第35話:緋色の狩人
ジャリッ。
乾いた足音が、熱気に満ちた洞窟の静寂を切り裂いた。
エレナは走っていた。
風だ。
自分が風そのものになったような錯覚を覚える。
つい数時間前まで、全身を拘束具のように締め付けていた重い革のスーツはない。
今の彼女の白磁の肌を覆うのは、極小の面積しかない白と青の布切れと、要所を守る冷たい金属の装甲板だけ。
恥ずかしい。
走るたびに、今まで誰にも見せたことのない無防備なお尻の肉が揺れるのが分かる。
薄い布一枚で支えられた胸が上下に弾み、柔らかな膨らみが露わになりそうだ。
だが、それ以上に――軽い。
圧倒的に、自由だ。
「はっ!」
エレナが跳躍する。
マグマ溜まりから飛び出した『フレイム・リザード』の火炎ブレスを、空中で回転して紙一重で回避する。
肌に熱風が触れる。
チリチリと産毛が焦げるような刺激。
だが、汗ばんだ肌を撫でるその暴力的な熱さが、今のエレナには心地よい刺激となって脳髄を揺さぶった。
風が、太ももの内側を、脇の下を、首筋を吹き抜けていく。
「ナイス回避! そこだ、エレナ!」
後方からセリアの声が飛ぶ。
「はいッ!」
エレナは空中でしなやかに身体を捻り、リザードの死角である背後に音もなく着地した。
二振りの短剣が閃く。
硬い鱗の隙間、脈打つ柔らかな首元へ刃を滑り込ませる。
ザシュッ!
肉を断つ鮮やかな手応え。
「ギャオオオッ!」
断末魔と共に、巨大なリザードがどうと崩れ落ちる。
「……ふぅ」
エレナは着地し、乱れた前髪をかき上げた。
青い髪が汗で額に張り付いている。
白い肌が、洞窟の赤い光に照らされて艶めかしく光っていた。
興奮で頬が紅潮し、呼吸が荒い。胸が激しく上下し、ビキニの細い紐が肌に食い込む。
熱い。
洞窟の気温のせいだけではない。
この格好だ。
着地した瞬間、お尻の肉がブルンと震えた感覚。太腿の内側が露わになり、空気に撫でられる感覚。
そして何より、股間に食い込んだ細い布が、動くたびに際どい場所を擦り上げている事実。
スカウトとしての隠密動作には支障がないどころか、布擦れの音すらしない完璧な装備だ。
けれど、精神的な負荷が大きすぎる。
自分が「ただの雌」として戦場に放り出されたような心許なさが、逆に神経を過敏にさせていた。
「やるじゃないか。動きが見違えたぞ」
セリアが歩み寄ってくる。
彼女もまた、汗で全身を濡らし、マイクロビキニアーマーが濡れた肌に吸い付いている。
豊かな胸の谷間を、一筋の汗が流れ落ちていくのが見えた。
その光景に、エレナは喉を鳴らした。
「……装備のおかげ、でしょうか。体の可動域が、段違いです」
エレナが少し顔を赤らめて答える。視線をどこに向けていいか分からない。
認めたくはないが、この「破廉恥な格好」は、この灼熱の環境下において最強の戦闘服だった。
熱がこもらない。汗がすぐ乾く。そして何より、肌の感覚が鋭敏になり、敵の気配を皮膚で感じ取れる。
「よーし、素材回収タイムだよ~! 『灼熱の血』、あと8個集めなきゃ!」
ミオが特殊なガラスナイフを持って、パタパタと駆け寄る。
透けたローブの下、白い肌がマグマの照り返しでピンク色に染まっている。無邪気な笑顔が、逆にこの異様な状況を際立たせていた。
今回のクエストの目的は、この階層の魔物から稀に採取できる『灼熱の血』を10個持ち帰ることだ。
高価な錬金術の材料であり、強力な精力剤の原料にもなる代物だ。
ミオが倒したリザードの傷口にガラス瓶を当てる。
ドロリとした、蛍光色の赤い液体が瓶に溜まっていく。
粘度が高い。糸を引きながら瓶に吸い込まれていく様は、どこか艶めかしい。
「あつっ! 瓶越しでも熱いよぉ~」
「気をつけて。肌に触れると、火傷するわよ。……別の意味で『熱く』なる毒素も含んでいるし」
ルナが意味深に補足する。
その言葉に、エレナは微かに背筋を震わせた。
毒素。熱くなる。
その意味を深く考えることを、本能が拒否した。
*
狩りは続いた。
先に進むにつれて、敵の数と密度が増していく。
だが、エレナの適合スピードは異常だった。
あるいは、元々彼女の中に眠っていた「露出への適性」が開花したのかもしれない。
彼女は走る。
太腿の筋肉が収縮し、白い肌の下で躍動するのが見える。
汗が鎖骨の窪みに溜まり、胸の谷間へ流れ落ちる。
それを拭うこともせず、彼女は獲物を探す。
――ズンッ。
地響きと共に、通路の奥から三体の影が現れた。
『マグマ・トータス』。
リザードよりも硬い甲羅を持ち、高熱の蒸気を噴出する厄介な相手だ。
「敵影、三体! 右から来ます!」
「よし、連携で行くぞ! ミオ!」
「おっけー! 『アイス・バインド』!」
ミオが杖を振るう。
氷の礫が飛び、魔物たちの足を凍りつかせる。
ジュワアアッ!
