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なろうっぽい小説

ひとがかみさまに願ったら

作者: 伽藍

王太子との真実の愛を叶えた子爵令嬢が、幸せになろうと頑張ったけれどうまくいかなかったお話。

 フェザーストーン子爵家のご令嬢であるブリジットはその日、数少ない休養日に王宮を抜け出して大教会を訪れていた。

 司教には事前に話を通してあったので、大教会には誰の人影もなかった。昔から足繁く教会に通っていたブリジットに司教は優しかったし、近頃の情勢を司教は憂えていたので、ブリジットの願いは簡単に叶えられた。


 護衛たちも遠ざけて、ブリジットはただ一人、一心に神に祈っていた。


 ブリジットは子爵令嬢という身分でありながら、この国の王太子の婚約者でもあった。どこかの国のようにブリジットに何か特別な才能があるなどということはなく、単に想い合う感情で結ばれたのだ。

 子爵令嬢が王太子の婚約者になるのには色々な障害があったけれど、王太子は本当に色々な無理を押し通してブリジットを自分の婚約者に据えた。ブリジットはもともと勉強が得意だったし、母親に厳しく躾けられていたので、作法にそれほど苦労しなかったのは運の良いことだった。

 何度も咎め立てをする子爵家の両親を押し切ってまで、強引に取り決めた婚約だった。だからブリジットは、王太子の隣に立つための努力を惜しまなかった。勉学にはより力を入れたし、身を守るために苦手な護身術も学んだ。


 ブリジットが正式に王太子の婚約者として認められたのは、四年前、ブリジットが十四歳の頃だった。ブリジットは王太子を心から愛していたし、王太子もブリジットを心から愛してくれていた。

 二人の愛は永遠なのだと、ブリジットは疑わなかった。政略ではなく愛で結ばれた二人だからこそ、どんな苦労だって手を取り合って乗り越えていけると、心から信じていたのだ。


 状況が変わったのは、ほんの一年前だった。ずっと体が弱くて領地で療養していたという公爵家のご令嬢が、王立学園に編入してきたのだ。

 公爵家といえば王家であろうとも無碍にはできない身分だ。学園生活に慣れない公爵家のご令嬢を、王太子が気にかけるのは当たり前のことだったのだろう。けれどまさか、その間に二人が距離を詰めるなどというのはブリジットには思いも寄らないことだった。


 ちょうどその頃、ブリジットの寄親貴族の領地で大変な災害が起きていたのでブリジットはほとんどそちらの対応にかかりきりになっていて、王太子と関わる機会がぐっと減っていたのも良くなかった。

 ブリジットが気づいたときには、公爵令嬢はまるで王太子の婚約者かのように振る舞うようになっていた。


 さらには、王太子からブリジットへの態度も明らかに変わっていった。

 二人はもともと仲が良かったので、ひと目のない二人きりのときはいつも寄り添うように座っていた。だというのに、いつものようにブリジットが近づこうとしたら、王太子は明らかに面倒くさげな表情をしたのだった。

 恥ずかしいことだけれど、甘えるようにすり寄ってみた。以前だったら優しく抱きしめてくれた。けれど王太子にはただ一言、『見苦しい』と吐き捨てられた。


「やはり、子爵令嬢などと婚約したのは間違いだったな。そもそも、王太子である俺が下賤の娘などを相手にしたのが気の迷いだったのだ」


 ブリジットは苦しくて、苦しくて、気がおかしくなってしまいそうだったけれど、王太子の正式な婚約者はブリジットなのだからと唇の内側を噛んで耐え忍んだ。国民や諸外国にお披露目までして、すでに公務にも同行している婚約者を、王族がひょいひょいと簡単に切り替えることは難しいと判っているからだ。


 ブリジットが耐えていれば、努力をしていれば、王太子はまたブリジットを愛してくれるだろうと愚かにも思い込んでいた。

 かつての優しい王太子を、ブリジットを抱きしめてくれた王太子を、ブリジットを熱のこもった眼で見つめてくれた王太子を、ブリジットはどうしても諦めきれなかったのだ。そういう意味では、ブリジットは確かに王太子妃には相応しくなかったのかも知れなかった。


