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企画ものには今回が初めての作品です。
小さい頃『ヘンゼルとグレーテル』が好きだった。
普通の子がよく言うお菓子の家が食べたいとかじゃなくて、魔女が好きだったから。そう言うと皆は変だと言った。自分でも思う。
何故だか分からないが、子供心に可哀想だと思った。だから、自分だけでも好きになろうと。
因みにどうしてこんなことを考えているかというと、現実逃避だ。
目の前に広がるお菓子を半目で眺めながら。
事の発端は10分前に遡る。
私はいつものように路地裏を歩いていた。そんなところを通ったら危ないよ、と誰かが言うかも知れないがここを通らないと帰りが2時間以上かかる。
狭い路地裏を通り抜け、やっと家かと安堵したのも束の間で見えたのはお菓子の山だった。
夢かと思い頬を引っ張っ叩いたら、痛さだけが残り、景色は変わらなかった。そして、今に至る。
このままでいても仕方がないと、重い腰を上げ、歩きだした。
「お菓子ばっか」
ビスケットにチョコレートにキャンディーにマシュマロ、数種類のお菓子で出来た家にチョコレートで出来た川にはグミとマシュマロの魚が泳いでる。地面は綿飴で出来ていてふわふわだ。花は飴細工、草は抹茶味のチョコ。
歩いて30分。同じような光景に流石に飽きてきた。
お菓子はあるけど、ひとっこ1人いない。
「もうやだー」
その場に座りこんで愚痴をこぼす。
「なんで私はこんなところにいるの?私はただ家に帰ろうとしただけなのに」
「何してるの」
「え?」
その低い声に顔を上げると此方を見下ろす男の人。全身を覆うローブに目元が隠されて見えないがチラリと青い髪が見える。
「人いたー!」
思わず抱きついてしまった。慌てて離れようとしたら、腰に手を回されて離れられない。
「どうしたの?グレーテル」
一瞬何か分からなかったが、慌てて否定する。
「あの、私はグレーテルさんじゃありません!」
というか、グレーテルって『ヘンゼルとグレーテル』のグレーテル?いや、違うよね?
「何言ってるの、グレーテル。グレーテルはグレーテルでしょ」
「いや、だから人違い──きゃっ」
私を軽々と横抱きにした男の人はそのままスタスタと歩き始めた。
「早く行こ、グレーテル。ヘンゼルが待ってる」
「へ?」
ヘンゼル?グレーテル?それにお菓子の家。これじゃまるっきり『ヘンゼルとグレーテル』じゃないか。
「グレーテル、どうしたの?具合悪い?」
此方を心配げに見つめる男の人。そういえば、この人は誰だろう?
「あ、大丈夫です。それで貴方は」
「さあ、着いたよ」
私が言い終わる前に男の人が遮った。
男の人の視線を辿るとそこにはお菓子の城があった。
あの道にあったお菓子の家に使われたお菓子とは比べるまでもなく多い。
男の人は私を連れて歩く。何も触っていないのに勝手に門が動いた。人の気配はない。
「これはね、僕の城なんだ。ヘンゼルとグレーテル。2人のために作ったんだよ」
私に話しかけてるようで独り言のように言う男の人はスタスタと歩いていく。男の人が通ろうとする度に扉も開かれ、閉められる。
「着いたよ、ここにヘンゼルがいるんだ」
男の人は1つの扉の前で止まった。その扉は他のどの扉とは違ってビスケットやチョコレートで作られたものではなく無機物でまるで牢獄の扉のようだった。
男の人は私を片手で支え、ローブの中に手を突っ込み、鍵を取り出した。
鍵を開け、扉に手をかけるとギギッという音がした。
「ヘンゼルー、ただいまー。グレーテルを連れてきたよー」
部屋はお菓子じゃなかった。全て無機物。ベッドに机、椅子。カーテン、窓。
ここだけ切り離された空間のようだ。
「ヘンゼルー」
男の人が部屋の隅へと視線を向けた。私も男の人の視線を辿る。そして、それを見て小さく悲鳴を上げた。
それは人形だった。綺麗な衣装に金色に輝く髪と青い目の人形の少年だった。
