問いかけ 〜心のうちの苦しみ〜
「ルイス・フェックラーだ。よろしく」
どこか気だるげな表情で挨拶をした師匠。懐かしい、紫の髪に銀色の瞳。わたしは淡い紫に、金色の瞳だから、よく月と太陽みたいだと周りから言われていた。
わたしは、すうっ、と息を吸い込み、笑顔で挨拶をした。
「初めまして。アメリア・ジュネーラルと申します。これから、よろしくお願いします」
ここは、王城だ。新たな魔術師候補が、それも貴族から誕生したと言うことで、お祝いの式典が開かれている。国王の前で、わたしと師匠は遂に対面を果たした—————
が、わたしは今にも溢れそうな涙を、呑み込むので精一杯だった。彼にまた会えて嬉しかった、と言うのもある。だが、わたしは悲しさと寂しさに襲われていた。
(まさか、覚えていないなんて……!)
そう、彼は覚えている素振りを一切、見せなかったのである。わたしと初めて会った日、そのままに再現してくれた。
「では、ルイス・フェックラー。アメリア・ジュネーラル。国を興す魔術を、編み出してくれることを期待して。ここに、二人の師弟が誕生したことを祝す!」
国王の宣言に、わああっと歓声が沸き起こる。
誰か? 民衆の皆さまである。
「すげえな。こんなに喜ぶことなんか?」
ぼりぼり、と頭をかきながら、懐かしい口の悪さでぼそり、と師匠が呟く。それに思わず、寂しさや悲しさが吹き飛び、笑ってしまった。
師匠の瞳がこちらを見つめた。ふっ、と彼の顔が緩む。
「どうした」
「いえ……何でもありません」
くすくすと笑いながら、そう答える。何気ないこのやり取りが、懐かしくって、涙がこぼれてきそうだった。けれど、祝事の際に涙をこぼすのは駄目だ。何より、今は貴族令嬢のわたしならば、尚更。
「これから……よろしくな」
「はい! よろしくお願いします」
「お前、俺のことをなんて呼びたい?」
「師匠! って、呼びたいです」
わたしの元気の良い返事に、師匠がぶはっと吹き出す。
「良いな、お前。元気の良い奴だな」
「ありがとうございます! 師匠」
今は、今だけは寂しさを隠して。ニッコリと屈託なく笑ってみせた。
師匠が、すっと目を細めたのに気づかず、わたしは民衆たちに目を向ける。
師匠が覚えていないことへの絶望と、師匠との再会を果たせたことへの歓喜が綯い交ぜになった。
♢♢♢
「貴族のご令嬢には、小さくて狭いだろうが、すまんな」
式典の後、師匠とともにやってきたのは、懐かしい師匠の家だ。
「懐かしい……」
「は?」
「あ。いえ、何でもありません!」
にこっと誤摩化すように笑い、じわっと胸に滲む寂寥感に気づかない振りをして家に二人で入った。
そこは、汚かった。
(うわあ……。思い出した、わたしが来る前まで師匠ってば、掃除苦手すぎて……)
「師匠……。お掃除、しましょうか」
「掃除?」
「はい。こんな環境では身体を壊してしまいますよ。ほら、掃除! しましょう!」
師匠は、銀色の瞳を瞬かせた。それから、ぶはっと笑う。
「いや、お前度胸あるな! 人んちを『こんな環境』って!」
ぶっ、はははははっ! と爆笑を続ける師匠に、思わずはっとした。
そうじゃん、わたし! 師匠とはまだ出会って初日なのだ。つい、九年間お世話になった分の親しみがにじみ出てしまっていたらしい。
「す、すみません……」
「いやっ、ぶはっ、いいけど……っははは!」
全力で笑った師匠は、「はーーーーっ」と目尻に浮かんだ涙を掬いながら、わたしを見た。それから、白い歯を見せて、にかっと笑ってくれる。
「これから、よろしくな。まず、お前の言う通り、掃除でもすっかぁ」
まさか、掃除をしてくれるとは思わず、目を見開く。その様子に気づかない彼は、「さあて、終わったらたんまりご馳走してやっか」と暢気に呟いていた。
♢♢♢
「おー、だいぶ気合い入れたな、お前」
一階を担当しますね、と言ったわたしを置いて、師匠は頷いて寝室がある二階に消えた。そして、二階の掃除を終えて一階に戻ってきた彼は、ぱちくりと目を瞬かせながら、わたしに言った。
師匠の言う通り、きちんとやるところはやった。前回の人生で、師匠の好みや、動線などは全て把握している。それに沿った掃除をしてみたが、どうだろうか。
