仲間入り(仲参り)
客間には、既に数人の男女がいた。
一人は、かっぷくのある肥満体の男。
一人は、紳士服を纏った痩身の男。
一人は、左目に眼帯をかけたポニーテールの女。
一人は、両目に包帯を巻いた男。
一人は、杖を片手に、糸目な老翁の男。
そして、部屋の奥に陣取るように座る、左腕の無い男。
合計六人が、この客間に居た。
「ただいま、お客様をお連れしました。父上」
「うむ。ご苦労だ海門」
左腕のない男は言う。
この男が、海門の父親にして、津屋崎家の現当主。木彫はそこまで推理した。
推理しながら、空いた座布団に座る木彫。
「……では客人。紹介しよう。わたしが津屋崎家の十五代目当主。『津屋崎鬼門』だ」
「それで」
と、紹介した後に、ふと眼帯の女性が、尋ねる。
「『悪童』のありかは、どこなのかしら?」
単刀直入。最早もったいぶらずに、女性は言った。
『悪童』という単語に、鬼門と海門は少し渋る。
「駄目ですよ。単刀直入にそんな事を言っては」
その短な沈黙を破ったのは、紳士服の男だった。
微笑みを浮かべ、制するように目を女性に向ける。
「『悪童』は、新左衛門の最高傑作。しかし表には出なかったプレミア級のプレミア。そんなことを言っていると。その『カラクリ』以外は興味ないと言っているようなものですよ」
「もったいぶるのは嫌いなのよ。どうせここに居る五人も、同じ目的なんでしょ?」
「ふん。儂は新左衛門の最高傑作を、一度拝んでみたかっただけじゃよ。金目的で訪れた貴様ら青二才とは違う」
不機嫌そうに、老翁が反論する。
「ぬははは。金目的で来ない人間がおるかね?『悪童』はあの新左衛門の最高傑作。それを売らずに見るだけなんぞ。なんとも勿体無い」
肥満体の男は、嫌味ったらしく言った。
その言葉に、老翁はぎろりと睨みつける。
「ふん。私腹を肥やして生きているような下衆には勿体無い代物じゃ」
「ぬははは。老いぼれ如きが吠えるな。あの『カラクリ』の価値を知らん犬が」
何やら、肥満体の男と、老翁の男の間の雰囲気が険悪になっている。
「あ、あのー、お二人さん?とりあえず泥仕合はやめといてくれないか?」
これ以上面倒なことになりかねんので、木彫が二人の間に割って入る。
「青二才は引っ込んどれ。所詮貴様も金目当てじゃろう」
「低俗の豚が、吾輩の邪魔をしようとはな」
早速、悪口が木彫の耳に飛び込む。
ここは、ぐっとこらえる事にする。
「ここは津屋崎家の本家だ。そんな不毛な争いをしたって、『カラクリ』は出てきやしない。どうせ津屋崎側から追い出されるに決まってるからな。争うなら、『悪童』が見つかってからにしろ」
そうだ。ここで争ったって、目的の『カラクリ』は一向に現れない。
ここは波立たせずに、時が来るのを待てばいい。
「……ふん。その通りじゃな」
「ぬははは、豚にしてはいい考えだ。ここは穏便に行こう」
「……あのー」
ふと、廊下の方から、女性の声が響く、
そこには、メイド服を着た女性が居た。
碧眼にロングヘアー、お茶を載せたお盆を持っていた。
「お茶を、持って参りました……」
「ん、あぁ、どうも」
少しよそよそしく、女性はお茶を八人に振る舞う。
「使用人が居たんですね」
「あぁ、父が雇った使用人だ」
「……場違いな衣装ね」
「す、すみません」
「謝らなくてもいいんだぞ?」
とりあえず、お茶が回ったところで、一人ずつ自己紹介することになった。
肥満体の男は、『中洲川端金助』、大手骨董屋、『世捨て人』の社長で、一代にして無名から大手にのし上がった野心家。
紳士服の男は、『薬院硯』、物珍しい物を集めるのが趣味な『蒐集家』で、オークションでは彼との競り合いで泣いた者は少なくない。
眼帯の女は、『茶山ネイカ』、職業は賞金稼ぎ、『裏世界』で名のしれた犯罪者を次々を捕まえている。
包帯の男は、『祇園鹿鳴』、『裏世界』では有名な殺し屋、請け負った仕事は必ず全うする実力者。
そして、老翁の男は、『次郎丸蕨』、硯と同じく『蒐集家』、漆器や絵画を集め、博物館を作るのが夢。
以上が、六人の詳細。
木彫が知る限りの情報である。
「……では、本題に入ろう。君たちの目的は、父の最高傑作、『悪童』の蒐集。それで君たちは、ここに来た、と」
「まぁ、大まかに言えばそうですね」
「……良いだろう。『悪童』はお譲りしよう。ただし、『悪童』の居場所は、我々家族にも解らないことなので、自分で探してくれ」
なんて無責任な。とか言ってもしょうがない。
何故なら、喪中にあたる現在に、自分たちはここに来た。
そんな輩に、津屋崎側は『悪童』を探してはくれないだろう。
六人はしょうがなく、屋敷内で『悪童』を探すことにした。
しかし、木彫だけは、探す前に、違うことをしていた。
「あのー」
「?なんでしょうか?」
メイド服の使用人に尋ねた。
「名前を聞いてなかったんだ。名前はなんて言うの?」
「えっ、『宗像ノエル』、ですけど」
「……そうか、ありがとう」
何かを理解して、木彫は部屋を出た。
それから、小戦争の引き金が引かれたことは、この時木彫は思いもしなかった。
〈観察中断〉