生嶋家はこちらです
秋晴れの、ある日のことだった。
とある高校35HR 生嶋拓人は、ひとりチャリをこいでいた。
空は青く澄み、風は涼しいというには少し寒く、コンビニに少し早めの夕飯を買いに行っただけなのに、何故か少しだけ回り道をしたくなった、そんなリリカルな昼下がり。
いつもと違う路地を右に曲がってみた。
新しい家やアパートに混じり、こんもりと森のかぶさる小さな神社や、彼の背丈よりももっと高いがっしりとした生垣などがところどころに現れる。
くねくねと曲がりくねった路地は車さえ通れない幅でどこまでも続き、枝分かれして、あるいは唐突に車の多い通りに抜け、またあるいはぐるっと回って気づけば元の場所へ……
拓人、いまや完全に道に迷っていた。
「……っかしーな」コンビニの袋をプラプラさせながら、なおも惰性でチャリをこぎ続ける。
腹はまだそんなに減ってなかったし、天気はよいし、それにこの辺りには何か懐かしい匂いが……
はっ、と気づいてあわてて止まった。ブレーキがギャッと悲鳴をあげる。
前方10メートル程先、広い通りとこの小道とが交わる辻に、小さな白い看板。
看板の上に黒い矢印がこちらを向いていて、その下には墨字ではっきりと
『生嶋家』
彼は、ゆっくりと今来た方向を振り返った。
竹の垣根とブロック塀にはさまれた、その風景にどことなく見覚えが。
「もしかして」
彼の母、生嶋みつ子は、幼い息子の拓人を連れてこの地を後にした。
かれこれ12年以上前のことだ。
生まれてから数年、確かに暮らしてきた父の家に、それから彼らは二度と戻ることはなかった。
ひょんなきっかけで再びこの地に暮らすことになった拓人、実のところ『生嶋』という姓こそそのままだったが、オリジナル生嶋家とは全くの絶縁状態だった。
今は福岡に住む母も、元の生嶋の家のことについては何も話してくれなかったし。
「やっぱ、もしかしてさ……」
しかし今、吸い寄せられるように、拓人は矢印の方向へチャリを向けていた。
路地の終わり、もう少し広い道とT字につき当たったところにまた、看板発見。
さっきは通らなかった道だ。
指の形の矢印は、彼を更に別の方向へと差し招く。
次から次へと路地をまた一つ抜け、たった一つきり残った田んぼを回り、木立の脇をすり抜け、新しい一群の住居をかいくぐりやがて、拓人は緑濃き槙の生垣にぶつかって止まった。
私道がその背の高い垣根沿いに続き、家屋敷をぐるりと取り巻いている。脇の空き地にはすでに何台もの車が停められていた。
中の様子はここからでは立ち木にさえぎられて見えないが、確かに何か普段とは違う様子だ。
少し離れた場所から、複数の話し声などが聞こえてくる。
拓人は、チャリを垣根に寄せて停め、何かに招かれるかのようにフラフラと屋敷の中に歩を進めた。
受付の前を素通りし、拓人、いつの間にか座敷へと上がり込んでいた。
こんな場なので、誰も不審がる様子もない。気がつくと、彼は一番奥の部屋まで来ていた。
部屋のすぐ入口に、学生服の少年がきちんと背を伸ばして正座している。脇には母親らしい女性も座っていた。
他の弔問客が立ち止り、彼らの前でいったん座って深々と礼をしていくのを見るに、どうも、彼らが喪主であるらしい。
適当に挨拶しながらどうしても、二人の顔をまじまじと眺めてしまう。
喪主の女性の方は、拓人を見ると一瞬ぎょっとした様子だった、拓人、その視線をたどってふと眼を落とす、おお、そう言や、赤系のトレーナーだった。
しかもど真ん中に毒々しい文字で『DEATH』と。
拓人、背中に嫌な汗かきながらもつとめて何気ない風に、隣の少年にちら、と目をやった。
(あなたの、お友達?)目で語る女性に堪える、少年が、すっ、と目線をあげる。
制服は地元の公立中学のものだ。胸元のバッジを見ると、二年生らしい。ということは、拓人よりも三才は若いということだが、どう見ても、拓人よりか背は高そう。それに、こういう状況だからだろうか、やけに、彼は落ち着き払って大人びて見えた。
二人の目が合った。
(こやつ……デキる)
すべての点で勝てねー! 心の中で、拓人叫ぶ。
「あの……」ヤバい。何と言葉をかけて良いのか。
死んでるヤツが誰なのか、この子が、ホトケとどういう関係なのか、一切分かっちゃいないというのに、オレが何者なのかそれをここで問われたら、一体何と答えれば……
しかし、目の前の少年は拓人の目をまっすぐと見据えながら、落ち着いた声でこう言っただけだった。
「わざわざお越しいただきまして、ありがとうございます。父に一目、会っていってやってください」
亡くなったのは、こいつのオヤジか。
ノロノロと腰をあげ、ゆっくりと座敷の奥へ進む。
こいつは、生嶋の息子、ということで、横のが、ホトケのオクサンだった人、てことか? てことは、こに寝てるのはここの元主人、てことでいわゆるオレの……




