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婚約者様、ざまぁはしませんので慰謝料はずんでくださいませ

作者: 瑠璃/風花
掲載日:2026/10/08

 私、ミリアムにはランドルという婚約者がいる。


「早くランドル様を解放してくださいませ」


 学園に来ると、今日も伯爵令嬢のシンシア様が、声をかけてくる。子爵令嬢の私よりシンシア様の方が身分があるので、言い返せない。本当に面倒くさい。


「何よ、その顔は。貴方は相応しくないのがわからないの」

「ミリアム! 行きましょう」


 第三王女殿下のセラリア様が連れ出してくれる。セラリア様とは親の繋がりで親しくさせてもらっていて、そんなところもシンシア様の気に障るんだろう。

 

 婚約者のランドル様は、とにかく顔がいい。背丈も高く、髪は茶色だけどエメラルドのような緑の瞳は美しくて、とても目を引く。その上、伯爵家の次男で身分もある。


 騎士科に通っているけれど、剣の腕も立ち、ファンクラブもあるほどの人気ぶりだ。特にシンシア様が熱心で二人で寄り添う姿も見られているという噂だ。


 まあ、シンシア様の取り巻きの言う噂だけれど。

 

 私達の婚約は5年前、まだ子供の頃なので今の状態は想定外でしかない。いつまでこんな日が続くのだろう。


 それでも月に一度は我が家でお茶会をしていた。

 

「騎士科の授業は順調でございますか」

「あぁ」

「試験代わりの剣技の大会は応援に行かなくてもいいですか」

「あぁ」


 ランドル様は、なんてやる気のない返事でしょう。私に興味がないとしても、もう少し話してくれてもよいのでは………


「私も試験があるんです」

「あぁ」

「ですから、来月は来ていただかなくてかまいません」

「あ……いや、わかった」


 ランドル様は、少し驚いた顔をしたけれど、目を伏せて返事をした。特に異論もないようだった。本当に会話が弾まない。


 ファンクラブの令嬢達とは話しているんだろうか。少しだけ、ほんの少しだけ気になった。この調子で我が子爵家に婿入りしてくれてもやっていけるのかしら。


 そんな風に過ごしていた、ある日のことだった。私は階段でシンシア様とすれ違い様に肩を押され、落ちて行った。


「きゃぁーーーー! ミリアム!」


 隣を歩いていたはずのセラリア様の声が聞こえたのを最後に、私の意識は途切れた。


 


 目が覚めたとき、そばにいたのはランドル様だった。ここはどこ?


「ミリアム!」


 心配そうなランドル様の顔をぼんやり見ていると、今の私とは違う記憶があることに気づいた。

 おざなりにされた婚約者が婚約破棄されるテンプレ。その後ざまぁとしてやり返すまでがセットの物語。なんか今の状況と似てない?


 頭がズキッとして手を添える。そういえば身体もあちこち痛い。階段を落ちたのだから当然だと思い出す。


「ミリアム、頭を打っているみたいなんだ。無理しないでくれ」


 なんだかランドル様の声が聞こえるけれど、耳に入ってこない。

 今の記憶が前世の一部かわからないけど、そうよ、物語の中の令嬢たちも我慢してなかった。私も、もう我慢する必要なくない?

 私が突き落とされたのは事実。


 さすがに潮時じゃないかしら。


「婚約者様、ざまぁはしませんので慰謝料はずんでくださいませ」

「え? ざまぁって」

「今回の犯人はシンシア様です。セラリア第三王女殿下も目撃していたし、学園の記録魔導具を確認すると証拠も出てくるでしょう。でも、婚約解消と慰謝料で手を打ちますわ。シンシア様とお幸せに」

「どうしてそこにシンシア嬢が出てくるんだ」

「心を通わせているのを知っていましてよ」

「な!?…………証拠は、あるのか」


 ランドル様は、絞り出すように言葉を出した。見ると涙をためている様子。


「証拠なんてあるわけがない。俺は一度だって誘いに乗ったことがないのだから」

「……え?」

「信じてほしい……」

「ランドル様は、私といても楽しそうではありませんでしたし」

「そんなことは!」


 ランドル様が取り乱していて、私はより冷静になっていく。


「お茶会の時も話しませんし、もう無理をしなくて良いのですよ」


 ランドル様の目がさらに大きく見開かれ、美しいエメラルドの瞳がよく見える。


「俺は……! ミリアムを見たら言葉が出なくて……」


 ランドル様の声が段々と小さくなっていく。

 

「こ……! ここ一年で綺麗になったじゃないか!」

「……は!?」


 真っ赤になって話すランドル様に釣られて、私もドキッとする。


「とにかく俺は婚約解消しない。幸い骨は大丈夫なようだし、動けるようなら屋敷まで送っていく」


 立て直したように、ランドル様が言い、私を抱き上げた。寝ていたのは学園の救護室だったらしい。


「え? 降ろして! 歩けるわ」


 他の生徒の目もある中、お姫様抱っこで馬車まで連れてこられた。恥ずかしすぎる。


 子爵家に着き、私室まで連れてきてくれると、ランドル様はお父様に会いに行くと言って出て行った。


 その後、お父様から聞いたのは、ランドル様から謝罪があったことと、婚約継続に条件があるなら話し合いたいとのこと。

 条件……。困らせるような条件……。私は騎士を目指しているランドル様が断りそうなことを考えた。


 私は学園を一週間休むことになっていて、翌日にはランドル様が可愛らしいピンク色のバラを持って現れた。いつもピンクの花束を贈ってくれるけれど、バラは初めてだ。


 メイドにバラを託すと、私達は応接室に移動した。


「ミリアムに認めてもらえるように頑張るから希望があれば伝えてほしい」


 婚約解消はしたくないとしながらも、ランドル様は真摯に伝えてくれた。私は昨日考えた無茶な条件を伝える。

 

