第32話:楽園の代償
チュン、チュン……。
小鳥のさえずりが、朝の訪れを告げていた。
カーテンの隙間から、容赦のない南国の陽光が差し込み、惨劇の舞台となったベッドルームを白日の下に晒していた。
「……んぅ……っ……」
最初に意識を取り戻したのは、セリアだった。
頭が割れるように痛い。
二日酔いと、魔力枯渇による倦怠感が同時に押し寄せてくる。
泥沼のような眠りから無理やり浮上しようとして、セリアは自分が「動けない」ことに気づいた。
重い。
熱い。
そして、ひどくベタつく。
恐る恐る目を開けると、視界いっぱいに広がっていたのは、肌色の山脈だった。
「……ッ!?」
セリアは声にならない悲鳴を上げ、身じろぎした。
だが、四肢は完全に封じられていた。
右腕には、ルナが抱きついている。彼女の豊満すぎる胸が、セリアの二の腕を押し潰すように密着し、柔らかな弾力が伝わってくる。ルナの寝息がかかるたび、熱い湿気が肌を濡らす。
左足には、ミオがしがみついていた。まるでコアラのようにセリアの太腿を両手両足でロックし、あろうことか太ももの付け根に顔を埋めている。口元からは涎が垂れ、セリアの肌を汚している。
お腹の上には、アリサの頭が乗っている。彼女の手は無意識にセリアの腰骨を掴んでおり、甘えるように指を食い込ませている。
そして、その全員を覆うように、カリスが背中から覆いかぶさっていた。
全員、一糸纏わぬ全裸だ。
昨日着ていたシルクのネグリジェは、見るも無惨にはだけ、あるいは丸まって部屋の隅に打ち捨てられている。
シーツはベッドからずり落ち、所々にワインの染みが地図のように広がっている。
そして何より、匂い。
部屋の空気が重い。
熟れすぎた果実のような、濃厚で甘ったるい「熱」の残り香。
五人分の汗、香水、そして体温が密室で熟成され、むせ返るような背徳の芳香となって鼻腔を犯す。
――昨夜の記憶が、濁流のように蘇る。
『セイレーンの涙』による理性の崩壊。
互いの体温を貪り合った感触。
ルナの柔らかな唇の感触。ミオの泣きそうな甘い声。アリサの熱っぽい視線。
そして、カリスに翻弄され、自らも彼女を抱きしめ、快楽の波に溺れた記憶。
自分がルナの胸に顔を埋めて甘えたり、ミオの柔肌を撫で回して喜んでいた記憶がよぎり、セリアは舌を噛み切りたくなった。
「あ……あぁ……嘘だ……」
セリアの顔が、一瞬で沸騰したように赤くなる。
騎士として、いや人間として、超えてはいけない一線を軽々と飛び越えてしまった。
しかも、パーティメンバー全員で。
「……んん……セリアさん……?」
お腹の上で、アリサが目を覚ました。
ぼんやりとした瞳がセリアと合う。
数秒の沈黙。
そして、アリサの視線が、自分の目の前にあるセリアの胸元に釘付けになった。
「……ひっ!」
アリサが飛び退こうとして、カリスにぶつかって戻ってくる。
「ど、どうしよう……セリアさん、その胸……」
「……なんだ」
「あ、跡が……すごいことに……」
セリアは慌てて自分の体を見下ろした。
絶句した。
豊かな胸元全体に、赤紫色の斑点――キスマークが、毒々しい花びらのように散らばっていたのだ。
特に目立つ場所は色が濃く、誰かに強く吸い続けられたことを物語っている。
「お前だって……鏡を見てみろ」
セリアが震える声で指摘する。
アリサの首筋、鎖骨、そしてお腹周りにも、無数の吸い跡が残っている。
まるで全身を愛でられたような、淫らな痕跡。
「ふあぁ……うるさいなぁ……」
その騒ぎで、ルナとミオも目を覚ました。
二人が体を起こすと、シーツが剥がれ落ち、その惨状がさらに露わになる。
ミオの白い太腿には、誰かの指の跡が赤く残っている。
ルナの豊満な体には、至る所に熱烈なキスマークがついていた。胸、首、そして太腿の内側。
全員が全員、昨夜の狂乱の被害者であり、加害者だった。
「おっはよー、お姫様たち」
一番最後に、カリスが優雅に起き上がった。
彼女だけは肌艶が良く、満たされた猫のような表情だ。肌に残る跡さえも、勲章のように堂々と晒している。
「よく眠れた? ……デザートの味は、格別だったでしょ?」
