第26話:絹の感触
迷宮都市の朝は早い。
だが、あの一件以来、アリサたちの家のカーテンは閉ざされたままだった。
リビングルーム。
薄暗い部屋に、重苦しい空気が漂っている。
ソファには、布を被った四つの塊が転がっていた。
アリサたちは、外に出られずにいた。
無理もない。
ダンジョンの入り口の広場に、透け透けの羽衣一枚(実質全裸)で転移してきたあの日から、彼女たちは街の噂の的になっていたのだ。
『フローレシア』改め、『裸の四連星』。
あるいは『スッケスケの痴女軍団』。
そんな不名誉な二つ名が、酒場の肴になっているという。
「……服がない」
セリアが深い溜息とともに呟いた。
彼女は今、ベッドシーツを体に巻き付け、即席のトーガのようにしている。
鍛え上げられた肩や鎖骨が露出し、動くたびにシーツの隙間から健康的な太腿が見え隠れする。
以前の装備は全て大森林の粘液で溶解し、最後に手に入れた『精霊の羽衣』は、あまりにも透けすぎていて街中では着られない。
つまり、今の彼女たちは物理的に「着ていく服がない」状態だった。
「服が空から降って来ないかな……」
ミオが膝を抱えて言う。彼女は大きめのバスタオルを巻いているだけだ。
白い肌には、まだ虫に這われた時の感触が残っているのか、時折身震いしている。
「ミリアさんに頼んで、既製品を買ってきてもらいましょうか……」
ルナが提案するが、サイズの問題がある。彼女の豊満な胸に合う服は、既製品ではなかなか見つからない。
その時だった。
玄関のチャイムも鳴らさず、いきなりリビングの窓が開いた。
「やっほー。引きこもり集団、生きてる?」
軽薄で、甘ったるい声。
窓枠に座っていたのは、真紅のツインテールを揺らす少女、カリスだった。
彼女はニヤニヤと笑いながら、部屋の中を見渡す。
「うわぁ、すごい絵面。売れない娼館の朝みたい」
「……カリス」
セリアが不機嫌そうに睨むが、シーツ姿では威厳がない。
「何しに来た。笑いに来たのか」
「それもあるけど。……聞いたよ、『伝説の裸体帰還』。ギルドで大盛りあがりだったねぇ。私のとこにも『あの美女たちの情報を売ってくれ』って依頼が殺到してるよ」
カリスが身軽に部屋に飛び降りる。
彼女はいつもの黒いゴシックドレスを着ている。その服の「布の面積」が、今は羨ましい。
「で、困ってるんでしょ? 服がなくて」
カリスが核心を突く。
「……見ての通りだ」
「だと思った。だから、いい店を紹介してあげようと思ってさ」
カリスが一枚のカードを取り出す。
高級そうな黒い紙に、金の箔押しで『シルク・ド・ロゼ』と書かれている。
「会員制の高級ブティック兼防具屋。一般人は入れないけど、私の紹介なら特別に入れるよ。裏口から馬車を用意させてるから、誰にも見られずに行ける」
悪魔の誘い。
だが、今の四人には蜘蛛の糸に見えた。
「……行く」
セリアが即決した。
「一生このシーツで過ごすわけにはいかないからな」
*
カリスが手配した黒塗りの馬車は、裏路地を縫うように走り、大通りの喧騒を避けて一軒の店の裏口に横付けされた。
石造りの重厚な建物。
看板はなく、知る人ぞ知る店だということが分かる。
シーツやバスタオルの上から目立たない色のマント(カリスが持ってきた)を羽織り、四人は店内に滑り込んだ。
店内は、外の静けさが嘘のように煌びやかだった。
シャンデリアの輝き。磨き上げられた大理石の床。
そして、壁一面に陳列された美しい衣装や防具の数々。
戦闘用の実用性を兼ね備えつつ、貴族の舞踏会にも出られそうな優美なドレスアーマーや、最高級のシルクを使ったインナーが並んでいる。
