第1話 始まりは突然に ①
「ああ、小鳥遊。お前今日からクラス委員な」
翌日の帰り際、担任の御影 杏里(27、バツ1)から死の宣告(クラス委員と言えば聞こえはいいが結局はHR中に騒がしいクラスメートをまとめたり、提出物を職員室まで運んだりと要は雑用係みたいなものである)を受けた。
あまりにも唐突すぎる展開でついていけていないから、ここは数時間前に遡り回想したいと思う。
〜〜〜〜〜
昼休み、僕はいつものように陽と一緒に食堂へと向かっていた。
「おーい、タカー!」
そう言って突然後ろからまるでおんぶのように僕の背中へと飛び乗ってきたのは桜だった。
「っ、あぶねーな。なんだよいきなり」
「今日は一緒にごはん食べよー」
僕と桜は小学校からの付き合いではあるが陽みたいに四六時中行動を共にしているわけではない。
むしろ昨日みたいに3人一緒にどこかへ遊びに行くことも最近では珍しいことだった。
そのため同じクラスではあるが、桜は同じ部活の子たちと一緒にいることが多い。
「いつものメンツはどうした?」
「ゆかりんは宿題さぼったから今補習受けてて、えっちゃんは『古文の吉田のダルいわ』って言って早退しちゃった」
「まあいいや。…ってか早く降りろバカ!」
さっきから豊かに育った果実が2つ背中に押し付けられ僕のムスコを平常に保つことに精一杯だった。
「あ、今バカって言ったね?!もう許さないんだから!」
そう言って強く抱き付いてきたせいでより鮮明に感触が背中を通じて伝わる。
更に女の子特有のいい匂いが鼻腔をくすぐり、桜の甘い吐息はそっと首筋をなぞる。
ってか、これワザとやってないかっ?!
まあ、我慢出来るわけ無いですよね。
みるみる僕のムスコは肥大化し、下腹部にテントを形成する。
「お、おいっ。マジでやばぃ」
陽にSOS信号を送るが羨望の眼差しを向けてハンカチを加え「キーッ!」と唸っていた。
ってか、古くない?
「ムフフ、さっちゃんも廊下の真ん中でダイタンなことしてますなぁ〜」
前から歩いてきたのは補習を終えたであろうゆかりんこと日比谷 柚花だった。
日比谷は桜と同じバスケットボール部に所属しているが身長は150㎝もなく第一印象で活発な印象を与えるが、実際は負けず劣らずの活発少女で常にゴシップに飢えているゴシップガールである。
もし仮に日比谷にこの恥部を見られればそれは人生終了と同義。
ここは上手く誤魔化さないと!
「小鳥遊くんのアソコもダイタンだねぇ」
はい、終わった。
「え…って、きゃー!!」
桜は叫んだかと思うと首に回していた手を腰まで下ろしそのままジャーマンスープレックスを放ち、僕の意識はここで途絶えた。
〜〜〜〜〜
って、あれ?
これじゃあ僕がクラス委員に選ばれた理由が分からんぞ。
まあ、実際意識が戻って教室に行くといきなり御影先生に言われたため、まったく理解できていないのである。
「えーっと、もしかしたら聞き間違えをしていたのかもしれないのでもう一度言ってもらってもいいですか?」
あれだけ勢いよく脳天打ったし、もしかしたらまだ頭が混乱しているのかもしれないな。
「だからお前は今日からクラス委員な」
聞き直しても答えは変わらなかった…。
「なんで僕がクラス委員になってるんですか?!今まで保健室で寝てたんですよ!」
「帰りにクラス委員を決めようとしたんだがいかんせん誰もやりたがらなくてな。そんな時に2名ほどお前を推した奴らがいたんだよ。そこからはドミノ倒しのように皆お前がクラス委員をやることに賛成してくれたぞ」
…あいつら許さんぞ。
「でも本人の意思を無視して勝手に決定なんておかしいですよね?やり直しを求めます!」
「悪いがそれは出来ない。…めんどいし。それにもう一度やり直したところでお前に流れた意見を動かす手があるとは到底思えんが」
確かにこういう投票の時に大事なことは誰に入れるかではなく誰なら入れていいかだ。
そして一度でも『こいつには入れてもいい』という印象がついてしまえばその印象を壊すのは容易ではない。
これがもし陽なら本気で嫌がれば女子の大半は手を引くかもしれないが僕にはそこまでのカリスマ性を持ち合わせていない。
…ってか、今面倒って言ったかこの教師?
