第31話:蜜月の晩餐
『ロイヤル・ヴィラ』のダイニングルームは、昼間の騒動が嘘のように静まり返っていた。
高い天井から吊るされたシャンデリアが、暖色の光を投げかけている。
窓の外はすでに夜。
波の音が、心地よいBGMのように響いていた。
そこに、風呂上がりの四人が現れた。
「……カリス。この服はなんだ」
先頭を歩くセリアが、不満げに裾を摘む。
彼女たちが着ているのは、カリスが用意した「ルームウェア」だ。
だが、それは限りなくネグリジェに近い代物だった。
最高級のシルク製で、肌触りは滑らかだが、生地が薄すぎる。
光の加減によっては、体のラインが透けて見えそうだ。
セリアは黒、ミオは白、ルナは紫、アリサは赤。
それぞれのイメージカラーの布地が、火照った素肌に直接触れている。
下着はつけていない。
「肌を休ませるため」というカリスの言葉を信じてノーブラ・ノーパンだが、歩くたびに太腿の内側が擦れ、先端が布地を押し上げる感触が恥ずかしい。
「文句言わないの。通気性が良くて肌に優しいんだから」
カリスがテーブルの上座でグラスを傾けていた。
彼女の前には、目を見張るような豪華な料理が並んでいる。
「うわぁ……! すごいです!」
ミオが目を輝かせる。
テーブルには、見たこともないような南国の料理が所狭しと並べられていた。
大皿に盛られた色鮮やかなカルパッチョ。香ばしい匂いを漂わせる肉のロースト。宝石のように輝くフルーツの盛り合わせ。
そして、氷のベッドの上に鎮座する、巨大な生牡蠣のような貝類。
「さ、座って。今日は疲れ果てた君たちのために、スタミナ満点のフルコースを用意したから」
四人は椅子に腰掛けた。
空腹だった。昼間の労働と、その後のスライム洗浄で、体力は限界まで削られている。
胃袋が悲鳴を上げている。
「いただきます!」
ミオが真っ先にフォークを手に取った。
晩餐が始まった。
まずは前菜。『虹色魚レインボー・フィッシュのカルパッチョ』。
口に入れると、濃厚な旨味と共に舌の上でとろけた。
「んぅ……! 美味しい!」
ミオが頬を押さえる。噛む必要がないほど柔らかい。
セリアも一口食べ、目を見開いた。
「……悪くない。いや、絶品だ」
彼女もまた、無心でフォークを動かし始めた。体が栄養を渇望しているのだ。
次にメインディッシュの一つ、巨大な貝。『月光貝ムーン・シェル』の生造り。
「これ、この島の特産品でね。滋養強壮にすっごく効くんだ。一口で食べてみて」
アリサがおそるおそる、ぷるんとした乳白色の身を口に含んだ。
ツルッ。喉越しが良い。
噛むと、中から濃厚なミルクのような汁が溢れ出した。
磯の香りと、クリーミーな甘み。
「っ……! 濃厚です……」
飲み込むと、食道がカッと熱くなった。胃袋に落ちた瞬間、熱源となって全身に広がる感覚。
「ルナちゃんもどうぞ。聖女様にはぴったりだよ」
ルナも貝を口にする。
唇を濡らし、吸い込むように食べる。ジュルッ、という音が静かな部屋に響く。
「……美味しいです。体が、ポカポカしてきました」
ルナの頬が、ほんのりと薔薇色に染まる。
そして肉料理。『火蜥蜴サラマンダーのテールシチュー』。
食べたそばから、汗が吹き出してくる。
「暑い……」
セリアが首元をパタパタと手で扇ぐ。
シルクの布地がはだけ、汗ばんだ鎖骨と、豊かな胸の谷間が覗く。
「このワインも合うよ。どんどん飲んで」
カリスが注いだのは、深い紅色のワインだった。
