見参! 目にもの見せてくれるわ!
キズ男の銃が吹っ飛んだ。こんどは200メートルばかり遠方へ低い弧を描いて。同時にヤツの体も反対側にぶっ飛ぶ。そして漢字の『出』の文字みたいに倉庫の壁面にしたたかにぶつかり、そのまま張り付けられたトマトのように崩れ落ちた。
「何ごとだ!」俊に馬乗りになった男が顔を上げて叫ぶ、と同時にそいつもほぼ真上に投げ上げられて「窮~~~~~」と打ち上げ花火のような叫びと共に最後にはまた俊のいたすぐそばに落ちてきて三度ほど尻で跳ねた。逃げようとしたもう一人を黄色い影がむんずと掴み、今度は横方向へと放る。人間大陸間弾道ミサイルは向うに積んであったコンテナ群に突っ込んでいってかなりの数の被害を出した。木くずや何かの破片が派手な音とともに散った。
残った黒服たちは、一瞬のうちに起こった出来事に全然対処しきれていない。どいつも銃は抜いたものの、何が起こったかは全く把握できていない様子で、まだきょろきょろしている。
朝もやの中、ヤツらはようやく見た、対陣する正義の姿を。
「素人相手に飛び道具か」
拓人のすぐ前、向かう男たちからの攻撃の盾となるべく立ちはだかっているは、
「アサギ!!」
浅葱色のタスキが、ちょうど昇り始めた旭日の中で燦然と輝いた。
「間に合っちまったな」ふり向きざまにつぶやいたアサギ、拓人にキズ男から奪いかえした変化章を投げ渡す。拓人は巧みに片手でそれを受け取った。
「オメエなんぞ必要ないが、一応渡しとく」拓人はうなずいて、変化の姿となった。
「ソ、ソイツらこ、殺せ」ようやく潰れたトマトがよろよろと立ち上がった。本当に額が切れている。新しい傷の発生現場にどうやら立ち会えたようです我々は。
「ならばウチらも、本気ださな失礼ですわ」ひっ、と黒服どもは後ろからの声に飛びあがる。いつの間にか背面にはワカクサ変化。
「残りは、5人ですか。ちょうどいい、ウチらと同じやわ」
俊をかばうように立つのはサクラ変化。今日はユキだが、低く抑えた声に闘志がみなぎっている。
「アタシはもう2人位いても大丈夫よ」
「ボクも戦うよ」俊はパジャマの袖をまくり上げ、縛られていた手首をほぐすように軽く振った。
「じゃあコイツ縛るの先に手伝ってよ、ずっと乗っかってたら死んじゃうかも、この人」
さっき足下に降ってきた男がしぶとく起き上がろうとしていたところに、しっかと座りこんで抑えていたのはウコン変化。
「サッちゃん、ボクがここを守るからコンテナの方に行っちゃった人、連れて来てくんない?」
サクラはゴーグルの下から優しい目で俊に笑いかけ(目が合った俊は胸を押さえる。ヤバい、心臓発作になりそうなのは父さんじゃなくてボクの方かも)、急に白っぽい光となって彼らの目の前から消えていった。一陣の薫る風が俊を巻いた。
「撃て!」キズ男がわめく、と同時に男たちは一斉に銃を発射した。
それが間違いなんだって。勝負はあっという間に、正確に言うと6分27秒でついた。
パトカーが大挙して訪れたのはそれから数分後だった。
戦い終わって朝が来た。
彼らはすでに変化を解いて、オトナの仕事を眺めている。
警官が片っ端から要領よく黒いオジサンたちを拾い集めていった。そんな中、
「スーちゃん、」拓人、よろめきつつスーちゃんに近づく。
「やっぱ、来てくれたんだ。しかもヘンゲして」スーちゃん、何も応えない。
「なんだかんだ言ってもやっぱり、オレのこと心配してくれて……ぎぇっ」
スーちゃんの見事な腰だめパンチが腹部に決まった。
悶絶する拓人を冷ややかに見下ろすスーちゃん。
「な、なんだよ、すっかりオレのこと好きになったんかと思ったのに」
「安心しろ」口調もしっかり冷えひえです。
「相変わらず大嫌いだからな」
「あの……」心配そうな俊の肩をぽんぽんとたたいて、伝ちゃん
「大丈夫、いつものことやから。ま、痴話ゲンカみたいなもんよ。それよかほら、お母さん来はったよ」
母親の日名子が倉庫の向こうから走って来た。昨日は喪服だったし、あんな場所だったので人形のような印象だったのだが、今はまだピンクのジャージと素足にサンダル、髪もボサボサ、化粧っけのない顔を上気させて「シュン!」懸命に駆けてくる。その姿になぜか拓人は、じん、となった。
母さん、やっぱあの女性相手じゃ勝てなかったぜ。あんなに一途な目、オレに向けてしてくれたこと、あったか? 父さんに対してもさ。
「母さん」俊介は素直に、母に抱かれて顔をその肩にうずめた。母は目を見開いて彼の顔を両手で挟み、何度もなんども無事を確かめていた。
「シュン、ケガはない? 大丈夫? やだ、殴られたの? 誰に? 言って! 殴り返してやる、うちのシュンを……」
「平気だよ、こんなの。ごめんなさい心配かけちゃって」
母は人目はばからずわんわん泣いていた。また、がばっと俊を丸抱えする。
「ごめんなさいはこっちよ、ほんと怖い思いさせて、私が意気地ないばっかりに。みんなアナタに任せっきりで」
「やめてよ、母さん……みんな見てるよ」
そう言っている俊の表情は伺い知れなかった。それでも、彼女を掴む手の指先はひたむきに力強かった。
伝助がそっと拓人の肩に手をかけた。
「うちら、行くね」
「サンキュ」ふり向かずに、拓人はこたえ、4つの影が小さく「散!」と叫んで消えていったのを背中で聞いていた。何故か分からないが、急に涙がこぼれた。




