第4話 生徒会とブラック雪乃 ①
「………ゃん。お……ゃん。お兄…ゃん。お兄ちゃん!」
僕の朝は優羽の声から始まる。
ああ、なんと気分の良いことだろう!
「優羽おはよう。今日も相変わらず可愛いね」
「…何言ってるんですかせんぱい。かなりキモいですよ」
あ、あっれ〜。
おかしいぞ。
何故かは知らんがあの生意気な後輩の声が聞こえる気がするぞ。
これは気のせいだよなそうだよな。
これは悪い夢だと思いもう一度布団に潜り込む。
「なっ、せ、せっかく起こしてあげたのにどうしてまた寝るんですかっ!」
そう言って布団を剥がしてきたのは夢でもなんでもなく綾瀬 夏菜だった。
「…んで、お前なんでここにいんの?」
「ああ、それなら優羽ちゃんに入れてもらいました」
「随分親しげに呼ぶんだな」
「だって夏菜は優羽ちゃんのお友達ですから」
「夏菜ちゃんとは同じクラスで席もお隣さんなんだよー。それでよく一緒に遊んで帰ったりもするんだから」
タイミングを見計らったように優羽が部屋へ入ってくる。
そう言えばこいつ1年A組って言ってたっけ?
それに小鳥遊って苗字もよく知ってるって言ってたし。
そういうことだったのか。
「そうそう。優羽ちゃんにはよく相談受けてたんですよ。ウチのお兄ちゃんがド変態なんだけどどうしよ〜って」
「ちょ、ちょっと夏菜ちゃん!そんな言い方してないよぉ。ただ、高校にもなって一緒にお風呂入ってるのはおかしいよねって聞いただけだよ!」
ま、まさか?!
「お、お前が優羽のことをたぶらかして僕のさ、ささやかな幸せを奪った張本人だったのか!!」
指を指すと夏菜は呆れ顔をして溜息をつく。
「当たり前ですよ。夏菜としては今すぐ優羽ちゃんをドヘンタイのせんぱいの家から隔離したいほどなんですけど」
「だ、誰がドヘンタイだ!!いいかよく聞け!僕はなこの5年間ずっと優羽の父親代わりとしてな…」
「はいはい。これ以上の言い訳はみっともないですよせんぱい」
ぐっ、こ、これ以上何言っても無駄な気がする。
「ま、まあいい。優羽そろそろ朝食にしようか。…そう言えば、えーっと綾瀬は食べてくのか?」
「ああ、夏菜はもう食べたから気にしないで下さい」
「あのぉ、お兄ちゃん」
優羽は言いづらそうに身体をもじもじさせてる。
うん。
そんな姿も可愛いな。
「どした?」
「時間が…」
言われて時計を見ると時計は既に8時20分を越えていた。
ちなみに8時30分を過ぎると遅刻である。
これ以上遅刻したら本当にまずい。
あの方の逆鱗に触れかねない。
「や、ヤバイぞマジで!は、早く用意しなきゃ!!」
「もうこの時間じゃどっちにしろ間に合わなくないですかー」
夏菜のやつ、既に諦めモード入りやがって。
「いいか、お前らと違って僕には後がないんだ!頼むから急いでくれ一分一秒を争うんだよ!!」
駄々をこねる後輩と体力のない妹を両脇へ抱え学校へと猛ダッシュをした。
が、努力虚しく学校へ着いた時には既に始業のチャイムが鳴り響いていた。
そして校門前に立っている女性を見て僕の死亡は決まった。
「君たち遅刻者だな。学年クラス名前を言いなさい」
そこには生徒会長の九条 撫子がいた。
「い、1年A組の小鳥遊 優羽です」
「1年A組の綾瀬 夏菜です」
「に、2年C組の皆藤 陽でs」
「ああ、孝也くん君は言わなくても分かるよ」
…まあ無理っすよね。
「以前君に言ったことを覚えているかな。次に遅刻をしたらどうするか」
「ど、どうしましたっけ〜」
「そうか。君はDコースを受けたいようだな」
「…なっ?!」
DコースとはDEATHコースのことで会長直々に◯◯◯や×××に△△△、さらには◇◇◇を100回100セットやらされる。
以前受けた時には1週間誰とも口を聞くことが出来なかった。
「す、すみませんっ。『僕は卑しい豚です』と原稿用紙100枚分書くことです」
「違うっ!!『校内放送で私の好きな所を100個言う』だろ!」
「マジで勘弁してください!!!」
最終手段の土下座。
刮目せよ!