「いらっしゃいませ、カリス様。そして『フローレシア』の皆様」
支配人らしき初老の男性が恭しく頭を下げる。
客は他にいない。貸し切りのようだ。
「とりあえず、上から下まで全部。予算は気にしないでいいよ。こいつら、金だけは持ってるから」
カリスが適当に言う。
確かに、ヒュドラのボスドロップや魔石、これまでの報酬で金貨は唸るほどある。
「かしこまりました。では、まずは採寸と、インナーの選定から行いましょう」
支配人が手を叩くと、数人の女性店員が現れ、四人を奥のフィッティングルームへと案内した。
フィッティングルームは広かった。
四人が一度に入れるほどの広さで、壁一面が鏡張りになっている。
中央にはビロードのソファ。
その上に、色とりどりの下着が並べられた。
「さあ、脱いで脱いで。採寸しないと始まらないよ」
カリスがソファに座り、足を組んでニヤニヤしている。
「なんでお前がいるんだ」
セリアが抗議する。
「アドバイザーだよ。それに、今の君たちの体型、ちゃんと把握しとかないと。……大森林で『成長』したかもしれないし?」
意味深な言葉。
四人は顔を見合わせた。
観念して、羽織っていたマントを落とす。
シーツやタオルも解く。
バサリ。
布が床に落ちる音。
鏡の中に、四人の全裸が映し出される。
照明が明るい。
大森林の洞窟や、夜の寝室とは違う、容赦のない光。
肌の質感、産毛、乳首の色、身体のラインまでが、鮮明に鏡に映っている。
恥ずかしい。
四人は無意識に手で隠そうとするが、カリスの視線がそれを許さない。
「ふーん。……いい体になったじゃん」
カリスが立ち上がり、近づいてくる。
獲物を品定めする目。
「まずはリーダーさんから」
カリスがセリアの前に立つ。
店員がメジャーを持って控えているが、カリスはそれを手で制した。
「私が測る」
カリスの手が、セリアの胸に伸びる。
素手だ。
ひんやりとした指先が、セリアの温かい肌に触れる。
ビクッ、とセリアの体が跳ねる。
「……手で測る必要はないだろう」
「あるよ。数字じゃ分からない『弾力』とか『ハリ』も大事なデータだからね」
カリスの両手が、セリアの乳房を下から掬い上げる。
むにゅっ。
重みのある肉が、カリスの手のひらの中で形を変える。
「ん……結構重いね。筋肉質だけど、ここは柔らかい」
カリスが指に力を入れる。
採寸という名目の、明らかなセクハラだ。
だが、セリアは抵抗できない。大森林での出来事で、感覚が過敏になっているのだ。触れられるだけで、奥が疼いてしまう。
「っ……! やめ……」
「ダメだよ、動いちゃ。正確に測れない」
カリスは親指で、硬くなった先端を軽く掠めた。
「ほら、こんなに反応してる。……擦れに強い素材じゃないとダメだね」
カリスは次に、セリアの腰に手を回した。
くびれをなぞり、そのままお尻へと手を滑らせる。
パンッ。
乾いた音が響く。お尻を軽く叩かれた。
「いいお尻。鍛えてるねぇ。……ここには食い込むタイプの下着が似合いそう」
指先がお尻の膨らみをなぞる。
セリアの膝が震える。鏡の中の自分の顔が、赤く染まっているのが見える。
「次は魔法使いちゃん」
カリスがミオに向く。
ミオが「ひっ」と後ずさるが、逃げ場はない。
カリスはミオの後ろに回り込み、背中から抱きついた。
カリスの胸がミオの背中に押し付けられる。
「細いねぇ。折れちゃいそう」
カリスの手が、ミオの平らな腹部を這う。
へそを指先でくすぐる。
「んぅっ……」
「肌がスベスベ。……大森林で、変な汁いっぱい浴びたもんね」
耳元での囁き。
ミオのトラウマを刺激する。
カリスの手が下がっていく。薄いアンダーヘアに覆われたあたりの近くへ。