「そんな理不尽な…」
「よかったじゃないか。今のうちから社会勉強できて」
「…はぁ。分かりましたよ。やればいいんでしょ」
「じゃあ自他共に認めたクラス委員の小鳥遊の最初の仕事はこれだ。職員室まで持ってきといてくれ」
御影先生が指を指した先を見ると、教卓の上に山積みになったプリントが目に入る。
「いや、これ1人じゃあムリですよ!…ってもういない?!」
振り返ると既に先生の姿は無く、先生との論争を繰り広げているうちにクラスメートも帰ってしまったため、教室はもぬけの殻と化していた。
ちなみに陽と桜は僕が教室に着いた時にはもういなかった。
まあ、遅かれ早かれ僕が先生から話を聞けば2人が主犯であることは一目瞭然だったから、当たり前と言えば当たり前だが。
とりあえず、愚痴をこぼしてもプリントは無くならないからプリントを持ち教室を後にする。
プリントを抱えるようにして持てばちょうど視界が不自由になるくらいの量があった。
これだけ視界が悪いと前に人がいても気づかないかもな。
自分からフラグを立てといてなんだが案の定事件は起こった。
僕は明日あった時の2人へのお仕置きを考えながら廊下の角を曲がると不意に誰かにぶつかった。
僕とぶつかった子の驚きの声が重なったところでバランスを崩し、僕はプリントと共にその子の方へ倒れ込んでしまった。
「うわっ、大丈夫ですか?本当にすみません」
大量のプリントに埋まった子を救出するとそこにはまるで天使のような少女がいた。
シミひとつない綺麗な黒髪はまるで積もったばかりの新雪のような白さの肌に相反するように凛々しく劣情を煽る。
雪みたいな儚げな姿に身体の中の細胞一つ一つが彼女を守ってあげたいと唸っているのが分かる。
時間にして数秒だった筈だが僕はもう何時間も彼女を見ていたのではないかと錯覚するほどに感情が高ぶっていた。
「…あのぉ」
少女の声にハッと我に返り身体を起こす。
「ああ、いや、その。なんていうかホントにごめん」
少女は何も言わず笑顔で手を差し出す。
その行動の意味が分からず固まっていると少女は上目遣いでまるで「起こしてくれないんですか?」と言わんばかりに催促してくる。
そこでようやく意図を理解した僕は彼女の手を取り起き上がらせる。
「ありがとうございます」
「い、いえ。大丈夫でしたか?」
見た感じの印象から後輩だと思いタメ口で話してしまったがネクタイの色を見ると3年生だったため敬語に戻す。
「はい。特に怪我らしい怪我も無いので大丈夫ですよ」
そう言ってしゃがんだ彼女はプリントを拾い始めた。
「あ、大丈夫ですよ。拾ってもらわなくても!」
慌てて僕も拾い集めるが、慣れた手つきでさっさと広い終わった彼女は半分ほどのプリントを持ち笑顔で答える。
「私、今友達を待ってて時間を持て余してるんですよ。このくらい手伝わせて下さい」
「いや、そこまで迷惑はかけられ…」
「そうやってまた私の時みたいに誰かにぶつかってしまう方が迷惑になってしまいますよ?」
物腰は柔らかいのになんだろう。
この有無を言わせぬ圧力は。
「…じゃあ職員室までお願いします」
「はい、承りました!」
無人の廊下に2人の上履きの音だけが響く。
さっきから動悸が収まらず話しかけようと思っても頭が真っ白になり何も考えられなくなる。
そんな僕に気を遣ってか、彼女の方から話しかけてきてくれた。
「違ってたら悪いんですけど、貴方はもしかして小鳥遊くん?」
「え、あ、はい!…って、なんで知ってるんですか?」
「面白いこと言うんですね。この学校で君のことを知らないのは入学したての1年生くらいじゃないのかな?」
「ははは、確かに…」
僕はある理由のせいで不可抗力とはいえ学校での知名度はもしかしたら陽より高いかもしれない。
「その、こんなことを聞くのは失礼かもしれないですけど、小鳥遊くんはその、、いじめ、とか受けているのかな?」
そう言って先輩は心配そうな顔をして見つめてきた。
「え、なんでですか?」
「こんなに多くのプリントを1人で運ばせるなんて酷過ぎます」
周りから見たらこれっていじめを受けているように見えるのか。…ってか、これ確かにいじめじゃね?