この美しきフォルム!!
「却下だ。今日の昼休み生徒会室にまできなさい」
「あ、あの人何者ですかぁ」
その後かれこれ30分くらい説教を受けた僕たちはようやく解放された。
「この学校の生徒会長だよ。3年の九条 撫子さん」
「なんか、せんぱいとはワケありっぽいですね」
「なんかよく分からんがあの人は僕のことが好きらしくてな。1年の頃からあの手この手を使ってちょっかいをかけてくるんだよ」
事あるごとに、さらに大掛かりなことをやってくるため(今回の校内放送を使って愛を叫ばせるようなこと)校内では一躍有名人となってしまった。
「へーぇ、せんぱいのことを好きになるなんて物好きもいたものですねー」
仮にも上級生をよくもまあそんなバカにした目で罵倒できるもんだな。
「でも、そんなに好かれてるのになんで付き合わないんですか?」
「何でって言われてもな」
九条先輩は九条グループの社長令嬢にして学年トップの実力で絶世の美女。
僕なんかが釣り合う相手ではない。
それどころか何故こんなに好かれているのかさえ分からない。
「お、お兄ちゃん。夏菜ちゃんも早く教室へ行かなきゃ!」
もはや1時間目なんてないようなものだが早く行くに越したことはない。
僕たちは教室へ走る。
1時間目は運悪く御影先生の授業で教室に着いた途端廊下に立たされ僕の1時間目は終了した。
授業終了のベルが鳴り教室に入り腰を下ろすと陽がやってきた。
「今日はどした?全然来ないから先行ったぞ」
「そりゃ悪かった。予期せぬ来客のせいでな」
そう言えばこいつ昨日夏菜の告白すっぽかしたよな…。
それとなく事情を聞いてみるか。
「な、なあ。お前帰りどうしたんだ?」
「どうしたって?」
「いや、一緒に帰ろうと思ったけど何処にもいなかったからさ」
「あれ、お前昨日雪乃さんと会う約束してたんじゃねーの?」
「そ、それがさあっちの予定が合わないからっていてドタキャンされちゃったんだよ。だからお前のこと探してたんだけど…」
「あー、実はなまたラブレター貰っちゃってさ」
やっぱ確信犯かこいつ?!
「約束の時間に行ったんだけどどうやら先客がいてな、周りに他の誰もいなかったし鉢合わせでもしたら気まずいだろうと思って時間を置いて行ったんだけどもう誰もいなくてな」
もしかして僕の告白を見られてたってことか?!
「俺はてっきりお前かなーとか思ってたんだけど、俺はお前と違って人が告ってる時にずかずかやってくるほどの図太さはないからな。でもまあドタキャンになったんなら別の奴だったんだな」
なるほど。
話は繋がったな。
要するにこいつは約束の17時の時点で校舎裏へは来ていた。
が、そこには先客がいて他には誰もいなかったから陽は陽の告白相手も先客が終わるまでどこかで時間を潰していると考え、少し間を置いて再度待ち合わせの場所へ向かう。
が、その時には既に僕と夏菜は喫茶店に行っていたということだろう。
「小鳥遊くん」
僕が推理に頭を使っていると日比谷が机の前から頭を出してきた。
「うおぁっ、どした急に?!」
「私の情報網からすると君は昨日喫茶店で1年生の女の子を泣かせていたそうだねぇ。まったく隅に置けませんなぁ〜」
「それってもしかして…」
僕と夏菜のことを言ってるのか?!
