第43話:薄絹の行軍
『洗浄の儀式』という名の拷問が終わり、六階層の回廊に静寂が戻った。
だが、その静けさは安らぎをもたらすものではない。
嵐の後のような、絶望的な沈黙だった。
石造りの壁際で、五人の女たちが身を寄せ合っていた。
全員、生まれたままの姿だ。
レティシアの高圧洗浄魔法『ハイドロ・ブラスター』によって、身につけていた服――というより布切れ――は、分子レベルで分解されたかのように消滅していた。
肌は摩擦と衝撃で赤く上気し、全身から湯気を立ち昇らせている。
洗いたての清潔な体。
しかし、その心は泥沼のように沈んでいた。
「……うぅ、寒い……」
ミオが小さく震えて、自分の体を抱きしめる。
ダンジョンの空気は冷たい。
先ほどまでは羞恥と興奮の熱で麻痺していたが、冷静になると石造りの迷宮の冷気が肌を刺す。
濡れた髪が首筋に張り付き、雫が背骨を伝って白く丸いお尻へと滑り落ちる。
「……どうするんだ、これ」
セリアが呻くように言った。
手で胸と下腹部を隠しているが、そんなもので隠せる範囲ではない。
彼女の豊満な肢体は、ダンジョンの薄暗い照明の下で、艶めかしい光沢を放っている。
後ろには、数十名の白銀騎士団が控えているのだ。
彼らは整列して背を向けている……という建前だが、チラチラとこちらを振り返っては、ゴクリと喉を鳴らしている気配がする。
裸の冒険者パーティ。
これでは護衛どころか、ただの慰安旅行だ。
「あら、皆様! そんなに震えて……風邪を引いてしまいますわ!」
レティシアが慌てて駆け寄ってきた。
彼女だけは純白のドレスに身を包み、汗ひとつかいていない。
その無垢な瞳が、丸裸の五人を心配そうに見つめる。
「服……服が必要ですわね! すぐに用意させます!」
レティシアが振り返り、控えていた老執事に声をかけた。
「セバスチャン! 予備の冒険服を出してちょうだい! 大至急よ!」
救いの神。
アリサは涙目で顔を上げた。
そうだ、伯爵家の財力なら、予備の装備くらい持っているはずだ。
まともな服が着られるなら、どんなデザインでもいい。
老執事セバスチャンが一歩進み出る。
彼は困ったように眉を下げた。
「お嬢様……申し訳ございません。予備の『戦闘服』などは用意しておりません。荷物になりますので……」
「そんな……!」
レティシアが口元を押さえる。
絶望。
アリサたちの目の前が真っ暗になった。
このまま裸で行軍するのか?
それとも、騎士たちのマントを借りるか?
いや、騎士の象徴であるマントを、汚れた女たちに貸してくれるはずがない。
「ですが、お嬢様」
セバスチャンが眼鏡の位置を直し、懐からアイテムボックスを取り出した。
「もしもの時のために、『寝間着』でしたら人数分ご用意しております」
「寝間着……?」
セリアが聞き返す。
「はい。お嬢様が冒険先で、皆様と親睦を深めるために『パジャマパーティー』をご所望されるかもしれないと考えまして。最高級のシルクで仕立てたナイトウェアを、全員分」
さすがセバスチャン! とレティシアが手を叩いて喜ぶ。
だが、セリアたちの顔色は優れない。
パジャマパーティー。
ダンジョンの深層で、そんな浮かれたイベントを想定していたのか。
その常識のズレに眩暈がしたが、今は贅沢を言っていられない。布があるなら何でもいい。
「……お借りします。ありがとうございます」
セリアが頭を下げる。
「では、こちらを」
セバスチャンが恭しく布の束を差し出した。
*
数分後。
簡易的に張られた幕の中で、着替えが行われた。
渡された布を広げた瞬間、セリアは絶句した。
「……なんだ、これは」
それは確かに「服」の形をしていた。
だが、布面積と、その質感が異常だった。
最高級のシルク。それはいい。
問題は、その薄さだ。
向こう側が透けて見えるほど極薄のオーガンジー生地。
そしてデザインは、胸元が大きく開き、丈は太腿の付け根ギリギリという、極めて扇情的な『ベビードール』型のネグリジェだったのだ。
「こ、こんなの……服じゃないよぉ……」
ミオが半泣きで布をつまむ。
まるで蜘蛛の糸で織ったかのような頼りなさ。
しかも、下着はない。
下半身を守るものは何もない状態で、この薄布一枚を纏えというのか。
「お嬢様の趣味なのか、執事の趣味なのか……どっちにしても最悪ね」
カリスが幕の隅でケラケラと笑っている。
「でも着るしかないよ。騎士様たちが待ちくたびれてる。それとも、裸のまま外に出るかい?」
