないことを、キミの力でなんとかして欲しいってコ・ト。解かるよね? 判って・いただけるよね〜〜?」


 あー、はいはい。そういうこと。

 最悪だ、という言葉をぎりぎり喉元で飲み込み、形ばかりの了承で手打ちとする。


 敢えて、もう一度言う。

 サイアクだ……。



※ ※ ※



「わっ、すげぇ。帯付いてるじゃん、オビ」

 仕事帰りに馴染みの書店に寄り、今朝並んだばかりの新刊・六巻をまじまじと眺める。

 今回初登場となるヒロイン・神永茉莉花をストライカーと背中合わせに映し、その上にネバー・サレンダーら、強敵の影を霞のように混ぜ込んだ、威圧感ある表紙。

 ギギちゃんと……、あの筋肉ダルマ。なかなか良い仕事してるじゃないの。これだよ、これ。やっぱ絵師と連携すると違うなあ。



 そして何より、『ヌルいバトルはもう止しな、これがホントの超人バトルだ!』って、どっかの洋画劇場みたいな煽り文。いいよ、いいよ。これサイコーだよ。


 これ、多分アイツの仕業だよな。ヒトとしちゃ尊敬できないけれど、イチ担当としては良い仕事をする。マツリの奴も、なかなか良い相手に巡り合えたようで良かった、良かった。


「お、や……」以心伝心、噂をすればナントヤラ。その『ナナちん』からお電話だ。まあ、待て待て。今出てやるからよー、っと。


「はい、もしもし。珍しいっすね、アプリ使わず電話なんて」

「大ざっぱ! アンタ今日、ヒマ!?」

「……はい?」

 無駄話に花を咲かせてやろうかと思いきや、向こうさんは怖ろしい剣幕でこっちの言葉を遮って来やがった。

「どうなの? ヒマなの?! 馬鹿なの!?」

「馬鹿は余計だ、馬鹿は」すごいな、電話口からでも林檎みたいに真っ赤な顔が透けて見える。

「ありませんよ。今丁度仕事終わった後ですから」


「OK」またも人の話を半端に切り、「今すぐ、指定した場所まで来なさい。交通費は負担するから、電車でもタクシーでもなんでも使うがいいわ」

「いや、ちょっと待ってくださいよ」述語ばかりで主語が無い。奴は何をそんなに焦っている。

「こっちの都合もお構いなしに来い来いって。責めて理由ぐらい」

「後で話す。場所は通話アプリにURL貼ったから、それ見せるなり辿るなり――。兎に角、さっさと来るの! 分かった? 解った!?」


「はい、はいはい……」

 うーむ。嫌な予感しかしないが、ヒマと言った手前、断るのは主義に反する。

 まあ、交通費向こう持ちだっていうのなら……。話ぐらいは聞いてやらんでもないか。


 つか、場所を指定って、どうせいつもの大衆酒場っしょ。何をカッコつけてやがるんだって。

 おや、待てよ。このURLは……。妙だな、少なくとも居酒屋じゃない。



『カラオケ:エコー・セイバー、K駅西店』?



※ ※ ※



「はい、今回は皆々様各々お忙しい中、急な呼び出しにもかかわらず、ご足労頂き感謝致します」


「いや、なんでそんな畏まってんのアンタ」

「あ、アア、あ……」

「…………」

 如何な交通手段を使っても構わない、という話だったが、奴の指定したカラオケ店はウチから自転車で十分ちょいの手近な場所に在った(折角だからとタクシーを呼んで王様気分を味わってみた。爽快)。

