探し物(捜し者)
「んー……」
貝塚木彫は、唸っていた。
津屋崎家当主は、自分で探せと言っていた。
とはいえ、あらかた思い当たるところは探し尽くした。
最後に探した屋敷の蔵を出てから、木彫は少し心が折れそうになった。
「(……見つからない)」
物探しというのは、木彫の中で一番苦手としたものだった。
誘拐された人の捜索、盗まれた盗品の探査、これらは人に質問する際に、その人は嘘を言ったか否かを見抜くから、隠した場所を見つける事ができる。
しかし、誰も知らないものを探すには、彼の『人間観察』は全く働かない。
これでは、貝塚木彫はただ単にこの村を訪れた旅人同然である。
「おやおや、情けなくうろちょろですか。『監察官』」
振り返ると、そこに硯が居た。
この村の景観と、彼の紳士服がミスマッチしすぎて、何やら場違いである。
「……なんだよ。お前は『悪童』のありかでも思い当たるのか?」
「いえ、全く」
さらりと、躊躇いなく言った。
「(……嘘は、ついてないか)」
反応は無いと木彫は判断する。
「ところで、お前はどこ探してた?」
「軽く村を一周してきました。まぁ『悪童』とおぼしきものはありませんが」
「……そうか」
嘘をついている。
全部嘘か、一部だけか。
そこまではわからないが、
嘘をついている。
「では聞くが、探しただけか?」
「?何を言いますか。わたしが嘘を言ってるとでも?」
「そんな気がしたんでね」
確信している事は、黙っておいた。
少しでも、悟られてはいけないな思ったからだ。
しかし、一体何を隠したのか、木彫はわからない。
「ところで、貴方は何のために、『悪童』を求めここに?」
「好奇心だよ。ちょっと見てみたかったんでね」
本当は古河の命令なんだけど。しかし言いたくないので黙っておく。
「なるほど、先ほどの老翁と同じ理由ですか」
「俺を爺さんみたいに言うな。まだ二十代だぞ」
閑話休題。
「それよか、あんたは大変だよな。そんな格好で探してよ」
「まぁ、あまりアウトドア系ではないので」
の、わりには額には汗一つかいてない。
しかも爽やかスマイルときて、木彫は少しイラっとした。
「……屋敷に戻るか」
これ以上、不毛な会話を続けたって意味ないだろうな。と失礼な事を心の中で喋って、屋敷へと戻っていった。
屋敷には誰もおらず、鬼門だけが、客間に居た。
「おや、もうお手上げかね?」
嫌味ったらしく鬼門は言う。
「一休みだ。どうもそれっぽいとこを探したんだけど、どこにもない」
「仕方はないだろう。『悪童』は父の作品の中で、世間には一度も露呈されていない一品。それは私も一度も目にしていない」
「…………」
「?どうかしたか?」
「……いや、なんでもない」
この男は、嘘をついている。
私も一度も目にしていない。それが嘘だ。
この津屋崎鬼門は、『悪童』を一度見ている。しかししつこく問い出そうとしても、逆に黙り込んでしまうのは目に見えている。
仕方なく、問い詰めるのはやめておく。
「木彫さま。茶菓子をお持ちしました」
そこまで考えていると、使用人・宗像ノエルが、カステラとお茶をお盆に乗せて、部屋に入ってきた。
「あぁ、ありがとう」
「この部屋に誰かが戻ってきたら、茶菓子を寄越すようさっき手配しておいた。お疲れであろう」
「あー、まぁね」
持ってきたカステラを、一口サイズに切って、口に運ぶ。
「しかし、父も気の毒だな」
「ん?何故そうだと?」
「いや、まさか自分の作品が、金目当てにやってきた不届き者の手に渡るなんぞ、父は死んだ後に気がつくことに、気の毒だと思ったんだ」
「…………」
木彫の後ろに居るノエルの表情が、一瞬だけ曇る。
それが何を物語っていたのかは、ノエルの顔を見ていない木彫には知る由もないのだった。
「……確かに、俺は芸術家ではないが、共感は少なからず出来る。丹精込めて作った物が、価値を知らない人間に渡るのは、歯がゆいことだな」
特に、中洲川端金助は、『悪童』を所有する資格は無いと、木彫は思った。
ネイカと鹿鳴はどうかわからないが、最低でも、硯と蕨には渡って欲しいと願っている。
「ところで、海門はどこに行った?」
「あぁ、あいつは工房に居るよ。私がいつでも病床に着いてもいいように、『カラクリ』を製作している」
それは、将来の津屋崎の安寧の為に腕を磨いているように聞こえた。
しかし、聞こえただけであって、それから気にもとめなかった。
それが、由緒ある名家の運命であると決定付けたのだ。
「で、これは質問だが、君は何故、『悪童』を求めてここに?」
ここでつまらない嘘を言っても意味がないと判断し、本当のことを話す。
「……知り合いが『悪童』を欲しがってんだよ。だからかわりに来た」
「なるほど。代理か」
「店やってるんでね。長い間休むわけにはいかないらしくて」
「面倒な知り合いを持ったな」
「そうでもないよ」
この両腕がある限り、木彫はあの親子を、悪く思うことはあまりない。
しかし感謝はしているが、こじつけて厄介な頼みにはうんざりしている。
「(出来れば、もっと丁重に扱って欲しい……)」
そう考えていると、ごとん!と奥の方から、音がした。
「?なんだ今の?」
「確認させよう。ノエル」
「はい」
「あっ、俺も行こう」
というわけで、ノエルと木彫は、音のした方に向かう。
廊下を歩いてしばらく、血の匂いが鼻についた。
「……おい、まさか」
木彫がそう言いかけると、ノエルは足早に廊下を歩く。
血の匂いが強い部屋につくと、ノエルは思わず口を覆った。
それに続き、木彫もその部屋を覗き込む。
首から上が切り落とされた、中洲川端金助の遺体が、床に転がっていた。
〈観察中断〉