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いらない者たち

 中はペチャンコになった自動車が所々にうず高く積まれたジャンクヤードの様なところだった。その隙間隙間にテントやトタンを雑に繋ぎ合わせた小屋が点在している。思ったよりも多くの人がいて、そこかしこから会話や笑い声が聞こえ、いくつかの潰れた車の上にはラジカセが置かれそこからメタルやロック、はたまたカントリーやジャズなど様々な音楽が聞こえてくる。そんなとても明るい雰囲気だった。

 俺は一番奥にある大型のシェルター型テントまでアリスに連れてこられた。テントには門に描かれていた落書きがまたあった。


「ボス。入ります」


 アリスはそう言うと俺を引っ張ってテントの中に入る。


「やあ、おかえりアリス。僕が新人狩りの連中のことを話した途端、飛び出して行ってしまったからどうしたかと思っていたけれど、無事でなによりだよ」


 三十代前半くらいの眼鏡を掛けた優しそうな男が振り返った。


 この人がボスなのか?思ったイメージと真逆だな。


「ごめんなさい。でもちゃんとやっつけてきましたよ。私、弱い者いじめとか許せないんですよね」


 アリスがドヤ顔で胸を張る。


「それで、そちらの少年が”弱い者”かな?」

「あ、どうも・・・ユウトといいます。この度はアリスさんに助けていただきまして・・・」

「ハハハ、そんなにかしこまることはないよ。」

「それでね。このユウトを仲間に入れてあげてもらえないかな~っと思いまして」

「もちろんだよ。来る者拒まずが僕の信条だからね」

「あ、ありがとうございます!」

「私の名はクラム。ここでは一応ボスということになっている。では来たまえ、ここを案内しよう」


 クラムさんに連れられてテントを出る。


「そういえばこのテントに描かれているのは何なんですか?街中でも見かけましたけど」

「それは僕たちのマークだよ。このエリアではいくつかのグループに分かれて人々が暮らしている。グループ同士は争いあうことも多くてね、これは自分たちの縄張りを示すマーキングなのさ。入区管理所を出てすぐのところにもあっただろ?」

「ああ、そういえばあった気がします」

「もともと僕たちはあそこにいたんだ。そうすれば必然的に新参者をチェックできるし、勧誘も出来るからね。だが当然、他のグループはそれを良くは思わない。それでちょっとした争いになってね。結局あの場所は放棄するしかなくなった。同じ様な理由で何回か場所を変えて、やっと最近はここに落ち着いているんだよ」


 ジャンクヤードには娯楽施設が充実していた。ポーカーやブラックジャックを楽しむギャンブル場や、数台のビリヤード台が屋外に置かれているだけの青空ビリヤード場。地下には射撃場があったし、スクールバスを改装したカフェ兼バーもあった。利用料は全てVPで支払う様だ。武器屋もあったが高価すぎて手持ちのVPではとても買えなかった。


「そしてここが、君の寝泊りするところだ」

「ええ!?これって・・・犬小屋・・・ですよね?」


 トタン屋根の下に犬小屋が二つあるだけの場所だった。


「すまないが、新人はみんなここに寝るのが決まりなんだ。寝泊りできる場所は限られているからね。後でスクールバスの店に来るといい、君の歓迎会を開こう。それでは、また後で」


 そう言うとクラムさんは元のテントに帰って行った。


「私は赤い屋根の犬小屋を使ってるから、ユウトはそっちの青い屋根のを使ってね」

「え?君も新人だったの?」

「そうだよ。私は二週間くらい前にこの島に来たの。あ、それから私のことはアリスでいいよ」

「じゃあアリス。アリスはもうコンテストには出たことがあるんだよね」

「うん、一回だけね。二回目からは任意なんだけど、私は次も出るよ。上を目指しているから。でも安心して、ユウトのことは狙わない様にするから」

「上を目指すってV&Vに出たいってこと?」

「そうじゃないの。私の目的はいわばその副賞の様なものよ」

「副賞?」

「そう、番組への定期的な出場を条件にこの島から出ることが出来るの。元の暮らしに戻ることが出来るのよ」

「そうなのか。じゃあここの人たちはこの島からの脱出を目指して頑張っているんだな」

「いいえ。ここでそう思っているのは私だけよ」

「え?どうして?」

「うーん、それはクラムさんたちに聞いてみてよ。じゃあ私、歓迎会の準備手伝ってくるね」


 そう言ってアリスは小走りで去って行った。




 日が沈んだ頃、俺の歓迎会が始まった。

 スクールバスの前にキャンプファイアーの様にたき火を燃やし周りを取り囲みながら飲み食いし騒ぎまくるというものだ。正直こういう雰囲気は苦手だった。酒臭い息の大人たちに囲まれて、軽く俯きながら缶詰のシチューを口に運ぶ。ここではこうした缶詰の食事がほとんどだという。