 おれの向かいにゃ挿絵担当の絵師コンビ。菜々緒の剣幕に圧されているからか、歯の根を鳴らして俯いている。


「とまあ、堅苦しい話はここまでにしましょう。今日わざわざ集まって貰ったのは」

 発起人たる菜々緒は眉間に皺を寄せ、神経質そうにカラオケマイクを弄り、背後のモニタで流れるバンドたちを睨み付ける。

 そう、カラオケ。カラオケである。此の面子なら酒が無くちゃ始まらないのに、リア充どもが跋扈する夕刻のカラオケボックスに押し込まれなきゃならんのだ。



 その理由を識るスーツ姿のこの女は、わざとらしく息を吸い、おれたちの沈黙を確認した上で言い放つ。

「我がVX書房編集長から、『ガーディアン・ストライカー』の路線変更を迫られました。というわけで、それについて皆さんのご意見を賜りたいと思います」


「は……ぁ」

「な、んと」

「…………」


「何よ。みんな、随分反応薄くない?」

「いや、そりゃあさあ……」


 元々、ニッチな層がニッチな層に向けて書いていた小説だ。無料で掲載・閲覧出来るネットならまだしも、諸々にお金の掛かる書籍媒体。むしろ、今迄そうした声が上がらなかったことの方がおかしい。



「甘いッ、カルピス原液よりも甘いわ」

 浅はか過ぎて片腹痛いと嫌味を言い、座席に置いたハンドバックから、一冊の本を取り出して見せた。

「ナニコレ」

「『エアウォークの少女』。ウチのレーベルで出してる本のひとつよ」

「えあうぉーく……。ああ、はいはい」


 名前くらいは聞いたことはある。

 生まれながらに『空中歩行』の才を持った少女が、高層ビル連なる都会に家出し、街の日々の困り事をユーモラスに解決してゆく現代ファンタジーコメディ――、だったっけ・たしか・たぶん。