「くっ……!」
究極の二択。
何も着ないか、透け透けの寝間着か。
羞恥心という天秤にかければ、わずかでも「布がある」方がマシだと判断せざるを得ない。
「……着よう」
セリアが決断した。
震える手で、薄紅色のネグリジェに袖を通す。
スルリ。
滑らかなシルクが、敏感になった肌を滑り落ちる。
その感触は、まるで冷たい指で愛撫されているようだった。
布が身体に落ちる。
鏡はない。だが、自分の体を見下ろせば、一目瞭然だった。
「透けてる……」
アリサが絶望的な声を上げる。
彼女に渡されたのは、淡いピンクのネグリジェだった。
だが、汗ばんだ肌に布が張り付くと、その色は透明に近いものへと変化する。
胸の先端の突起。
おへそのくぼみ。
そして、脚の間の黒々とした陰影までもが、霧の中に浮かぶ景色のように、ぼんやりと、しかし確実に透けて見えている。
「いやぁっ……! これ、裸と変わらないです……!」
ルナが胸を押さえる。
彼女の豊満な胸は、薄い布では支えきれず、たゆんたゆんと揺れている。
布越しに、尖った先端が主張しているのが丸わかりだ。
「さあ、お披露目だよ」
カリスが幕を開け放った。
バッ。
視界が開ける。
そこには、整列した騎士団と、目を輝かせたレティシアが待っていた。
「まあ……!」
レティシアが感嘆の声を漏らす。
「なんて美しい……! パジャマパーティーには少し早いですけど、まるで神話に出てくる女神様のようですわ!」
レティシアの目には、彼女たちが神々しく映っているらしい。
薄絹を纏い、恥じらいに頬を染める姿は、確かに芸術的な美しさがあった。
だが、騎士たちの反応は違った。
ゴクリ。
数人の喉が鳴る音が重なる。
彼らの視線は、強烈な熱を帯びていた。
「女神」などという高尚なものではない。
彼らが見ているのは、「夜の相手」として寝室に現れた、最高級の娼婦のような姿だ。
「……行きましょう」
セリアが蚊の鳴くような声で号令をかけた。
これ以上、立ち止まっていると視線で殺されそうだった。
歩くしかない。
この、裸よりも淫らな格好で。
*
行軍が再開された。
だが、それは冒険というより、奇妙なパレードだった。
先頭を歩くセリア。
黒い薄絹のネグリジェが、歩くたびに太腿にまとわりつく。
肌を守るものが何もないため、太腿の内側同士が直接擦れ合う感触が、一歩ごとに伝わる。
ヒタ、ヒタ、という粘ついた音が、自分の耳にだけ聞こえる気がして気が狂いそうだ。
(見られている……後ろから……)
背中の布地はさらに薄い。
背骨のラインから、お尻の柔らかなカーブまで、薄い膜越しにシルエットが浮き出ているはずだ。
騎士たちの視線が、歩くたびに揺れる肉感を追っているのが肌で分かる。
時折、風が吹くと、裾がめくれ上がりそうになる。
そのたびに、セリアはビクリと体を震わせ、手で前と後ろを同時に押さえるという、滑稽なポーズを取らざるを得ない。
アリサはもっと深刻だった。
彼女のピンクのネグリジェは丈が短く、少し前かがみになるだけで、大切な場所が丸見えになってしまう。
斧を構えることもできない。
常に内股で、モジモジと歩くしかない。
「あぅ……布が……擦れる……」
アリサが小声で漏らす。
最高級のシルクは、摩擦が少ないはずだ。
だが、先ほどの「洗浄」で過敏になった肌には、その滑らかささえも過剰な刺激となっていた。
布が揺れ、尖った先端をチロチロと撫でる。
そのたびに、電流が走ったように背筋がゾクゾクする。
歩く振動だけで、また体が反応してしまいそうだ。
エレナは、影に隠れようとしていた。
だが、彼女の紫色のネグリジェは、光沢がありすぎて逆に目立つ。
盗賊としての隠密スキルなど意味をなさない。
闇の中で、濡れたような光沢を放つ彼女の肢体は、騎士たちの目を釘付けにする灯台のようだった。
「皆様、大丈夫ですか? 足取りが重そうですわ」
レティシアが無邪気に話しかけてくる。
彼女は振り返り、セリアの隣に並んだ。
「あ、いえ……その、布が薄くて、心もとなくて……」
セリアが言葉を濁す。
「そうですわね。でも、とても似合っていて素敵ですわ! ほら、そのレースの透け感とか……」
レティシアが、セリアの胸元を指差す。
悪気なく。
指差された先には、薄いレース越しに透けて見える、色の濃い膨らみがあった。
寒さと羞恥で、先端がコリコリに硬くなっている。
「ひゃぅっ!」
セリアが変な声を上げて胸を隠す。
「ど、どうされました?」
