第38話:厄介な依頼
夕刻。
冒険者ギルド『金獅子の鬣』亭は、仕事終わりの冒険者たちで賑わっていた。
その喧騒を切り裂くように、異様なオーラを纏った五人の美女が帰還した。
セリアを先頭に、アリサ、ミオ、ルナ、そしてエレナ。
特にエレナの変貌ぶりは、ギルド中の注目を集めた。
かつて全身黒ずくめのレザースーツで肌を隠していた堅物のスカウトが、今は白と青の大胆なビキニアーマーを身につけ、艶やかな肢体を惜しげもなく晒しているのだ。
白い肌には、まだ戦闘の余韻である紅潮が残り、青い髪が汗で首筋に張り付いている。
恥じらうどころか、突き刺さる視線を挑発するように、エレナは胸を張って歩いた。
「依頼の報告だ」
セリアがカウンターに、ガラス瓶を並べる。
ゴトッ、ゴトッ。
十本の瓶。その中で揺らめくのは、蛍光色の輝きを放つドロリとした液体。
「『灼熱の血』、規定数納品する」
「は、はい! 確認いたします!」
受付嬢が慌てて瓶を手に取り、その熱さに小さく悲鳴を上げる。
「あつっ! ……すごい、まだこんなに熱を帯びているなんて……鮮度抜群ですね」
「採れたてだからな。……鮮度には自信がある」
セリアがニヤリと笑う。
その横で、エレナが小さく身じろぎした。
採れたて。その採取の過程で、自分がどんな風に熱い血を浴び、快感に震えたか。その記憶が蘇り、太ももの付け根がキュンと疼く。
その時だった。
「……戻ったか、『フローレシア』」
低い、疲れたような声が響いた。
カウンターの奥から現れたのは、ギルドマスターのゴードンだった。
いつもは威厳のある巨躯が、今日は心なしか小さく見える。眉間の皺が深い。
「ギルドマスターか。何か用か?」
セリアが尋ねる。
「……お前たちに、折り入って頼みたいことがある。奥へ来てくれ」
*
通されたのは、ギルドの応接室だった。
ゴードンは重い腰を下ろすと、深いため息をついた。
「……頭が痛い案件が舞い込んできてな」
「厄介事か?」
「ああ。……この街の領主、ラビリンスホルド伯爵をご存知だな?」
「当然だ。迷宮都市の支配者だろう」
セリアが頷く。
「その伯爵には、一人娘がいる。レティシア嬢だ。まだ十四歳だが、これがとんでもないじゃじゃ馬でな……」
ゴードンが頭を抱える。
「『私もダンジョンに潜りたい! 冒険者みたいに魔物を倒してみたい!』と言い出して聞かんらしい」
「えー? 貴族のお嬢様が?」
ミオが頬を膨らませて言う。
「うわぁ、超わがまま。そんなの放っておけばいいじゃん」
「そうもいかんのが貴族社会だ。伯爵は娘に甘くてな。『安全な浅層なら』と許可を出してしまったそうだ。……ただし、万全の護衛をつけるという条件でな」
ゴードンが四人を見渡す。
「そこで、お前たちの出番だ」
「私たちに、その子守をしろと?」
セリアが不満げに鼻を鳴らす。
「適任だろう。実力は折り紙付き。それに……」
ゴードンが言葉を濁す。
「野郎のパーティに令嬢を預けるわけにはいかん。万が一、間違いが起きれば俺の首が飛ぶ。その点、お前たちは女性だけのパーティだ。安心できる」
安心。
その言葉に、四人は微妙な顔を見合わせた。
確かに男の危険はない。だが、このパーティの内情を知れば、「安心」とは程遠いことが分かるだろう。
特に最近は、カリスの影響もあってタガが外れかけている。
「報酬は弾むぞ。金貨三百枚だ。それに、伯爵家に恩を売れるのはデカイ」
ゴードンが指を立てる。
破格の報酬だ。ただの子守にしては割が良すぎる。
「……期間は?」
「三日間だ。明日から開始する。底層階を散歩して、適当に雑魚を倒させてやってくれればいい」
セリアが腕を組んで考える。
悪い話ではない。
最近は死線をさまようような戦闘が続いていた。たまにはこういう「接待クエスト」も悪くないかもしれない。
それに、金はいくらあっても困らない。新しい装備のメンテナンス費も馬鹿にならない。
「分かった。引き受ける」
「恩に着る」
ゴードンが心底ほっとした顔をする。
「――おやおや。面白そうな話をしてるねぇ」
唐突に、頭上から声が降ってきた。