「で、それが何か」

「問題はその後よ」菜々緒は本をバックにしまい、別の一冊と入れ替える。「そこそこ話題が出たから二巻目が刊行され、編集長の目に留まった。その結果が――これよ」


 菜々緒が指差すのはその表紙だ。先の一巻、今の二巻はビル街を舞う少女を俯瞰して描いた可愛らしいもの。

 だが、続く三冊目はどうだ。登場する少女は同じだが、足に硬質のスプリング・ブーツを履き、何からの悪漢と戦っているではないか。


「ど、ドユコト?」

「このままじゃ人気が出ないとテコ入れを喰らったワケ。空を舞い、人助けに精を出す少女が、今や他の超人たちとチームを組み、異世界を飛び回ってるんだそうよ」

「は、はぁ……!?」

 幾ら何でも極端すぎやしないか? 元の面影、ほぼ残ってないじゃんか。

「でも、お陰で売上は伸びた」本をしまい、菜々緒がうんざりとした顔で続ける。「これはほんの一例。遡れば他にも類似の話は幾らでもある。つまり」


「長いものには巻かれろ……ってこと?」

「有り体に言えば、そうね」

 ナナちんの方も本意ではないのだろう。眉間の皺がわなわなと震え、本を掴む手が脈打っている。

「でも、それを黙って受け入れるつもりはない。だから、アナタたちの力を借りに来たの」


「解かる、そりゃあ分かるよ」路線変更の話をし出した辺りから察してはいたけれど。「でも、それがなんで、カラオケボックス?」

「安価に長時間居座れるからに決まってるでしょ。私の財力だって限りがあるの」

 いや、いや菜々緒さん。おれたち毎度割り勘でされてませんでしたっけ。

 というツッコミを入れる間も無く、菜々緒の話は止まらない。

「滅多にヒトは来ないしテーブルは広い。酒やツマミでアイデアノートが潰れる心配も無い。違う?」

「確かに、違わないけどさ」だったら最初から皆に説明しておけよ、という話も野暮か……。下手に踏み込みビンタでもらってはたまらない。



「あ……ア……、あのう」

「大丈夫よ」何か言いたげなギギちゃんを見、菜々緒は言葉を被せて意見を封殺する。

「酔わないと働けないんでしょ。飲み放題に設定しておいたから、好きなだけアルコールを摂取して頂戴」

「そ、それは……ど、ど」

「他に、なにか?」

「ひ……っ。な、んでもない、です」


 いや、明らかに何かあるじゃん。察しろよ。

 それにしたって今日のナナちんは何かおかしい。怒るのは尤もだが、果たして、その怒りは作品へ向けられたものなのか。それとも――。



※ ※ ※



 ――おーねがーい、わたーしをー、はーなーさなーいでー



「やっぱり『強いライバル』が必要だと思うのですよユメノさま。場の空気を換えるなら、アクが強く、長期で居座れるキャラがいないと」

「まあ、それが順当だわな。むしろ、今までいなかったこと自体おかしいし」



 ――どうせあたしゃーハグレモノぉー。ヒトの輪にゃあ馴染めないぃー、あぁ、あぁ、ああー。まーまーなーらーぬーぅ



 おれが話し、安酒をかっ喰らい赤ら顔となったギギちゃんがペンを走らせ、向かいの筋肉ダルマが無心にタンバリンを掻き鳴らす。


 路線変更。テコ入れ。澱んだ空気の入れ替え。作家の作家性たる所以を奪われるのは癪だが、お金を出して本にする元締めに言われたならば仕方がない。


 幸い、アイデアはストックされていたもので替えが利きそうだ。

 ヒロイン・茉莉花を生み出すが為に先送りになった、ストライカーのライバル超人。

 両腕両脚に多彩な技を持つ主役と真逆に、ひとつのスキルを徹底的に磨いた、不正なガーディアンの粛清者。

 同じ理由を持ちながら、属する者の違いから戦わずにはいられない。ストライカーが全国行脚の風来坊なら、コイツは主役に追随しては喧嘩をふっかける、オールドスタイルの用心棒――、ってところか。


 今、即興で考えたのはそのくらい。ここからは設定を踏まえ、画として此の世に顕現させるイラストレーター(ギギちゃん)へと交代だ。



 ――だれもがみんなー、ホントのすがたをー、かくーしーてーるー。

 ――ホントの私を知ってほしい~。けれど出ー来ーなーくーてー、淋しくてー



「やはり、顔出しさせた方がよいと思うのデスヨ。ストライカーは万年フルフェイスなんデスし」

「言ってもよう、鬼門だぜギギちゃん。顔出しにして長期で目立つ、ってことは相応に濃いビジュアルにしなきゃだし」

「心配ゴムヨー、取らぬ狸の皮ザンヨー。みっちゃん・カモン」

 ギギちゃんが指を鳴らし、その彼氏が何も言わずタブレットを手渡す息の合ったコンビプレー。液晶パネルを人差し指でさっさと流しながら、ほんのりとした赤ら顔で続ける。


「発想の逆転デスよユメノさま。個性が集まって没個性になってると言うのなら」

「敢えて、無個性をぶつけるべき?」


「YEEES」安酎ハイを十杯キメ、目の焦点がうっすらぼやけた美人さんは、鼻を鳴らし気取った口調で続ける。

「今でこそマスクやアーマーのヒーローが世界を席巻していますけど、歴史を辿って黎明期れいめいき。超人たちはあくまでニンゲンの延長上で、完全に顔を覆い隠すタイプなんて殆ど居なかったんデスよ。