「じゃあ騎士科をやめて。お父様の跡を継いでくれるなら経営を学んでほしいわ」

「……え?」


 ほら、驚いているわ。これで騎士になれなくなるんだもの、迷うわよね。


「そんなことでいいのか?」


 そんなこと? 今度は私が驚く番だった。


「騎士をやめたくないのでは? 編入試験も難しいのよ」


 私は慌てて言い募った。

 

「これでも伯爵家の息子だから。家庭教師から学んでるし、ミリアムの近くにいられるなら本望だ」


 なんですって? お父様も心なしか満足そうに見える。


「ランドル様は騎士になりたかったんじゃないの?」

「ミリアムが騎士がかっこいいと言ったから……」


 照れるように頬をかくランドル様を目にして、言葉を失った。

 覚えてないけれど、私が言ったのかしら?


「子爵に許可を取って、騎士科に通っていたから、騎士団に入る予定はなかったんだ」


 なんということ! 今度は、お父様の顔を見ると、そうだとばかりに頷いた。本当に?


「私は、ずっとランドル様に相応しくないと言われていて……」

「すまない……。見学に来る令嬢をあまり無碍にするとミリアムが危ないかと思っていたけど、間違いだった。本当にすまなかった」


 ランドル様と離れてすっきりする予定だったのに、出来なかった。なんだか不満が残る。


「他にも希望があれば、今のうちに言ってくれないか?」


 私の希望! 今までは私が女子爵として家のことをする予定だった。それを変えることを伝えるチャンスがあるのなら。


「私、女官になりたいの。セラリア様の側にいたいわ」

「女官?」

「侍女には身分が足りないかもしれないけれど、女官なら試験に通ればあるいはと。私、成績はいいのよ」


 ランドル様は驚いた様子のあと、しばらく考え、そして頭を下げた。


「すまなかった、今までミリアムの話をちゃんと聞けてなくて」

「じゃあいいの?」

「通いで勤められるなら。子爵家の仕事は俺が引き継ぐ。君のご両親のように」

「ランドル様……」


 なんだか婚約解消の話は、なし崩しになくなった。お母様は元公爵令嬢で、貴族には珍しい恋愛結婚。身分差も気にしない仲の良さで私の憧れだ。

 

 そんなお母様は結婚前に侍女をしていた縁で、セラリア様の乳母をしていたのだ。それがセラリア様と仲が良い理由。

 学園ではまだしも、卒業したら話すこともできなくなるかと思うと辛かった。身分って仕方ないけど寂しい。


「セラリア様といえば、早々にシンシア嬢が犯人だと証拠を学園長に出したぞ」

「え?」

「うちからも抗議の手紙は送っているけど、セラリア様には敵わないな」

「……セラリア様」


 涙が溢れてきた。


「たんまり慰謝料貰おうと思っていたのに、きっともっと大変になってますね」


 セラリア様の思いが嬉しくて、涙をこぼしたまま、私は笑った。


「悪いな、俺も払ってやれなくて。なんといっても初恋だからな」

「は? 聞いてない!」

「言ってないからな」


 空気のようにその場にいた、お父様の笑い声が聞こえたのはその後だった。


 6年前の夏頃、領地で川遊びをしていたら溺れて流れてきた少年をお父様が引き上げたことがあった。

 そして息をしていなかった少年を見るや、慌てた私は口を大きく開けてキスしたらしい。

 周囲は相当驚いたが、幸いにも息を吹き返した少年が騒いで紛れた。だけど、その後に私を見初めた少年の家から何度も婚約の打診があったらしい。


 それってキスじゃないとか、前世の記憶がその時あったのか、などとは思ったけれど、どういうわけか何も覚えていない。


 そして、それが私達の婚約の真相らしい。らしいばかりだけど、覚えてないんだから仕方がない。また頭を打ったら思い出すかな?


「ミリアム? 心配事があるなら相談して欲しい」


 階段を落ちた日から一ヶ月が経った。シンシア様は、退学して修道院に入ったそうだ。

 ランドル様は騎士科を辞めて、私とクラスメイトになった。首位を争っていたセラリア様と私に引けを取らない好成績で、一緒に勉強をすることもある。私も負けられない。

 おかげで、以前とは比べ物にならないほど話すようになったけれど、屋敷でのお茶会も続いている。


「ランドル様と初めて会った日のことを、なぜ忘れたのか考えていました」

「ミリアムが忘れていても、俺が覚えているからいいよ」


 ランドル様は私の手を取ってキスを落とした。顔がいい……。うっかり見とれた私にランドル様が笑いかける。


「これからも一緒にいてくれよ」

「うん!」


 思わず、気軽な返事をしてしまって笑い合った。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます(*´▽`*)


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