第36話:溶けゆく規律
十五階層の「安全地帯」と呼ばれる場所は、決して快適な休息所ではなかった。
そこは単に、魔物が湧かない結界が張られただけの、行き止まりの洞窟だった。
地面は変わらず熱を帯びた玄武岩であり、空気はサウナのように澱んでいる。
岩肌から滲み出る地熱が、ブーツの底を通して伝わってくる。
「……あつ、い……」
エレナは岩壁に背中を預け、荒い呼吸を繰り返していた。
視界が赤い。
洞窟の明かりのせいではない。自身の体温が上がりすぎているせいだ。
そして何より、全身に浴びた『灼熱の血』が、乾き始めて皮膚を引きつらせ、猛烈な痒みと熱さを生み出していた。
ドロリと固まった血液が、太腿の内側に張り付いている。
ビキニアーマーの金属部分が、熱を帯びて肌を焼き焦がすようだ。
お腹の布地は赤黒く染まり、そこから甘ったるい鉄の臭いと、魔物特有のフェロモン臭が漂っている。
息を吸うたびに、その匂いが脳を麻痺させる。
「テント、張れたよー!」
ミオの元気な声が響く。
岩陰の少し広いスペースに、四人用の大型テントが設営された。
「エレナ、立てるか?」
セリアが近づいてくる。
彼女はすでに装備の一部を外し、リラックスした――つまり、ほぼ全裸に近い――格好になっていた。
汗で濡れた肌が、ランプの光でテラテラと光っている。
胸元の汗を拭う仕草が、無意識に艶かしい。
「……はい。自分のテントを……」
エレナはよろめきながら立ち上がり、バックパックからソロテントを取り出そうとした。
だが、指に力が入らない。
血糊で滑る。指先が震えて、留め具が外せない。
「馬鹿を言うな。そんな状態で一人になれると思っているのか?」
セリアがエレナの手首を掴む。
熱い。
セリアの手の熱さが、火傷しそうなほど敏感になったエレナの肌に突き刺さる。
脈打つ血管の振動が伝わってくる。
「ですが……私は……」
「お前は今、全身に『媚薬』を浴びているのと同じだ。放っておけば、熱暴走して死ぬぞ。それとも、一人で慰めているところを魔物に見られたいか?」
セリアは有無を言わせぬ口調で告げた。
「私たちのテントに来い。……約束通り、洗ってやる」
*
テントの中は、外よりも幾分かマシだったが、それでも蒸し暑かった。
床には冷却魔法をかけたマットが敷き詰められている。
エレナは、その中央に座らされた。
まるで、これから儀式を受ける生贄の羊のように。
四人がエレナを取り囲む。
全員、薄着だ。あるいは、着ていない。
狭いテント内に、五人の女の体温と、汗の匂いが充満する。
酸素が薄い。甘い匂いで息が詰まる。
「まずは、その汚れたビキニを脱がなきゃね」
ルナが優しく、しかし手早くエレナの背中に回る。
カチャリ。
金属の留め具が外される音。
「あっ……!」
胸当てが緩む。
支えを失った乳房が、重力に従ってふわりと揺れる。
血で汚れた布が肌から剥がれる瞬間、バリッという小さな音がした。
乾燥した血が、先端に張り付いていたのだ。
「ひぅっ……!」
エレナが身を震わせる。
痛みと、鋭い快感。
露わになった胸は、汗と血が混ざってまだら模様になっていた。
先端が充血して赤く腫れている。空気に触れるだけでジンジンと痛む。
「下も脱がすぞ。足を開け」
セリアが正面に座り、エレナの足首を掴んで左右に開かせる。
強引な力。
「い、いや……恥ずかしい……です……」
エレナは手で隠そうとするが、アリサに優しく手首を掴まれて止められる。
「ダメです、エレナさん。ちゃんと綺麗にしないと、毒が回ります」
アリサの瞳は真剣だが、どこか熱っぽい。彼女の手も汗ばんでいる。
セリアの手が、ビキニのボトム――腰紐に掛かる。
スルスルと解ける紐。
最後の防壁だった布切れが、太腿を伝って滑り落ちる。
全裸。
生まれたままの姿。
だが、その体は酷く汚れていた。
白い肌のあちこちに赤い血がこびりつき、特に下腹部から太腿にかけては、血と汗が混ざった粘液でべとべとになっている。
青いポニーテールも解かれ、髪の毛が汗で首筋に絡みついている。
「うわぁ……すごい匂い……」
ミオが鼻をひくつかせる。
「獣みたいな匂いがするよ、エレナちゃん。……興奮する匂い」
「う、うぅ……」
屈辱で顔が燃え上がりそうだ。
潔癖だった自分が、こんな汚れた姿を晒しているなんて。
しかも、四人の視線が、自分の下腹部に集中している。
血と熱で汚れた、一番恥ずかしい場所に。
「さあ、洗浄だ。……ミオ、水を」
「はーい。『ウォーター・ボール』」
ミオが空中に水球を作り出す。
セリアは手ぬぐいをお湯に浸し、絞った。
まだ温かい手ぬぐい。
それで、エレナの首筋から拭き始めた。