「きゃっ! そこは……!」
「サイズ確認だよ。……ふうん、意外と骨盤はしっかりしてる」
指先が太ももの付け根に触れる。
恐怖と興奮で、ミオの体は正直に反応していた。
ルナの番だ。
カリスはルナの豊満な胸を見て、口笛を吹いた。
「これは……既製品じゃ無理かもね」
「そ、そうですか……?」
ルナが胸を腕で隠そうとするが、カリスが無理やり開かせる。
ボヨン、と肉が揺れる。
カリスは顔を近づけ、ルナの胸の匂いを嗅いだ。
「……ミルクみたいな匂いがする」
「し、しません!」
「嘘。聖女様なのに、甘い匂いがプンプンするよ」
カリスが舌を出す。
乳房の下側、汗がたまりやすい場所を指でなぞった。
「あぁっ!」
ルナが声を上げる。
「すごい熱い。……やっぱり」
最後に、アリサ。
カリスが目の前に立つ。
翡翠色の瞳が、アリサを射抜く。
「アリサちゃんは……特別に入念に測らないとね」
カリスが一歩踏み出す。
アリサは後退り、背中が鏡に当たった。冷たい感触。
逃げ場がない。
カリスの手が、アリサの首筋に触れる。
そこから鎖骨へ、胸へ、腹部へと、ゆっくりと這い降りていく。
蛇が這うような動き。
アリサの脳裏に、大森林での蔦や虫の記憶が蘇る。
体が強張る。
「怖い?」
「……いえ」
「強がり。心臓、バクバク言ってるよ」
カリスの手が、アリサの左胸、心臓の上に置かれる。
ドクン、ドクンという鼓動が伝わる。
カリスはニタリと笑い、アリサの太腿の間に膝を割り込ませた。
グイッ。
太腿が開かれる。
鏡には、カリスに足を開かされているアリサの恥ずかしい姿が映っている。
「ここも測らせて」
カリスの手が、内腿を撫で上げる。
一番敏感な場所。
指が触れるたびに、電流が走る。
「んっ……カリスさん……店員さんが見てます……」
「いいじゃん。仕事なんだから」
カリスの指が、際どい境界線を掠める。
直接は触れない。でも、触れるか触れないかの距離で焦らされる。
「ほら、もう準備万端じゃん。……どんな下着がいいかな。すぐに脱げるやつ? それとも、濡れても透けないやつ?」
カリスは店員に指示を出した。
「この子たちに合う下着、全部持ってきて。試着させるから」
*
地獄の、あるいは天国のような試着タイムが始まった。
店員たちがワゴンいっぱいの下着を運んでくる。
最高級のシルク、透けるレース、紐のようなTバック、ガーターベルト。
どれも布面積が極端に少ないか、機能性よりも装飾性を重視したものばかりだ。
「さあ、着てみて」
まずはセリア。
渡されたのは、黒いレースのブラジャーとショーツ。
着てみる。
サイズはぴったりだが、レースの隙間から肌が透けて見える。
特に胸元は、肌色がレースの網目からこんにちはしそうだ。
「どう?」
セリアが鏡を見る。
黒いレースが白い肌に映え、妖艶な未亡人のようだ。
「……防御力は?」
「物理防御はゼロだけど、精神攻撃力は高いよ」
カリスが後ろから近寄り、ブラのホックを弄る。
「背中のラインも綺麗。……ねえ、この紐、引っ張ったらどうなると思う?」
パチン。
ホックが弾かれ、ブラが緩む。
「なっ!?」
セリアが慌てて胸を押さえる。
ミオには、真っ白なベビードール。
フリルがついているが、生地が薄すぎて透け透けだ。
「子供みたい……」
ミオが不満げに言うが、カリスは「それがいいんじゃん」と笑う。
「それに、これ。前が開くんだよ」
カリスがリボンを解く。
はらりと前が開き、ミオの裸体が露わになる。
「いやぁっ!」
ミオがしゃがみ込む。
ルナには、紐で構成されたようなボンテージ風の下着。
