だから、何?
しかし、しかしだよ。
それのどこがいけないって言うのよ。
課長本人にだって悟られたことはない。これから先だって言うつもりもない。誰にも迷惑かけてないんだもの、そもそも詰問される謂れなんか無いはずだ。
こんな事でバレたら、いたたまれない状況になるに決まってる。ごまかせ、ごまかせ私。
「やだな、何言ってるの。課長は奥さんと超ラブラブだよ? お子さんだってすっごく大事にしてるんだから」
「そんなところが好きなんですか?」
まっすぐに私を見つめてくる湯北君の目には、これっぽっちの揺らぎもない。
確信しているようだった。
なんで、いつ、そんな確信を持たれるような事をしでかしてしまったんだろう。ぜんぜん、まったく、覚えがない。明日から、もっと気をつけなくちゃ。
だってこれは誰にも……課長本人にだって、気づかれちゃいけない気持ちだもの。
でも、今この局面は肯定さえしなければ問題ないはず。
私はにっこりと微笑んで見せてから、カップの中のミルクティーをゆっくりとかき混ぜる。視線を逸らしたのは、ミルクティーを見ているだけだと思ってもらえるように。
「しつこいなぁ、まぁ……湯北くんがそう思うのは勝手だけどね。課長とか、他の人に変な事言わないでね。誤解されると私も課長も迷惑だから」
「言いません」
「そう、ならいいけど。じゃあ、私、まだ仕事残ってるから」
「待ってください!」
「うわっ、熱つっ」
さりげなく湯北くんの隣を通り過ぎようとしたのに、肩をグッと掴まれてしまった。熱いな、もう。ちょっとミルクティーが溢れちゃったじゃない。
「す、すみません」
慌てて置いてあったティッシュで拭いてくれるところは、それなりに気がきく可愛い後輩なんだけどな。
「いいよ、大丈夫。私もう行くね、拭いてくれてありがとう」
「待ってください! なんで課長なんですか! 久美さんだって言ったじゃないですか、奥さんとお子さんをすごく大事にしてるって……課長を好きになってもどうしようもないでしょう」
「だから、何?」
反射的に予想もしない硬質な声が出てしまった。
「思ってるだけでもいけない? 誰にも迷惑なんかかけてないし、これからだってかけるつもりないよ」
多分図星をつかれた気まずさからくるものだろう。ごまかそうって決めていたのに、思わず反応してしまった。だってこんなに面と向かって詰め寄られたことなんかなかったから。
自嘲の笑いが漏れてしまう。私もまだまだだな。
「すみません、久美先輩。あの、責めるつもりはなくて……その」
私に珍しくキレられてしまって、湯北くんも気まずそうにうつむいた。すまん、私も大人気なかった。でも、余計なお世話だからね。