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田舎から来た緑髪チート少女、街のダンジョンで百合ハーレム始めました  作者: タルタロス


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第16話:朱に染まる貧民窟

 迷宮都市の北西区画。

 華やかなメインストリートから一本路地を入ると、そこには断絶された別世界が広がっていた。

 スラム街。

 都市の光が届かない、吹き溜まりの場所。

 迷路のように入り組んだ廃墟群。腐った生ゴミと排泄物、安酒と吐瀉物が混ざり合った強烈な悪臭が、湿った夜風に乗って鼻腔を犯す。

 足元はぬかるみ、正体不明の黒い汚水がブーツの裏に張り付いて離れない。


「うぇ……臭い……」

 ミオが袖で鼻を覆い、小さく嗚咽する。顔色が蒼白だ。数日前のトラウマ――男たちの体臭や暴力の記憶が、この不衛生な空気と共に蘇りかけているのだろう。

 アリサはミオの震える肩を抱き寄せた。

「大丈夫。私がいる」

 言葉に力を込める。ルナが油断なく周囲を見回し、杖を握る指を白くさせている。

 セリアの手はすでに『炎帝の剣』の柄にかかり、青い瞳は闇の奥を射抜いていた。


 その中で、先頭を行くカリスだけが楽しそうだった。

 黒いフリルのワンピースを揺らし、汚泥を避けるように軽やかにスキップする。

 この掃き溜めの中で、彼女だけが異質に美しい。毒々しく咲き誇る、黒い薔薇のように。


「気をつけてねぇ。ここら辺のドブネズミは、人間を食うのが好きだから」


 カリスが歌うように言った直後だった。

 殺気が、空から降ってきた。


 ヒュンッ!


 鋭い風切り音。

 頭上から何かが大量に撒かれた。

 汚水ではない。鼻をつく揮発性の刺激臭。粘度のある液体。

 油だ。

 両側に聳える廃ビルの二階、三階の窓から、手桶や樽に入った大量の油がぶちまけられたのだ。


「なっ……!」

 セリアが叫ぶ。

 全員の服や髪にドロリとした液体がかかる。視界が滲む。


 次いで、無数の火種が投げ込まれた。

 松明。火炎瓶。


「燃やせェ! 黒焦げだ!」

 下品な男の怒号が響く。


 ボッ!!!


