表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/77

ユウキは平凡なサラリーマンだった。

毎朝同じ時間に満員電車へ押し込まれ、窮屈さに息苦しさを覚えながらも、耐えるしかない日々。会社では成果を出しても褒められることはなく、ミスをすれば叱責だけが飛んでくる。心の奥底では「こんな毎日を続けて、俺は何になるんだろう」と自問しながら、それでも日々を消費していた。


あの日の夜も同じだった。疲れ切った足を引きずりながら、横断歩道に足を踏み出した瞬間──視界を覆ったのはトラックのヘッドライト。脳裏に浮かんだのは「明日も仕事か……」という諦めにも似た思考だった。そのまま意識は途切れた。


次に目を開いたとき、ユウキは見知らぬ森の中に倒れていた。

木々のざわめき、土の匂い、鳥の鳴き声。あまりに鮮烈な感覚に、まず夢だと思った。だが冷たい土の感触と服の違和感がそれを否定する。スーツではなく、見知らぬ服を着ている自分を見下ろした瞬間、全身に寒気が走った。


「ここは……どこだ……?」


不安が胸を締めつける。だが、小川の水面に映った顔を見た瞬間、その不安は絶望へと変わった。そこにいたのは、かつての自分ではない。名もなき青年、凡庸な顔つきの「誰でもない者」。この世界での自分の名は「アレン」だと、直感のように理解してしまった。


「……俺、主人公ですらないのか」


勇者でも賢者でもなく、ただのモブ。心の奥でくすぶっていた「せめて異世界に行けたら主人公になれるかも」という淡い願望が粉々に砕け散る。胸に広がるのは虚無感。生まれ変わっても平凡で、役割もなく、誰にも注目されない存在。サラリーマン時代と何も変わらないではないか。


だがそのとき、ポケットに硬い感触があった。取り出したのは、かつての世界で使っていたスマートフォン。懐かしさと安堵が一瞬胸をよぎる。しかし画面を点けた瞬間、その感情は驚愕へと変わった。


ホーム画面には見慣れたアプリはなく、ただひとつ「万能解析機」と書かれたアイコンが輝いている。試しに草にかざすと──画面に詳細な情報が現れる。「薬草:体力を小回復」。石に向ければ「鉄鉱石:鍛冶素材」。


「……これは、ゲームか? いや、違う。……チートだ」


心臓が高鳴る。絶望に沈んだはずの心が、わずかに光を取り戻していた。自分はモブだ。物語の主人公ではない。それでも、この「万能解析機」があれば──この世界で生き残り、もしかしたら新しい居場所を見つけられるかもしれない。


ユウキではなく、モブの「アレン」として。

胸の奥に芽生えた小さな希望を、彼は無意識に強く握りしめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