疫病神のボトルキープ
作者の他作品のキャラらしき人も登場しますが、特に物語上の繋がりはないのでそちらを読んでいなくても問題なく読んでいただけます。
楽しんでいただけるかはわかりません。
あと、オチがありません(主人公談)。
それでもよければ、どうぞご覧ください。
(38歳男性 消防士)
出火元は、庭の花壇に捨てられたタバコだった。
私は、家主から妻が逃げ遅れたと聞き現場に飛び込んだ。夫人は見つけたが、既に息はなく、せめて遺体は救おうとしたが、間に合わず私も一酸化炭素中毒で死んだ。
(18歳男性 工事員アルバイト)
震度4程度の地震だった。
不安定な鉄骨の上で作業していた俺は、足下が揺れているのに気付いて逃げようとした。
しかし命綱が外れず、鉄骨と一緒に落ちて首を折った。その後、しばらく呼吸ができずに窒息して死んだ。
(25歳女性 主婦)
高校時代の友人の結婚式だった。
私はホタテ類の貝に強いアレルギーがあり、友人もそれを知っていたので、料理にそれらが使われていないことを確認してもらったと聞いていたけど、隠し味のソースに含まれていたエキスでアレルギーを起こし、喉が腫れ上がり呼吸困難で死んだ。
(4歳女性 幼稚園児)
おかあさんのたんじょうびだった。
よろこんでほしくて、おふろそうじをさきにやってあげた。
でも、あしがすべっちゃって、おふろのなかでひっくりかえっておぼれてしんだ。
(60歳男性 警備員)
定年退職一ヶ月前だった。
警備を勤めている会社の経営が怪しいとは聞いていたが、もうすぐ退職する以上気にする必要はないと考えていた。
誰かが何かを叫んだ直後、リストラされて屋上から飛び降り自殺した社員の下敷きになり、脳挫傷で死亡した。
(13歳男性 中学生)
自動販売機でジュースを買おうとして、百円玉を落とした。販売機の下に手を突っ込んで取ろうとしたけど、深く入り込んでいてうまくとれなかった。
その時ちょうどトラックが角を曲がってきて、音を聞いて逃げようとしたけど腕が抜けなくて轢かれた。
内臓破裂で口からお腹の中を吐き出して死んだ。
(48歳女性 無職)
病気で夫に先立たれて、孤独だった。
しばらくして、駆け落ちして出て行った息子夫婦が尋ねてきてくれるようになって、寂しくなくなってきた。
感謝を込めて遺産を息子夫婦に残すための遺書を書いた一週間後、買い物に出かけた時に財布を忘れたのに気付いて家に戻ったら、窓を割って金品を物色していた息子夫婦に鉢合わせし、部外者の強盗の犯行に見かけるためにと殴打されて出血多量で死んだ。
遺書のことは近いうちに話すつもりだった。
(17歳男性 高校生)
その日は、憧れの先輩に告白するつもりだった。
告白の言葉を考えながら歩いていて、マンホールがずれていることに気付かなかった。踏んだマンホールの蓋が傾いてそのまま下に落ちて、尾てい骨から頸椎を伝わった衝撃で脳が砕けて死んだ。
(12歳女性 小学生)
生まれつきの心臓の病気を治すために手術をした。
とても難しい手術だったけれど、友達が集めてくれた募金や両親の頑張って集めてくれたお金で外国のすごいお医者さんを呼んでもらって、みんなに応援されて手術は成功した。
でもその後、帰りの車がトラックとぶつかって内臓破裂で死んじゃった。
「うえー、苦しいし辛いよー。おかしいなー」
ここは、普通の人間の立ち入らない少し日常からずれた空間。
数え切れないほどのラベリングされたボトルの並んだ棚の奥、十歳にも満たない姿の少女が、床に並べたボトルの中の液体を舐めて顔をしかめている。
私は、探していたその子の思いもよらぬ姿を見つけて声をかけた。
「おやおや、何やってんだい?」
「あ、巫女様。あのね、このまえ読んだ本に『他人の不幸は蜜の味』って書いてあったの。それでね、甘いのかなーって思って」
「おバカだねえ、美化も装飾もされてない不幸の原液そのまま飲んだっておいしいわけないだろうに。それに、ボトルの中身に触っていいのは大人になってからだって教えたろう?」
私は……まあ、『巫女さん』さね。本当はただのアルバイトなんだけどね。
今は、この子の教育係が最大の仕事だよ。なんたって、この子は……
「仮にも『神様』なんだから、簡単なルールくらい守ってほしいねえ」
この娘は、世間一般に言う『疫病神』なのさね。
この子の仕事はこうやって、不幸な人間の無念とか怨みとかの記憶を器の中に捕まえて、原型が亡くなるまで混ぜて少しずつ現世に流していくこと。そして、その『不幸の原液』はまた新しい人間の不幸の種になって、そいつらが死んだり祓ったりすると疫病神のところに帰ってくる。
迷惑だと思うかい?