どきどき、と師匠を窺うわたしを見た師匠は、にかっと笑った。
「めっちゃ綺麗になってる。ありがとな」
「っ! はい!」
「んじゃ、飯でも食いにいくか」
「はい」
少し待っていてほしい、と伝えると、わたしは洗面所をお借りし、持ってきていた荷物の中から平民が着るようなワンピースを取り出した。掃除のために、エプロンをしていたが、それも外してワンピースに着替える。髪の毛はきゅっと一つに結わえていたのをほどいた。
「お待たせしました」
再びリビングに戻ると、彼は呆然と机の傍で立ち尽くしていた。
「あの? どうかされました?」
「完璧だ……」
ポツリ、と呟かれた声はとても小さなもので。聞き取れなかったわたしが、え? と尋ねようとすると彼は、叫んだ。
「完璧だっ! 何だ? 俺の動線を全て把握したかのようなこの、素晴らしい配置は!」
ぐわっ、と目を見開いた彼におののき、身体を後ろ向きにそらせる。彼は、わたしをばっと見つめた。普段は冷静で、ぼんやりとしているような印象が強い銀色の瞳は、きらきらと輝いている。
前回の人生分、彼と付き合ってきたわたしは、直感的にやばい、と悟った。しまった、何かのスイッチが入ってしまったようだ。
何だか少し、怖い。
「お前、魔術師じゃなくって聖女か何かを目指した方が良いんじゃね!?」
心なしか、普段よりも言葉が乱れている気もする。まずいぞ、コレはまずい。
本能で恐怖を感じ、びくびくとしてしまう。
「えっ、いえ……その、想像しただけで」
「いやっ、想像でコレはすげえ! 俺、お前のことを尊敬する。これからもよろしくな……えっと、なんて呼べば良いんだ?」
がくっ、と思わず脱力してしまった。急に瞳に冷静な光が宿った。何なのだろうか、この落差は。
まあ、元に戻ったのならば良いけれど。
「アメリア、とお呼びください」
「そうか? そんなら、アメリア。よし、飯行くか!」
「はい!」
♢♢♢
「ふうん、貴族って言うのも大変そうだもんな」
師匠に連れて行ってもらった、大衆食堂にて、色々とわたしがこれまでの人生を語る。もちろん、二度目の人生のことのみだ。そんな、一度目の人生を覚えていない師匠に話しても、困るだけだろう。
けれど————不意に、魔が差した。
師匠はお酒が入っており、明日は何も覚えていないだろう、という打算込みだ。
「ねえ、師匠。もし————もし、師匠がいつか死んでしまって。それも、師匠にとって大切な人を残して、不慮の事故で死んでしまうんです。それなのに、何故か二度目の人生を歩み始めていて。もし、その大切な人が自分のことを一切覚えていなかったら、どう、思いますか?」
お酒が入って、陽気に話の合いの手を差し込んでくれていた師匠の顔が、いつの間にか真剣なものへと移っていた。こちらを、こちらの心を見透かしてしまうような、そんな鋭い視線でわたしの瞳を射貫いた。
今は心が寂しさでいっぱいだから、それに気づかれたくなくて、へらりと笑って誤摩化す。
「ごめんなさい、変なこと言っちゃって。答えなくってだい————」
「俺だったら」
答えなくって大丈夫ですよって言おうとしたわたしを、遮って力強い声で師匠は話し始めた。
もうその視線は、遠いものを見つめるようにどこかを見ており、わたしを見ていないことにふと、胸の痛みを覚える。
「俺だったら、やっぱ、辛いよなぁ。寂しいし、悲しいし、————世界に一人でぽつんと取り残された気分になる。きっと。でも、俺はきっとまた、その人に会いにいってしまうだろうな。その人が、自分のことを思い出してくれないのは、死ぬほど辛いだろうけど、でも、俺はまたその人と最初から幸せな思い出をつくってやる。運命なんかに、負けてたまるかって気概でさ」
どこか、痛みを抱えたようなもの悲しい瞳。
師匠は、いつも飄々としており、常に笑顔だったけれど、瞳でそのときの本音が分かった。わたしには、分かる。
「そう、ですか……」
「おう」
頷くと、師匠は酒をまたコップに注いだ。
完全に、常軌を逸している八歳児でございますが、お許しください笑




