第20話:蜜濡れの肌
森が深くなるにつれ、空気の密度が変わった。
ただ湿っているだけではない。まとわりつくような甘さが、重たい大気の中に混じり始めたのだ。
熟れすぎた果実が腐る直前のような、芳醇で、どこか脳の芯が痺れるような匂い。
視界を埋め尽くす緑は、ここに来て毒々しい極彩色へと変貌を遂げていた。
「……はぁ、はぁ……なに、この匂い……」
ミオがふらついた足取りで呟く。
彼女の顔は熟した林檎のように赤い。荒い息を吐くたびに、溶けかかったローブの胸元が大きく波打ち、汗で濡れた白い肌がピンク色に上気しているのが見える。
首筋を伝う汗の珠が、鎖骨のくぼみに溜まり、そこから胸の谷間へと吸い込まれていった。
「気をつけろ。植生が変わった。……空気が、ねっとりしている」
セリアが剣で巨大な葉を切り払う。
その切っ先も微かに震えていた。
ただの暑さのせいではない。体の奥底から湧き上がる、正体不明の熱に抗っているのだ。下腹部に小さな種火が生まれ、それが全身の血液を沸騰させようとしているような感覚。
セリアが葉を払いのけた瞬間、視界が開けた。
そこに広がっていたのは、異様な花畑だった。
人の背丈ほどもある巨大な花々。肉厚な花弁は内臓のように艶めかしく濡れ、赤や紫の毒々しい色をしている。中心からは、金色の粉が煙のように立ち上り、周囲の空間を黄色く染めていた。
「花粉……?」
ルナが咄嗟に口元を袖で覆う。
「吸い込まないで! これ、多分……」
警告しようとした時、花の一つが生き物のように脈打ち、震えた。
ボフッ。
低い音と共に、大量の黄色い粉が噴出される。連鎖するように周囲の花々も一斉に花粉を吐き出した。
黄金色の霧が四人を包み込む。視界が黄色く染まる。
息を止めたが、遅かった。微細な粒子が汗ばんだ皮膚に付着し、瞬時に溶けて体内へ浸透していく。
粘膜に張り付く甘い味。
「んっ……!」
アリサは膝が折れそうになった。
吸い込んだわけではない。肌から直接、毛穴から侵入してくるのだ。
ピリピリとした刺激が全身を駆け巡る。それは痛みではなく、耐え難いほどの強烈な疼きと、熱さ。
血管の中を熱湯が流れるような感覚。
神経が焼き切れるように過敏になる。
服が肌と擦れる感触が、まるでヤスリで削られているように、あるいは鳥の羽毛で愛撫されているように強く、鮮明に脳に届く。
下着のゴムの締め付けさえ、甘い快感に変換される。
「くっ……幻惑作用のある毒花粉か……いや、これは……」
セリアが剣を杖代わりにして、苦しげに呻く。
毒ではない。もっと厄介なもの。
理性のタガを強引に外し、動物的な本能を暴走させる、強力な催淫媚薬の一種。
「はぁ……はぁ……なんか、ふわふわする……」
ミオがその場に座り込む。
その瞳は潤み、焦点が合っていない。自分の太腿を無意識に爪で引っ掻いている。
内腿を擦り合わせる音がする。
「熱いよぉ……誰か、助けて……」
危険な言葉が漏れる。
その時だった。
頭上の枝が、重みに耐えきれないように大きくしなった。
ベチャリ、という湿った音が響く。
「敵襲!」
アリサが叫ぶ。声が裏返る。
反応が遅れた。感覚が鋭敏になりすぎて、風の音や葉擦れの音、自分の高鳴る心臓の音といった余計な情報まで拾ってしまい、脳の処理が追いつかない。
落ちてきたのは、巨大な芋虫のような魔物だった。
ジャイアント・スラッグ。巨大なナメクジだ。
ヌメヌメとした茶色の体が、無防備なミオの頭上に落下する。
「やだっ!」
ミオが反射的に杖を突き出す。
「ファイアボルト!」
至近距離での爆発。
ナメクジの体が破裂した。
だが、それは最悪の結果を招いた。魔物の体内に詰まっていた大量の粘液が、爆弾のように四方へ撒き散らされたのだ。
ビチャアァァァッ!