だけどねえ、そんなのは人間の勝手な言い分だよ。
何せ、不幸の記憶ってのは放置しておくと熟成して怨みやら呪いやらになってもっと性質の悪い不幸を生み出すからねえ。それに、文字通り『死ぬほどつらい』記憶なんてものはちゃんと処理しないと来世に響いて不幸を引き寄せたりフラッシュバックしたりいいことないからねえ。
賭け事とかで、負け続けてると次も負けるような『流れ』ってのがあるだろう? それと一緒さ。悪い過去は悪い運命を引きつけるのさ。感覚的にも、確率的にもね。
疫病神ってのは、ただ病気や災厄を振りまくだけじゃない、それを持って行って終わらせる、区切りをつけるって役割もあるんだよ。
どん底の時にお祓いとかすると、すごい気持ちが軽くなるだろう?
あれも、疫病神がそういう悪い気分まで一緒に持って行ってくれるからだよ。
そして、持って行ったものをまた少しずつ現世に流していく。一か所に集まって手に負えなくなるより、人間一人一人が自分たちの努力で対処できる程度の濃さにして分け合ってくれた方がまだどうにかなるからねえ。
神様の仕事は、人間を直接助けるばかりじゃないんだ。
人の手でどうにもならないものを、努力次第でどうにかできるようにする。『神は自らを助けるものをこそ救う』なんてね。
人間に嫌われる部類の神様だって、本当は勇者の村の周りに経験値稼ぎになるスライムしか派遣しない魔王様みたいな気遣いしてんさね。そうじゃなきゃ、とっくに人間なんて滅んでるよ。
「ほらほら、今日の仕事終わらせちまいなよ。そしたら、おねえちゃんがいいことしてやるさ」
「はーい」
「あ、そうそう。この消防士のボトル借りるよ。あと、他にもいくつかボトルを使わせてもらおうかね」
えーと、確かこの辺に丁度いいのが……ああ、これがいいかね。
ま、日頃の感謝だ、さっきの口直しに少しだけ『他人の不幸』の味わい方を教えてやろうじゃないか。
最近の表の世界では、よく『神秘がなくなった』とか『科学万能の時代』とか『神はなにもしない』みたいなことが言われてる。
でも、実際のところは違うんだよ。昔から人間を悩ませてきた『祟り』とか『悪霊』とかってのは、神様ってやつらが放置したこういうボトルの中身『不幸の原液』みたいなものから生まれた……『当人が死んでも終わらなかった不幸』から出てきたものなんだ。
だからむしろ、そういう神秘とか非科学的な現象とかが日常から遠くなって、いろんなものが常識の範囲内で回るようになってるのは、神様が真面目に働いてる証だよ。何せ、神様ってのは世界を上手く回すことが最大の存在意義だからねえ。むしろ、ちゃんと働いてない時こそ初めて意識されるんだ。
ほら、たとえば地球の自転だってそうだろ?