「カリス……ッ! 貴様、よくも……!」
セリアがシーツを体に巻き付け、涙目で睨みつける。
だが、その迫力は皆無だ。
シーツの下では、全身の筋肉が倦怠感を訴え、昨夜の過剰な運動を物語っているのだから。
少し動くだけで、体の奥がジンと痺れるような感覚がある。
「感謝してほしいなぁ。おかげで肌もツヤツヤ、魔力も満タン。結束力も深まったし」
カリスがニヤリと笑う。
「さ、現実に戻る時間だよ。チェックアウトして、ギルドに報告に行かなきゃ」
その言葉が、死刑宣告のように響いた。
*
地獄の身支度が始まった。
まず、着る服がない。
昨夜のネグリジェは全滅。持ってきた水着は昨日のビーチで砂まみれ。
結局、行きに着てきた「露出度の高い私服」を着るしかないのだが、最大の問題があった。
「……下着が、ない」
アリサが絶望的な声で呟く。
彼女のショーツは、昨夜の興奮のあまり、どこかへ行ってしまった(おそらくベッドの下だ)。
セリアのブラジャーも、ホックがひん曲がって使い物にならない。
全員、ノーブラ・ノーパンで服を着るしかなかった。
「ひっ……!」
ミオが声を上げる。
服を着るだけで過敏なのだ。
スライムエステと媚薬の効果で、皮膚感覚がまだ鋭敏なままだ。
布地が素肌に触れるだけで、電流が走るような刺激がある。
内腿が擦れると、昨夜の熱狂がフラッシュバックして腰が砕けそうになる。
「これを着てください」
ルナが、予備で持っていた薄手のストールやマントを全員に配る。
とにかく、肌の露出を減らし、あの無数のキスマークを隠さなければならない。
首までボタンを留め、フードを目深に被る。
まるで重罪人の護送のようだ。
部屋を出る時、掃除に入ってきたメイドとすれ違った。
メイドは部屋の中――崩壊したベッド、散乱した衣服、甘い残り香――を見て、顔を真っ赤にして口元を押さえた。
その好奇心と羞恥の入り混じった視線が、五人の背中に突き刺さる。
逃げるように、彼女たちはヴィラを後にした。
*
帰りの馬車の中は、お通夜のように静まり返っていた。
行きとは違う、重苦しい沈黙。
五人は向かい合って座っていたが、誰とも目を合わせられなかった。
ガタンッ。
車輪が石を踏み、馬車が大きく揺れる。
「ひッ……!」
五人の体が、同時にビクンと跳ねた。
振動。
それが、敏感になった体にダイレクトに伝わる。
下着をつけていないため、服の布地が直接際どい場所を擦り上げるのだ。
「……んぅ」
ミオが内股を擦り合わせ、堪えるように唇を噛む。
その吐息が、密室の馬車内に響く。
その音が、連鎖的に他のメンバーの記憶を呼び覚ます。
昨夜、ミオがどんな甘い声で鳴いていたか。どんな顔でしがみついてきたか。
それが鮮明に脳裏に浮かび、さらに体が熱くなる。
「……暑い」
セリアが呟き、襟元を少し緩めようとして、ハッとして手を止める。
そこには、ルナにつけられた濃いキスマークがあるからだ。
チラリとルナを見る。
ルナは顔を真っ赤にして、窓の外を見つめていた。
だが、その手は自分の胸元――セリアが吸い付いた場所――を無意識に押さえている。
ルナの胸は、昨夜の愛撫でさらに大きくなったように見える。歩くだけで揺れ、布地と擦れるたびにルナの眉がピクリと動く。
気まずい。死ぬほど気まずい。
なのに、体の奥の疼きが収まらない。
昨夜、あまりにも激しく愛されたせいで、体がまだ熱を記憶しているのだ。
カリスだけが、楽しそうに鼻歌を歌っていた。
*
そして、ついに処刑台――冒険者ギルド『金獅子の鬣』亭に到着した。
馬車を降りるだけで一苦労だった。
足がガクガクして力が入らない。
内股で、よちよちと歩くしかない。
ギルドの扉を開ける。
ムッとするような熱気と、男たちの汗の臭い、酒の臭い。
普段なら慣れっこなその空気が、今の過敏な四人には強烈な刺激となって襲いかかる。
「うっ……臭いが……」
アリサが鼻を押さえる。
嗅覚も敏感になっている。視線が、物理的な圧力を持って肌にまとわりつくのを感じる。
まるで、服を透視されているようだ。
「……おい、あれ」
「『フローレシア』か?」
「なんか……雰囲気違わねえか?」