 メキシコの仮面剣士・怪傑ゾロなんかが良い例ですし、日本にしたって剣客の鞍馬天狗や忍者集団は頭巾と面頬メンポだけで、目元はくっきり見えてたでしょ」


「言いたいことは分からなくはないけど」ちょっとばかし、前置きが長い。「つまり、ドユコト?」


「そこで、ワタシが提案するのが。こちらっ」

 トドメにと液晶端末を手渡し、そこに映る何某を見せ付ける。

 テンガロン・ハットにくすんだ金髪。目から鼻先までを覆う黒の仮面。さっき話に出ていたゾロという劇ヒーローに似ている。



 ――諦めろとひとはいうー、無駄なことだと押さえ込むぅううう。

 ――だけどあたしゃロンリー・ハート敗けないかんねぇー、お前のココロを引き裂いてぇえー



「『ローン・レンジャー』。相棒のネイティブアメリカン戦士を伴い、悪と戦う西部劇のヒーローデス」

「あ、それ知ってる。『デップ』出てたやつでしょ」

「それ、相棒の方ですけどね」おれの言葉をさっと流し、ギギちゃんの薀蓄は続く。「陽性、顔出し、拳銃の早撃ち。どれもストライカーが持ち得ない個性デス」

「成る程、成る程……」

 それらを踏まえ、ギギちゃんが走り描いたラフを見やる。

 何を馬鹿なと思っていたが、絵が付くと印象が違う。戦闘で堂々と顔出しをし、近接戦を担うストライカーと、拳銃を主としたコイツ。陰と陽、確かにイケるかも知れない。


 凄いな、ひとりで考えてたって出てこないアイデアが、あっという間にカタチになってゆく。これが集団創作ってやつか。徒党を組んで考えるだけで、ここまで捗るだなんて。

 と、ヒトが感心している時だってェのに……。



 ――どうせあたしゃ無責任〜。世の中全部無責任ー、コツコツやるやつァ



 BGM代わりに聞き流していたが、流石に我慢の限界だ。リモコン操作で曲を中断し、奴の手からマイクを引っ手繰る。

「ちょっ! 何してんのアンタ、まだ途中なのに」

「そりゃこっちの台詞でしょーが。ヒトが知恵絞って考えてる間に何やってんの?」

 机の上に資料を並べ、あぁだこうだと言い合うおれたちを尻目に、外野はナナちん単独ライブ会場と成り果てていた。

 鬱屈した感情を吐き出すかのような大音声、選曲される世知辛さ全開の歌詞の連続と、聞いている方はただただ気が滅入る。


「あの、ほら。だって」菜々緒は別段悪びれることなく、「カラオケに来て、歌いもせず男女が居座ると……ね?」

「いや、言ってることは解かるけどよ」

 程よく狭い閉鎖空間。ドリンクバーはセルフサービスで店員とかちあうことは少ない個室のカラオケは、あらゆる層の性犯罪の温床になりやすいと聞く。

 実際、この県だけでも、年に数回、サカリにサカった野郎共が性的暴行・強姦未遂で検挙されているという。

 いや、しかし、だからって。


「この会合の言い出しっぺアンタだろ。責めて参加するなり意見を出せって。おれたち、何のために集まったんだ」


「そ。それは……。えっと、その」


 何故だが知らないが、おれの追求に菜々緒は目を背け、答えることが出来なかった。全く持って意味がわからない。おれだけでなく、ギギちゃんや盛森満モリモリマンを連れて来たのだから、路線変更を受け入れたものと思っていたのだが……。



「あーーーー、解りましたァ、私が悪ゥございましたァ!!」

 次ぐべき言葉を無くし、反省するつもりゼロの謝罪で強引に会話を打ち切った。

 いつも妙だが、今日のナナちんはどこか真に迫ったおかしさを感じる。路線変更の件と、何か関係があるのだろうか?

「別に謝らなくていいから落ち着けよ。なんか悪いモンでも喰ったか? ちゃんと家族と話してっか?」

「アンタには解からないわよ……」駄目だ。まるで会話が噛み合っていない。

「ガーディアン・ストライカーは私と“あのこ”の話なの! 誰にも、何にも! 横槍なんか入れさせないッ!」


「は、あ……?!」

 おいおいおい、秘密にせよって言った人間が勢い任せにバラしてんじゃあないよ。

 やばいと思い周囲を見やる。ギギちゃんも筋肉野郎もナナちんの不可思議な返答に首を傾げているものの、『あのこ』の部分には興味を示していない。


 まずいぞ。このまま放置しておけば、ふたりにマツリの出自まで喋りかねない。

もうやめろと言いかけたその瞬間、奴は縋るおれを無視し、ギギちゃんの胸元にマイクを差しだした。


「もういいわよ、ああもォいいわよ。三人で仲良くやってなさいな。ギギ、次あなたね」

「へ……うえぇっ!?」

 声を掛けるのが躊躇われるほどの剣幕を漂わせ、奴は出入口のドアノブに手を掛ける。

「待てよ、お前このまま出てく気か」

「お金なら私が払っておくわ」いや、だからそうじゃなくって。「後は任せた。上手くやりなさい、『ユメノ先生』」

「おい、ちょっと……おいィイイ」


 帰るのか。ここまでやって、まじで帰るの。情緒不安定だって限度があろうよ。

 お金を掛けてホンを作っている以上、路線変更くらい普通のことだと思っていた。

 そう思っていたのだが――、どうやら、菜々緒にとっては違うらしい。


「ワケ……わかんねえ」

 もやもやと共に一気飲みした、飲み放題のスマックが、何故だか今日は、とても苦い。


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