聖女にはあまりにも背徳的なデザイン。
肉が紐に食い込み、ボンレスハムのようになっている。
「苦しいです……」
「それがいいの。お肉が強調されて、そそるでしょ?」
カリスが紐を指で弾く。
パチン、と音がして肉が波打つ。
ルナの顔が羞恥に歪む。
そしてアリサ。
渡されたのは、真紅のシルクのセット。
滑らかな手触り。
肌に着けると、ひんやりとして気持ちいい。
だが、カリスがカーテンを閉め切り、試着室の中に一緒に入ってきた。
狭い個室。
二人きり。
「ねえ、アリサちゃん」
カリスがアリサを壁に押し付ける。
「その赤、似合うよ。……私の髪の色と同じ」
カリスがアリサの耳元で囁く。
「着心地はどう?」
「……スベスベして……いいです」
「そう。……じゃあ、肌触りはどうかな?」
カリスの手が、アリサのショーツの上に置かれる。
薄いシルク一枚越しに、手のひらの熱が伝わってくる。
下着の上から、敏感な場所を包み込むように圧迫される。
「んっ……!」
アリサが声を漏らす。
「声、出していいよ。外のみんなも、自分のことで精一杯だから」
確かに、カーテンの外からは「やめて」「触らないで」というセリアたちの悲鳴交じりの声が聞こえてくる。
カリスの指が動く。
アリサの一番熱い場所を、シルク越しに擦る。
布の摩擦が、直接触れられるよりも強い刺激を生む。
生地が擦れる音が耳につく。
「あ……だめ……」
「敏感だね。……ほら、ここが熱くなってきてる」
カリスが唇を寄せる。
キス。
深い、舌を絡ませるキス。
頭がくらくらする。
大森林での記憶、泥と蜜の感触、虫の羽音。それらが遠ざかり、今はカリスの匂いと、シルクの感触だけが鮮明になる。
クチュ。
カリスの指が、生地ごと強く押し上げる。
中には入らない。でも、一番いいところを的確に刺激される。
鏡に映る二人の姿。
赤い下着を着たアリサと、それを弄る黒いドレスのカリス。
対照的な色が、絡み合っている。
「アリサちゃん、すっごい熱い。……布越しでも分かるよ」
カリスの息が荒くなる。
彼女もまた、興奮しているのだ。
アリサの耳を甘噛みする。
「……おかしくなっちゃいそう?」
その言葉が引き金になった。
アリサの腰が跳ねる。
足の指が丸まる。
視界が白く明滅する。
「んぁ……っ……!」
限界寸前。
力が抜け、カリスの腕の中に崩れ落ちる。
ショーツの生地が、汗と熱気で肌に張り付いていた。
*
数時間後。
店を出た四人の手には、大量の紙袋が握られていた。
中身は、今日試着した下着の数々と、新しい冒険用の衣装。
どれも機能性よりも、カリスの趣味が反映された露出度の高いものばかりだ。
「……買いすぎた」
セリアが疲労困憊の体で呟く。
財布は軽くなったが、体は別の意味で重い。
新しい服の下で、肌がまだ火照っている。
カリスに触られた場所が、熱を持って疼いている。
「でも、これで外を歩けます」
アリサが言う。
彼女が着ているのは、赤いインナーの上に、黒い革のジャケットとミニスカート。
太腿は眩しいほど露出しているが、以前の「透け透け羽衣」よりはマシだ。
「さ、帰ろっか。……晩ご飯、何にする?」
カリスが当然のように一緒についてくる。
「……帰らないのか?」
「えー、ご飯食べて、お風呂入ってくよ。……またイチャイチャしよ♡」
カリスがニヤリと笑う。
お風呂。
その言葉に、四人は顔を見合わせた。
今日の夜もまた、長い夜になりそうだ。
新しい服を脱ぎ、また裸になって、泡と湯気の中で肌を重ねる未来が見える。
夕暮れの迷宮都市。
五人の少女の影が、石畳に長く伸びていた。
新しい装備と、消えない微熱を纏って。