ざわめきが広がる。
四人はフードを目深に被り、コソコソとカウンターへ向かう。
だが、隠しきれないものが溢れ出していた。
色気だ。
一晩中、互いを愛し合った者だけが放つ、退廃的で甘美なオーラ。
歩くたびに、服の下でノーブラの胸が揺れる。その頼りない歩き方が、逆に周囲の想像力を掻き立てる。
すれ違った冒険者が、鼻をヒクつかせた。
「……甘い匂いがするぞ」
その言葉に、セリアの背筋が凍る。
「お、お疲れ様です……!」
受付嬢のミリアが笑顔で迎えるが、四人の姿を間近で見て、表情を凍りつかせた。
「あの……皆さん、随分とお疲れのようですが……」
近くで見ると、その消耗具合は明らかだった。
目の下には薄っすらと隈ができ、頬は紅潮し、瞳だけはとろんと潤んでいる。
そして、ふとした拍子に動いたセリアのマントの隙間から、首筋の赤い斑点が見えてしまった。
「ひっ……!」
ミリアが息を呑む。
そして、心配そうに身を乗り出した。
「セリアさん! その首……毒虫に刺されたんですか!? すごい数……!」
「ッ!」
セリアが慌てて襟を合わせる。
「ち、違う! これは……魔獣の、攻撃だ!」
「魔獣の……? 吸血性の魔獣ですか? それにしては、内出血の形が……」
ミリアは悪気なく核心を突いてくる。
周囲の冒険者たちが、聞き耳を立ててニヤニヤし始めた。
「……報告だ」
セリアが震える手で羊皮紙を出す。
声が掠れている。喉が枯れるほど声を上げたせいだ。
「魔獣は……手強かった」
「そ、そうですか。リゾート島のイタズラ猿ですよね? そんなに……激しい戦闘だったんですか?」
ミリアの視線が、セリアの首から、ルナの胸元、ミオの太腿(スカートの隙間から見える赤み)へと泳ぐ。
「ああ。……吸い付き攻撃と、締め付けが強力でな……」
セリアが苦し紛れの嘘をつく。
嘘ではない。猿にも吸われ、仲間にも吸われたのだから。
だが、その言葉が周囲の冒険者たちの想像力を最悪の方向へ刺激した。
「おい聞いたか? 吸い付き攻撃だってよ」
「『フローレシア』の連中、全員足元がおぼつかねえぞ」
「一晩で女の顔になったっつーか……熟れた果実みたいだな」
「あのミオちゃんが、あんなに色っぽい目をするなんて……」
ヒソヒソ話が、四人の耳に突き刺さる。
服の下の、キスマークだらけの裸体を見透かされているようだ。
恥ずかしい。
羞恥で体が熱くなる。その反応で、また体の奥がキュンと疼く。
下着のないスカートの中に熱がこもるのを、必死に内股でごまかす。
「任務完了、確認しました。報酬はこちらです」
ミリアが金貨の入った袋を置く。
そして、本当に心配そうな顔で、声を潜めて付け加えた。
「あの……余計なお世話かもしれませんが。……皆さん、腰が立たないほど消耗されているみたいですし。……あと、特製の軟膏もつけておきますね」
ミリアが小瓶を取り出す。
「これ、肌荒れや、擦り傷によく効くんです。……あちこち赤くなってますし、よほど激しく……組み敷かれたんですね……魔獣に」
その無垢な言葉が、セリアの理性を粉砕した。
『激しく組み敷かれた』。
ミリアは戦闘の話をしているつもりだが、セリアの脳内では昨夜の乱行――肌と肌が擦れ合い、四人で組み合い、貪り合った記憶――が鮮明にフラッシュバックする。
ガタンッ。
セリアがカウンターに崩れ落ちた。
顔から火が出るどころか、全身が爆発しそうだ。
羞恥で目の前が真っ白になる。
「えっ!? セリアさん!? 大丈夫ですか!? やっぱり、まだ毒が……!?」
慌てるミリアの声が、遠く聞こえる。
違う。毒ではない。
これは、愛と欲望の代償だ。
「あはは、またのお越しをお待ちしてまーす」
カリスだけが、後ろで楽しそうに手を振っていた。
こうして、彼女たちの「リゾートバカンス」は幕を閉じた。
大森林の物理的な汚れは落ちた。
だが、代わりに一生消えないような「淫らな思い出」と「背徳の絆」、そしてギルド中に広まる「乱れた噂」という新たな汚れを背負うことになった。
『フローレシア』の伝説に、また新たな1ページ(黒歴史)が加わった瞬間だった。




