第33話:潔癖の斥候
リゾートから戻った翌日の朝。
『フローレシア』の拠点は、いつものように甘い空気に満ちていた。
リビングのソファで、アリサとセリアが寄り添っている。
セリアが後ろからアリサを抱きしめ、首筋に顔を埋めて匂いを嗅いでいる。朝の日課だ。
キッチンでは、ルナが料理を作り、ミオがその腰に抱きついて邪魔をしている。
平和で、少し背徳的な朝。
「……みんな、聞いてくれ」
食後の紅茶を飲みながら、セリアが切り出した。
その表情は真剣だ。膝の上には、手書きのメモが置かれている。
「先日の遠征で、私たちの弱点が改めて浮き彫りになった」
「弱点?」
ミオが首を傾げる。
「ああ。攻撃力と回復力は申し分ない。だが、索敵と罠の解除、そして隠密行動……『スカウト』の能力が圧倒的に不足している」
全員が黙り込んだ。
思い当たる節しかなかった。
初期の頃、単純な落とし穴に引っかかって二十階層まで転落したこと。
七階層で敵の奇襲に気づけず、ミオが人質に取られたこと。
どちらも、専門の斥候がいれば防げた事態だ。
「確かに……私、もう人質になるのは嫌……ナイフ突きつけられるの怖かったもん」
ミオが首筋をさする。
「私も、罠の感知は専門外です。魔力探知はできますが、物理的な罠は見抜けません」
ルナも同意する。
「そこでだ。パーティに五人目のメンバーを入れる」
セリアが宣言した。
「専門の『盗賊』あるいは『狩人』を雇う。それも、私たちについてこられるだけの実力者を」
*
ギルド『金獅子の鬣』亭。
アリサたちが足を踏み入れると、いつものように視線が集中する。
だが、今日は少し様子が違った。
四人が着ているのは、あの露出度の高い「勝負装備」ではなく、街歩き用の服だったからだ。
それでも、隠しきれない色香と、Bランク候補としてのオーラが周囲を圧倒する。
掲示板に募集の貼り紙を出す。
【Cランクパーティ『フローレシア』。専属スカウト募集。実力重視。女性限定。報酬応相談】
反応は劇的だった。
貼り出した直後から、申し込みが殺到したのだ。
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの『フローレシア』。しかも報酬は破格と噂されている。
ギルドの面接室。
セリアが面接官となり、次々と候補者を審査していく。
「次は……君か」
「はい! アタシ、自信あります! 夜の奉仕も得意ですし!」
「不合格。帰れ」
「次は」
「へへ……姉ちゃんたち、いい体してるねぇ。俺が手取り足取り……」
「女性限定だと書いただろう。消えろ」
ろくなのが来ない。
金目当て、色目当て、あるいは実力不足。
アリサたちのような「ガチ」の攻略を目指す女性スカウトは、そもそも絶対数が少ないのだ。
「はぁ……。全然ダメだな」
セリアが机に突っ伏す。
「まともな人材がいない」
「やっぱり、私たちだけで頑張るしかないのかなぁ」
ミオが退屈そうに足をぶらつかせる。
その時だった。
コン、コン。
規則正しく、礼儀正しいノックの音がした。
「失礼します。募集を見て参りました」
入ってきたのは、一人の少女だった。
年齢はアリサたちと同じくらい。
冷ややかな輝きを放つ青い髪を、高い位置でポニーテールに結んでいる。歩くたびに、馬の尻尾のように揺れるそれが凛々しい。
瞳は切れ長の吊り目。
意志の強さと、少しの神経質さを感じさせる鋭い眼差しだ。
特筆すべきは、その服装だ。
隙がない。
黒に近い濃紺のレザースーツ。首元までしっかりとボタンが留められ、肌の露出は顔と手先だけ。腰には機能的なポーチと、二振りの短剣。
「真面目」を絵に描いたような少女だった。
「エレナ・スカーレットと申します。クラスは『盗賊』。ランクはCです」
声も硬い。
だが、その立ち居振る舞いには無駄がない。足音がしなかったことに、アリサは今気づいた。
「Cランク……。ソロで活動していたのか?」