 爆発的な燃焼。

 一瞬で狭い路地が煉獄と化した。

 熱波。紅蓮の炎が渦を巻き、四人を包囲する。酸素が食い尽くされ、呼吸すら熱い。

 問答無用。挨拶もなしに、生きたまま焼き殺す気だ。


「キャアアアアッ!」

 ミオが悲鳴を上げる。

「ミオ!」

 アリサがミオを抱きかかえ、炎の壁を睨む。熱い。肌が焼けるようだ。逃げ場がない。


「あらあら。熱烈な歓迎だこと。……焦げちゃうじゃない」


 カリスが笑った。

 揺らめく炎の中で、その肢体が妖しく歪む。

 次の瞬間、カリスは建物の壁を垂直に駆け上がっていた。

 重力を無視した動き。黒いスカートが翻り、炎に照らされた白い太腿と、肉に食い込む黒いガーターベルトが露わになる。


 二階の窓。

 油を撒いた男たちが、ニヤニヤと下を覗き込み、断末魔の悲鳴を期待していた。

 その目の前に、死神が現れた。


「え?」

 男が目を見開く。


「こんばんは。さようなら」


 銀閃。

 カリスの持つ二振りの短剣が、月光のように閃いた。


 男の首が落ちた。

 理解する間もなく、鮮血が噴水のように吹き上がる。

 カリスは返り血を浴びながら、恍惚とした笑みを浮かべた。

 二人目の男の眼球にナイフを突き刺し、脳髄を掻き回す。

 三人目の男の喉を、愛おしそうに撫でるように切り裂く。


 ドサッ、ドサッ、グチャッ。

 死体が通りに落ちてくる。

 炎の中に肉が落ちる音。焦げる臭い。


「セリア! 火を消して!」

 アリサが叫ぶ。

「分かってる! 炎よ、我が剣に従え! ハアァッ!」

 セリアが『炎帝の剣』を掲げる。

 剣が周囲の熱を貪欲に吸収し始める。紅蓮の渦が魔法剣に吸い込まれ、刀身が太陽のように輝く。

 視界が開けた。


 そこには、群れがいた。

 五十人。いや、百人は下らない。

 路地を埋め尽くすほどの男たち。

 薄汚れた服を着た男たち。手には錆びた剣、釘バット、ボウガン、そして魔力を帯びた違法な魔道具。

 スラムを牛耳る暴力組織『赤蛇会レッド・スネーク』の構成員たちだ。

 ただのチンピラではない。殺しに慣れた、底辺の捕食者たちの目。


「へへへ……女だ。極上の上玉だぞ」

「殺すなよ! ガルスのアニキへの手土産だ」

「手足の一本や二本なら切り落としても構わねぇ。達磨にしてから犯せ!」


 ガルス。

 その名前に、アリサの体が反応した。

 あいつはここにいる。無傷で、のうのうと生きている。

 怒りで血液が沸騰する。視界が赤く染まる。


「殺せェ!」


 怒号と共に、男たちが襲いかかってきた。

 狭い路地を埋め尽くす暴力の波。濁流のような殺意。


「アリサ! ミオを守れ! ルナは後方支援!」

 セリアが前に出る。

 炎の剣を一閃。

 横薙ぎの炎が走り、先頭の三人まとめて胴体を両断する。傷口が瞬時に焼け焦げ、血が出ないまま上半身が滑り落ちる。

 だが敵は多い。死体を踏み越え、仲間を盾にして次々と湧いてくる。恐怖を知らないゾンビのようだ。


「うおおおおおお!」

 アリサも斧を振るう。

 『破壊の戦斧』の圧倒的な重量。

 魔力を込める。斧が漆黒のオーラを纏う。

 フルスイング。

 ドゴォン!!!