「な、なんでもありません! 虫が……!」
嘘をつく自分が情けない。
騎士たちが、レティシアの指差した場所を見て、ニヤリと笑ったのが見えた。
*
七階層への階段を下る途中。
一行は、「発光水晶」が群生するエリアに差し掛かった。
壁や天井に埋め込まれた水晶が、淡い青色の光を放っている。
幻想的な光景だ。
だが、この環境は『薄絹の冒険者』たちにとって、最悪のトラップだった。
逆光。
後ろの壁から放たれる強い光が、彼女たちの体を背後から照らし出す。
すると、どうなるか。
薄いシルクの生地は、光を透過させ、その中にある「肉体」のシルエットを、影絵のようにくっきりと浮かび上がらせるのだ。
「うわ……」
騎士の一人が、思わず声を漏らした。
見えたのだ。
光に透かされた、五人の完璧なラインが。
ネグリジェなど着ていないも同然。
細いくびれ。豊かな胸の膨らみ。太腿の隙間。
そして、両足の間に鎮座する、逆三角形の影。
すべての情報が、青白い光の中で露わになっていた。
「きゃあああああっ!」
ルナが悲鳴を上げてしゃがみ込む。
気づいたのだ。自分の影が、地面に伸びていることに。
そして、その影が「何も着ていない人間の形」をしていることに。
地面に映る影でさえ、彼女たちの痴態を証明していた。
「み、見ないで! 見ないでください!」
ミオがスカート(裾)を押さえるが、無駄だ。
光は布を貫通してくる。
隠せば隠すほど、その手のひらの影が、脚の間の位置を強調してしまう。
「素晴らしい……! 神々しいですわ!」
レティシアだけが、その光景を芸術として称賛していた。
彼女には、光の中に浮かぶシルエットが、宗教画の天使のように見えているらしい。
だが、騎士たちには、ストリップ劇場のシルエットショーにしか見えていなかった。
「……隊長。これ、我慢の限界っすよ」
「馬鹿野郎、耐えろ。……だが、目に焼き付けておけ。一生の思い出になるぞ」
騎士たちのひそひそ話が聞こえる。
セリアは唇を噛み切りそうなほど強く噛んだ。
屈辱。
自分たちは今、完全に騎士たちのオカズにされている。
戦う力もありながら、ただ歩いているだけで、女としての尊厳を蹂躙されている。
その時。
不意に、前方から風が吹いた。
階段の下から吹き上げる上昇気流。
フワッ……。
ただでさえ軽いシルクの生地が、ふわりと舞い上がった。
マリリン・モンローのように。
だが、彼女たちは中に何もつけていない。
パサッ。
布がめくれ上がり、顔にかかる。
その瞬間。
水晶の光に照らされて、五人の下半身が完全に露出した。
白く輝く太腿。
最も恥ずかしい場所。
そして、先ほどの「洗浄」でほのかに赤く染まったままの、柔らかな奥の色までが。
「――――ッ!!」
時が止まった。
騎士たち全員の視線が、その一点に集中する。
網膜に焼き付けるように。
ビデオカメラのスローモーションのように。
あられもない姿が、脳裏に刻み込まれる。
「いやぁああああああああああああ!」
五人の絶叫が重なった。
慌てて布を下ろすが、もう遅い。
見られた。
完全に見られた。
見せてはいけないところまで、くっきりと。
カリスが、後ろで口笛を吹いた。
「ヒューッ! 絶景だねぇ。これが入場料無料なんて、騎士様たちは果報者だよ」
セリアはその場に崩れ落ちた。
膝をつき、両手で顔を覆う。
もう、立ち上がれない。
剣を握る気力もない。
ただ、この恥ずかしさで死んでしまいたい。
いっそ、魔物に食い殺されたほうがマシだった。
「セリア様? 大丈夫ですか? 足元が滑りましたの?」
レティシアが心配そうに覗き込む。
その顔には、一点の曇りもない。
彼女だけが、今の「事故」を、「風のいたずら」程度にしか認識していない。
その無垢さが、セリアにとっては何よりの毒だった。
「……お嬢様。……もう、休憩にしませんか……」
セリアが絞り出すように言った。
涙声だった。
これ以上、一歩も歩けない。
精神の限界だった。
「そうですわね。皆様、お顔が真っ赤ですし……少し休みましょうか」
ようやく、地獄の行軍が止まった。
だが、休憩といっても、この格好のままだ。
座れば、裾が割れて中が見える。
寝転べば、胸がこぼれる。
彼女たちに安息の地は、どこにもなかった。
薄暗いダンジョンの片隅で、五人の「夜の女神」たちは、小さく身を寄せ合い、騎士たちの視線に怯えながら震えていた。
その姿は、あまりにも美しく、そしてあまりにも憐れだった。