 王太子が公爵令嬢と懇意にし始めたことで、ブリジットの周りからは波が引くようにひとが減っていった。

 これでブリジットに特別な才能や何かがあれば話は違ったのかも知れないけれど、ブリジットはどこにでもいる、少し可愛くて勉強が得意なだけの子爵令嬢に過ぎなかった。政治を考えれば王太子のお相手には子爵令嬢よりも公爵令嬢のほうが相応しいことは当たり前で、ブリジットと関わっていてももう利益がないと判断されたのだった。

 今まで友人だと思っていたものたちからのそんな手のひら返しを、ブリジットは静かに受け止めた。ブリジットが縋れるのは、もう王太子との婚約を取り決めた紙切れ一枚だけだった。


 両親からは、さっさと身を引いて戻ってこいと何度もせっつかれた。けれど、どうしても、ブリジットは賢い決断をすることができなかった。どうしたって、ブリジットは王太子を愛していたからだった。

 けれどそんなブリジットの愛情は、王太子からの言葉で砕け散ることになった。


「ロレッタを正妃に据えて、お前を側妃に据えることにする。やはり王太子妃は、公爵家のご令嬢のほうが相応しいからな。お前は優秀だし、ロレッタは体が弱いから、お前がロレッタを支えてやってくれ」


 さも良い提案だというように、王太子はそう言ったのだった。

 王太子の言葉があっては、婚約を解消することすらできなくなってしまった。もう王太子にとって、ブリジットは搾取する対象としか思われていないのだった。


 そんな経緯があって、ブリジットは久しぶりの休みに大教会に駆け込んだのだった。世界が終わったような気持ちでいるブリジットにとっては、もう神様以外の何に縋れば良いのか判らなかったからだ。


「かみさま、どうか」


 ブリジットは一心に願った。ブリジットはもう、王太子からの愛情は求めなかった。ただ苦しくて、苦しくて、だから王太子から離れることだけを望んだ。

 どうにかして王太子との縁が切れることを、ブリジットは神に願ったのだった。


 ところでこの大教会は司教が非常に信心深かったので、神も気にかけていて、人びとから神への言葉が届きやすい場所の一つだった。だからブリジットの願いは、本当に偶然だけれど、神まで届いた。

 神が地上を見下ろせば、非常に美しい魂の持ち主が何ごとかを願っていた。だから神は慈悲によって、その娘の願いを叶えてやることにしたのだった。






 翌日、ブリジットは王宮の自室で亡くなっているのが発見された。

 ブリジットに苦しんだ様子はなく、眠るように安らかな死にざまだったという。王太子の婚約者の死亡ということで当然のように暗殺の可能性が取り沙汰されたけれど、そんなことはもうブリジットには関係のないことだった。


 そうしてブリジットは彼女の願い通りに、王太子との縁を断ち切ることができたのだった。

子爵令嬢は間違いなくただ善良なだけの娘だったし、だからこそ乞われた神が願いを叶えたのだけれど、神の行いが必ずしも人の子を幸せにするとは限らないよねってお話。日本の縁切り神社とかだとこういう怖いお話っていくらでもあるよなーって思いついたので書きました


【追記20250701】

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3465025/

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― 新着の感想 ―
京都の有名な縁切り神社でどうしても退職できないブラック企業と縁を切りたいと願ったら、その帰りに交通事故にあって入院して即日退職手続きされたって話を思い出しました。神は、願いを叶えるときに手段を問わない…
悪縁は切れた。もう思い煩う事も無い。苦しむ事なく安らかにあっさり逝けた。未練とかなさそう。 え、これ最高の死に方では。めっちゃ幸せなのでわー?
まぁでも王太子妃になれるべきところまで行った娘が側妃にするという判断から逃げるには死ぬ以外ないのは確かなので、神様の判断的にはまぁ、間違ってはいないよね…という事なんでしょうね。 それ以外の方法で逃げ…
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