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誘拐

 やがて、師匠と過ごす冬の季節も終わり、一月も残り間近になった。どんどんと、わたしが十七歳になる日が近づいており、わたしは焦りを感じていた。


 そんなある日、わたしは誘拐された。


♢♢♢



「んんっ!? んんんっ!」



 精一杯叫び声をあげようとするが、猿轡さるぐつわをはめられており、声が出せない。薬草を取りに行っている途中で、わたしは気づかぬまま転移のための魔法陣を踏んでしまったようで、王都のはずれのどこかへついてしまった。え、ここはどこ!? と戸惑っているうちに、ふっとハンカチかなにかで口元を抑えられ、そのまま何か変な匂いを嗅がされ、わたしは眠ってしまったようだった。恐らく、何かの薬を嗅がされたのだろう。


 その間に、猿轡をはめられ、手首は封じられ、目隠しもつけられてどこかへ運ばれている途中だ。



(どうしようどうしよう! わたし、本当に誘拐されちゃったの!?)



 あり得ない展開だが、あり得てしまっている現状に、頭を抱えたくなる。


 どうやら、今わたしは馬車の中に寝転がされているようだが、目隠しをされているために、どのような状況かは詳しくは分からなかった。しかし、どうやら、馬車内にはわたし一人のようで、御者台のところに男が二人座っているようだった。今も、話し声が聞こえてくるので、耳を澄ませてみると。



「なあ、本当にこの嬢ちゃんであってるんだよな?」

「ああ、あってると思うぜ。それにしても、誘拐なんて初めてしたわ」

「なあ。お金を積んでくれるっていうからやったけど、あんまりやりたくねえよな、こういうこと。この嬢ちゃん、結構可愛いしよお」

「ああ、美人ちゃんだよな」



 美人ちゃんと言われ、ぞぞぞっと嫌悪感が背中を這ってくる。師匠の純粋な可愛いや美人という言葉は素直に受け取れるのに、この男たちの言葉は下心が含まれているのが丸わかりだ。


 そう考えると、震えが止まらなかった。


 声を出すと、男たちに目覚めていることが気づかれてしまう。出来るだけ、静かにどうにかしないと。


 手首は後ろ手で縛られているために、わたしは何も出来ない。ならば、自由な足を使うべきだろう。しかし、足をどうやって使う? 今までわたしが習ってきたことといえば、魔術だ。しかし、魔術はわたしの場合、杖が無いと使えない。師匠は魔力の放出方法が安定しているので、杖なしでも魔術を使えるが、わたしの場合はまだ未熟なので杖が必要だった。しかし、杖は魔法陣を踏む前に手放してしまったようで、自分の周りには無さそうだった。


 次は、杖なしで無理矢理魔術を使ってみること。これはかなりリスクが高い。手首の拘束をとれれば良いが、間違えば危うく馬車を大破しかねない。むしろ、自分まで巻き込まれるか、男たちに気づかれて終わりだ。


 これも却下。


 わたしに出来ることが無いと気づき、ますます焦りが吹き出す。手足の先は恐怖で冷えているのが分かった。



「お、そろそろつくな……っておわぁっ!?」

「なんだ!? 敵か!?」



 突如、馬車が揺れた。それも、小刻みな振動ではなく、どっかーんと大きな衝撃だった。


 焦った男たちの声は次第に悲鳴に変わり、やがて静かになった。



(何!? これは危険なことなの!? それとも、誰か助けにきてくれたとか!?)



 身を硬くして何か起こるのを待っていると、馬車の扉が開く音がした。



「おや、誰かいるようです!」

「やはり……怪しい馬車だったからな。……しばられているじゃないか、早くほどいてやれ」

「はっ!」



 先ほどの男たちとは違う声が聞こえる。男性が二人いるようだ。そして、わたしの腕の拘束は解かれ、目隠しと猿轡をとられた。



「けほっ……こほっ……!」



 馬車は酷い惨状だった。砂や埃まみれで、こんなところで寝かせられていたのかと思うと、ぞくっとする。



「大丈夫ですか!? お水はいりますか」



 はっとして扉の方へ視線を向けると、銀髪に赤色の瞳の男性がこちらを心配そうに見つめていた。服装は、……どうやら聖騎士のようだった。聖騎士というのは、神殿に仕えている騎士のことだ。



「……お、お、お水……くださっ、こほっ」

「っ、分かりました! 一度ここを出ましょう! ほこりがすごい」



 聖騎士が手を差し出してくれたので、その手をありがたく取りながら、馬車をはい出る。幸い、服に傷は付けられておらず、破れてもいなかった。


 しかし、馬車の揺れであちこちに身体をぶつけているので、服の下は打ち身だらけだろう。



「大丈夫ですか。これ、お水です、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」



 聖騎士が微笑んで水を渡してくれる。ありがたく受け取り、ごくごくとそれを飲み干した。



「良かった、お水を飲める元気はありそうですね。いつから拘束されていたんですか?」

「え?」

「え、ずっと前から捕らえられていたんですよね?」



 どうやら、勘違いされているようだったけれど、わたしはあえて否定しなかった。わたしが誘拐された時、思い返してみれば魔法陣で転移させられた。

 魔法陣というのは魔術とは別の方法での魔力放出だ。そして、魔法陣を設置した場合、かなり前もっての準備になる。更にいえば、魔法陣と言うのは魔術よりもかなり膨大な魔力を要する。



 つまり、———わたしの誘拐は前もって誰かが仕組んだものということだ。



(その誰かは、かなり大掛かりな計画をたてた様子———。でも、関係ない。師匠は世界一の魔術師だ、そしてわたしも師匠の元で修行してきたんだから!)



 こんな卑怯な奴らになんて負けない。


 強い決意をたたえ、俯いていた顔をあげると、わたしは聖騎士に微笑んでみせた。



「ええ、そうなんです。助けていただき、ありがとうございます」

「? あ、ええ。それは良かった。ではお手をどうぞ、安全なところまでお連れ致します」

「それは、大神殿でしょうか?」



 わたしが手を載せずに微笑んで言うと、彼は驚いた様子を見せた。彼の後ろに立っていたもう一人の男性が一瞬、苦々しげな表情になったのを、わたしは見逃さなかった。


 彼は先ほど、聖騎士と話していた男だろう。聖騎士よりも年上の様子で、上司なのだろうと察せられる。


 その男性が、わたしと聖騎士との間に割り込むようにはいってきた。



「ええ、そうです。何か誘拐されている女性等は身柄がはっきりするまで、神殿へお連れするのが規則でしてね。ああ、私の名前はアドルフと申します。アドルフ・リヒターです」

「アドルフ・リヒター様。よろしくお願い申し上げます。それで、そちらの方は?」



 水を差し出してくれた若い聖騎士に名前を尋ねる。彼は、わたしが大神殿に連れて行かれるのかと聞いたときの驚き顔のままで、答えてくれた。



「ディルク・フィクレーです」

「ディルク・フィクレー様。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます」



 にっこりと笑みを浮かべる。それは後から彼に聞くと、まるで戦場へ向かうような覚悟を決めた人のようであり、気迫が恐ろしかったといわれた笑みだった。

活動報告でも報告した通り、投稿しておらず、申し訳ありませんでした・・・!

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