「いや、それは違くて…」
僕が言い終わる前にスゴい勢いで教室の扉が開かれた。
「せーんぱいっ、ちょっといいですかぁ」
え、笑顔なのに目が笑ってないのは何故ですか〜。
上級生のクラスにも関わらずズカズカと近付いてきて袖を掴んで引っ張ってきた。
僕は夏菜に無理矢理屋上まで連れて行かれた。
「なんだよ。さっきの猫なで声。声のトーンあがりすぎだろ」
「はぁ?ってか今そんなことはどうだっていいんですよ!な、なんで夏菜がせんぱいにフラれたことになってるんですか!!」
「……はぁ?」
どうやら事情を聞くと僕と一緒に喫茶店にいたところをクラスメートに見られていたらしい。
「ど、どうするんですかぁ。こんなこと皆藤先輩に知られたら夏菜もうお終いですよぉ!」
「まあ、陽はまだお前のこと知らないしそこの所は上手く誤魔化しとくから」
「ほんとに頼みますよ!…そ、そういえば皆藤先輩は昨日なんで来なかった聞きました?」
僕は事情を夏菜に説明した。
「やっぱりせんぱいのせいだったんじゃないですかぁ!」
うぐっ。
そ、それについては言い訳のしようもない。
「ま、まあ事前にフラれることを防いだって考えれば…。ってか、そういえば結局まだ理由を教えて貰ってないぞ」
「何のことですか?」
「お前が今朝僕の家に来た理由だ」
まさか理由もなく僕と優羽の朝のスキンシップを邪魔したのなら許しておけんぞ。
「夏菜は優羽ちゃんと友達って口実に朝皆藤先輩と一緒に登校できるじゃないですか!登校時間ならどうぞ好きなように兄妹のスキンシップを楽しんで下さい」
なるほどな。
こいつは案外クレバーなのかもな。
夏菜は陽とイチャイチャできるし、僕は優羽とイチャイチャできる。
うん、win-winだね!
「そういうことならこれからも小鳥遊家の敷居をまたぐことを許そう」
「やったー!ちょろいせんぱいで助かりました」
ってか、根本的な疑問なんだがなんで僕こんなに彼女にバカにされてんの?
「そ、そういえばき、昨日雪乃さんと話したか?」
もしかしたら、雪乃さんにも何か事情があったのでは…。
「あ、あー…。そのことですか…」
夏菜はバツの悪い顔をした。
「昨日おねーちゃん夏菜と普通に話してたのにせんぱいの話出した途端急に逃げちゃって。…せんぱい相当嫌われてますね」
嫌われてますね
…われてますね
…れてますね
…てますね
…ますね
…すね
…ね
…
…あれ、ここどこだ?
視界には白い天井が広がっていた。
辺りを見渡すと保健室であることに気づいた。
「せんぱい目が覚めました?」
「僕はどうして保健室に…?」
「どうしてって、せんぱいが急に気を失ったんじゃないですか!夏菜心配してたんですからっ」
ま、まさかあんなことで気を失うなんて…ノミの心臓過ぎるでしょ。
しかし、こいつも普段生意気なくせに心配してくれるなんて案外可愛い所あんじゃん。
「こんなところでせんぱいが死んじゃって前科持ちとか本当に勘弁して欲しいですよね」
前言撤回。
全然可愛くねえ。
「まあいいや。今何時?」
「もう昼休みですよ。一応優羽さんに連絡入れときました」
僕は2時間以上も寝ていたのか。
「悪いな。お前まで授業サボらせちゃって」
「別にいいですよ。あんなせんぱいを放っておけるわけ無いじゃないですか」
少し照れ臭そうに笑う彼女に僕は不覚にもときめいてしまった。
「…?どうしたんですか。顔が真っ赤ですよぉ」
夏菜はニヤニヤしながら近付いて額を合わせてきた。
こっちの動揺を見て楽しんでやがる。
相手の思惑に乗るのはシャクだが僕も一介の男子高校生。
こんな近距離で可愛いJKに近づかれて照れないわけもなくて…。
「ふふっ、せんぱいの反応ってウブで可愛いですねっ」
と、ここで最悪のタイミングで最悪の相手が保健室の扉を開く。
