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武帝のイリアス  作者: 深瀬こなた
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 青く澄み渡る大空。

 どこまでも伸びていく地平線。

 悠々と巨体を揺らしながら浮かぶ飛空船。


 彼の目の前にあるモニターの画面にはそんな光景が映し出されていた。

 それは数あるオンラインゲームの中でも一、二位を争う有名なタイトル、『アルカディア・オンライン』というゲームだ。


 『アルカディア・オンライン』はひっそりと始まった。宣伝らしい宣伝もなされず、とある紹介サイトに二行ほどの短い紹介文が載っていただけである。


 そんな簡素な紹介文に惹かれ、彼は公式サイトへと接続し、ゲームをインストールした。物は試しだ、と彼は軽い気持ちでその何も情報もないゲームを始めた。今後約三年にも及ぶ付き合いの始まりだった。


 基本的なゲームシステムはどれも似通ったものなので特筆することもないが、グラフィックの美麗さ、中世ファンタジー世界観の作りこみ、何より自身の分身となるキャラクター作成の自由さに心を奪われてしまった。


 約数千パーツからなる外見の設定。理想のキャラクターを作成するのに一日では足りないくらいである。数日かけて悩みに悩み、ようやく作成したキャラクターを動かすころにはネット上でこのゲームが騒がれ始めていた。


 やがて彼は古参のプレイヤーとなり、このゲームの中では知らないものがいないほどの有名人となっていた。


 『イリアス』、それが彼のゲームの中での名前だ。名前から想像できるように女性のキャラクターを作成している。彼に女性化願望があったわけではない。――いや、少しはあったのかもしれないが、単純に毎日画面を見る際に同性のキャラクターを眺めるよりは異性のキャラクターを眺めていたほうがやる気も出てくるというものだ。


 彼のキャラクターは黒髪を肩口でそろえ、やや釣り目で勝気な印象を与える。体型はスレンダーで身長もそこまで高くない。スポーツを嗜んでいる健全な女子といったイメージだ。同じゲームをしている友人から「良い趣味をしている、一つ付け加えるなら褐色でもよかった」とお褒めの言葉をいただいているほどの出来栄えである。


 イリアスは格闘術のスキルを取り、近接戦のエキスパートとしてその名を轟かしていた。

 固定を組まず、ギルドにも所属せず、ソロで活動しており、必要な時には野良でパーティーを組むので知り合いばかりが増えていき、彼の周りは賑やかだった。



 最初のころは苦労をした。前情報が全くなく、チュートリアルも最低限で、基本的な操作方法の説明をしたらあとは好きにしろと言わんばかりの放任ぶりであった。


 しかし、しようと思ったこと、したいと思ったことのほとんどが実現でき、このゲームはただのオンラインゲームの枠組みを超えていた。


 マップも広大であった。正確な地図が無く、手探りで地図を作成していく。三年たった今でもその地図は更新され続けている。人工衛星なんてないこのゲームの世界で正確な地図を作るのは至難の業だ。しばらくして地図職人と呼ばれる専門のプレイヤーが出てきた。それは必然であった。


 地図職人だけではなく、様々な職人が生まれた。


 すべてが手探りでシステムの補助もあまり得られないこのゲームでは各分野を探求し、追究する職人組合が誕生した。


 当然、戦闘技術にも焦点があてられた。

 アーキタイプと呼ばれる戦闘スタイルの原型がまずあり、そこから細かな職業に枝分かれした。アーキタイプは主に四つ、【戦士型】、【回復型】、【魔法攻撃型】、【特殊行動型】である。


 戦士型、回復型、魔法攻撃型は言うまでもないだろう。特殊行動型とはいわゆるスカウト系の職業や、バフやデバフといった支援系の職業など、特殊なスキルを扱う職業群のことである。


 基本は四つのアーキタイプから取得できる職業群しかなれない。しかし、このゲームのシステムは想像を超えてくる。自分で戦闘スタイルを開発できるのだ。【戦士型】の職業と【回復型】の職業を自分のいいように変化させ、新しい職業を開発できるのである。


 これにより、アーキタイプに囚われない様々な職業が生まれ、日夜研究が進んでいった。


 また交易や貿易、ギルドや国といったものまで自由にできた。


 ある者は何もない村から義勇兵を募り、既存の国を滅ぼし自身が新たな王として建国した。

 ある者は未開の地を開拓し、そこから採れる資源で商いをはじめ、今では知らぬものがいないほどの大商会を作った。

 ある者は戦争を渡り歩く傭兵部隊を結成し、その傭兵部隊が参加した軍は必ず勝てるといわれるほどの伝説を築き上げた。


 イリアスを操作する彼も数々の伝説を作り上げたプレイヤーの一人だった。並外れた強さを持ち、冒険者らしい冒険者として巨大な怪物を倒し、未開の地を踏破する。誰よりもこの世界を広げたといわれるプレイヤーだ。


 その彼は今、冒険の息抜きをしていた。


 ちょうど大きな依頼をこなし、最初に放り込まれる国の首都付近の草原でゆったりと空を眺めていた。

 日向ぼっこである。


 現実世界の都心では草木に包まれながら雲一つない草原で、ゆっくりと日向ぼっこはできないだろう。

 彼は様々なしがらみや仕事の疲れをモニターの中だけでも忘れたいと朗らかな日差しを浴びて仰向けに寝そべっている自分のキャラクター、イリアスを眺めつつ紅茶で一服をしている。


 画面の中で突然巨大な影が落ちた。風を切る音が聞こえ、巨大な物体が視界に映る。定期船だろうか、首都へと飛空船がその巨体を魔導の力で浮かせ前進している。

 そこまで高くない船賃で利用できるため、始めたばっかりのプレイヤーがよく利用する交通手段の一つである。

 彼も三年前のことを思い出しながら、飛空船が通り過ぎるのを眺めている。


 一通のメールが届く。


 運営からだ。



 『アルカディア・オンライン運営開発部からの連絡です。本日○○時から緊急メンテナンスを実施いたします。終了時刻は未定でございます。ユーザーの皆様にはご不便、ご迷惑をおかけしますことを、お詫び申し上げます。お手数ですが緊急メンテナンス実施十分前にはログアウトの処理を完了させてくださいますようお願い申し上げます。』



 こんなことはこのゲームが始まって以来、一度もなかった。


 彼は運営に対して不満らしい不満はなかった。彼だけではないだろう、このゲームをしている全員に不満はないと断言できる。なぜならば、定期メンテナンスでゲームの不具合、バグや数値調整などは改善され、チートや業者といった悪質なプレイヤーに素早く対応し、快適なゲーム環境が整っていたからだ。


今回のような緊急メンテナンスをするような事態というのが彼には考え付かなかった。


 いぶかしげに思いつつも、もはや生活の一部となっているこのゲームを時間ぎりぎりまでログインしてから、落ちる。


 他にやることもないのでパソコンの電源を切ると寂寥感に襲われる。自分の一部を失ったかのような、そんな心の喪失感。


 今日も良い時間である。


 今日という日がもうすぐ終わりをつげ、明日がやってくる。


 いつもよりいささか早いが寝てしまおう。


 起きるころには緊急メンテナンスも終わっているだろう。そう考えれば一瞬で時間が過ぎる睡眠は暇つぶしにとても適している。


 家のことを済ませ、電気を消し、布団に潜り込む。


 すぐに睡魔が襲ってきて、その身体を、その意識を暗闇に――。




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