「御影先生が僕にプリントとクラス委員を押し付けてきたんですよ」
「なるほど。納得しました」
そう言ってクスクス笑う先輩はとても可愛かった。
「ホントに酷いっすよね!聞いて下さいよ。今日なんか友達にジャーマンスープレックスかけられて気絶してて、教室に戻ったら……」
楽しい時間はあっという間に過ぎ、もう職員室の前までついてしまった。
「あ、先輩。プリントはここまででいいですよ」
「小鳥遊くん。私のことは先輩じゃなくて名前でいいですよ」
…あ!!
そういえば僕、先輩の名前をまだ聞いてなかったじゃないか。
会話に夢中ですっかり忘れてた!
「すみません…僕先輩の名前知らなくて」
「、、あ、そうですよね!なんか恥ずかしいこと言っちゃいましたね。では、改めまして3年G組の綾瀬 雪乃です。これからよろしくお願いします」
綾瀬さんは少し顔を赤らめながら自己紹介をした。
「じゃあ綾瀬さん、これからよろしくお願いします」
「小鳥遊くん。名前でいいですよ」
「え、いや、でも…」
「名前でいいですよ」
またもや有無を言わさぬ圧力か。
「ゆ、雪乃さんっ」
やばい、ただ名前で呼ぶだけなのに超恥ずかしいんだけど。
「はい。よくできました!」
今日1番の雪乃さんの笑顔に僕の心は再度激しく揺さぶられる。
このまま何もせずサヨナラしていいのか?
ここで逃げたらもう2度と手が届かなくなるようなそんな儚い雪のような…。
ええい、どうせなら当たって砕けろだ!
「あのっ」
踵を返そうとしていた雪乃さんが振り返る。
「き、今日のお礼というか。何もしないままなのは小鳥遊家のルールに反するというか、男が廃るというか、死んだ父ちゃんも『良くしてもらったら2倍にして返せ』ってよく言ってて、だから、その、あの、こ、今度一緒にデートしませんか?!」
「…えっ?!」
あれ?
普通に『食事でもどうですか?』って言おうとしただけなのに?!
まあ、それも一応デートって言えばデートだけど、、俺何言ってんの?!
ほら、雪乃さんも困っているし。
「あ、いや、違くて!いや、違くは無いかもだけど…。そのデートって言うより食事でも一緒にどうかな〜なんて…」
雪乃さんは難しい顔で考え込んでいる。
これはあと一押しか?
「ほ、ほら。最近駅前にできた喫茶店があるじゃないですか!あそこのスイーツが美味しいらしくてちょうど誰かと行きたいと思ってたんですよ!」
あれ?