「やあ、賑やかなのは苦手かい?」


 クラムさんが声を掛けてくれた。


「はい。そうですね、ハハ・・・」

「それなら少し夜風に当たってくるといい。僕も共に行こう」


 そうしてクラムさんに連れてこられたのはこの場所で一番高く積まれたスクラップの上だった。そこからはこのジャンクヤードが一望出来き、心地良い風が時折吹いた。


「そういえばクラムさんたちは番組の出場権を得てこの島からは出ようとは思っていないんですか?」

「そうだね。ここでそう思っているのはアリスだけだ」

「それはどうしてですか?」

「そうだね。普通の帝国での暮らしと同じだよ。向いている人もいれば、向いていない人もいる。才能を持っている人もいれば、持っていない人もいる」


 そう言ってクラムさんは右手を差し出した。指を開くとその間には薄い透明な膜が張っていた。水かきの様だ。


「僕の能力はこれでね。残念ながらコンテストに水中戦はないんだよ」


 そう言ってはにかんだ。


「こうした僕の様な戦う能力を持っていない人間でも生きていける様に、僕はここにいるのさ。たとえ”いらない者”でも生きていく権利はあると思うからね」

「そうですね・・・きっと」

「君はどうするんだい?ここで僕たちと共に暮らしていくか、それともアリスの様に上を目指すか」

「まだ決めていません。それより、その上を目指すっていうのは?」

「そうか、アリスから聞いたが君は説明を受けていないのだったね。V&Vは五つのランクに分かれているんだ。テレビに出演できるのは最高ランクのプラチナだけ。その下にゴールド、シルバー、ブロンズとあって僕たちが今いるのが一番下のビギナーランクだ。そしてこの廃墟となった都市はビギナーランクの人間専用のエリアなんだよ」

「なるほど、じゃあアリスは勝ちまくってプラチナを目指しているんですね」

「そうだね。ただ勝ちまくる以外にも条件がある場合もあるけどね。それより君はとりあえず初戦を生き抜くことに集中したほうがいい。少なくとも自分の能力を制御出来る様にならなければね」

「はい・・・精進します・・・」




 寝床に戻ってくるとアリスが犬小屋に顔だけ突っ込んで寝ていた。遠くから陽気な音楽が聞こえる。どんちゃん騒ぎはまだ終わっていない様だ。そばに毛布がほっぽり出されていたので仕方なく体に掛け直してやる。


「ん・・・」

「あ、ごめん、アリス。おこしちゃった?」

「ん、大丈夫。・・・そういえばさ。ユウトはどんな罪を犯してここへ来たの?」

「ああ・・・すごくくだらないんだけど。ストレス発散のために・・・その・・・万引きを」

「・・・そっか」

「アリスは?あー、言いたくないなら別に」

「ううん。私はね、本当に仲の良い親友がいたんだ。いっつも一緒にいる様な。それである日、いつもの様に一緒に学校から帰っていたらその親友が怪しい男に襲われそうになって。それで私、空手やってたんだけど、思わず全力でそいつを殴って大けがを負わせちゃったの。後遺症が残るくらい。それで裁判で正当防衛か過剰防衛か争われたんだけど、結局過剰防衛ってことでこの島に隔離されることになっちゃたんだよね」

「じゃあアリスがこの島を出たい理由って」

「そう。その親友にまた会うため。約束したんだ、絶対にまた会おうねって」

「そうか・・・」


 そうしてアリスは寝返りをうつと再び眠りについた。


 なんだか自分が恥ずかしくなった。自分勝手な理由で罪を犯した俺と、人のために罪を犯したアリス。しかし後悔しても、もう遅い。それは揺るぎない事実だった。

 とにかく俺も寝ることにしよう。今日は疲れた、コンテストのことはまた明日考えよう。


 そうして俺は犬小屋を背もたれに眠りについた。

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