あれも『地動説』って神様が頑張って休まずに働いてるけど、人間たちはそれを『当たり前』とか『常識』とかって思ってるんだ。もし今サボられたら太陽が落っこちてきて人類は焼け死んじまうっていうのに。
神様の力ってのは、それくらい人間とスケールが違うんだよ。ちゃんと働いてるほど存在を認識されなくなるなんて皮肉だけど、逆に働けなくなってくるほど頼られて応援されてまた頑張れると思えば少しは救いもあるかね。ま、そのままクビになって新しい神様に乗り換えられる可哀そうな神様もいないではないけど。
私の仕事はこうしてまだ『なりたて』で経験の足りない神様に仕事を教えて、長く頼りにされる格の高い神様に育てること。
そして……
「巫女様! 今日のぶん流し終わったよ!」
「おうおう、早かったね。それじゃあ、約束通りいいことしてあげようかねえ」
私はいつもあの娘に勉強を教えてる机に、さっきの消防士のボトルともう一つ棚から選んできたボトル、それにグラス替わりの余ってたボトルを並べる。
(25歳 妊婦)
病院が火事になった。
もう臨月でお腹が重くて逃げられず、煙に追われて力尽きた。誰かが助けに来たことまではわかったけど、そこで気が抜けて意識を失った。
その後、私は一酸化炭素中毒で死亡。病院の外の救急車で死亡が確認された時、お腹の赤ちゃんは微かに生きていて帝王切開で取り出されたけど、一度も子供の顔を見ることはできなかった。
「上手く味わうには、こういうのをブレンドして飲み込むんだよ。ほら、『ある消防士が命と引き換えに妊婦を救い出し、その妊婦が最後の力で子供を産み落とした』とか……美談で口当たりもいいだろ?」
「え、でも……これ全く関係ない別の人のボトルだよね? 場所も全然違うし……」
「まあね、でも人間ってのはそういう『小さなこと』を無視してでも、信じたい都合のいい物語を信じるのさ。ただただ客観的な『事実』を書き留めた『記録』なんて面白くないからねえ。こういう加工がないと興味を持てないのさ。ま、素材の味を忘れてけばけばしく添加物だらけにしてとにかく客の目を引こうとするマスコミなんて種族もいるらしいが、実のところ歴史なんてそんなもんさ」
かの有名なアーサー王伝説だって、本当は一人の王様やそこに仕える騎士達の話じゃなくて、地域の伝承が時間とともに混ざり合って集合したものだしねえ。だけど、それが史実であっても『アーサー王伝説』という物語の価値は揺らぐことはない。むしろ、詳しく調べれば調べるほどのめり込んでいく人間もいる、いわば千年以上かけて熟成されたブレンドワインってやつかね。
ま、私の即席ブレンドなんて誰でも思いつくような『ちょっといい話』程度の出来だし、やっぱり大人の味だから本当はこんな子供に飲ませるものでもないんだけどね。
でもまあ、興味を持っちまったんだ。一度くらい味わわせてあげたくもなるじゃないか。
「どうだい? お味のほどは」
椅子に座る神様の後ろから、感想を尋ねてみる。
「うん、まだ苦しいけど、ちょっとだけ……おいしさ、わかったかも」
ポケットから、このバイトに配属された時渡された折り畳み式の剃刀を取り出す。
「そうかい、喜んでもらえてよかったよ。最後の晩酌」
「え?」
そして、後ろから小さな神様の頸をかき切った。
あっさりと、何もわからないまま、生まれて間もない『名もない疫病神』は沈んでいく。
「その味を知るには五年早かったね。だから言ったろう? 大人になるまで触っちゃいけないって」
何が起こったかよくわからなかった人もいたかもしれないから、簡潔に事態を補足しておこう。
簡単なことさね。巫女のアルバイトをしている私は今、仕えている神様であるいたいけな少女を後ろから不意を打って殺した。
酒でだまし討ちとは、まるでスサノオの八岐大蛇退治みたいだけど、まあ私は非力な人間だから仕方ない。使った凶器は、このアルバイトの支給品『オッカムの剃刀』って呼ばれてるものさね。まあ、小さな神様くらいなら概念的に殺せる刃物程度に思ってくれればいいよ。
私がこの子を殺した理由?
