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リアは、アレンが去った後も訓練場に立ち尽くしていた。土の拘束から解放され、改めて己の敗北を噛みしめる。彼女の魔法は、相手の魔法を打ち破るための知識と経験、そして絶対的な魔力に支えられていた。しかし、アレンの前に、その全てが無力だった。彼の持つ能力は、リアの常識を遙かに凌駕する未知の力。それは、敗北の悔しさよりも、知的好奇心と、不思議な高揚感をリアにもたらしていた。
「……アレン、あなた、一体何者なの」
リアは、彼の正体と、その能力の謎を解き明かしたい衝動に駆られていた。彼女は迷うことなくギルドへ戻り、アレンがどこへ向かったかを受付嬢に尋ねる。
「アレンさんなら、ダンジョンにソロで入っていきましたけど……」
ルナの言葉に、リアは驚きを隠せない。ダンジョンは、初心者冒険者が一人で挑むにはあまりに危険すぎる場所だ。しかも、アレンが選んだのは、高難易度で知られる『影の森のダンジョン』。
「ありがとう!」
リアは礼を言い、すぐさまダンジョンへと向かった。
ダンジョンの一階層。リアは、迷うことなくアレンの気配を辿っていく。天才魔法使いである彼女は、かすかな魔力の残滓から、アレンが進んだ道筋を正確に読み取っていた。
奥へ進むと、アレンがモンスターと対峙している場面に出くわした。モンスターは、魔力に反応して姿を消すという厄介な特性を持つ影狼だ。通常であれば、複数の魔法使いが連携し、索敵魔法で位置を特定しながら戦わなければならない。しかし、アレンは一人で、まるで影狼の動きが見えているかのように、その攻撃を的確にかわしていた。
(……見えてる? まさか、解析能力で!)
リアは息をのむ。アレンは、解析機で影狼の魔力の流れを読み取り、姿の見えない相手の動きを完璧に予測していたのだ。
アレンは、影狼の攻撃をかわすと同時に、無詠唱の光魔法を放つ。光の魔力は、影狼の特性を解析したアレンが、最も効果的だと判断した魔法だった。光を浴びた影狼は、悲鳴を上げてその実体を現し、そのまま消滅した。
その光景に、リアは確信する。やはり彼の能力は、自分の想像をはるかに超えていると。
「アレンさん!」
リアが声をかけると、アレンは振り返った。警戒心と、少しの驚きが彼の表情に浮かぶ。
「リアさん……どうしてここに?」
「あなたに、話があるの。協力してほしいのよ」
リアはそう言うと、アレンの傍に歩み寄り、真っ直ぐに彼の目を見つめた。
「あなたの能力の謎を解き明かすために、私に協力して。その代わり、私もあなたの能力を最大限に引き出す手助けをするわ。私には、どんな魔法の構造でも理解できる、絶対的な知識と魔力がある。そして、あなたには……その魔法を、すべて無詠唱で発動させる力がある。私たち二人が組めば、どんな困難も乗り越えられるはずよ」
アレンは、彼女の真剣な眼差しに、一瞬戸惑いを覚える。彼はただ、静かに生きることを望んでいた。しかし、リアの言葉には、才能を持つ者だけが持つ、純粋な探求心が溢れていた。その熱意に、アレンは心を動かされた。
「……わかりました。信じます」
そう言うと、アレンはリアにスマートフォンを差し出した。「この能力で、どんなものでも解析できるんです。魔法も、モンスターも……」
リアは、差し出されたスマートフォンを興味深そうに受け取る。そして、彼女の顔には、勝利の時とは違う、心からの笑顔が浮かんでいた。
「ありがとう、アレン。あなたと私なら、きっとこの世界の、まだ誰も知らない秘密にたどり着けるわ」
二人は、ダンジョンの奥へ、共に歩み始めた。この日から、モブと天才魔法使いという、異色のコンビが誕生した。二人の物語は、ここから新たな局面を迎えるのだった。