「な、な、ななな何してんのよ保健室で!!」
そう言って桜は保健室に入ってきていきなり僕の胸ぐらを掴んできた。
「ちょ、ちょっと待て待て待てぇ!話を聞いてくれぇ!!」
「せんぱい。この人誰ですか?」
夏菜はイタズラを途中で邪魔されたのが気に食わないのか少しイライラしていた。
「あんたこそ誰よ!タカとはどういう関係なの!そ、その保健室でキ、キスなんかして」
「「キスなんかしてねーよ(ないですよ)!!」」
「か、夏菜はただ調子の悪そうなせんぱいを介抱してただけですよぉ」
こいつは何故かみんなの前だと猫なで声になるのな。
キャラ作りかなんだか知らんが今はまるで喧嘩売ってるみたいになってんぞ。
そのためかまだ桜は夏菜のことを不審そうな顔で見ている。
「こ、こいつは綾瀬 夏菜っていって雪乃さんの妹で雪乃さんのことで相談乗ってもらってたんだよ。で、こっちは小清水 桜っていって僕の幼馴染みだよ」
「ふーん。で、綾瀬さんはもしかしてタカのことが好きなの?」
「な、何言ってるんですか?!夏菜がせんぱいのことなんか好きなわけ無いじゃないですか!」
夏菜がすごい勢いで否定するのを見て桜はどこか気を許した様子だった。
「そ、そうなんだ。なんか突っかかっちゃってごめんね。あ、改めてあたしは小清水 桜ってタカの幼馴染みで夏菜ちゃんの一個上だよ」
ふう。
ようやく収まったようだな。
「そういえば桜はここになんの用だったんだ」
「え、あ、いや、その〜。気分が悪いっていうか…そのぉ」
確かに少し顔色が悪い気がする。
僕は熱の有無を確かめるために桜に近づくと桜は一歩引いた。
「…?どした」
「き、気にしなくていいから!ほんと大丈夫だから!!」
「今更遠慮なんかすんなよ」
また一歩近づくと桜は回し蹴りをしてきた。
すんでのところで躱した。
「あ、あっぶねえなおい!」
「デ、デリカシー無さ過ぎだから!!」
「サイテーですね。せんぱい」
僕は何故か2人に罵倒される。
何のことだかさっぱり分からん。
まあそのお陰かどうか分からんが2人が打ち解けてくれたようで何よりだ。
「昨日お兄ちゃんに告白してフラれた夏菜ちゃんとフったお兄ちゃんとで怪しい密談をしていたら突然夏菜ちゃんに保健室に連れ込まれて襲われてるって聞いたんだけど大丈夫?!」
そんな中でその2人の中をいきなり引き裂くようなことを言いながら優羽は保健室に入ってきた。
ってか何故そうなった?!
「そ、それってどういうことよ!!」
またもや桜に胸ぐらを掴まれたが、これは声を大にして言いたい。
「そんなの僕が聞きたいわ!!!」
事の顛末を聞くと…
優羽が夏菜から僕が保健室にいると連絡をうける
↓
夏菜が僕と喫茶店でフラれるという噂を聞く
↓
フラれた夏菜が腹いせに保健室に連れ込んでピンクな展開に…
なんて妄想が1年A組の女子の中で行われていたらしい。
3人の誤解を解いている内に昼休みがほぼ消費されてしまった。
「お前らのせいで飯食う時間が無くなって…」
『2年C組の小鳥遊 孝也くん。
2年C組の小鳥遊 孝也くん。
放課後に生徒会室にまで来るように。
繰り返す2年C組の小鳥遊 孝也くん。
放課後に生徒会室にまで来るように』
あれ?
僕は何故校内放送で九条先輩に呼ばれてるんだ?
…ん?
『校内放送』ってどこかで……。
「…あっ!!」
「あんた今度は一体何をしたの?」
「いやあ、遅刻しちゃって。そしたら先輩に『昼休み校内放送で先輩の好きなところを100個言う』っていうペナルティーが…」
「はあ、なるほどね…。で、それをすっぽかしたタカは放課後どうなるの?」
「想像したくもない」
僕はこのまま時間が止まってしまえばいいと本気で思っていたが、時間は否応なく過ぎていく。
気付いたら放課後になっていた。