 衝撃波だけで五人が吹き飛ぶ。骨が砕ける音、内臓が破裂する音が重なる。壁に叩きつけられた男が、血の塊となって崩れ落ちる。

 手加減はしない。こいつらは敵だ。ミオを傷つけた奴らの同類だ。

 殺す。

 脳が冷徹になる。人を殺す感触が手に伝わるが、躊躇いは恐怖と怒りに塗りつぶされた。ここで殺さなければ、ミオがまた泣くことになる。私が、この手で守るんだ。


「ヒャハハハハハ! あはははは!」


 戦場に、狂った笑い声が響き渡る。

 カリスだ。

 彼女は踊っていた。

 血の海の中で、ワルツを踊るように。


 男の腕を切り落とし、その断面にナイフを突き立てる。

 心臓を一突きにし、噴き出す血をシャワーのように全身で浴びる。

 黒いフリルのワンピースが、赤黒く、濡羽色に染まっていく。濡れた布が肌に張り付き、扇情的な身体のラインを浮き彫りにする。

 白い肌と赤い血のコントラスト。

 異常なほどに美しい。そして吐き気がするほどおぞましい。


「もっと! もっと鳴いて! いい声!」


 カリスが男の股間を容赦なく蹴り上げる。

 男が白目を剥いて倒れる。その喉を、愛撫するようにゆっくりと掻き切る。

 動きに無駄がない。殺すための舞踏。

 彼女が通った後には、原型を留めていない肉塊だけが残る。


「ひぃ……! なんだこいつ……!」

「悪魔だ……! こいつ、笑ってやがる……!」


 ヤクザたちが怯む。

 数の暴力さえも、圧倒的な「個」の暴力の前には無意味だ。

 カリスは止まらない。

 恍惚の表情。瞳孔が開き、涎が垂れている。

 殺戮によるオーガズム。人の命を奪う瞬間の輝きに、彼女は酔いしれている。


「アリサちゃん……見て……あの色……綺麗な赤……君の中身も、こんな色なのかなぁ?」

 カリスが血まみれの手を振る。

 アリサは背筋が凍った。この人は、味方でよかった。敵に回したら、一瞬で殺される。いや、殺される前に壊される。


 十分後。

 スラムの路地は、静寂に包まれていた。

 立っているヤクザはいなくなった。

 路地は死体で埋め尽くされている。切断された手足、飛び出した内臓。血の川が排水溝へ流れ込み、ドブネズミたちが騒ぎ始めている。

 鉄錆の臭いが充満し、息をするのも苦しい。


 カリスが死体の山の上に座り、ナイフについた血をペロリと舐めた。

「あーあ。もう終わり? つまんないの。もっと壊したかったのに」


 その時。

 路地の奥、廃墟となった巨大なビルの屋上から、パチパチという拍手が降ってきた。


「やるじゃねえか。俺のかわいい子分たちを随分と減らしてくれたな」


 アリサが見上げると、そこにはガルスがいた。

 無傷だ。

 包帯一つ巻いていない。五体満足で、ニヤニヤとこちらを見下ろしている。

 隣には、派手なスーツを着た男がいる。『赤蛇会』の幹部だろうか。ガルスと親しげに肩を組んでいる。


「ガルス……!」

 セリアが叫ぶ。殺気で空気が揺れる。


「よお、英雄サマ。よくここまで来れたな」

 ガルスが嘲笑う。

「俺の兄弟分のシマへようこそ。ここは迷宮都市のゴミ捨て場だ。お前らみたいな綺麗な冒険者が足を踏み入れていい場所じゃねえんだよ」


「降りてきなさい! その首を落としてやる!」

 セリアが剣を向ける。


「バーカ。誰が降りるかよ。テメェらの相手はこいつだ」


 ガルスが指を鳴らす。

 廃ビルの入り口から、重たい足音が響いてきた。

 ズシン。ズシン。ズシン。

 地面が揺れるほどの質量。瓦礫が震える。


 現れたのは、異形の巨漢だった。

 身長は二メートルを優に超えている。全身を分厚いフルプレートの鎧で覆い、手には身の丈ほどもある巨大な鉄塊――グレートソードを引きずっている。

 その鎧は黒く、不気味な光沢を放っている。ミスリル合金製の特注品だ。

 兜の隙間から、獣のような眼光が赤く光っている。


「……なんだ、こいつは」

 セリアが警戒する。ただならぬ気配。魔物のようだ。


「紹介しよう。赤蛇会が金に糸目をつけずに雇った、裏社会最強の用心棒」

 ガルスが得意げに叫ぶ。

「『人斬り』ボルド。元Aランク冒険者にして、殺しすぎてギルドを追放された狂戦士だ。今は殺し専門の傭兵さ」


 ボルドと呼ばれた巨漢が、低く唸った。

「……女か。柔らかそうだ」

 声が重低音となって腹に響く。

「引きちぎって、中身を見るのが楽しみだ。悲鳴を聞かせろ」


 まともではない。

 理性が感じられない。あるのは純粋な破壊衝動と、殺戮への渇望だけ。


「Aランク……」

 ルナが息を飲む。

「元とはいえ、腐ってもAランク。それにあの装備……魔法も剣も弾くわ。戦車みたいなものよ」


 カリスが死体の山から立ち上がった。

 血濡れのナイフをくるりと回す。

「へえ……。少しは楽しめそうなおもちゃが出てきたね」

 カリスの目に、嗜虐的な光が宿る。相手が強ければ強いほど、壊した時の快感は大きい。


「カリスさん、油断しないでください!」

 アリサが叫ぶ。


「大丈夫だよぉ。あんな鈍重なデカブツ、私の敵じゃ……」


 カリスが言いかけた瞬間だった。


 ドッ!!!


 ボルドが消えた。

 いや、あの巨体で跳躍したのだ。

 爆発的な加速。地面が陥没している。

 一瞬で距離を詰め、カリスの目の前に鉄塊が迫る。


「速っ――」


 カリスが反応する。ナイフを交差させ、受け止める。

 だが、質量が違いすぎた。

 技量でどうにかなるレベルの運動エネルギーではない。


 ガギィィィン!


 鼓膜が破れそうな金属音。

 カリスの体が、砲弾のように吹き飛ばされた。

 後方の廃ビルの壁に激突し、壁を突き破って、そのまま建物の中へ消えた。

 ズドォォォン! という崩落音が響く。


「カリスさん!」

 ミオが悲鳴を上げる。

 あのカリスが、一撃で。Aランク冒険者が、赤子のように吹き飛ばされた。


「ハハハ! どうだ! ボルドの旦那は化け物なんだよ!」

 屋上でガルスが高笑いする。

「さあ、次はテメェらの番だ! 絶望しろ! 泣き叫べ!」


 ボルドがゆっくりと振り返る。

 兜の奥の目が、アリサたちを捉える。

「次は……どいつだ。どいつから潰す。……お前か?」

 ボルドの大剣が、セリアを指す。


 プレッシャー。

 空気が重い。息ができない。

 これがAランクの、本物の殺気。ヒュドラとは違う、知性を持った悪意の塊。


 セリアが一歩前に出る。

「アリサ、ミオ、ルナ。陣形を組め。私が前衛で受ける」

 セリアの手が震えている。恐怖ではない。武者震いだ。

「あんな奴に負けてたまるか。ここで引いたら、ガルスを殺せない。……私たちが生き残るには、あいつを倒すしかない」


 アリサも斧を構えた。

 『破壊の戦斧』が脈動する。強敵を前にして喜んでいるようだ。

 怖い。足がすくむ。

 でも、逃げない。

 後ろには、震えるミオがいる。守ると誓った。昨日の夜、泣きながら抱きついてきたミオを、絶対に守るんだ。


「来い、肉塊ども」

 ボルドが大剣を構える。


 その時。

 瓦礫の山が動いた。

 レンガを跳ね除け、カリスが這い出してくる。

 黒いワンピースはボロボロで、白い肌が露わになっている。左腕が不自然な方向に曲がり、額から大量の血が流れている。

 だが、彼女は笑っていた。

 裂けるような、凶悪な笑みを。


「いったぁい……! いいパンチ持ってるじゃん、脳筋」


 カリスが血を舐め取る。

 その瞳は、完全に狂っていた。痛みが彼女のスイッチを入れたのだ。


「壊しがいがありそう。……ねえ、アリサちゃんたち。一緒にあいつ、ミンチにしようか。内臓引きずり出して、縄跳びしようよ」


 最強の用心棒対、最凶の即席パーティ。

 スラム街の炎に照らされて、決戦の火蓋が切って落とされた。

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