セリアが尋ねる。
「はい。以前のパーティは……風紀が乱れていたため、脱退しました」
「風紀?」
「ええ。ダンジョン攻略よりも、男女の不純な交遊を優先するような輩でしたので」
エレナが不愉快そうに眉をひそめる。吊り目がさらに鋭くなる。
冷ややかな軽蔑の色が見えた。
「私は、純粋にダンジョンを攻略したいのです。高みを目指したい。貴女方の『ヒュドラ討伐』の噂を聞き、ここなら私の技術を正しく活かせると判断しました」
セリアがアリサを見た。アリサも頷く。
この子は、本物だ。
雰囲気が違う。
「いいだろう。だが、口だけなら何とでも言える。実力を見せてもらう」
「望むところです。試験の場所は?」
「取り敢えず九階層まで潜る。そこで罠の解除と索敵を行ってもらう」
「了解しました」
エレナは吊り目がちな瞳を細め、涼しげな声で続けた。
「即時出発で構いませんね? ……移動中の隊列はどうしますか? 私が先行して露払いを行いますが、貴女方の歩調に合わせますか? それとも、最速で踏破しますか?」
その言葉には、一切の迷いも恐怖もなかった。 むしろ「九階層程度なら散歩のようなもの」と言わんばかりの自信が滲んでいた。
「……フン、言うじゃないか。なら、私たちに遅れずについてきてみろ」
セリアが口角を上げる。
*
一時間後。
迷宮の入り口に設けられた、冒険者用の更衣室。
木のベンチと、壁にフックが取り付けられただけの殺風景な部屋で、アリサたちは戦闘装備に着替えていた。
セリアのマイクロビキニアーマー。
ミオの透け透けローブ。
ルナのボンテージ聖職衣。
アリサの露出過多な戦斧装備。
それを見たエレナが、絶句した。
鋭い吊り目が、驚愕で見開かれている。
「あ、あの……それは……?」
エレナの声が裏返る。
「私たちの正装だ。何か?」
セリアが平然と答える。
「正装……? それがですか? ほとんど……その、下着……いえ、裸同然ではありませんか!」
エレナの顔が真っ赤になる。直視できないようで、視線をあちこちに彷徨わせている。
「防御力は高いんだよ? 『シルク・ド・ロゼ』で買った、最高級品なんだから!」
ミオがスカート(のような布)をひらひらさせる。白い太腿が眩しい。
「『シルク・ド・ロゼ』……? あの、裏通りにある高級ブティックですか? あそこは……その、夜のお仕事の方御用達だと聞いていますが……」
エレナが怪訝な顔をする。
「そうかもしれんが、性能は折り紙付きだ。素材も一級品だし、動きやすさは抜群だぞ。……多少、通気性が良すぎるがな」
セリアが胸を張る。乳房が揺れる。
「は、破廉恥です! 神聖なダンジョンを、なんと心得るのですか!」
エレナが怒った。
真面目ゆえの拒絶反応。
「性能重視だ。文句があるなら、実力で示せ」
セリアが冷たく言い放つ。
「……くっ。分かりました。私の仕事はスカウトです。貴女方がどんな格好をしていても、任務さえ遂行できれば文句はありません。ただし!」
エレナがキッと睨む。
「私の前で、その……淫らな行いは慎んでください。集中力が乱れます」
*
九階層。
薄暗い回廊に、湿った空気が漂っている。
だが、今日はいつもと様子が違った。
エレナの実力が、探索の質を劇的に変えたのだ。
「ストップ。……前方3メートル、床に感圧式の罠があります」
エレナが指差す。
誰も気づかなかった石畳の微妙な浮き沈み。
彼女は素早く近づき、道具を使って瞬く間に解除してしまった。
「敵影感知。右の通路奥、スケルトン・ナイトが二体。待ち伏せしています」
まだ姿も見えない敵の位置を正確に当てる。
奇襲を受ける前に、こちらから先制攻撃を仕掛けられる。
「すごい……」
アリサが感嘆する。
今まで自分たちがどれだけ無防備に、力任せに進んでいたか、思い知らされる。
だが、戦闘中にハプニングが起きた。
スケルトンの剣が、セリアの胸元を掠めたのだ。
ギャインッ!