甘く、重たい香り。口当たりはジュースのように飲みやすいが、アルコール度数は高いようだ。
四人は喉の渇きを癒やすように、グラスを空けていく。
食事は進む。
会話が減り、咀嚼音と吐息だけが支配する空間。
カチャ、カチャという食器の音に混じって、「はぁ……」「んっ……」という熱っぽい溜息が漏れ始める。
異変が表面化し始めたのは、デザートの頃だった。
「……なんか、変」
ミオがフォークを落とした。カラン、と高い音が響く。
ミオの目はとろんと潤み、焦点が定まっていない。
「体が……ふわふわするの……。椅子が、回ってるみたい……」
ミオがテーブルに突っ伏す。冷たいテーブルクロスに火照った頬を押し付ける。
「お腹の中が……グルグルするぅ……熱いのが、回ってる……」
ミオの手が、無意識に自分の胸へと伸びる。
ネグリジェの上から、小さな膨らみを抑えるように触れる。
「んぅ……触ると、気持ちいい……もっと……」
「ミオ、飲みすぎだぞ」
セリアが注意するが、彼女の呂律も怪しい。
顔が真っ赤だ。首筋まで紅潮している。
座っているのが辛いのか、テーブルに頬杖をついている。
その体勢のせいで、胸がテーブルに乗っかり、重たげに潰れている。柔らかい肉が変形し、先端がテーブルクロスを擦る。
その刺激に、セリアの肩がビクンと跳ねる。
「……暑い。この部屋、風が通っていないのか? 空気が……粘ついている」
「まさか。窓は全開だよ? 夜風が気持ちいいくらい」
カリスがにこやかに答える。
確かにカーテンは揺れている。だが、四人の体感温度は上昇する一方だった。
体の芯、胃袋のあたりから、マグマのような熱が湧き出し、血管を通って四肢へ広がっていく。
指先まで脈打つ感覚。
アリサは、自分の太腿をぎゅっと握りしめていた。
おかしい。
お腹の奥、へその下が、ドクンドクンと脈打っている。
さっき食べた『月光貝』の熱が、下腹部に溜まっているようだ。
内腿がムズ痒い。
椅子に座っているだけなのに、下着をつけていない場所が熱を持っていくのが分かる。
「……んッ……」
思わず足を擦り合わせる。
シルクの布地越しに、敏感になった肌同士が擦れる。
その微かな刺激だけで、背筋に電流が走る。
椅子が硬い。その硬さが、敏感な部分を圧迫して快感に変わる。
ルナは、グラスの水滴を指でなぞっていた。
指先が震えている。
彼女の視線は、向かいに座るセリアの胸元や、隣のミオの無防備な首筋に吸い寄せられていた。
喉が渇く。ワインを飲んでも、水を飲んでも、癒えない渇き。
何かを口に入れたい。もっと、別のものを。
「カリスさん……この料理、何が入ってるんですか?」
ルナが潤んだ瞳で問う。
聖女としての直感が、この異常事態の原因を告げている。だが、それを拒絶する気力が湧かない。
「え? 言ったじゃん。スタミナ満点の食材だよ」
カリスが悪戯っぽく笑う。
そして、種明かしを始めた。
「前菜の魚は、発情期のものだけを厳選して使ってるの。貝は『月光貝』。別名『恋人の媚薬』。一口食べれば、一晩中愛し合えるって言われてるやつ」
「お肉は火蜥蜴。……これ、精力増強剤の原料そのものだね。ワインは、この島に伝わる『セイレーンの涙』。理性のタガを外して、本能をむき出しにする効果があるんだって」
四人が絶句する。
つまり、これはフルコースの形をした、強力な媚薬の爆弾だったのだ。
「な、なんでそんなものを……!」
セリアが立ち上がろうとするが、足に力が入らず、椅子ごと後ろに倒れそうになる。
ガタッ!