生温かい雨のような音が響く。
ミオは頭から大量の粘液を被った。
隣にいたルナも、そしてカバーに入ろうとしたアリサとセリアも、逃げる間もなくその洗礼を受けた。
「うわぁっ!」
アリサは顔を腕で庇ったが、全身にドサリと重たい液体がのしかかる感触があった。
重い。まるで濡れた毛布を被せられたような圧迫感。
そして何より――。
「取れない……! なにこれ、取れないよぉ!」
ミオが悲鳴を上げる。
粘液は強力な接着剤のように肌と服に張り付いていた。透明で、糸を引く液体。
手で拭おうとすればするほど、ビヨーンと糸を引いて伸び、被害範囲が広がるだけだ。
指と指の間にも入り込む。ヌルヌルとした感触が神経を逆撫でする。
さらに悪いことに、この粘液には衣服を溶かし、さらに「透明化」させる性質があるようだった。
ジュワジュワという小さな音が、服の繊維が崩壊する音として聞こえる。
ミオのローブは溶けてボロボロになっていたが、残っていた布地も粘液をたっぷりと吸って透き通り、ラップフィルムのように肌に完全に密着した。
薄い下着のライン、肌の色、そして興奮して尖った胸の形までもが、ガラス細工のように露わになる。
隠しているのに、全て見えている。
「なんという……」
セリアが自分の体を見る。
シャツが透明な膜のようになって肌に張り付いている。
黒い下着が透けて見えるどころか、肌の質感、浮き出た血管、鳥肌の一粒一粒までもが伝わってくる。
まるで、全身にローションを塗られたかのような状態。
動くたびに、服と肌の間にある粘液がクチュ、と音を立てる。
「敵はまだいるわ!」
ルナが叫ぶ。彼女の白い聖職衣も、今は濡れて透け、その豊満な曲線をいやらしく強調している。
周囲の茂みから、次々とナメクジが現れる。
「ファイアストーム!」
ミオが半狂乱で魔法を放つ。
広範囲の炎。
ナメクジたちが一斉に燃え上がり、縮んでいく。
戦闘は数分で終わった。敵は弱かった。だが、精神的・物理的な被害は甚大だった。
四人は粘液まみれになっていた。
頭の先から足の先まで、透明なドロドロの液体にコーティングされている。
髪は重く束になり、滴り落ちる液体が首筋を伝う。
服は機能を失って肌の一部と化している。
動くたびに、全身からクチュクチュという卑猥な音が鳴る。
「……最悪」
セリアが剣を地面に突き刺し、肩で息をする。
汗と粘液が混ざり合い、全身がテラテラと光っている。
その姿は、戦士というよりは、淫らな儀式の生贄のようだった。
透明化したシャツから透ける肌が、花粉の熱で赤く染まっている。胸元が激しく上下するたびに、先端が布を押し上げるのが見える。
「少し……安全な場所を探しましょう。このままじゃ動けないわ」
ルナが提案する。彼女の手も、杖を持つのがやっとのほど滑りやすくなっている。
四人は重い足取りで移動した。
巨大な木の根元に、雨風を凌げそうな洞窟のような空洞を見つける。
そこに滑り込むように入る。
中は薄暗く、外よりもさらに湿度が高い。ムッとする熱気。
逃げ場のない密室。
「拭かないと……」
アリサがリュックからタオルを取り出す。
だが、タオルで拭っても粘液は伸びるだけで、なかなか取れない。
逆にタオルの繊維が張り付いて汚くなるだけだ。
水で流そうにも、水と混ざるとさらにヌメリを増す性質らしい。
「ダメだわ……こすり洗いしないと落ちない」
ルナが諦めたように言う。
服を脱ごうとしても、張り付いて脱げない。無理に引っ張れば破れる。
四人は互いに顔を見合わせた。
この蒸し暑い洞窟の中で。
花粉の影響で感覚が過敏になった肌。
そこに、ネットリとした粘液。
動くたびに服と肌が擦れ、粘液がクチュクチュと音を立てる。
不快なはずなのに。
なぜか、下腹の奥が疼く。
粘液の感触が、誰かに愛撫されているような錯覚を起こさせる。
「……手伝おう」
セリアがアリサの方を向いた。
その目は潤んでいる。花粉のせいか、熱のせいか。あるいは欲情か。
瞳孔が少し開いている。
「背中、自分じゃ手が届かないだろ」
