監察官(観察観)
『監察官』
情報屋・『貝塚木彫』の肩書きを、他人はそう呼んでいる。
その由来は、彼の趣味が、人間観察ということだ、
なんとも、趣味が悪いと思われるが、彼は全くそうは思わないだろう。
人を観察するだけで、干渉しない人間と、
人を観察するだけでも飽き足らず、好き放題に辱める人間と比べれば、
人間観察は、それほど生ぬるく、優しいものだと、木彫は考えている。
その人間観察をする趣味趣向を、『情報屋』として生かしている。
最近は、数日前に行方不明になった女子高生の捜索を頼まれ、
見事、山奥の小屋に監禁されていた彼女を探し当てる事が出来た。
一体、どうやって探して見つけたのかは、この話には、案外関係のないことなので、割愛させて頂く。
それはさておき、木彫は今、仕事をしている。
とある組織の武器密輸を暴くという仕事だ。
しかし、武器密輸の決定的証拠を掴んだ情報を知ったと同時に、組織の連中に見つかってしまい、
現在、絶賛返り討ち中である。
「……はぁ」
外套を纏い、黒手袋をつけてから、貝塚木彫はため息をついた。
情報はちゃんと掴み、外傷と服装の乱れは見られない。
なら何故、木彫はため息をついたのか。
それは。
「あー、見つかってしまった」
とのことである。
木彫の足元には、組織の連中が転がっていた。どうやら全員は死んでおらず、気絶しているだけらしい。
彼らの外傷は全て、殴打であり、切り傷は見られない。
「さて、と、掴んだものは掴んだ。さっさとズラからせて貰うぜ」
情報が書かれた書類を、アタッシュケースにしまって、
ひょいひょい、と倒れている男たちを踏まないように、空いた場所を歩いて、部屋を後にした。
「……?」
部屋を出てしばらく、下の階に続く階段の踊り場にて、とあるものに出会った。
見た目からして、二十歳過ぎの男。
ダークスーツを見に纏い、中折れ帽子を被っている。瞳には一切の光が無く、死んだように木彫を見つめていた。
「……なんだお前?もしかして、奴らの増援か何かか?」
とりあえず、木彫は男に尋ねてみる。
しかし、男は何も答えない。
無言し、沈黙している。
しかし、光が無い目は、一切そらさずに見ていた。
「……喋らないなら、邪魔者と見なして、強行突破するぜ」
先ほどまで、戦闘を繰り広げていた木彫は、あまり戦うまいと考えていた。
飛びかかると同時に、このアタッシュケースで、男の側頭部にぶつけるつもりだ。
フルスイングで当てれば、倒すまでとはいかないが、隙を見せるはず、その瞬間に、突破するのだ。
「あーら、よっと!」
だん!と男に飛びかかる。
それでも男は、慌てる素振りをみせない。
一瞬の行動に、反応が追いつかないのか解らないが、木彫は、好機と思った。
そのまま、アタッシュケースを男の側頭部に向けて放った。
しかし、
「……なっ!?」
男は、びくともしなかった。
というより、男は避けようとも、防ごうともしなかったのだ。
まるで、鉄のポールを思いっきり殴ったような硬さで、逆に手が痺れる。
「確認の上、侵入者と断定。排除する」
肉声ではなく、人工的な電子音で、男はそう言うと、
右拳で、木彫に殴りかかった。
「うわっと!?」
木彫はすかさず、階段を蹴って、上の階まで後退する。
それに追うように、振るっていた拳を途中で停止させ、男も上の階へと移動する。
「(効かなかった!なんだよあの硬さは!?人間か!?いや、そんなはずはない!)」
アタッシュケースを開いて、そこから拳銃・デザートイーグルを取り出した。
取り出すと同時に、男が拳を振るいながら現れ、また木彫に襲いかかる。
その瞬間に、デザートイーグルの銃口を、男に向けて、発砲した。
弾丸は見事、男の左目に着弾。
反動で後ろに軽く吹き飛んだ。
しかし、吹き飛んだだけで、すぐに男は起き上がった。
「……やっぱりな、そのタフさ、どうも人間業じゃない。それに、お前は人としての気配が全然感じなかった。だとしたら、と思ったけど、その通りだったな。
『カラクリ』」
木彫は、その単語を口にする。
男の左目の周りが、人間の骨、というより金属がむき出しになっており、弾丸が目の位置に突き刺さっている。
そんなざまになろうとも、男は何事もなく、自己紹介する。
「『神楽』。これより、侵入者を排除する」
〈観察中断〉