め
悪夢のゴブリン討伐
ギルドから少し離れた森の奥。薄暗い木々の間に、ゴブリンたちの集落が広がっていた。本来であれば、パーティーを組んだ経験豊富な冒険者たちが、周到な作戦を立てて挑む場所だ。だが、アレンは一人で、まるで散歩でもするかのように、その集落へと足を踏み入れる。
ゴブリンたちは、異質な侵入者に気づき、けたたましい奇声を上げて襲いかかってきた。しかし、アレンは冷静だった。彼は万能解析機を起動し、ゴブリン一体一体の行動パターン、弱点、そして魔物の特性までも瞬時に分析する。
『ゴブリンリーダー:耐久力に優れる。だが、腹部に魔力を通す穴あり。攻撃パターン:棍棒による鈍重な打撃。回避推奨。』
『ゴブリンシャーマン:遠距離からの魔法攻撃に注意。詠唱中は防御が手薄。詠唱解析:火球(初級)詠唱完了まで3秒。』
『ゴブリン(雑魚):集団で襲いかかるが、個々の戦闘力は低い。首筋が急所。』
解析機が導き出した情報を元に、アレンはまず最も危険なゴブリンシャーマンに狙いを定めた。シャーマンが不気味な呪文を唱え始めるその瞬間、アレンは解析機で詠唱の構造を読み取る。そして、彼の掌から無詠唱の風魔法が放たれた。風の刃は、ゴブリンシャーマンの喉元を正確に切り裂く。
「グギャッ!」
詠唱中に不意を突かれたシャーマンは、断末魔の叫びを上げて崩れ落ちる。魔法陣も形成されることなく、魔法は霧散した。
次に、ゴブリンリーダーが巨大な棍棒を振りかざし、アレンに迫る。解析機がリーダーの鈍重な攻撃パターンを予測。アレンはその一撃を紙一重でかわす。そして、彼の掌から、再び無詠唱の火魔法が放たれた。炎の球は、リーダーの腹部に開いた「魔力を通す穴」へと吸い込まれるように直撃する。
「ギャアアアア!」
ゴブリンリーダーは、内側から燃えるような激痛に苦しみ、その場で倒れ込んだ。残った雑魚ゴブリンたちは、リーダーとシャーマンが瞬く間に倒される光景に恐れをなし、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。解析機は、逃走経路まで正確に表示していたが、アレンは深追いはしない。
アレンは、まるで何もなかったかのように、ゴブリンたちが落としたアイテムを回収する。この圧倒的な戦闘能力は、誰にも知られることなく、アレンの物語を着実に紡いでいた。
アレンは、ゴブリン討伐のクエストを終えた後も、パーティーを組もうとはしなかった。ギルドの受付嬢ルナが勧めても、「自分は単独で動く方が性に合っている」と丁寧に断る。パーティーを組めば、彼の持つ万能解析機というチート能力を隠しながら戦うのはあまりに不便すぎたからだ。
一人で森の奥へと足を踏み入れたアレンは、道中で解析機を起動させ、目の前の大岩をスキャンする。
『巨大な岩石:魔法耐性高。だが、内部の元素構成に不安定な部分あり。特定の魔法で破壊可能』
その情報を見て、アレンはある仮説を思いついた。あらゆるものを解析できるこの能力なら、魔法の詠唱も解析できるのではないか?
アレンは、記憶にある初歩的な火魔法の詠唱を心の中で唱え、解析機を起動させる。すると、画面には詠唱の言葉一つひとつが魔法の力の流れにどう影響しているのかが、詳細なデータとして表示された。
「なるほど……詠唱は、魔法を発動するためのトリガーであり、同時に魔力を安定させるための補助輪なのか」
解析の過程で、ある一つの結論に辿り着いた。「詠唱を省略しても、魔力の流れを完全にコントロールできれば、魔法は発動可能」。それは、この世界における常識を覆す発見だった。
アレンは解析機が導き出したデータに従い、魔力を制御する。すると、彼の掌に、小さな炎の球が生まれ、揺らめいた。詠唱は一切していない。
「……できた」
無詠唱で魔法を発動する応用能力を手に入れたアレンは、その力で次々とクエストをこなしていく。彼の戦い方は、他の冒険者たちとは一線を画していた。
その噂は、ゴブリン討伐を依頼した冒険者ギルドの受付嬢ルナの耳にも届いていた。彼女は、あの素朴で平凡な少年アレンを思い出す。彼のプロフィールには、魔法の才能はおろか、戦闘に関するスキルも何も書かれていなかったはずだ。
アレンがギルドを後にした数分後、受付嬢のルナは、彼の提出した報告書を改めて見直していた。ゴブリン討伐、討伐数二十体。驚異的な数字だ。しかし、彼のパーティー欄は、空白のままだった。
「アレンさん、本当に一人でやったのかな……」
ルナは首を傾げる。その時、ギルドの扉が開き、三人の冒険者が入ってきた。勇者レイモンド、賢者エリック、女騎士リサ。この国で最も有名な「勇者パーティー」の面々だ。
「ルナさん、ゴブリン討伐クエストはもう出てるか?」
勇者レイモンドが、いつもの爽やかな笑顔で問いかける。ルナは、アレンの報告書をそっとしまい、代わりに彼らに別のクエストを紹介した。
「ええ。ですが、もう奥地のゴブリン討伐は、すでにクリアされたようです」
ルナの言葉に、勇者パーティーのメンバーは驚きを隠せない。
「なんだって? 俺たちよりも先に、あの凶悪ゴブリンを誰かが討伐したのか?」
「へえ、すごい奴がいるもんだな」
賢者エリックと女騎士リサが、感心したように呟く。ルナは、彼らの反応を見て、少しだけ複雑な気持ちになった。
(もしアレンさんが、このパーティーに入っていたら……。いいや、彼は一人でいることを選んだんだ)
ルナは、アレンがパーティーを組まなかった理由を、ただの単独主義者の気まぐれだと思っていた。しかし、彼が持つ「万能解析機」という、誰にも見せられない能力があることなど、彼女は知る由もなかった。
この時、アレンと勇者パーティーは、互いに顔見知り程度の関係だった。彼らは、アレンが持つ底知れぬ力に、まだ気づいていない。
(一体、何者なの……アレンさん?)
ルナは、彼の正体を知りたいという衝動を抑えきれずにいた。アレンという名のモブキャラクターは、知らぬ間に物語の主役となり始めていたのだ。