ゴシッ、ゴシッ。
優しいタッチではない。
こびりついた血をこそぎ落とすための、力の入った摩擦。
粗い布目が、敏感になった皮膚を擦る。ヤスリがけされているようだ。
「んっ……あ……っ!」
エレナの声が漏れる。
首筋から鎖骨へ。
そして、胸へ。
セリアの手が、エレナの乳房を包み込むようにして拭う。
輪郭の周りに固まった血を、指先でカリカリと削り取る。
「ここの汚れ、しつこいな」
セリアがわざとらしく言う。
尖った先端を、布越しにつまみ上げる。
グニッ、と潰すように。
「ひゃぅッ! そこ、だめ……!」
「ダメじゃない。毒素が残ったら、腫れ上がるぞ?」
もっともらしい嘘をつきながら、セリアは執拗に攻める。
拭くという名目の愛撫。
熱い血の成分が、摩擦熱でさらに活性化し、胸の奥がジンジンと疼く。
全体が熱を持って膨張していくのが分かる。
「次は、ここですね」
ルナが、別布を持って足元に移動する。
狙いは太腿の内側。
一番汚れが酷い場所だ。
「ひ……っ!」
冷たい布が、内腿の柔らかい皮膚に触れる。
ビクンと足が跳ねるが、アリサが肩を押さえているので逃げられない。
ルナの手つきは、セリアとは対照的に滑らかだった。
撫でるように、染み込ませるように。
血糊をふやかしながら、徐々に奥へと進んでいく。
指先が内股の肉に沈む。
「エレナちゃん、足、もっと開いて」
ルナが甘い声で囁く。
「む、無理です……これ以上は……」
「開かないと、一番大事なところが洗えないわよ? ……こんなに汚れてるのに」
ルナの指が、太ももの付け根をなぞった。
そこに溜まっていた粘液が、糸を引く。
血の赤と、体液の透明が混ざったピンク色の糸。
「あぁッ……!」
エレナが背中を反らす。
直接的な刺激。
頭の中が真っ白になる。
「……奥まで入ってるわね、これ」
ルナが冷静に診断する。
指を開いて、状態を確認する。
「血が入り込んでる。……洗い出さないと、炎症を起こすわ」
「え……?」
エレナが目を見開く。
洗い出す? どうやって?
「ミオちゃん、お水、指先にちょうだい」
「うん!」
ルナが指を水で濡らす。
そして、エレナの敏感な場所に、その指をあてがった。
ヌルリ。
抵抗なく、指が沈んでいく。
指の腹が、一番熱い場所を圧迫する。
「いやぁッ! そこ……っ!」
強い圧力。
でも、それが堪らなく気持ちいい。
中の粘膜が、熱を持って腫れ上がっているのが自分でも分かる。
そこを、ルナの冷たい指が外側から撫で回す。
クチュ、クチュ、チュプ……。
艶かしい水音が、テント内に響き渡る。
それは、血を洗い出す音なのか、それともエレナを開発する音なのか。
柔らかな肉の起伏を指先で確かめるような、緻密な動き。
「んっ……くぅ……!」
エレナはアリサの腕を掴み、爪を立てた。
耐えられない。
快感が強すぎる。
『灼熱の血』の効果で、感度が何倍にも跳ね上がっているのだ。
指が動くたびに、脳髄に稲妻が走る。
奥をノックされるたびに、目の前がチカチカする。
「エレナさん、すごいです……熱くて、吸い付くようです」
ルナが驚いたように言う。
「血の毒かしら? それとも、これがエレナちゃんの本性?」
「ちが……わたしは……!」
否定しようとするが、言葉にならない。
口を開くと、喘ぎ声しか出てこない。
「はぁ、ぁ、あぁッ!」
よだれが垂れる。
「……もう、限界みたいだな」
セリアが、エレナの顔を覗き込んだ。
その瞳は、とろんと濁り、焦点が合っていない。
口元からは銀色の糸が垂れている。
完全に堕ちた顔だ。
「洗浄は終わりだ。……ここからは、『治療』に切り替える」
セリアがニヤリと笑った。
「ち、治療……?」
「ああ。高まった熱を放出し、乱れた気を整える。……要するに、気持ちよくしてやるってことだ」
セリアがエレナの唇を塞いだ。
濃厚なキス。
舌が入り込み、エレナの舌を絡め取る。
逃げ場がない。
上からはセリアのキス。下からはルナの指。後ろからはアリサの抱擁。
そして横からは、ミオがエレナの胸を揉んでいる。
五感のすべてが支配される。
「んむッ……ふぁ……!」
唇が離れると、エレナは酸素を求めて大きく喘いだ。
もう、羞恥心なんて欠片も残っていなかった。
あるのは、灼熱のような渇望だけ。
「もっと……」
エレナが、掠れた声で呟いた。
自分の意思かどうかも分からない。
でも、体が求めている。
「もっと、触って……熱いの、消して……!」
その言葉が、合図だった。
「よく言えました」
ミオがエレナの胸元を甘噛みする。
「エレナちゃん、大好き」
アリサがエレナの首筋に吸い付く。
