第25話:森の女王
長い沐浴を終え、四人は滝壺から上がった。
肌は白磁のように輝き、髪は本来の艶を取り戻している。泥と蜜のコーティングは完全に落ち、生まれたてのような清浄な姿に戻っていた。
だが、重大な問題は何一つ解決していなかった。
いや、むしろ悪化していた。
「……やっぱり、着るものないわよね」
ルナが困り顔で言う。
岸辺に脱ぎ捨てた泥と蜜の塊は、もはや服とは呼べない産業廃棄物と化していた。異臭を放つ茶色の残骸。あんなものを再び身につけるくらいなら、裸の方がマシだ。衛生面でも、精神衛生面でも。
「仕方がない。……このまま行くぞ」
セリアが覚悟を決めたように言った。
彼女の姿は、ある意味で神々しく、そして暴力的だった。
鍛え上げられたしなやかな肉体。豊かな胸、引き締まった腹筋、カモシカのような長い足。
一糸まとわぬ姿で、腰に『炎帝の剣』のベルトだけを巻いている。
革のベルトが腰骨に引っかかり、素肌に食い込む様は、扇情的すぎて目のやり場に困る。
剣の鞘が、歩くたびに太腿に当たり、ペチ、ペチと音を立てる。
「うぅ……恥ずかしいよぉ……」
ミオが杖を抱きしめて身を縮こまらせる。
杖の柄が、胸の谷間に挟まっている。
何も隠せていない。白い肌が洞窟の青白い光に照らされ、太ももの付け根の影が丸見えだ。恥じらいで内股になると、柔らかな肉が重なり合う。
「堂々としていればいいんです。……私たちは、何も悪いことはしていないんですから」
アリサは自分に言い聞かせるように言い、背中に『破壊の戦斧』を背負った。
背負い紐が胸を強調するように食い込む。
斧の冷たい金属感が、背中の素肌に直接伝わってくる。ゾクリとする冷たさ。
武器と裸体。
暴力とエロス。
そのアンバランスさが、奇妙な興奮を煽る。
「行くぞ。このエリアの主を倒せば、入り口への転移陣が出るはずだ」
四人は歩き出した。
ペタ、ペタ、という素足の音が響く。
靴すらない。完全な裸足だ。
苔の生えた地面の感触、小石の硬さ、湿った土の冷たさが、足の裏にダイレクトに伝わる。
無防備だ。
指先一つ、皮膚一枚守るものがない状態で、魔物の巣窟を進む恐怖。
風が吹くだけで、全身の産毛が逆立つ。
滝の洞窟を抜けると、森の空気が変わっていた。
甘い匂いが濃くなっている。
むせ返るような花の香りと、腐った果実の匂い。
だが、今の四人には迷いはない。
目的地は一つ。この森の中心にそびえ立つ、巨大な大樹の根元。
そこに、ボスの気配がある。
道中、数匹のキラービーが襲ってきたが、セリアが一閃で焼き払った。
「邪魔だ!」
炎の剣が舞うたびに、セリアの乳房が激しく揺れる。
汗ばんだ肌が躍動する。
裸であることの羞恥心は、戦闘への集中力によって、ある種の「露出の快感」へと昇華されていた。
見られていることへの恐怖よりも、自分の肉体が機能的に動くことへの陶酔。
そして、たどり着いた。
大樹の根元に開いた、巨大な樹洞。
ボス部屋への入り口だ。
中は暗く、しかし奥底からピンク色の妖しい光が漏れ出している。
「……入るぞ。覚悟はいいか」
セリアが振り返る。
その顔は紅潮していた。興奮か、恥じらいか。
四人は目配せをし、暗闇へと踏み込んだ。
中は広大なドーム状の空間だった。
壁一面に発光する花が咲き乱れ、中央には巨大な蕾が鎮座している。
四人が足を踏み入れた瞬間、蕾が脈打ち、肉が裂けるような音を立ててゆっくりと開いた。
ネットリとした粘液の糸を引きながら。
中から現れたのは、あのおぞましくも甘美な悪夢の具現だった。
上半身は美しい人間の女性。
だが、下半身は巨大な花弁と蔦で構成された植物の怪物。
森の女王、アルラウネ・クイーン。
『……アラ、可愛いお客様。それも、なんて破廉恥な姿』
頭に直接響くような、甘いテレパシー。
アルラウネが妖艶に微笑む。彼女自身もまた、裸同然の姿だ。緑色の肌、豊満すぎる胸、そして下半身の花弁からは、あの琥珀色の蜜が滴り落ちている。
『私の蜜をたっぷりと浴びて、美味しくなったのね……。その体、私の苗床に最高だわ』
アルラウネが腕を振るう。
地面から無数の蔦が噴き出した。
以前の蔦とは違う。太く、黒く、棘が生えている。
先端からは透明な粘液が滴っている。
「散開ッ! 捕まるな!」
四人が弾かれたように飛び退く。
戦闘開始だ。
アリサが走る。
全速力で走ると、胸が暴れるように揺れる。乳房がお互いにぶつかり、弾けるような形を変える。
恥ずかしい。でも、そんなことを気にしている場合ではない。
蔦が鞭のように襲ってくる。
ヒュンッ!
