思わぬ人の、思わぬ反応
まだ何か言いたそうな湯北くんを、さらなる笑顔で石化させ、私はなんとか話をそこで断ち切った。
ああヤバかった。
いや、図らずも認めちゃったけど、そこまでまずい事態にはならない……と信じたい。
でもその夜は落ち着かなくって何度も夜に目が覚めてしまった。私も意外と繊細なのね。
それからしばらくはとても平和な日々で、「言いません」と誓ってくれた湯北くんが、本当に誰にも言わずにいてくれたんだな、なんて安心していたんだけど。
「じゃあ今日は、この依頼書の承認経路と確認ポイント諸々を教えるね。そのままこの仕事を引き継いでもらうつもりだから頑張って覚えて」
そう伝えた私をじっと見た紗希ちゃんは、キッとひと睨みして顔を背けた。
え、なんでその態度? 私、なにか気に障ることでもしたんだろうか。
隣でユナちゃんが「もう紗希ったら、先輩にそんな態度ダメだよ!」と、小声でたしなめているのが聞こえてきて、気のせいではなかったと理解する。
意を決したようにもう一度紗希ちゃんは私と目を合わせたけれど、なぜか目のふちが赤い。
じわっと涙が盛り上がったように見えて、内心「ええっ」と混乱していたら、紗希ちゃんはサッと席を立ち「すみません……」と一言残し、席を立って行ってしまった。
えええ、今、泣いてなかった?
ポカンとしたまま紗希ちゃんの去っていった扉を見ていた私に、ユナちゃんが困ったように笑いかける。
「すみません、クミ先輩。紗希、お昼休みにちょっとショックなことがあって。私が業務説明を受けて、紗希にもちゃんと伝えておきますから」
「そ、そう。大丈夫……?」
「はい、仕方がないことなんで」
しっかり者のユナちゃんは、口だってかたい。気にはなるけど理由を尋ねるのも野暮な気がして、私はそのままユナちゃんへの業務説明を終えた。ユナちゃんなら、確実に紗希ちゃんにも伝えてくれるだろう。
その判断は間違ってはいなかったみたいで、業務の引き継ぎには特に問題もなく、ユナちゃんも紗希ちゃんも、新たな業務も難なくこなしている。
ただ……あれからずっと、紗希ちゃんの様子がおかしい。なんかよく紗希ちゃんからの視線を感じるし、その視線がまた、ジメジメした感じなのだ。
しかも、振り返るとサッと視線を逸らされてしまう。
なによもう、なにか言いたいことがあるなら、言ってくれたほうがよっぽどスッキリするのに。
まる一ヶ月その状況に耐えた私は、ついにみんなが食事に出て、紗希ちゃんが電話番で残ってくれたお昼休み、思い切って聞いてみることにした。