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アレンの噂は、瞬く間にギルド全体に広まっていた。パーティーを組まず、単独で高難易度クエストを次々とクリアしていく新人冒険者。その神出鬼没な戦いぶりから、いつしか彼は冒険者たちの間で「ゴースト」と呼ばれるようになっていた。


その噂は、街の英雄である「勇者パーティー」の一員、天才魔法使いリアの耳にも届く。リアは、類まれなる魔力の持ち主で、史上最年少で宮廷魔術師の称号を得た天才だった。彼女は、自分以外の魔法使いに興味を持つことは滅多になかったが、アレンの噂にはなぜか胸が高鳴るのを感じた。


「無詠唱で魔法を操るという、その冒険者……ぜひ、会ってみたいわ」


リアは、アレンがギルドに戻ってくるのを待ち伏せした。そして、アレンがクエストの報告を終え、ギルドを出ようとしたその瞬間、彼女は彼の前に立ちはだかる。


「あなたが、アレンさんね。話は聞いてるわ。単独で、無詠唱で魔法を操る冒険者……」


リアはアレンを値踏みするように見つめる。アレンは、そんなリアの視線に居心地の悪さを感じていた。なんとかこの場をやり過ごそうと、彼は軽く頭を下げてその場を離れようとする。


しかし、リアはそれを許さなかった。彼女は、挑発的な笑みを浮かべ、アレンに一つの提案を持ちかける。


「ねぇ、模擬戦をしない? あなたの実力が本物かどうか、この私が試してあげる」


アレンは驚き、戸惑った。相手は「勇者パーティー」の一員である天才魔法使いだ。いくら自分がチート能力を持っているとはいえ、相手の実力が未知数な以上、下手に手を出して正体がばれるのは避けたかった。だが、その場の雰囲気は、彼が断ることを許さない。


模擬戦は、ギルドの裏手にある訓練場で始まった。見物人はいなかった。リアは、アレンがどこからともなく取り出したスマートフォン――万能解析機に気づきもせず、余裕の表情でアレンに向き合う。


「遠慮はいらないわ。全力で来るがいいわ」


リアはそう言うと、静かに両手を広げ、詠唱を始めた。


「風よ、我が意志に従い、敵を穿て――」


風魔法の詠唱だ。アレンは即座に万能解析機を起動させ、リアの詠唱を解析する。


『風魔法:ウィンドブレード。発動まで5秒。風の魔力と詠唱の連動パターン:……』


解析機は、詠唱の流れと、それに伴う魔力の増幅をリアルタイムで表示する。アレンは、解析機が示した情報に従い、無詠唱で自身の魔法を放つ。それは、リアの魔法とは真逆の性質を持つ、対消滅の魔法だった。


リアが詠唱を終え、放った風の刃は、アレンが放った魔力によって相殺され、霧散した。


「え……!?」


リアは驚愕に目を見開く。アレンは、彼女の詠唱を最後まで聞くことなく、魔法を無効化したのだ。


「もう一丁いくわよ!」


リアは、さらに強力な火魔法の詠唱を始める。だが、アレンは再び解析機で詠唱を読み取り、無詠唱で魔法を放つ。今度は、解析によって得たリアの魔力構成を模倣するという、さらに高度な魔法だった。


「ひ、火魔法……!? 詠唱なしで……!?」


リアの放った火球は、アレンが放った火魔法にぶつかり、再び相殺される。彼女の放つ魔法は、すべてアレンによって無効化される。その光景は、まるでアレンが未来を予知し、リアの攻撃を先読みしているかのようだった。


「な、なんで……私の魔法が、通じないのよ……!」


リアは混乱し、焦りを露わにする。自分の魔法が全く通用しないという事態は、彼女の人生で初めての経験だった。アレンは、彼女が次の手を出せないでいる隙に、解析機を使い、訓練場の地面に魔力の構成を解析する。そして、そこに無詠唱の土魔法を放った。


リアの足元から、無数の土の柱が飛び出し、彼女の身動きを封じる。アレンは、その場でリアにトドメを刺すことなく、静かに訓練場を後にした。


「……まいったわ。完全に、私の負けね」


地面に拘束されたリアは、呆然とアレンの背中を見つめていた。彼の持つ能力は、彼女の魔法を遥かに凌駕する。それは、才能や努力だけでは決して辿り着けない、未知の領域だった。


アレンという名のモブキャラクターは、この世界の常識を壊し始めていた。

訓練場の地面に拘束されたリアは、呆然とアレンの去っていく背中を見つめていた。彼の持つ能力は、彼女の魔法を遥かに凌駕する。それは、才能や努力だけでは決して辿り着けない、未知の領域だった。


「……まいったわ。完全に、私の負けね」


敗北を認めたリアの口元に、しかし笑みが浮かぶ。

「無詠唱で魔法を無効化するなんて……そんなこと、聞いたこともない。それに、あの魔法……私の魔力構成を模倣したっていうの……? まるで、私と戦うために生まれてきたような人ね」


彼女の胸の中に、敗北の悔しさとは違う、奇妙な高揚感がこみ上げてくる。それは、今まで誰も成し得なかったことを、いとも簡単にやってのけるアレンという存在への、純粋な好奇心だった。


(あんなに地味で、平凡そうなのに……どうして、あんなにすごい力を持っているの?)


彼は、自分の勝利に酔いしれることもなく、淡々とその場を去っていった。その冷めた態度さえも、リアには新鮮に映った。


「アレン……」


リアは、静かに彼の名前を口にする。

天才として、誰もが自分を特別扱いする中で生きてきたリア。彼女の前に、初めて現れた、自分の理解を遥かに超える存在。アレンは、リアにとって、知的好奇心を刺激する謎であり、同時に、心惹かれる唯一無二の存在となっていた。


訓練場の土の拘束が解け、立ち上がったリアは、アレンが去っていった方向をじっと見つめる。


「ふふ、見つけたわ。私の……」


彼女は、少し頬を赤らめ、はにかむように微笑んだ。


「私の、新しいおもちゃ……」


その瞳には、かつてないほどの熱い光が宿っていた。

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