凄まじい蒸気が上がる。
灼熱の階層では氷の拘束時間は数秒も持たない。
だが、その一瞬があれば十分だ。
「はあぁッ!」
アリサが突っ込む。
戦斧の一撃。
ガィィィンッ!
重い衝撃音が響き、亀の甲羅にヒビが入る。
汗に濡れたアリサの健康的な肢体が躍動する。
斧を振り上げるたびに背中の筋肉が盛り上がり、汗が飛沫となって舞う。
その姿は暴力的で、美しい。
魔物の注意が、露出度の高いアリサの肉体に引きつけられる。
その隙を、エレナは見逃さない。
影のように忍び寄る。
トータスの首が伸びた瞬間、その下側にある柔らかい皮膚を狙う。
速い。
自分でも驚くほどの速度だ。
服の抵抗がないことが、これほど動きを変えるとは。
だが、今回は敵の数が多かった。
最後の一体が、仲間を踏み台にして回転しながら突っ込んできたのだ。
燃え盛る甲羅が、回転鋸のように迫る。
「っ!」
避けきれない。
エレナは短剣をクロスさせ、防御態勢を取る。
華奢なビキニアーマーで、重量級の突進を受け止めるしかない。
ドォンッ!
重い衝撃。
腕が痺れ、骨がきしむ音が体内を駆け巡る。
本来なら、吹き飛ばされて内臓破裂していてもおかしくない威力だ。
しかし――。
その瞬間だった。
身につけたビキニの胸当てと、腰のパーツが「ヴンッ」と低く唸り、微細に振動した。
魔法陣が刻まれた金属が、物理的な運動エネルギーを瞬時に吸収する。
そして拡散し――電気信号へと変換して、着用者の神経へフィードバックする。
「んっ……あぁっ!」
エレナの口から、苦悶ではなく、とろけるような甘い声が漏れた。
痛くない。
いや、衝撃はある。押し潰されるような圧力はある。
だが、それが痛覚として脳に届く直前に、別の信号に書き換えられる。
神経を直接愛撫するような、痺れるような快感へ。
胸の先端が、硬い金属の裏側で擦れる。
その摩擦が、電流のように乳腺を貫く。
太腿の付け根、ビキニの紐が食い込んでいる場所が、カッと熱くなる。
衝撃を受け止めた腰のパーツが振動し、仙骨を刺激する。
まるで、巨大な男に乱暴に抱きすくめられたような、抗えない快楽の波動。
「な、なに、これ……」
膝が笑う。
力が抜けるのではない。逆に、異常な力が湧いてくる。
アドレナリンと、ドーパミンと、未知の興奮物質が脳内を駆け巡る。
もっと。
もっと強い衝撃を。
もっと激しくぶつかってほしい。
理性が恐怖を感じる一方で、開発されたばかりの身体が、さらなる刺激を求めて悲鳴を上げていた。
「エレナ、今だ! 怯んだぞ!」
セリアの声で我に返る。
エレナは震える足で踏み込んだ。
恐怖による震えではない。武者震いでもない。
快楽の余韻による震えだ。
今まで以上の速度で、地を蹴る。
短剣を突き立てる。
狙うはトータスの首の動脈。
ブシュッ!
