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2/11

ご紹介が遅れました、息子でございます

 拓人、眠る男の枕元に座る。

 手を合わせることも忘れて彼は、その顔を凝視した。


 やつれてはいたが、どことなく見覚えがある。ようなないような。でも死んでるからよく分からない、本人に聞けないし。知っているのは、幼い彼を「タク坊ン」と呼んでよく肩車してくれたことくらい(らしい。それすら実は記憶がない。親戚のオバサンがよく言ってただけ)。

 母と共に生嶋の家を出てから、一度も会ったこともなければ声すら聞いたことがない。


 その男が今はものも言わず、ただ、ひとかたまりの骸となって彼の前に横たわっている。


「タクボンか、よく来たな」

 とか、

「見違えちまったぞ、拓」

 などと、もはや語りかけてくることもない。


 実は拓人、今のいままで何度となくそういうシーンを想像したことはあったが、何故か、この家を訪ねてみようなどと思い立ったことはなく、

「近くに越して来たんだから、いつか行ってみようかな、なんちゃって」

 くらいにしか思っていなかった。


 そんな自分に、現実はなんとめた答えを用意していたのか。


 拓人、思わず目頭が熱くなってきた。次々とあふれる涙を止めることができない。


 喪主と、そばに座っていた親類連中が、拓人の様子に気づいた。

「キミ……」

 中年の男が近づいた瞬間ふりしぼるように、彼が発した一言が、


「オヤジ……」


 いっしゅん、屋内のすべての音が止んだ。


「キミ……今、何と」

 果てしない時の流れをようやく越えて、男が問い掛けた。

「キミ、今、言ったね。確か『オヤジ』……?」

 涙を拭こうともせずに、拓人はうなずいた。


 喪主の女性は呆然としている。急に、蜂の巣をつついたような騒ぎ。

「な、何だと。キミが兄貴の息子だって?」

「聞いてないわ!」「隠し子がいたってことなの?」「誰よコイツは」「キミ名前は?」「あのオンナの息子ってことかしら、計算が合わないわ」「ラーメン丼はお下げしてよろしいですか?」「遺産どうなるの?」誰かがイサン、という言葉を口にしたとたん急に、座がしん……となった。


 誰もが、黙って制服の少年を見つめている。騒いでいたのは、どうも死んだ男の兄弟とその配偶者たちらしい。そして、彼らはみな一様に少年に注目していた。

 あるものは憎々しげに、またある者は媚びるような目つきで。

 しかし、その全ての目線の中に見えるのは一種の畏れの色だった。


 少年は、そんな人々の表情にも一向に頓着する様子もなくじっ、と拓人を見つめていた。

 涙にくれながらも、拓人、同じように彼を見返す。


 急に、少年が拓人から視線を外し、皆を見渡してこう言った。

「申し訳ありませんが、少し疲れましたので部屋で休ませていただきます。

 あとはお願いしていいですか、母さん。あと大伯母さん、勝手なことを言ってすみません」

 オオオバサン、と呼びかけられたのが、どうも兄弟の中でも一番の年長らしい。彼女は、シワの寄った首もとにかかったこれ見よがしの巨大パールの粒々を、魔女のような爪でつまみながら、いかにも気のよさそうな大伯母様風に応えた。

「ええ、ええ勿論、シュンちゃんもパパの看病やら何やらで疲れがたまったでしょ。あとはワタクシたちにまかせてゆっくりお休みなさぃ。明日も早いからね。」

 シュンちゃんと呼ばれた少年はすい、と立ち上がり、さも何気なくこう付け足した。

「それと母さん、兄さんにはボクの部屋に一緒に泊まっていただけばいいね。」

「え、ええ」とっさのことで、母親はそう返事をしたものの、「でも」おろおろと立ち上がりかけた。

 それを軽く制して「いいよ、母さん。じゃ、おやすみ。」

 じゃあこちらにどうぞ、と少年に促されるまま、拓人はゆらりと立ち上がり後に続く。


 もうどうにでもなれ、そんな気も半分。後の半分は、彼の直感。なぜか、ここに残れと告げている。


 その後の親類一同の騒ぎは、むしろ知らないほうが幸せとも言えた。


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