それは首と手足を鎖に繋がれていてまさに異様だった。
「ヘンゼルー。グレーテルだよー。ほら!」
ヘンゼルと呼ばれたその人形に私を見せようとする男の人。下を向いてる顔を無理やり上げ、私の方に向かせる。
無機物の目が私の顔を写す。私はひきっていた。恐怖のあまりひきつっていた。
「ヘンゼル、グレーテルに会えて嬉しい?えへへ、僕も嬉しいよ」
男の人は人形に向かって話しかけた。それが異常で恐怖のあまり男の人から逃げ出そうとした。
「グレーテル。何してるのー」
口調は柔らかだが、男の人から感じるそれは怒気だった。
体が震えながらも「ごめんなさい」と何度も何度も繰り返す。
「うん、グレーテル。いいこ」
男の人は私の頭を優しく撫でた。
男の人は私を抱き上げると、私をベッドの上に下ろした。そして、近くに落ちていた鎖で私を繋いだ。あの人形のように首と手足を繋いだ。私はその時、何故か抵抗出来なかった。まるで自分の体が他人に支配されるように。
「さあ、グレーテル。晩御飯の準備をしてくるから、それまでお休み」
私はその言葉に従うように眠った。
「~~♪」
鼻歌を歌いながら、鍋をグツグツと煮る。
今日は気分が良い。やっと欲しいものを手に入れたんだから。
「さて、シチューの完成。グレーテル、喜んでくれるかな~」
シチューにパン、オレンジジュースにクッキー。それらを盆に乗せて運ぶ。
頑丈に出来た扉を開けて、手に持っていたものを机に置いた。
「グレーテル、起きてー。ご飯だよー」
眠るグレーテルに声を掛ける。グレーテルが少しずつ目を開ける。
「あ、起きたー」
僕に気付いたグレーテルの目に恐怖が浮かぶ。あらら、怖がらせちゃったか。
「グレーテル、シチュー食べるー?」
シチューの香りが香る中、グレーテルのお腹が鳴って、グレーテルは躊躇いながらコクリと頷いた。お腹は正直だねー。
机からシチューを取り、スプーンで一口掬うと、息でフーフー。
「はい、あーん」
グレーテルは困惑している様子だ。なんでかな?
「グレーテル、あーん」
小さく開いたグレーテルの口にシチューを含ませる。熱かったのか、涙目になっている。可愛いー。
同じように何度もそれを繰り返す。
食べ終わり、空になった皿を机に置くと、グレーテルに聞いてみた。
「グレーテル、美味しかった?」
コクリと頷くグレーテル。
「それは良かったよー。──じゃあ、お休み」
それを合図にグレーテルは後ろめりに倒れこんだ。
僕は眠ったグレーテルに布団をかける。
ベッドから離れ、ヘンゼルの元に行く。
「ヘンゼルー。グレーテルばかりに構ってて拗ねちゃった?あはは、ごめんごめん。許してー。……ヘンゼルとグレーテル、そして僕。ずっと、一緒だからね」
「グレーテル。起きたー」
目の前に『 』の顔。
「『 』おはよー」
返事をすると、嬉しそうに笑う『 』。
部屋の隅にいるヘンゼルおお兄ちゃんにも挨拶する。お兄ちゃん、なんで何時も部屋の隅に居るんだろう?
「はい、グレーテル。これをどうぞ」
『 』からビスケットを貰った。
「わーい、ありがとう。『 』」
「グレーテル」
ビスケットを食べる私に『 』が言った。
「僕達ってずっと一緒だよね」
「当たり前じゃない!私とヘンゼルお兄ちゃんと『 』、ずっと一緒よ!」
『 』が私に抱きついたので私は『 』の頭を撫でることにした。
『 』は心配性だな。ヘンゼルお兄ちゃんも私も──あれ?私ってお兄ちゃん、居たっけ?
「グレーテル?どうしたの?」
此方を覗きこむ金色の目。ああ、そうだ。『 』に心配かけちゃだめだ。
「何でもないよ『 』」
ここには私とヘンゼルお兄ちゃんと『 』だけ。
【こうして、ヘンゼルとグレーテルと魔女は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし】
いかがでしたか?
面白かったでしょうか、怖かったでしょうか。つまらなかったらすみません。