アリサは無言で頷き、背中を向けた。
セリアの手が、アリサの背中に触れる。
ヌルッ。
冷たい粘液越しに、セリアの掌の熱さが伝わってくる。
ゾクリと背筋が震えた。敏感になった神経が、その接触を過剰に受け取る。
「んっ……」
アリサの口から艶めかしい吐息が漏れる。
セリアが粘液を拭い取ろうと力を込める。
ゴシゴシと擦るのではない。粘り気をこそぎ落とすように、強く、長く、肌を撫で上げる。
腰から肩へ。肩から首筋へ。
指が肉に食い込む。
「あっ……そこ、強いです……」
「我慢しろ。取れないんだ」
セリアの呼吸も荒い。
アリサの背中を擦る動きが、次第にマッサージのように、愛撫のように変質していく。
布越しではなく、素手で触れたいという衝動が伝わってくる。
敏感になった肌に、粘液のヌメリと、セリアの手の圧力が快感となって脳に響く。
溶けたシャツがめくれ上がり、素肌に直接触れられる。
脇腹。胸の下。
セリアの指が滑って、無防備な胸の膨らみに触れた。
「ひゃっ!」
アリサが体を跳ねさせる。
「……すまん。滑った」
セリアが謝るが、手は離れない。
むしろ、粘液を利用して、掌全体で胸を包み込むように滑らせる。
ヌルリ、と重たい感触。豊満な肉が手のひらの中で形を変える。
「セリアさん……?」
「……ここも、汚れてる」
セリアの声が低い。渇いている。
指先が、透けた服の上から尖った先端を擦る。
ピンと張った突起を、指の腹で転がす。
ヌルヌルとした感触が、刺激を何倍にも増幅させる。
「んぁ……っ! だめ……そんなに擦ったら……」
アリサは膝をついた。腰に力が入らない。
花粉の催淫効果が完全に効き始めている。
ただ拭かれているだけなのに、頭が真っ白になるほどの快感。
横では、ミオとルナも互いに体を拭き合っていた。
「ミオちゃん、じっとして。じっとしてないと取れないわよ」
ルナがミオの胸元を拭いている。布が溶けてほとんど裸同然の胸を、ルナの手が覆う。
「んぅ……ルナちゃんの手、気持ちいい……もっと触って……」
ミオがルナの首に腕を回し、体を密着させている。
ヌチャ、ヌチャという粘着音が、狭い洞窟に反響する。
互いの体についた粘液が混ざり合い、糸を引く。
セリアがアリサを後ろから抱きすくめた。
ぬるぬるの体が密着する。
セリアの豊かな胸が、アリサの背中に押し付けられる。頂が背中に当たる感触。
「アリサ……」
耳元で熱い息。
「我慢できない。……この匂い、頭がおかしくなりそうだ」
花粉の甘い香りと、粘液の生臭さ、そしてアリサ自身の汗とフェロモンの匂い。
それが混然となって、強烈な刺激臭になっている。
理性のタガが外れる音。
セリアの手が、アリサのズボンの上に伸びる。
粘液で滑りが良くなっている生地の上から、太ももの付け根を圧迫するように撫でる。
中心へ。
最も熱を帯びた場所もまた、汗と流れ込んだ粘液でぐしゃぐしゃに濡れそぼっていた。
「あっ、あっ……! セリアさんっ!」
アリサが声を上げる。
直接は触れない。でも、生地越しに、粘液ごと揉みしだかれる。
クチュッ。
指の動きに合わせて、いやらしい水音が洞窟に響く。
内側からの熱と外側からの圧力が、アリサを狂わせる。
「見てみろ。こんなになってる」
セリアが耳元で囁く。
「ん、くちゅ、ちゅぷ……」
アリサは恥ずかしさと快感で涙目になった。
みんながいる前で。こんなドロドロの姿で。
でも、その背徳感がさらに興奮を煽る。
「はぁ……はぁ……」
セリアも限界のようだ。アリサの首筋に噛みつき、自分の腰をアリサのお尻に強く押し付けてくる。
服と服が擦れ合う感触。熱の交換。
この森そのものが、巨大な胃袋の中のように、熱くて、ねっとりとしていて、四人を消化しようとしている。
洞窟の外では、毒々しい花々が揺れていた。
甘い花粉を撒き散らしながら、獲物が熟れるのを待っているかのように。
四人の荒い呼吸と水音は、森の濃密な湿気の中に吸い込まれていった。
脱出することは、もう、誰も考えていなかった。