風切り音。
「破断ッ!」
斧を振るう。
裸の背中筋肉が収縮し、美しいラインを描く。肩甲骨が動くのが見える。
ブチブチと蔦が切れる。
切断面から酸っぱい臭いの体液が飛び散り、アリサの白い太腿にかかる。
「くっ、冷たい!」
「炎よ、焼き尽くせ!」
ミオが魔法を放つ。
休息と水のおかげで、魔力は少し回復していた。
炎の矢がアルラウネに殺到する。
『熱いのは嫌いよ』
アルラウネが花弁を閉じて防御する。硬質な花弁が盾となる。
その隙に、セリアが突っ込む。
「はあぁぁぁッ!」
セリアが跳躍する。
空中で体が伸びる。何も身につけていない肢体が、重力に従ってしなる。
剣を振り下ろす。
ガキンッ!
硬い蔦に阻まれる。
「くっ!」
至近距離での鍔迫り合い。
アルラウネの顔が目の前にある。
女王の目が、セリアの裸体を品定めするように舐め回す。
『いい体ね。筋肉の張りが素晴らしいわ。……種を植え付けてあげたくなる』
ブワッ!
アルラウネの口から、ピンク色の霧が吐き出される。
強力な催淫花粉だ。
「しまっ……!」
セリアが息を止めるが、皮膚から吸収される。
裸であることの弱点。防御するものがない肌は、毒素をダイレクトに受け入れる。
カッと体が熱くなる。
力が抜ける。
その隙を、女王は見逃さなかった。
シュルルッ!
太い蔦がセリアの足首を掴んだ。
棘が食い込む。
「ぐっ!」
セリアが空中でバランスを崩し、地面に叩きつけられる。
すかさず別の蔦が襲いかかる。
手首を、腰を、首を。
瞬く間にセリアは大の字に拘束された。
白い裸体が、黒い蔦に縛り上げられる。亀甲縛りのように、肉に食い込む蔦。
乳房が押し上げられ、強調される。
『捕まえた。まずはリーダーさんから頂くわ』
蔦の先端が、セリアの太ももの付け根に向かって鎌首をもたげる。
先端から粘液が糸を引いている。
「セリアさん!」
ルナが叫ぶ。
「ピュリフィケーション!」
ルナが聖なる光を放ち、セリアにまとわりつく花粉を浄化しようとする。
だが、蔦の物理的な拘束は解けない。
ルナ自身も必死だ。地面から生えた触手が、彼女のスカートのない下半身を狙い、白い太腿に絡みつこうとする。
杖で払い除けるたびに、豊かな胸がたわわに揺れる。
先端が擦れ、痛みと快感が走る。
ミオも追い詰められていた。
遠距離攻撃を防がれ、距離を詰められている。
「いやっ、来ないで!」
杖を振り回すが、蔦が杖を弾き飛ばす。
無防備な裸体。
触手のような蔦が、ミオの平らな腹部を這う。
へそを舐めるように蠢く。
「ひゃぅっ! ぬるぬるするぅ!」
戦況は絶望的だ。
防御力ゼロの状態で、状態異常攻撃と拘束攻撃を連発してくるボス。
だが、四人は「裸」であるがゆえに、皮肉にも動きが軽かった。
泥の鎧も、重たい服もない。
研ぎ澄まされた野生の獣のように、本能のままに動く。
羞恥心が理性を焼き切り、バーサーカーのような状態になっていた。
アリサは叫んだ。
「離せぇぇぇぇッ!」
セリアを助けるために突進する。
自分に向かってくる蔦を無視する。
シュッ、シュッ。
蔦が肌を掠める。二の腕が切れ、脇腹にミミズ腫れができる。
痛い。でも止まらない。
白い肌に赤い線が刻まれるたびに、アドレナリンが噴出する。
アリサがアルラウネの背後に回り込む。
狙うは本体と花弁の継ぎ目。植物部分の核。
地面を蹴る。
泥のない地面は踏ん張りが効く。
太腿の筋肉が隆起する。お尻の肉が引き締まる。
『小賢しい虫けらが!』
アルラウネが振り返り、太い根のような触手を叩きつける。
アリサはそれを、紙一重で避けた。
風圧で髪が乱れる。
触手が地面を砕く。
「そこだぁッ!」
アリサの斧が閃く。
『破壊』の権能が発動する。
植物の繊維など関係ない。あらゆる「硬さ」を無視して、刃が吸い込まれる。
ズドォォン!