単純さね、これが私の『教育係』としての仕事の一つだからさね。
「ほんと、おバカだねえ。『他人の不幸は蜜の味』を知ってたなら『好奇心は猫をも殺す』は知らなかったのかね」
若いうちに人間の不幸に味を知った神は、そのうち自分好みの不幸を生み出すようになる。
特に、疫病神なんかはその役割的に権能を乱用されると世が乱れる。だから、こうやって生まれたての段階から監視を付けて、ちゃんと働くように教育する必要があるのさ。そして、教育に失敗したら力を持たない弱い内に速やかに抹殺して新しい首に挿げ替える。
最近の神様が真面目に働いてるのは、こうやって人知れず人間が信仰や神様を管理しているからだよ。
人間は自分たちに都合のいいものを未来に残そうとする。それは、歴史も物語も信仰も神様も同じさ。
ま、もちろん人間だって都合が悪くて消されることはあるし、私も油断してたら明日は我が身かもしれないけどねえ。
とりあえず、バイトの依頼人……まあ、上司みたいなもんだ。そいつに電話する。
「もしもし、私だよ。詐欺じゃない、第256地区担当の野分さね。担当してた疫病神が失敗したから新しいのを用意しなきゃいけなくなったよ。ホント、上手くいってたはずなのにどうしてこうもひん曲がっちまうんかね。誰の影響だろうねえ……あ? 文句言うなら私にじゃなくて合わない仕事割り当てた奴に言うんだよ。別に損失は大したことないだろ、また適当に無垢な浮遊霊でも捕まえて祠に縛り付ければいいだけさね。え? もうこの手の仕事は任せない? そうして欲しいよ、いくら人間じゃないからって子供の姿したものを殺すなんて気分いいもんじゃないからねえ」
全く、神に近い職のやつほど神様を敬わないやつが増えるってのは皮肉な話さね。実益が計算できるようになる辺りからダメになるのかねえ。
元々ただ祀り上げられただけのこの幽霊の子も、もしかしたら利用され続けるより普通に生まれ変われる方がまだ幸せだったりしてねえ。ま、それは殺した私の決めつけていいことじゃないけど。
「さーて、さっさといろいろ返上して、こんな後味の悪い職場おさらばしますかねえ……あ、そうだ」
私は、この子が飲み干して空になったボトルを使って宙を掬った。
(8歳女性 神様)
触っちゃいけないって言われてた人の不幸を舐めた。
そしたら、巫女様に注意されて、でももっとおいしい飲み方を教えてくれた。
それから、いきなり後ろから首を切られて死んじゃった。
「うーん、何が起こったのかよくわからなかったって感じが強いのかね。怨みの色がどうにも薄いねえ」
でもまあ、仮にも神様の『不幸の原液』だ。
人間が飲めば、きっとなかなか出来ないような体験ができるだろうねえ。
「疫病神様の存在意義を否定するようで悪いけど、私は自分の手で生まれた不幸を世界にばらまくつもりはないね。さすがに死にたくはないから一気には無理だけど、一生かけてでも飲み干してやるさ」
贖罪の気持ち?
そんなもんじゃない。ただの戒めさね。
『いつ死ぬかわからない』ってのがわかってた方が、まだ長生きしやすそうだからねえ。
ま、育ててきた身としてはちょっとくらい感傷的にならないわけじゃないけど。
オチなんてないさ。
よく『世界にはろくに食べるものもなくて死んでいく不幸な子供もいる』なんて言うけど、別に不幸な死なんて貧困だろうが裕福だろうが関係なく起こるしねえ。そこにいちいちドラマを求めてたらキリがないよ。
抵抗の余地もなく理不尽な死に追いやられるって意味でも、生まれたときから絶対的に生きるためのリソースが少ない環境だろうと、突然過ぎて対処する暇もなかっただけだろうと大差ない。死ぬときには死ぬんだよ。
今回の話は、神様だって例外じゃなかってだけの話さね。
ま、だけど……あの子のために一つくらいそれらしい教訓を残しておいてあげようかねえ。
「おい、ネットや世間話なんかで『他人の不幸』を見聞きして悦に浸る人間たち。『ザマアwww』とか笑ってないで気をつけた方がいいよ、なんせあんたらが味わってるそれは、どっかの誰かから溢れた『不幸の原液』だ。他人の不幸を貪るようなやつはどんなに偉かろうとロクな死に方しないよ」
私らが神様をどんなに管理したところで、人間の自己管理がなってなきゃ意味ないしねえ。
ま、誠実に生きたところで大往生できるかは運次第だけども。
神様云々はともかく、知らない内に怨みを買うような生き方するよりはそう思ってた方が、まだマシな生き方できると思わないかい?
ちなみに、この作品の最初の構想は『冒頭のような人の不幸な最期が延々続く』というものでした(後味が悪くてインパクトの強いものを書きたかったので)。
それをマイルドにしようとしたら何故かこんなことに……最後までお付き合いいただけたなら、ありがとうございました。