第30話:石鹸の宴
海での「予洗い」を終えた四人は、亡霊のような足取りで『ロイヤル・ヴィラ』へと戻ってきた。
予洗いといっても、海水で砂を軽く流しただけだ。
肌にこびりついた特製オイルは、水を弾いて頑として落ちない。
それどころか、海水と混ざって白濁し、さらに粘度を増している。
歩くたびに太腿がヌチャつき、ビキニの隙間に残った砂がジャリジャリと肌を削る。
「……気持ち悪い」
セリアが呻く。
彼女の黒髪は海水で濡れてぺっとりと頬に張り付き、誇り高き騎士の面影はない。
「早く……早く洗い流したい……」
カリスが先導して、ヴィラの奥へと進む。
「ここがバスルームだよ。王族も使ったことがあるっていう、自慢の設備さ」
カリスが重厚な両開きの扉を開け放つ。
――そこは、浴室というにはあまりにも広大だった。
「うわぁ……!」
ミオが掠れた声で感嘆する。
床と壁は総大理石張り。
中央には、二十人は入れそうな巨大な円形の浴槽があり、湯気と共にほのかな柑橘系の香りが漂っている。
片側の壁は全面ガラス張りになっており、そこから海が一望できるオーシャンビュー。
夕日が差し込み、水面を茜色に染めている。
「すごい……まるで神殿みたいです」
ルナが息を飲む。
「さ、まずはシャワーでその汚い恰好をどうにかしてね。着替えはあっちの棚にあるから」
カリスに言われるまでもなく、四人はシャワーブースへと殺到した。
*
シャワーから降り注ぐ熱いお湯。
それが頭上から降り注いだ瞬間、四人から安堵の溜息が漏れた。
「はぁぁ……生き返るぅ……」
ミオが壁に手をつく。
お湯が肌を温め、不快感を洗い流していく……はずだった。
「……落ちない」
アリサが焦った声を上げる。
ボディスポンジで腕を擦るが、ヌルヌルとした感触が消えないのだ。
「このオイル、全然落ちません! 石鹸をつけても、泡立たないで弾いちゃいます!」
「なんだと!?」
セリアも自分の体を確かめる。
お腹、太腿、胸。
どこを触っても、あの琥珀色のオイルが皮膚に膜を張ったように張り付いている。
お湯をかけても、油膜の上を水滴が転がっていくだけだ。
砂粒だけは落ちたが、その下のベタつきは健在だった。
「嘘でしょう……? 一生このままなの……?」
ルナが泣きそうな顔になる。
敏感になった肌に、いつまでもオイルが残っている感覚。
動くたびに服や皮膚が擦れる刺激が、まだ続いている。
「あー、言い忘れてた」
脱衣所から、カリスが顔を出した。
彼女の手には、透明なケースに入った『何か』が握られている。
「そのオイル、特殊な魔法加工がしてあるから、普通のお湯や石鹸じゃ落ちないんだよね」
「なっ……! じゃあどうすればいいんだ!」
セリアが叫ぶ。
「これを使うのさ」
カリスがケースの蓋を開けた。
中に入っていたのは、プルプルと震える、淡い水色のゼリー状の物体だった。
スライムだ。
それも、手のひらサイズの小さなスライムが、数十匹ひしめき合っている。
「『クリーニング・スライム(品種改良版)』。油汚れや皮脂を好んで食べる、生きた石鹸だよ」
カリスがニヤリと笑う。
「こいつらに全身を舐め取ってもらわないと、そのオイルは落ちないよ?」
「ス、スライムぅ!?」
ミオが悲鳴を上げて後ずさる。
大森林での悪夢――溶解液で服を溶かされた記憶――が蘇る。
「いやっ! もうネバネバは嫌ぁ!」
「大丈夫、こいつらは溶解液は出さないよ。出すのは美容液成分だけ。……ただし、汚れを見つけると、ちょっと執拗に掃除しちゃう癖があるけどね」
カリスは容赦なく、スライムたちを浴室の床にばら撒いた。
ピチャ、ピチャ、ピチャ。
水色のスライムたちが、獲物(汚れ)の匂いを嗅ぎつけ、一斉に四人に向かって這い出した。
*
逃げ場はない。
四人は観念して、シャワーブースの床に座り込んだ。
全裸ではない。まだビキニを着たままだ。
脱ごうにも、オイルで肌に張り付いて脱げなかったのだ。
「ひゃっ! つ、冷たい!」
最初に声を上げたのはアリサだった。
足元に到達したスライムが、足首から這い上がってきたのだ。
ひんやりとした冷感。
スライムの体は不定形で、肌の凹凸に合わせて形を変えながら吸着してくる。
「んっ……あ……!」