刃が肉を裂き、動脈を断ち切る。
その時、行き場を失った高圧の血液――『灼熱の血』が、間欠泉のように噴き出した。
避けようとしたが、間に合わない。
エレナは真正面から、その赤いシャワーを浴びた。
「あつッ……! んぅッ!」
ドロリとした赤い液体が、エレナの顔にかかり、白い首筋を伝い、布面積の少ないお腹に降り注ぐ。
熱い。
焼けるように熱い。
だが、ただの熱湯ではない。
ねっとりとした粘液が皮膚に張り付き、毛穴から染み込んでくる。
血管を拡張させ、心拍数を跳ね上げる媚薬のような熱さ。
血を浴びた肌が、ビクビクと脈打つ。
お腹にかかった大量の血が、重力に従ってツーッと下へ流れる。
美しいくびれを通り、へその窪みに一度溜まり、そして溢れて下へ。
ビキニのボトムへ。
白かった布が、瞬く間に鮮血色に染まる。
熱い液体が布を通過し、太ももの付け根の奥へと到達する。
「はぁ……はぁ……熱い……」
エレナはその場にへたり込んだ。
大股を開いて、崩れ落ちる。
股間が熱い。
魔物の血のせいか、それとも鎧の衝撃変換のせいか、あるいはその両方か。
自分の内側から溢れる熱と、外から浴びたドロドロの熱い血が混ざり合い、ぐっしょりと濡れている。
肌が腫れ上がるような感覚。
「エレナさん! 大丈夫ですか!?」
アリサが駆け寄ってくる。
「血が……すごい量……早く拭かないと……火傷しちゃいます!」
アリサが腰のポーチから手ぬぐいを取り出し、エレナの太腿を拭う。
ゴシゴシと擦る。
戦士の手つきだ。汚れを落とすことしか考えていない、無骨な動き。
だが、今の敏感になっている肌には、その布の摩擦が強烈すぎる。
「あっ……だめ、そんな強く……っ!」
「え? でも、早く落とさないと毒が回ります!」
アリサは無自覚だ。
ただ純粋に心配して、エレナのビキニの際どいラインに付着した粘液を拭き取ろうと指を動かす。
布越しに、指の形がはっきりと分かる。
その指が、血と熱で濡れた布を押し込み、一番敏感な場所を擦過する。
コリッ、という感触。
「ひギッ……!」
エレナが背中を反らす。
視界が白く飛ぶ。
口からよだれが垂れる。
戦場なのに。魔物の死骸の前なのに。
四人の前で、限界を超えそうになっている。
アリサの指の感触。熱い血の感触。鎧の締め付け。
すべてが快感となって襲いかかり、脳を焼き尽くす。
太腿が痙攣し、アリサの手を挟み込むように力が入る。
「……アリサ、そこまでだ。残りはあとで水で洗い流せばいい」
セリアが止めた。
彼女は、ニヤニヤと笑っている。
エレナの状態に――あの濡れた瞳と、紅潮した肌と、小刻みに震える腰の意味に気づいているのだ。
「ほら、これで10個目だ」
セリアが最後の瓶を掲げる。
エレナの体から滴り落ちる血を、瓶で受け止める。
中には、まだ温かい、いや熱を持った『灼熱の血』が揺らめいている。
それはまるで、エレナの無垢な時代の終わりを告げる赤に見えた。
「任務完了だな。……ふぅ、いい汗かいた」
セリアが大きく伸びをする。
全身汗まみれで、所々に魔物の血を浴びている。
その姿は、野性的で、圧倒的にエロティックだった。
今まで「不潔」だと思っていたものが、今は「強さ」と「色気」の象徴に見える。
エレナは荒い息を整えながら、アリサの手を借りて立ち上がった。
足がガクガクする。
でも、不快ではなかった。
全身が熱い。
汗と血と、興奮でドロドロになった自分。
以前なら泣き喚いていただろう。
だが今は、隣に並ぶアリサたちと同じ姿になれたことが、無性に誇らしかった。
仲間になれた気がした。
同じ「熱」を共有できた気がした。
「……帰投しますか?」
エレナが上目遣いで聞く。
声が少し潤んでいた。
もっとこの格好でいたい、という願望が滲んでいた。
「いや、今日はここまでだ。近くに安全地帯がある。そこでキャンプだ」
セリアがエレナの肩に手を置く。
ベタリ、と汗ばんだ手が触れる。
その熱さが、エレナの芯に響く。
「今夜は……ゆっくり休めると思うなよ? その血、全身くまなく洗ってやるからな」
セリアの青い瞳が、獲物を狙う獣のように細められた。
その言葉の意味を、エレナはまだ完全には理解していなかった。
だが、この格好で、この昂った体のまま、狭いテントで四人と肌を合わせることになる。
洗い合う。触れ合う。
その予感だけで、エレナの太腿は再び震え、奥から熱いものが溢れ出した。
灼熱の洞窟の夜。
本当の「熱さ」は、これからだった。