今スイーツって単語に反応を示したぞ。
「…僕、その喫茶店のクーポン券があるから奢りますよ」
「行きましょう!是非行きましょう!」
目をキラキラさせながら手を握ってきた。
やっぱり読み通り雪乃さんは甘党らしい。
このクーポン券をくれた桜には感謝しなければな。
ってか、近い近い恥ずかしいっ。
自分が興奮していることに気付いた雪乃さんは慌てて手を離し顔を伏せた。
「え…っと、じゃあ連絡先とか貰っても」
「そ、そうですよね!ちょっと待ってて下さい」
雪乃さんは鞄からペンとメモ帳を取り出すとスラスラとメールアドレスを書き始めた。
「雪乃さんはLINEとかやってないんですか?」
「私まだガラケーなんですよ」
「え、なんで?」
今時ガラケー使ってるなんて絶滅危惧種でしょ、マジで。
「物持ちがいい方なんですよ」
そう言ってアドレスを書いた紙を渡してきた。
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。…ちょっとすみません。電話が」
鞄の中からケータイを取り出すとそのまま少し離れて電話に出た。
二、三言言葉を交わすとそのまま僕の前まで戻ってきた。
「すみません。待っていた友達の用事が終わったらしいので今日はこれで失礼します」
そしてペコッと頭を下げるとそのまま走って言ってしまった。
プリントを無事に先生に届けた僕は家の近くの帰路にいた。
家からの近さで選んだ高校のため、徒歩にして20分もかからず帰ることができる。
先輩と別れてすぐにメールアドレスをケータイに保存した僕は雪乃さんへメールを送るのにかれこれ10分近く格闘していた。
「う〜ん。長文過ぎても引かれるし短過ぎても冷たいと思われそうだし。女の子に送るなんて美月くらいなもんだからどうすりゃいいかわかんねぇー!」
「お兄ちゃん。何ブツブツ言ってるの?」
振り向くと我が愛しの妹。
小鳥遊 優羽がいた。
「おー、優羽か。遅かったじゃないか」
「お友達とお茶してたのー」
「…もしかしてそれは男子じゃないよな?」
「もう、お兄ちゃん心配し過ぎ!女の子とだから大丈夫だよ!!」
いや、しかし。
優羽は兄として見ても超とびきりの美少女であることは明白である。
更に優羽は優しいからどんな男にでも同じように接するし、押しに弱いところがあるから、自分が好かれていると勘違いする奴も後を絶たなかった。
中学時代はそういう奴らに睨みを効かせるので大変だったが、優羽も今年同じ高校に入学したためまたあの頃のように優羽に近づく男どもを成敗する日々が始まるのか。
まあ、去年みたいに優羽が口説かれているかもしれないのに何もできない1年間に比べればこんなこと苦でもないが。
「あ、あと今日からもう一緒にお風呂入らなくていいよね」
「は、はあっ?!何言っているんだ!ダメに決まっているじゃないか!!」
去年なんか優羽の身体が傷付けられてないか、キスマークがついてないか確かめるのが日課だったのに。
「だって高校になってお兄ちゃんと一緒にお風呂に入ってるなんて優羽しかいないよ!」
「僕はお兄ちゃんじゃない、お父さんだ!」
そう。
親父が死んだ5年前から、ずっと海外飛び回ってる母親の代わりに僕が優羽の父親代わりとしてやってきたんだ。
「お父さんと一緒に入っている子もいないよ!」
「うちはうち、よそはよそだ。周りを気にしゃいけないよ」
「もう、これ以上言うなら優羽お兄ちゃんとお話ししてあげないよ!」
「ご、ごめんなさい。それだけは勘弁してください」
優羽のような心の優しい子がこんなこと思いつくはずかない!
だ、誰だこんなに残酷な仕打ちを優羽に吹き込んだ奴は。
即死級の呪文じゃないか!
「まあ、優羽もまた一歩大人への道へ進んだということか…。寂しいけど今日は赤飯だ」
「やったー!優羽赤飯大好きー!!」
「じゃあ少し戻って駅前のスーパー行くか」
その後スーパーで買った赤飯を食べ久しぶりの1人風呂に入った後、がっつり2時間悩んだ末雪乃さんへメールを送った。