スライムが通った後は、嘘のようにオイルが消え、キュキュッとした清潔な肌が現れる。
確かに汚れは落ちる。
だが、その過程が問題だった。
「あぅっ……そこ、くすぐったい……!」
アリサの膝裏にスライムが張り付く。
汚れが溜まりやすい関節の内側。
スライムはそこを重点的に攻める。細かく振動しながら、汚れをこそぎ落とすように蠢く。
「くっ……来るな! 私は剣で削ぎ落とすから……!」
セリアが抵抗するが、スライムはお構いなしだ。
四方八方から彼女の体に飛びつく。
太腿に、お腹に、そして背中に。
黒いマイクロビキニの上から覆いかぶさり、布ごと汚れを吸い取っていく。
「んグッ……! 重い……吸うな……!」
セリアの胸に、大きなスライムが張り付いた。
豊かな膨らみを包み込むように広がり、肌に張り付いてオイルを吸い上げる。
吸引の刺激。
敏感になっている先端を、冷たいゼリーが愛撫する。
「だ、だめだ……そこは……!」
セリアが身をよじるが、スライムは獲物を逃さない。
ルナの方も大変なことになっていた。
彼女の豊満な肉体は、スライムたちにとって格好の餌場だった。
特に、胸の谷間と、水着の紐の下。
汗とオイルが最も溜まりやすい場所に、スライムたちが密集している。
「あぁっ……入ってきます……! 紐の下に……!」
モノキニの紐と肌の隙間。
そこに細長い形状に変形したスライムが、ぬるりと入り込む。
紐を押し広げ、食い込んだ跡を丹念に掃除する。
「いやっ、そんなところまで……! 汚れなんてありません……!」
ルナが涙目で訴えるが、スライムは止まらない。
脇の下。
太腿の付け根。
恥ずかしい場所ほど、スライムは執拗に這い回る。
ミオは半泣きで、ルナの背中にしがみついていた。
「ルナちゃん、取ってぇ! お耳のそばに来てるぅ!」
「ミ、ミオちゃん……私も、手が離せなくて……っ」
ミオの耳介を、小さなスライムがなぞっている。細かい汚れを掃除しようとしているのだ。
クチュクチュという水音が、すぐ耳元で響く。
「ひいぃっ! くすぐったいぃ!」
ミオが首を振るが、スライムはポロリと落ちて、今度は首筋から鎖骨へと滑り落ちる。
そして、フリルのビキニの中へ。
「きゃっ! おへそ! おへそダメぇ!」
ミオの可愛いおへその窪みに、スライムがすっぽりと収まった。
栓をするように塞ぎ、内側で回転する。
お腹の奥が熱くなるような奇妙な感覚。
「ほらほら、洗い残しがないようにね。……お互いに確認し合わないと」
カリスが外野から指示を飛ばす。
四人は仕方なく、スライムまみれの体で向き合った。
お互いの体についているスライムを手で動かし、洗うのを手伝うしかない。
「セリアさん、背中……スライム溜まってます」
アリサがセリアの背中に手を伸ばす。
背骨の溝に沿って、スライムが一列に並んでいる。
それを手で押し広げ、マッサージするように擦る。
「っ……! アリサ、手つきがいやらしいぞ……」
「違います、スライムが逃げるから……!」
アリサの手と、スライムの感触が混ざり合う。
人の手の温かさと、スライムの冷たさ。
その温度差が、セリアの背中をゾクゾクと刺激する。
「ミオちゃん、じっとして……お尻、綺麗にするわね」
ルナがミオを膝の上に乗せ、お尻についたスライムを拭う。
真っ赤に腫れたミミズ腫れ。
そこにスライムが張り付き、鎮静効果のある粘液を出している。
「痛くない……? ひんやりして、気持ちいい……かも……」
ミオがとろんとした目になる。
ルナの指が、スライムごとミオのお尻の肉を揉む。
汚れを押し出すように。
クチュ、クチュ。
水着の布地越しに、指が食い込む。
「ルナちゃんこそ……胸、すごいことになってるよ」
ミオが振り返り、ルナの胸を見る。
巨大な乳房が、数匹のスライムに覆われ、プルンプルンと揺れている。
スライムの重みで形が変わり、ゼリーのような光沢を放っている。
「と、取ってください……重くて、苦しくて……」
「うん……えいっ」
ミオがスライムを掴んで引き剥がす。
ポンッ、という音と共にスライムが離れるが、すぐにまた吸い付こうとする。
柔らかな肉に食いついて離れない。
格闘すること数十分。