テーブルに手をついて支える。荒い息。
開いた胸元から、汗が滴り落ちる。先端が尖り、服を押し上げているのが丸わかりだ。
「だって、君たち疲れてたでしょ? 魔力も体力も空っぽ。それを補給するには、こういう『命の塊』みたいな食材を摂るのが一番なんだよ」
カリスの理屈は通っているようで、完全に破綻している。
だが、もう手遅れだ。
食べたものは消化され、血液に乗って全身を巡っている。
スライムエステで敏感になった肌に、内側からの発熱が加わり、感覚が暴走している。
「ミオちゃん、ダメ……ここでそんな……」
アリサが止めようとするが、自分の手も勝手に動いてしまう。
ミオの背中を撫でる。熱い。
太腿の内側を這い上がり、熱源へと伸びる手。
ダメだと思えば思うほど、体が人肌を求めてしまう。
ワインの効果で、理性の壁が薄紙のように脆くなっているのだ。
セリアは歯を食いしばって耐えていた。
騎士としての矜持。こんな場所で、乱れるわけにはいかない。
だが、目の前にはルナがいる。
ルナが、熱っぽい瞳で自分を見つめている。
豊満な胸が、荒い呼吸に合わせて上下し、薄い紫色のシルク越しに、先端の突起がくっきりと浮かび上がっている。
その視線に、誘われている。
「……セリアちゃん」
ルナが甘い声で呼ぶ。
「私……もう……我慢できません……」
理性の糸が、音を立てて切れた。
「……カリス。部屋は」
セリアが低い声で聞く。獣の唸り声に近い。
「二階だよ。一番奥の、大きなベッドルームを用意してある」
「行くぞ。……ここにいては、見境なく襲ってしまいそうだ」
セリアがルナの手を引いて立ち上がる。
ルナは抵抗せず、よろめきながら従う。
その足取りは覚束ないが、二人の体は磁石のように引き寄せ合い、密着している。
「待ってぇ……私もぉ……」
ミオがふらふらと立ち上がる。
アリサがそれを支える。
「ミオちゃん、行きましょう……ベッドへ……」
アリサも限界だった。
早く横になりたい。そして、この内側からの熱を、誰かの肌で冷やしたい。
四人はもつれるようにして、ダイニングルームを後にした。
後に残されたのは、食べ散らかされた豪華な料理の残骸と、空になったワインボトル。
「いってらっしゃい。……デザートは、お互いの体ってことかな」
カリスは一人、残ったワインをグラスに注ぎ、月明かりにかざした。
深紅の液体が、妖しく揺れる。
二階からは、微かに甘い吐息と、ベッドが軋む音が聞こえ始めている。
カリスはグラスを飲み干すと、舌なめずりをした。
彼女の中の小悪魔が、あるいは彼女自身の本能が、疼きだしていた。
カリスは足音を忍ばせ、階段を上った。
*
二階のベッドルーム。
そこは、四人のための巨大なキングサイズベッドが一つだけ置かれた、淫靡な空間だった。
窓からは月明かりが差し込み、四人の乱れた姿を照らし出す。
部屋に入った瞬間、熱気と甘い匂いがカリスの顔を打った。
すでに四人はベッドの上で絡み合っていた。
ネグリジェははだけ、露わになった肌が重なり合っている。
「んっ……ふぁ……」
セリアがルナの唇を奪っている。
食事のように貪るキス。
ワインの味と、互いの甘い味が混ざり合う。
セリアの手がルナの豊満な胸を強く揉みしだき、ルナはセリアの背中に爪を立て、快感に身をよじっている。
その横で、アリサがミオの白い肌に吸い付いている。
首筋、鎖骨、胸。
赤いキスマークを点々と残していく。
ミオはセリアの太腿に頬ずりをしながら、アリサの手を自分の腰へ導いていた。
誰も、カリスが入ってきたことに気づいていない。
「楽しそうだねぇ。……混ぜてよ」
カリスの声に、四人の動きが一瞬止まる。
だが、すぐにまた動き出す。今の彼女たちにとって、カリスは敵ではない。
新たな「熱源」だ。
「カリス……さん……」
アリサが潤んだ瞳で見上げる。
汗で濡れた前髪。上気した頬。