ルナが指の動きを速める。圧力を増やす。
四方八方からの愛撫の嵐。
エレナは、溶けたバターのように崩れ落ちた。
白い肌が、汗と熱で光り輝く。
テントの中の熱気と、体の熱が混ざり合い、境界が消滅していく。
「んっ……ぁ……!」
エレナが自ら腰を揺らした。
それは、潔癖だった彼女が、初めて自分の意思で「快楽」を求めた瞬間だった。
ルナの指が、その動きに合わせて深く、強く押し込む。
水音が高まる。
クチュクチュという音が、テント内の湿った空気と混ざり合い、エレナの理性の最後の一片を溶かしていく。
「すごい……エレナさん、こんなに……」
ルナが感嘆の声を漏らす。
「こんなに感じてくれたら……止まれなくなっちゃいそう」
「あ、あぁっ! ルナさん……もっと、強く……!」
エレナは泣いていた。
悲しいのではない。感情の許容量を超えた快感が、涙となって溢れ出しているのだ。
視界が揺れる。
アリサの汗ばんだ肌の色。ミオの白い肢体。セリアの整った腹筋。
すべてが混ざり合い、熱の塊となってエレナにのしかかる。
「エレナ、こっちを見ろ」
セリアがエレナの顎を掴み、無理やり自分の方を向かせた。
青い瞳が、ギラギラと光っている。
捕食者の目だ。
「お前はもう、私たちの仲間だ。……この『熱』を、共有する共犯者だ」
「きょう、はん……しゃ……」
「そうだ。綺麗事だけの優等生ごっこは終わりだ。……これからは、泥と汗と熱に塗れて、生を貪るんだ」
セリアが再び唇を重ねる。
今度は、噛みつくようなキスだった。
舌が口内を蹂躙し、唾液を混ぜ合わせる。
エレナは抵抗しなかった。
むしろ、セリアの背中に爪を立て、もっと深く繋がろうとしがみついた。
熱い。
『灼熱の血』のせいだけではない。
この人たちの熱量が、私の空っぽだった内側を満たしていく。
「あっ、私も……! エレナちゃんのここ、柔らかい……」
ミオがエレナの太腿に顔を埋め、甘噛みする。歯型がつく。
「ひゃぅッ! ミオさん……!」
「エレナさん……綺麗です……」
アリサが後ろから抱きしめ、エレナの耳元で熱い吐息を漏らす。耳たぶを舐める。
四方八方からの刺激。
逃げ場なんてない。逃げたくもない。
エレナは、獣のような声を上げて、何度も何度も震えた。
白いシーツが、汗と熱で大きな地図を描いていく。
その地図の中心で、エレナは溺れていた。
*
どれくらいの時間が経っただろうか。
狂乱の宴が落ち着き、テント内には荒い呼吸音だけが響いていた。
エレナは、セリアの腕の中で脱力していた。
指一本動かせない。
喉がカラカラだ。
全身の水分を、汗として出し尽くしてしまったような感覚。
「……ほら、水だ」
セリアが水筒の口を、エレナの唇に当てる。
エレナは貪るように飲んだ。
ぬるい水が、乾いた喉に染み渡る。
口の端から水がこぼれ、首筋を伝って胸の谷間へ落ちる。
「……ふぅ……生き返り、ました……」
エレナが力なく呟く。
「いい飲みっぷりだ」
セリアが笑い、残った水を自分の口に含んだ。
そして、またエレナに口づけをした。
口移し。
セリアの口から、水が流れ込んでくる。
他人の唾液が混ざった水。
以前の彼女なら吐き気を催していただろう。不潔だと拒絶しただろう。
だが今は、それが無性に美味しく、愛おしく感じられた。
セリアの味がする。
「んっ……ごく、ん……」
喉を鳴らして飲み込む。
繋がっている。
体液も、熱も、命も。
「……私たちはこうやって、足りないものを補い合ってるの」
横で見ていたルナが、優しくエレナの汗ばんだ髪を撫でる。
「魔力も、体力も、水分も。……そして、寂しさも」
エレナは、ぼんやりとした頭でその言葉を反芻した。
寂しさ。
そうか。私はずっと、寂しかったのかもしれない。
正しいことだけを求めて、他人を拒絶して。
その結果、冷たい鎧の中に閉じこもっていた。
でも今は、こんなに熱い。
肌と肌が触れ合うこの密度が、たまらなく安心する。
「……皆さん、汗くさいです」
エレナが、ふと漏らした。
それは嫌味ではなく、親愛の情を込めた冗談だった。
「あはは! エレナちゃんが一番匂うよー!」
ミオが笑って、エレナのお腹をつつく。
「そうですよ。……でも、素敵な匂いです」
アリサがエレナの首筋に顔を埋め、クンクンと匂いを嗅ぐ。
笑い声。
裸のままで、汗まみれのままで、抱き合って笑う。
なんてふしだらで、なんて幸せな夜なんだろう。
エレナは目を閉じた。
意識が闇に落ちていく直前、彼女は無意識にセリアの腰に足を絡めた。
もう、離れたくないと願うように。
その夜、エレナは生まれて初めて、悪夢を見ずに眠りについた。