ようやくスライムたちは満足したのか、ポロポロと床に落ち始めた。
汚れを吸い取り、体積が倍くらいに膨れ上がっている。色は琥珀色に濁り、四人の熱気をたっぷりと含んで揺れている。
四人の肌は、驚くほど綺麗になっていた。
オイルのベタつきは完全に消え、スライムの美容液成分のおかげで、生まれたてのようにモチモチと潤っている。
ただ、その代償として、四人は完全に消耗しきっていた。
肌が敏感になりすぎている。空気が触れるだけで粟立つ。
「はぁ……はぁ……もう、一歩も動けない……」
セリアが床に大の字になる。
ビキニはようやく肌から剥がれ、ただの布切れとなって体に掛かっているだけだ。黒い紐が白い太腿に食い込んだ跡が、赤く残っている。
アリサも、壁にもたれてぐったりとしている。
全身をくまなく愛撫されたような疲労感と、奇妙な爽快感。
体の芯が、まだ脈打っている気がする。
「お疲れ様。綺麗になったね」
カリスがバスタオルを持って入ってきた。
「じゃ、仕上げに湯船に浸かって温まりなよ。……その間に、夕食の準備をしておくから」
「夕食……?」
ミオがお腹を鳴らす。
「そう。この島の特産品を使った、精のつくフルコースだよ」
カリスの含み笑いに、一抹の不安を覚えつつも、四人は重い体を持ち上げて浴槽へと向かった。
大理石の床を歩く。ペタ、ペタという足音が響く。
足の裏の感覚さえも鋭敏になっている。冷たい石の感触が心地いい。
広大な湯船。
透明なお湯が並々と張られ、湯気が水面を滑るように漂っている。
柑橘系の入浴剤の香り。
四人は縁に座り、足先を入れた。
熱い。
スライムの冷たさに慣れた肌に、お湯の熱さが染み渡る。
ジンジンと痺れるような感覚。
「……入るわよ」
セリアが沈み込む。
ザブン。
豪快にお湯が溢れ、排水溝へ吸い込まれていく。
ミオも、ルナも、アリサも続く。
お湯が全身を包み込む。
水圧。浮力。熱。
重力から開放された肉体が、お湯の中で揺蕩う。
「ふあぁ……」
ルナがとろけるような声を出す。
お湯が、酷使された神経を解きほぐしていく。
スライムに弄られた胸が、お湯の中でぷかぷかと浮く。先端が擦れて熱い。
ルナは自分で自分の胸を抱くようにして、熱を逃がそうとする。
ミオは広い浴槽の中を泳いだ。
平泳ぎ。
白いお尻が水面から出たり入ったりする。
「あー……隅々まで綺麗になった気がする……」
ミオが独り言を呟く。
アリサは顔を赤くした。確かに、あそこまで執拗に舐められたのだ。
アリサはセリアの隣へ移動した。
お湯の中で、肌が触れ合う。
スライムマッサージで敏感になった肌同士。
つるつる滑る感触。
セリアの太腿が、アリサの太腿に絡む。
水中での接触。
視界が遮られたお湯の下で、セリアの指がアリサの手の甲を撫でる。
指と指を絡ませる。恋人繋ぎ。
「……ひどい目に遭ったな」
セリアが天井を見上げて呟く。
濡れた髪をオールバックにしている。額の汗を拭う。
「はい……でも、さっぱりしました」
アリサが答える。
セリアが横目でアリサを見る。青い瞳が湯気で潤んでいる。
「肌……赤くなってるぞ」
「セリアさんもです……胸、跡がついてます」
スライムに吸われた跡が、薄いキスマークのように残っている。
セリアが苦笑し、自分でお湯をすくって胸にかける。
水流が乳房を撫でる。
その仕草だけで、アリサの下腹がキュンと疼いた。
まだ、終わっていない。
花粉の熱も、オイルの刺激も、スライムの愛撫も。
すべてが体に蓄積されて、爆発寸前の状態で燻っている。
窓の外には、満点の星空が広がり始めていた。
地獄のような一日だったが、この瞬間の気持ちよさだけは本物だった。
波の音と、浴室に響くお湯の音。
四人の吐息。
甘い空気が漂い始める。
「……なぁ、ご飯って、まさか変なものじゃないいよな?」
セリアが不安げに呟く。
カリスの「精のつく料理」という言葉が引っかかっているのだ。
「大丈夫だよ。……たぶん」
ミオがお湯から顔を出して言う。
その予感は、悲しいことに的中することになるのだが、今の彼女たちはまだ、湯けむりの中で微睡むことを選んだのだった。
お互いの肌の滑らかさを確かめ合いながら。
この夜が、昼間以上に激しいものになることを、予感しながら。