金属音が響き、セリアのビキニアーマーが火花を散らす。
「セリアさん!」
エレナが叫ぶ。
だが、セリアは平然としていた。
衝撃で胸が大きく揺れ、たゆん、と波打つ。
「問題ない。……んっ……いい衝撃だ」
セリアが小さく喉を鳴らす。
この装備は、衝撃を分散しつつ、着用者に微弱な快感としてフィードバックする機能があるのだ。
エレナはその光景を見て、呆然とした。
「な……何故、避けないのですか? それに、今の声……」
「避けるより、受けたほうが早い」
セリアが一撃でスケルトンを粉砕する。
その背中、無防備に露出した肌には汗が光り、戦いへの高揚と、別の種類の熱が混じっているように見えた。
「(この人たち……強い。でも、何かがおかしい……)」
エレナは冷や汗を拭った。
ミオが魔法を撃つたびにスカートがめくれ、ルナが祈るたびに胸が強調される。
視覚的な情報量が多すぎて、スカウトとしての集中力を保つのが別の意味で困難だった。
「終わりです」
最後の敵が崩れ落ちる。
エレナは短剣の血を振り払い、乱れた前髪を払った。
息一つ切らしていない。
「合格だ」
セリアが剣を納める。
露出した胸が汗で光っている。
「君の腕は確かだ。今日から『フローレシア』の一員として迎える」
「……ありがとうございます」
エレナが頭を下げる。
だが、その視線はセリアの胸元(溢れそうな乳房)に向けられ、すぐにパッと逸らされた。
「ですが……やはりその格好は……目の毒です」
「慣れろ」
*
その夜。
エレナの歓迎会を兼ねて、新居で夕食会が開かれた。
ルナの手料理がテーブルに並ぶ。
エレナは私服に着替えていたが、それもまた露出ゼロの地味な服だった。
青い髪を下ろしているのが、少し新鮮だ。
「美味しい……!」
エレナがスープを飲んで目を見開く。吊り目が少し和らぐ。
「こんな家庭的な料理、久しぶりに食べました」
少しだけ表情が緩む。
年相応の少女の顔。
可愛い、とアリサは思った。
「よかったら、ここに住み込みで働かないか?」
セリアが提案する。
「部屋は余ってるし、家賃はいらない。その代わり、家事の分担と、ダンジョンでの働きで返してくれればいい」
「え……いいのですか? こんな立派なお屋敷に」
「仲間だもの。当然よ」
ミオが笑う。
エレナは少し迷ったが、頷いた。
「分かりました。お言葉に甘えます。……ただし!」
また鋭い目つきに戻る。
「風紀は守っていただきます。男女の……いえ、女性同士でも、不純な交遊は禁止です。健全な共同生活を!」
四人は顔を見合わせた。
不純な交遊。
この家で行われていることそのものだ。
「……善処する」
セリアが視線を逸らして答える。
食事の後。
「お風呂、一緒に入ろうよ!」
ミオが誘う。
「お断りします。入浴は一人で済ませます」
エレナは頑なに拒否し、一番風呂を使ってさっさと自室(空いていた客間)に引き上げてしまった。
残された四人。
いつものように、広い浴槽に浸かる。
湯気が立ち込める中、肌が触れ合う。
我慢していた分、熱が高まる。
「あの子……真面目すぎだね」
ミオがアリサの膝に座りながら言う。
「でも、いい子です。それに、すごく頼りになります」
アリサがミオの背中を撫でる。ヌルリとした石鹸の感触。
ミオが小さく「んっ」と声を漏らす。
「まあ、少しずつ慣らしていけばいいさ。……私たちの『やり方』に」
セリアが不敵に笑い、アリサの肩を抱き寄せた。
濡れた肌と肌が密着する音。
チュッ。
セリアがアリサの首筋に口づける。
リゾートでのキスマークは消えたが、また新しい痕跡を刻み込もうとしている。
「んっ……セリアさん、聞こえちゃいます……」
「いいさ。これがこの家の『日常』だと、教えてやる」
その夜。
アリサたちは、いつもより声を抑えて愛し合った。
だが、抑圧された分だけ、行為は濃密になった。
リビングのソファで、四人が絡み合う。
クチュクチュという水音と、押し殺した喘ぎ声が、深夜の静寂に染み渡る。
二階の客間。
エレナはベッドの中で耳を塞いでいた。
聴覚が鋭いスカウトの耳には、下の階で行われている「饗宴」の音が、鮮明に届いてしまっていたのだ。
「な、なんなのですか……この人たちは……!」
衣擦れの音。濡れた粘膜が合わさる音。甘い吐息。
『あ……セリアさん、そこぉ……』
『ミオちゃん、可愛い……舐めてあげる……』
断片的に聞こえる言葉が、エレナの脳内で勝手に映像を結ぶ。
顔が熱い。
体の奥がムズムズする。
知らなかった世界。拒絶すべき不潔な世界。
でも、本能が反応してしまう。
「破廉恥です……! 不潔です……!」
エレナは枕に顔を埋めた。
だが、その手は無意識に自分の太腿を握りしめ、足はシーツを擦り合わせていた。
下腹部に灯った小さな熱。
それが、自分もまた「あちら側」へ堕ちる予兆だとは、潔癖な彼女はまだ認めたくなかった。