音もなく、窓枠に腰掛けている人影。
黒いゴスロリドレスに、真紅のツインテール。
Aランク冒険者、カリスだった。
「カリス……!?」
セリアが身構える。
またしても気配がなかった。この距離まで近づかれて気づかないとは。
「やあ、ギルマス。盗み聞きするつもりはなかったんだけどさ、地獄耳なもんでね」
カリスがヒラリと床に降り立つ。
「伯爵令嬢の護衛? いいねぇ、退屈しのぎに丁度いい」
「……カリス。貴様、関わる気か?」
ゴードンが警戒する。
「もちろん。可愛いお姫様なんでしょ? 護衛には『裏』の備えも必要だよ。私がボランティアでついて行ってあげる」
カリスが妖しく微笑む。
「……まあ、カリスがいるなら戦力面での心配はゼロだが……」
ゴードンが深く溜息をつく。
劇薬を投入するようなものだ。だが、令嬢の安全を考えれば、Aランクの同行は願ってもない。暗殺や誘拐のリスクを考えれば、これ以上の適任はいない。
「よし、カリスの同行も許可しよう。ただし、令嬢には絶対に手を出すなよ? 精神的にも、肉体的にもだ」
「善処するよぉ」
全く信用できない返事だった。
「で、だ」
ゴードンが改めてセリアたちを見る。
そして、その露出過多な装備を太い指で指差した。
「依頼を受けるのはいいが……その格好はどうにかしろ」
「あ?」
セリアが自分のマイクロビキニを見下ろす。
「何か問題があるか?」
「大ありだ! 相手は貴族の令嬢だぞ! そんな裸みたいな格好で会ったら、教育に悪いと伯爵に怒鳴り込まれるわ!」
ゴードンの怒号が響く。
「明日の出発までに、もっとこう……常識的な、貴族の前に出ても恥ずかしくない『正装』を用意しろ。ドレスとは言わんが、せめて肌を隠せ。礼儀だ」
四人は顔を見合わせた。
まともな服。
このパーティにとって、最も調達困難なアイテムだ。
エレナだけが、「私、前のレザースーツを買い直せば……」と言いかけたが、カリスに後ろから口を塞がれた。
「ん-、そうだね。TPO(時と場所と場合)は大事だよね」
カリスが楽しそうに提案する。
「じゃあ、私がコーディネートしてあげるよ。貴族のお嬢様にも失礼がなく、かつ『君たちらしい』素敵な衣装をね」
「……嫌な予感しかしないんだが」
セリアがジト目で見る。
「大丈夫大丈夫。私、社交界のマナーには詳しいから。……それとも、自分たちで選んで『ダサい』って笑われたい?」
痛いところを突かれた。
戦闘用装備以外の服選びのセンスには、自信がない。
「……チッ。分かった。案内しろ」
セリアが観念する。
「了解。じゃあ、いつもの店に行こうか」
カリスが指を鳴らす。
「『シルク・ド・ロゼ』へ」
*
ギルドを出て、裏通りへ。
高級ブティック『シルク・ド・ロゼ』。
以前、あの際どい下着やビキニアーマーを買わされた店だ。
カリスが慣れた様子で店に入る。
「店長ー、またカモ……じゃなくて、上客連れてきたよー」
奥から、品の良さそうな初老の店長が現れた。
「おや、カリス様。それに『フローレシア』の皆様も。本日はどのようなご用件で?」
「明日から貴族のお嬢様の護衛なんだって。だから、失礼のないような『正装』が欲しいの。……分かるよね?」
カリスがウインクする。
店長は一瞬で全てを理解したように、恭しく頷いた。
「かしこまりました。では、奥のVIPルームへどうぞ」
案内されたのは、前回よりもさらに広い個室だった。
ふかふかのソファに、大きな鏡。
そして、壁一面にかけられたドレスの数々。
「さあ、着替えようか」
カリスがソファに座り、足を組む。
「今回のテーマは『戦うメイド』だよ」
「メ、メイド……?」
エレナが絶句する。
「そう。貴族の護衛なら、従者として振る舞うのが一番自然でしょ? だからメイド服。完璧な論理でしょ?」
理屈は合っている。合っているが……。
店員がワゴンを押してくる。
そこに載っていたのは、確かにメイド服だった。
だが、普通のメイド服ではない。
スカートが極端に短かったり、背中が大きく開いていたり、スリットが深かったり。
戦闘用にアレンジされた、というよりは、夜の奉仕用にアレンジされたようなデザインばかりだ。
