王太子とのお茶会 後編
「ほお、それは残念だな。だが、しかし・・・未だ、正式な文書でその契約を交わしてはおらぬのだろう? であれば、王太子と婚約を結び直すのはいかがだ?」
国を背負う重みを持った、深みのある声。
懐かしさを覚える国王の声に、わたしと師匠は、はっとして振り返った。緩やかに笑みを浮かべ、王太子と同じ碧眼。その瞳は一見、優しげに細められているようで、実は冷徹な光を持っている。わたしの価値を見定めようとする冷静であり、やや冷たすぎる印象を持たせるその瞳を見て、わたしはばっと頭を下げた。隣でも、師匠が同じように頭を下げている。
「我が国を正しく導き、尊い希望の存在であらせられ、同時にわたくしたちの未来を明るく照らす太陽の存在であらせられる国王陛下に、アメリア・ジュネーラルがご挨拶申し上げます」
貴族式の礼を咄嗟に出したわたしは、そっと隣の師匠を伺った。彼は、焦った様子もなく頭を下げたまま口を静かに開いた。
「・・・ルイス・フェックラー、フィルノン王国の国王陛下にご挨拶申し上げます」
わたしは頭を下げたまま、はっと目をみはった。師匠の簡略な挨拶に驚いたからだ。この国では、簡略化された挨拶を使うのは。
(・・・他国の貴族、もしくは王族だけだわ・・・)
そのことに思い至ったけれど、すぐに思考を振り払う。流石にこんな感じで彼のことを知りたいわけではなかった。
(好きな人のことは、好きな人から聞きたい・・・)
それが乙女心と言うものなのだから。
「・・・なおってくれ。それより、どうかね? アメリア嬢」
突然、名指しで呼ばれ、姿勢を正す。目の前には、表情だけはにこやかな国王陛下がいた。
「わたくしは・・・、ルイス様と婚約致しております」
「ふむ。であれば、彼が何者かはとうに存じておるのか?」
「・・・存じておりませんが、特に気にしたことはございません。わたくしと彼は、まだ婚約期間でございますので」
「それならば、婚約を解消すれば良い話だな? そうだろう?」
国王の言葉に、わたしはぎゅっと唇を噛み締めた。
「・・・いいえ、そのように軽々しく契約を扱うのはいけない、と習いました。国王陛下のお考えはわたくしには察すること等出来ませんが、少なくとも、法にはそのように書いてあると思われます」
「うむ。私もそのように考えるが、————そなたたち、契約等交わしておらぬだろう? 書類が提出されていないゆえ」
国王の発言に、場は静まり返った。
さらりと心地よい風が頬を撫でる。髪の毛がふわりと風をはらみ、揺れた。まるで、わたしの心情のように。
(確かに、師匠とは書類上では他人同士。わたしとの関係は、ほぼ無いも同然。でも、わたしは・・・)
そこまで考えて、はっとした。
わたしは、何だと言うのだろうか。ス、スキとか言うわけでは決して・・・!
(ってばか、わたしっ! スキって何よ! 師匠のことは好きだけど、そういうスキでは無いわけであって・・・ってどういうスキ!?)
一人で勝手に混乱に陥っていると、王太子が少し焦りの浮かんだ瞳を国王に向けて口を開いた。
「————っ、陛下。私は別のご令嬢を伴侶に求めます。アメリア嬢はフェックラー卿と婚約なさっているのですよ!? 書類など、関係ありません。私は陛下がこれ以上、人びとの仲を裂かれないことを願っております!」
「黙れ、アーサー。私はそなたのために言っておるのだぞ? これ以上、反駁するでない」
「ですが!」
「黙れ!! 私がそなたのために言っておると何度言えば分かる!!」
王太子がわたしたちのために声を上げようとしてくれたけれど、流石は国を率いてきた人物。迫力がただ者じゃない。
関係ないわたしまでコッソリ震えてしまったくらいだ。
「とにかく。考えてみてくれ。ルイス殿も」
「・・・かしこまりました」
「かしこまりました」
わたしと師匠はこう返事をするしか無い。王太子がぐっと黙り込むけれど、そちらには顔を向けられなかった。
いつもありがとうございます!
木曜日辺りに更新できそうな予感・・・。




