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ほろ苦い、よりわずかに離れて

「それにしても……」伝助、ほとほとあきれた、というように

「初めて聞くわ、そんな話。よくもまあ」

「なんとでも言ってください」


 二人は、大きな用水路脇を、チャリでつらつらと並んで走っていた。


 一騒動が収まってまず警官から事情を聞かれた時に、あの港の倉庫に於いて判明した事実。


 聞いてびっくり。拓人と彼らとは、なんの血のつながりもありませんでした。

 それもそのはず、拓人が始めに目にしたあの看板に書かれていたのは、「生嶋」ではなく

「牛嶋」だったのですから。


「で、今度こそ間違いないワケね」

「ああ、ちゃんとオフクロに確かめたかんな」みつ子は、唐突な息子の質問にとまどいつつも、特に隠していたという風でもなく、生嶋の実家所在地を教えてくれた。

「ま、アタシもここ数年、連絡してないけどね。オトーサン? アンタの? 元気なんじゃないの? 殺しても死なないような人だから。ま、死んだら、そのくらいは連絡くるでしょ」

 オトーサン、に会ったらよろしくねー、みつ子、無責任に明るく笑って電話を切った。


「……で、住所っていうのが、一丁目じゃなくて、四丁目だったワケね」

「だってさ、ここの町内なんてどこもかしこも似たようなトコばっかじゃねーか」

 今度こそ、正しい生嶋家をつきとめてやる。住所さえ正しくわかっていれば、後は、少しばかり残っている(と、思われる)幼き日々の記憶をつぎはぎして、何とかたどり着けるだろう。

 オヤジは家にいるのだろうか、出かけているだろうか。あの牛嶋みたいな古びた屋敷だったという覚えはかすかにあったが、外からじゃ、居るのかいないのか分からないだろうし。


 ペダルをこぐ足がだんだんとのろくなっていく。


 とりあえず、アイサツだけでしもてったら? と、伝ちゃん。別にリコンだってタクちゃんのせいやないんでしょうし。堂々とアイサツしていけばいいわよ。


 でも、新しい家族いるかも。拓、俊のことを思い出して言った。そしたら、やっぱ、外からちらっとのぞく位でいいんじゃないかな?オレだって、しばらくは近くに住んでるから、来たくなりゃ、いつでも来れるしさ。


「へータクちゃん」伝助がまともに拓人の顔を覗きこんだ。

「ホンマ、怖いんとちゃう?」


 痛いところつかれ拓人、少しむっとしながらも、二人はすでに四丁目の核心部分へと……

「なんかさ……でかい道だなあ」行く手を、四車線道路に阻まれた。

「バイパスよ、去年開通したばっか。この辺、新しいお店もたんとできたし」

 拓人、しかたなく右折。バイパスに沿ってチャリをこぐ。道が大きな用水をまたぐ橋の下に、ようやく向こう側への抜け道を見つけた。頭の上を次々と車が通り抜けていく。

 道の下を抜けてすぐ、土手のすぐ脇に大きなパチンコ屋のネオンサインが光り輝いていた。

「ここだ、多分」拓人、チャリから降りて、ゆっくりとあたりを見回す。

「ここの川っぱたに、神社があって、その横の横くらいの、道沿いの家……」


 よく見ると、神社はあった。確かに。パチンコ屋の駐車場に押しまくられて、今にも土手から落とされそうになっている。少しばかり背の高い木が、二三本、申し訳程度に寄り添っていた。

「神社の、横の、よこ?」辿っていっても、神社の横はすべてパチンコ店。その横は……


「拓ちゃん、実家、ビデオ屋さんだっけ?」確かに、大人のレンタルビデオ店だった。


 拓人、ボーゼンと立ち尽くす。


「時は流れる、ね。まさに」伝、淡々とした口調。


 彼らの傍らを、車が次々と走り去っていった。





< 生嶋家御家騒動 了 >

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