サトル再誕
ここはとある洞窟の最深部。壁にはヒカリゴケが張り付き、蝋燭ほどには辺りを照らしていた。そんな淡い光に包まれた部屋に、一人の女性が佇んでいた。女性の恰好とても簡単なもので、大きな綿の布を腰に巻き、上には同じ布のシーツを羽織っただけのものだった。一見寒そうに見えるが、洞窟内の気温はほぼ一定で、このような恰好でも平気なのだ。白いシーツを被った顔は、彫刻の様に整った顔立ちだった。唯一黒い長髪は、手入れが行き届いておらず、ぐしゃぐしゃに絡まっている。肌が不健康なほど白いのはずっとこの洞窟に居て、日光を浴びていないからだろう。そして彼女のお腹は明らかに大きく膨らんでいた。
そんな彼女の耳が小さな足音を捉えた。すると、壁に開けられた小さな穴から一人のドワーフが、出てきた。赤に少し茶色を混ぜたような縮れ髪を生やし、丈夫な革製の服に中型のハンマーを背負っていた。ドワーフは入るなり、彼女と軽くキスをした。そして二人は抱き合った。誰にも邪魔されないこの瞬間を。
ドワーフは買ってきた食料を早速料理する。彼女に新鮮な料理を食べさせてあげられるのはこのときしかないのだ。できたスープはドワーフの彼がスプーンですくって食べさせてあげる。彼女も彼の出す食事をおいしそうに食べている。この睦まじい光景はスープの皿が空になるまで続いた。
「この子には私達とは違う自由な生き方をして欲しいわね。」
食事を終えた彼女は、お腹に手を当てながら話す。
「ああ、この子と君のためにこれからも頑張るよ。」
二人は再び抱き合った。
そして数日後、一人の男の子が生まれた。
サトルと名付けられた男の子はすくすく育ち、あっという間に7年という歳月が過ぎた。父親譲りの髪色で、髪型は母親似のボサボサ頭だった。服は綿のシャツと大きな布を巻いており、シャツの胸の部分に輪っかと麦という謎の紋章が刺繍されていた。言葉も話せるようになり、自由に走ったり、遊んだりしていた。しかし、場所は4年前と同じ洞窟であった。そのせいで、サトルもまた色白だった。
ボクはサトル。7歳、というのになったらしい。なんでも、生まれてから348日経つと歳というのを一つとるそうだ。ちなみに一日というのが24時間で、一か月は29日なんだそうだ。お父さんが秒はこの位だよ。と教えてくれて、1年は871948800秒なんだと分かったけど、実感しにくかった。だってここはいくら時間が経っても何も変わらないんだもん。算数はお母さんに教えてもらった。他にも言葉や文字、裁縫も習って、お母さんが褒めてくれた。でも、空っていうのはよくわからなかったな。どこまでも広がる天井。その日の内に白や青、赤に黒まで、いろんな色に変わるんだって!出来れば見てみたい!そんな思いがボクの胸に溢れていた。
お父さんはいつもどこかに行ってしまう。もっと一緒に遊びたいのに。
「じゃあ今日もこのくらいな。また今度遊ぼう。」
お父さんはボクを肩車から下ろして、絨毯の上にストンと立たせた。
「え~もう少し、お父さんと遊びたい!」
ボクはお父さんにお願いした。
「すまんな、どうしても行かなくちゃならんのだ。でも、お母さんに何かあったらサトルが守ってやるのだぞ。」
「うん!ボク、お母さんを守る!」
「よし、よく言った。じゃあお母さん行ってきます。」
「ええ、行ってらっしゃい。余り遅くならないようにね。」
お父さんがいつもと同じように穴をくぐっていく。ふあ~遊んでちょっと疲れちゃった、少しだけ寝ようかな。
ん?なんだか騒がしい声が、この声はお母さん?
「サトル!サトル!しっかりしなさい!サトル!」
「お、母さん・・・?どうしたの・・・?そんな大きな声を出して・・・。」
眠気眼で答えると、目に涙を溜めたお母さんが抱き着いてきた。
「よかった、無事なのね。」
ボクの耳元で泣いていたけど、うるさくなかった。部屋の中がぐちゃぐちゃだ。おもちゃ箱をひっくり返したみたいに色んなものが散乱している。タンスや食器棚は倒れ、天井も所々落ちて、小さな破片になっていた。
「え?こ、これって、何があったの?どうなってるの、お母さん。」
ボクが体を離すと、さっきまでの泣き顔はどこにも無く、真剣な眼差しでボクを見た。
「サトル、これ持って外へ出なさい。時が来ればサトルに真実を教えてくれる。さあ、早く!」
お母さんが、一通の封筒を差し出した。
「嫌だ!ボクはお母さんと一緒がいい!」
すると、お母さんが急ににっこり笑って、
「大丈夫。お母さんも後でちゃんと行くから。先に行って待ってて。」
「う、うん。」
ボクは穴に入ると、コケに照らされた一本道を走っていった。
「ごめんなさいね。サトル。」
本当は、出られない。あなたの通った穴は、私には小さすぎる。あともう一回、地震が起きたら、この洞窟は崩れてしまう。せめて、サトルだけでも、
またも部屋が揺れ、天井が崩れる。大量の岩が部屋を埋めようと流れ込んでくる。
「自由に、生きて。」
床に落ちた石を避けながら洞窟を走るとコケはだんだん無くなり、先が白く光っていた。
「う、まぶしい。」
壁がなくなった先は、光に満ち溢れた世界がひろがって、って目が、目~が~。
両手で目を押さえると、急に足元が震えだした。な、なにこれ!バランスを崩し、尻餅を着くと、今度は足どころかお尻も震えて来た。何がどうなってるの。すると後ろからガラガラと音が聞こえてきた。振り返ると、今来た洞窟から何個も石が転がって来る。突然洞窟の天井が崩れ、洞窟が埋まってしまった。
そのときは目の痛さとか、地面の震えとかは何も感じなかった。
「お母さん、お母さん!」
ボクは洞窟に走ると、石を外に捨てていく。
「お母さん、お母さん、お母さん。」
でもどうしても持ち上げられない石があった。
「ふぎゅー。」
動け、動けと念じながら手に力を込める。それでもびくともしない。負けるものかと思い、何度も踏ん張った。
しかし何度してもその石が動くことはなかった。
次はシオリだけど、どうしようかな・・・