ルイスside & お茶会のお誘い
ルイスの思いが初めて語られます。
八歳の子どもにしては、こちらが痛くなりそうなほど、切ない瞳をしていた。
その問いかけをされた刹那、何か大事なものをなくしているような感覚に陥った。とても、大事なものを忘れてしまっているような。
アメリア・ジュネーラル。
俺の弟子となった彼女は、貴族令嬢とはいえ、かなり大人びた性格の持ち主だった。常に落ち着き、瞳は柔らかな眼差しをしていた。だが、常に彼女は寂しさを宿していた。俺には、何となく分かった。彼女の心には寂しさがある。それを埋めてやりたいと思うが、それが何なのかを俺は知らないし、知る機会もあるか分からない。
けれど、少なくとも、俺が彼女の心の支えになれるようになりたいとは、思った。
その気持ちで、心に浮かんだことを素直に答えた。彼女の痛みを少しでも減らしてやれるなら。彼女の寂しさを少しでも紛らわせるなら。
彼女が、問いかけをしてからすぐに、しまったという顔をしていたのを俺は見逃さなかった。その後、表情をへらりとした笑みに変えて誤摩化そうとしていたけれど、それすらも痛ましくて目を伏せてしまった。
一体、アメリア・ジュネーラルとはどのような人生を歩んできたのだろうか。それほどまでに辛い思いをしたことがあったような、そのような口ぶりだったのが印象的だ。
取り敢えず、アメリアと過ごす日々を楽しいものにしよう。固く決意した。
♢♢♢
思えば、あの夜以来、師匠はかなり打ち解けてくれるようになった。頻繁に笑顔を見せて、わたしを外へ連れ出す。町へも何回も連れて行ってくれた。
師匠に魔術の勉強を教えてもらいながら、二人の暮らしを徐々に充実させていった。そうして、わたしは大きくなった。
もう八歳のわたしではなく、今年で十六になる。そう、あれから八年経ったのだ。
(あと一年で、前回死んでしまった年……。師匠の瞳にも、だいぶ優しさを感じる……あの頃を、思い出すな)
八歳の頃のように、毎日泣き暮らすということは殆どなくなった。あるとしても、折に触れてたまに、ぱたぱたと涙がこぼれ落ちる位だ。師匠は、そんなときは優しく抱きしめてくれる。家族とはなれて、寂しいと思っているのかもしれない。けれど、今は理由等どうでも良かった。
泣くことは少なくなったとは言え、この八年間ずっと、師匠と話してそのぬくもりを感じても、まだどこか一人取り残されてしまったかのような、寂しさに苛まれていた。今でも、思い出す。未だに夢に見る。
死んでしまった、あの瞬間を。
全身から、血がだくだくと溢れていき、ぬくもりがなくなっていく恐怖を。一人で死んでいくという事実に震撼したことを。寂しさと辛さで綯い交ぜになったあの絶望感を。
——————師匠を取り残してしまう、というあの恐ろしさを。
あのとき、何故自分が死んでしまったのかを、わたしはハッキリとは覚えていない。何らかの魔獣のようなものと戦っている最中に命を落としたようにも思えるし、誰かを庇って矢に当たって死んだようにも思えるのだ。
今回の人生では、絶対に死を回避しなければと思うが、何しろどのように死んでしまったのかを覚えていないので、対策を考えられない。
かといって、何もしてこなかったわけでもなかった。わたしは、何故死に戻っているのかということだ。この八年間は、ひたすらに本を読みあさり、死に戻るためにはどうすれば良いのかを調べ続けた。結果は、いくつか死に戻る方法はあるようだった。けれど、その多くは禁忌魔法で、人の命を代償としなければならないものが多かった。いわゆる、悪魔との取引のようなものだ。
師匠は、悪魔との取引をするならば、まずは魔術で方法を探るに違いない。そういう性格の人だ。
彼は、魔術に全信頼を置いているのだから。
師匠から学ぶ魔術は、全て前の人生でも習ったものだ。だから、殆ど最初から習得したわたしを見て、師匠は天才だと思ってくれたらしい。おかげで、様々な魔術を前の人生以上に新しく学ばせてくれると約束してくれた。そろそろ、新しい魔術の授業が始まるはずだ。
(その知識を使えば、更に分かる範囲が広がる。何故、わたしが死に戻っているのか。何故、師匠には前の人生の記憶が無いのか)
もう殆どの死に戻りや、生き返ることに関する本は読破した。だが、まだ読めていない本が三冊だけある。それは、王家所有のものであり、ごく一部の限られた人のみが閲覧できるものだ。
逆に言えば、何故今まで読んできた本は一般公開されているのか。なぜなら、あれらは全て推論の域を出ないからだ。しかし、王家所有のものは違う。確実な方法のみしかかかれていない。だからこそ、極秘の本となっているのだった。
♢♢♢
そうして、わたしは、何故わたしは前の人生を持ったまま、生きているのかを調べ、師匠から魔術を学ぶ日々を送っていた。
「なあ、アメリア」
「はーい?」
師匠がわたしをリビングに呼ぶ。ひとまず、と呟き、手元に散らばっていた紙くずをゴミ箱に捨ててから、リビングに入る。師匠が、一通の手紙を持ってリビングにあるソファに座っていた。
わたしも、いつもの定位置である向かいのソファに座る。
「どうしたんですか、師匠」
「……アメリア、王宮へ行かねえか?」
「は? 王宮へ?」
突拍子もないことを言われ、はてとなるわたしに、師匠が面倒くさそうな顔をして頷いた。
「そうだ」
「えーっと、何をしに?」
「お茶会、だそうだ」
思わず、は? と言いそうになってしまった。いや、先ほどもう言ってしまったけど。
「お茶会? どなたとでしょう?」
「王太子殿下だと」
「は?」
今度は自制が間に合わず、言ってしまった。師匠は、特に咎めず、がしがしと頭をかく。
「まあ、断っても良いんだが……」
「いや、駄目でしょ! 流石に王太子殿下のお誘いはお断りできませんよ?!」
「んや、そこは何とでも断れる。アメリアは気にすんな」
「駄目ですって! ……でも、何でわたしなんですか? もう貴族としての所作なんて忘れたようなものですし、貴族名鑑も今や役に立つかどうか……」
わたしが不安と吐露すると、師匠は、はははっと軽快に笑った。
「アメリアの所作は綺麗だ。そこは心配しなくっても良いと思うが。……恐らく、王太子はお前を妃候補にしたいんだと思う」
珍しく、苛立った様子で顔をしかめる師匠。
「はっ!? わたしを、妃候補!? どういう……!!」
「分からん。ただ、あっちの狙いはハッキリしている。それは、お前との関わりを持ちたいということだな」
「そんな……。何と言うめんどくさい……」
「うん、分かる。断ろうか」
「駄目ですよぅ……」
流石に、元貴族(いや、今も一応貴族籍は持っているけれど)のわたしは貴族としての気持ちをまだ捨てきれていなかった。
師匠を、まっすぐに見つめる。
「わたし、お茶会行きます」
「……本気か?」
「はい。そのかわり、師匠もついてきてくれませんか?」
どきどき……。