カリスはニヤリと笑い、自らのゴシックドレスの背中のファスナーを下ろした。
バサリ。
黒いドレスが床に落ちる。
現れたのは、小柄だが均整の取れた、白磁のような肢体。
カリスはベッドに飛び込んだ。
スプリングが大きく弾む。
「きゃっ!」
真ん中に割り込む。
肉の壁に挟まれる。体温の坩堝。
「んー、いい匂い。みんな、食べ頃だね」
カリスが動き出す。
まずはセリアだ。
カリスがセリアの首筋に鼻を押し付ける。
汗と香水、そして雌の匂い。
カリスの舌が、セリアの耳たぶを甘噛みする。
「っ……! カリス、お前……!」
セリアがビクンと反応する。拒絶する力はない。
「セリアさん、我慢しなくていいんだよ。ほら、ここも熱くなってる」
カリスの手が、セリアの太ももの付け根に伸びる。
一番熱い場所のすぐそばを、指先でくすぐるように撫でる。
直接は触れない。でも、ギリギリの境界線を攻められる。
「あっ……ンぁッ! やめ……!」
セリアがのけぞる。
カリスは巧みだ。敏感なスポットの周りを焦らすように擦る。
「戦ってる時のセリアさんもいいけど、乱れてるセリアさんも可愛いよ」
「ルナちゃんも、放置してごめんね」
カリスはもう片方の手で、ルナの豊満な胸を包み込んだ。
指が肉に沈む。
先端を爪先でコリコリと弾く。
「ふあぁッ! カリスちゃん……そこ、痺れるぅ……!」
ルナが涙目で喘ぐ。
聖女の堕落した姿。それがカリスの嗜虐心を煽る。
「ミオちゃん、アリサちゃん。君たちもサボってないで、私を気持ちよくしてよ」
カリスが女王様のように命じる。
理性を失った二人は、その命令に喜んで従った。
「カリスちゃんの肌……すべすべ……」
ミオがカリスの足に抱きつき、太腿を甘噛みする。
柔らかな唇の感触。
内腿の柔らかい肉を吸われる快感。
「ん……ミオちゃん、上手いね」
カリスがミオの頭を撫でる。
「カリスさん……キス、してください……」
アリサがカリスの顔に迫る。
我慢できないという表情。
カリスはアリサの唇を受け入れた。
濃厚なディープキス。
舌が絡み合い、互いの口内を蹂躙する。
五人の体が、知恵の輪のように複雑に絡み合う。
白い肌、小麦色の肌。
それぞれの感触が混ざり合い、境界が溶けていく。
汗が飛び散る。部屋中が、むせ返るような女の熱気で満たされる。
「あはっ、すごい。……全身で感じちゃう」
カリス自身も、余裕を失いつつあった。
四人の熱気、まとわりつくような愛撫。
自分が仕掛けた罠に、自分自身が溺れていく感覚。
でも、それも悪くない。
「みんな……もっと激しく……!」
カリスが叫ぶ。
それが合図だった。
セリアがカリスを抱きしめ、ルナがアリサに覆いかぶさり、ミオが全員の隙間を埋めるように潜り込む。
摩擦。熱。吐息。
皮膚感覚が、触れ合うすべての刺激を脳髄へ送り込む。
髪の毛一本が触れるだけで、火花が散るような快感。
互いの指が、肌が、限界を超えて擦れ合う。
「あぁっ、もう、おかしくなるぅ!」
ミオが叫び、背中を弓なりに反らす。
張り詰めていた糸が切れる。
それが引き金となり、連鎖反応が起きる。
「くっ……私も……だめだッ……!」
セリアがカリスの肩に顔を埋める。
「あぁっ……!」
ルナが目を白黒させる。
「カリスさん……ッ!」
アリサがシーツを握りしめる。
「んんッ……最高……!」
カリスが四人の熱を受け止める。
五人の声が重なり、夜のヴィラに響き渡る。
シーツを握りしめる手、背中を抱きしめる腕。
理性は完全に溶け落ち、残ったのは純粋な本能と、絡み合う五つの体温だけ。
嵐のような時間が過ぎ去った後も、彼女たちは離れようとしなかった。
汗で濡れた肌を密着させ、互いの鼓動を確かめ合うように微睡む。
サザンクロスの夜は長い。
波音がすべてを包み込んでくれるまで、彼女たちの宴は終わらないだろう。
カリスの思惑通り、いやそれ以上に、深く、濃密な一夜が更けていった。