一撃。
アルラウネの胴体が、人間の上半身と植物の下半身の継ぎ目から断ち切られた。
『あぁぁぁぁぁぁッ!?』
絶叫。
緑色の体液と、大量の蜜が噴水のように噴き出す。
それがシャワーのようにアリサたちに降り注ぐ。
「うわっ、また!?」
ミオが悲鳴を上げる。
せっかく洗った体が、再びベトベトの液にまみれる。
だが、今度は屈辱の汚れではない。勝利の証だ。
拘束していた蔦が力を失い、ズルリと落ちる。
セリアが解放される。
アルラウネの巨体が崩れ落ち、光の粒子となって消えていく。
後に残ったのは、静寂と、むせ返るような植物の匂い。
「はぁ……はぁ……」
セリアが剣を下ろす。
全身が汗と返り血(体液)で光っている。
縛られた跡が赤く残り、それが刺青のように艶かしい。
乳房が激しく上下し、荒い息遣いが響く。
その姿は、どんな着飾った貴婦人よりも美しく、そして暴力的なまでに淫靡だった。
部屋の中央に、光が集束する。
宝箱が現れた。
そしてその奥には、地上へと続く転移魔法陣。
「終わった……」
ルナがへたり込む。
白い肌に、緑色の飛沫が点々とついている。
四人は宝箱に駆け寄った。
今は金銀財宝よりも、欲しいものがある。
「服……! 服が入ってますように! まともな服を!」
ミオが祈るように箱を開ける。
中に入っていたのは、薄い布切れのようなものだった。
虹色に輝く、極薄の素材。
手に取ると、スルスルと広がり、空気のように軽い。
『精霊の羽衣』。
最高級の魔法防具。物理耐性も魔法耐性も高い。
だが、致命的な欠点があった。
「……透けてる」
アリサが絶望的な声を出す。
素材は極薄のシルクのようで、向こう側の景色が透けて見える。
四着分入っていたが、どれも下着のような際どいデザインか、透け透けのワンピースだ。
「贅沢は言えない。……全裸よりはマシだ。防御力はある」
セリアが諦めて、薄紫色の羽衣を身にまとう。
体に吸い付くような素材。
着た瞬間、布が肌に密着し、ボディラインを完全に拾う。
乳首の形も、へその窪みも、黒いヘアの影さえも、うっすらと透けている。
全裸よりもむしろ、隠している分だけエロティックだ。見えそうで見えない、いや、見えている。
「うぅ……恥ずかしい……」
ミオは白いシースルーのチュニックを着たが、丈が短すぎて、動くとお尻が見えそうだ。布の下の素肌がピンク色に染まっているのが分かる。
ルナは胸元が大きく開いたローブ。豊満な谷間が強調されすぎている。布が胸の重みに負けて悲鳴を上げている。
アリサはビキニアーマーのような、布面積の少ない衣装だった。太腿も、お腹も、背中も丸出しだ。
「帰ろう。……誰にも会わないことを祈って」
セリアが顔を赤くして言う。
転移陣の先はダンジョンの入り口だ。
普段なら人が多いが、今は昼時だ。少ないかもしれない。
一縷の望みをかけて、四人は転移魔法陣に乗った。
光に包まれる。
*
浮遊感の後、足が地面に着く感覚。
光が収まり、視界が晴れる。
爽やかな風。
鳥のさえずり。
そして――。
「おい、マジかよ……」
「嘘だろ……?」
「女神か?」
ざわめき。
そこは、ダンジョン入り口の広場だった。
昼時。
そう、冒険者たちが昼食をとったり、パーティー募集をしたりするために、一番人が集まる時間帯だったのだ。
数十人、いや百人近い冒険者たちの視線が、一点に集中する。
転移陣から現れたのは、『フローレシア』。
透け透けの衣装を身にまとい、汗と謎の粘液で濡れそぼり、肌を上気させた、四人の美女たち。
セリアの透けた胸の形。
ミオの露わな太腿と、布越しに見える柔らかな影。
ルナの揺れる谷間。
アリサの健康的な肢体。
シーンと静まり返る広場。
ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が、やけに大きく響いた。
男たちの視線が、熱を帯びて四人の肌をねめ回す。
「え……?」
アリサが状況を理解し、顔面が沸騰する。
見られている。
全部。
私たちの、あんなことやこんなことがあった体が。
「きゃあああああああ!」
ミオが悲鳴を上げてしゃがみ込む。
だが、しゃがんだせいでスカートの中が丸見えになる。
「見ないで! 見ないでぇ!」
セリアが真っ赤な顔で剣を抜いた。
「み、見るなッ! 見た奴は斬るぞッ!」
殺気立った声。だが、その構えのせいで、羽衣がはだけて胸が揺れる。
威圧感よりも、羞恥心とエロスが勝っている。
ルナは両手で胸と股間を隠すが、隠しきれない。
「神よ……」と祈るように天を仰ぐ。
アリサは顔を覆いたかった。
でも、両手で隠せる面積なんてたかが知れている。
全身が熱い。
戦いの興奮と、衆目に晒される恥辱。
視姦される感覚。
それが混ざり合って、また下腹がキュンと疼いた。
花粉の熱は、まだ消えていなかったのだ。
こうして、アリサたちの「大森林階層攻略」は、ギルド史に残る「伝説の裸体帰還事件」として幕を閉じたのだった。
彼女たちがまともな服を着て街を歩けるようになるまで、しばらくの間、恥ずかしさのあまり引きこもり生活が続くことになる。