「さあ、まずはエレナちゃんから」
カリスが手招きする。
「君にはこれ。……『蒼き氷のメイド服』」
渡されたのは、深い青と白のコントラストが美しい、ミニスカートのメイド服。
胸元が大きく開き、ガーターベルト付きのニーソックスがセットになっている。
「え、これを……着るのですか?」
「うん。早く着て見せてよ。……それとも、私が手伝ってあげようか?」
カリスの手が伸びてくる。
「じ、自分で着ます!」
エレナはカーテンの奥へ逃げ込んだ。
シャッ、というカーテンの音。
衣擦れの音。
しばらくして、カーテンがゆっくりと開いた。
「……どう、でしょうか……」
そこには、恥じらいに頬を染めたエレナが立っていた。
青い髪に、白いヘッドドレス。
胸元の谷間が強調され、短いスカートからは健康的な太腿が伸びている。
絶対領域の破壊力。
清楚さと淫靡さが同居した、奇跡のバランス。吊り目が困ったように潤んでいるのがそそる。
「うん! 最高!」
カリスが手を叩いて喜ぶ。
「やっぱりエレナちゃんは何を着ても似合うねぇ。……ちょっとスカート捲ってみて?」
「し、しません!」
エレナがスカートを押さえる。
次はセリアだ。
彼女には、ロングスカートのクラシカルなメイド服が渡された。
一見、露出は少ない。
「……これなら、まあ、許容範囲か」
セリアが着替えて出てくる。
黒いロングスカートに、白いエプロン。凛とした佇まいは、有能なメイド長そのものだ。
だが、歩き出した瞬間、異変に気づく。
「……ん?」
スカートのスリットが、腰まで入っていたのだ。
歩くたびに、白い足が根元まで露わになる。
さらに、背中は腰まで大きく開いており、鍛え上げられた背筋が丸見えだ。
「おい、なんだこの服は!?」
「機能性重視だよ。足が動かしやすいでしょ?」
カリスがニヤニヤする。
ミオは、フリルたっぷりのピンク色のメイド服。
パフスリーブに、提灯ブルマのようなドロワーズ。
一見可愛らしいが、生地が薄く、光に透けると体のラインが浮き出る仕様だ。
「わぁ、可愛い! ……けど、なんかスースーする」
ルナは、修道女風のアレンジが加えられたメイド服。
胸元に十字架の刺繍があるが、その布地は胸のボリュームに耐えきれず、パツパツに張り詰めている。
動くたびにボタンが弾け飛びそうだ。
「よし、全員着替え終わったね」
カリスが立ち上がる。
「じゃあ、仕上げに『サイズ調整』といこうか」
「調整?」
アリサが首を傾げる。
「そう。体にぴったりフィットさせないと、戦闘中に邪魔になるからね。……私が直々に、手で測って調整してあげる」
カリスの手が、アリサの腰に伸びる。
メイド服の上から、腰肉をなぞる。
「ん……いいくびれだ。……でも、ここの布がちょっと余ってるかな」
指がスカートの中に滑り込む。
「ひゃっ! カリスさん……!」
「じっとしてて。……ああ、やっぱり。専用のインナーしか着けてないんだね」
そう。
このメイド服には、下着をつける余裕がない。
スカートの中は、ひどく心許ない。
「素直でよろしい。……ご褒美に、ここも調整してあげる」
カリスの指が、太腿の内側を這い上がり、際どい場所を掠める。
布越しではない。直接。
メイド服のスカートが、カリスの手を隠す帳とばりになる。
「んっ……ぁ……!」
アリサの足が震える。
店の中で。みんなが見ている前で。
カリスに弄ばれている。
「顔、赤いよ? ……興奮してるの?」
カリスが耳元で囁く。
甘い毒のような声。
アリサは否定できなかった。
令嬢の護衛。そのための正装。
なのに、その準備段階で、こんなにも淫らな気分にさせられている。
カリスの指が動くたびに、粘り気のある音が小さく響く。
「……カリス。いい加減にしろ」
セリアが低い声で言うが、彼女もまた、自分のスリットから覗く太腿を気にしてモジモジしている。
「はーい。じゃあお会計ね。……領主様につけといて」
この任務、まともには終わりそうにない。
アリサの予感は、確信へと変わっていった。
カリスの指が、見えない場所をなぞるたびに。




