「夢見草」
「今日は嘘を吐いてもいい日なんだそうだ」
どこか遠くを見ながらその人は繰り返す日々の中で、今日という一日を飾るイベントを口にした。
「へえ、そう」
「それを私に伝えてどうするの?」
読んでた本を閉じ、頬杖をついて男をみる。
この端正な顔立ちをした男は別の世界からの来訪者だ。
いわば世界の外来種。
私と同じ異物であり決して相入れることのない他者である。
男はこちらを一瞥すると首を捻ってさも不思議そうにこう言った。
「こういう行事が好きだと思って」
「そうかいそうかい、君は私が嘘を吐いて悦に浸るような小物で小賢しい人間だと言いたいのだね」
「違うのか?」
「ぐぬっ」
どストレートにそうであると言わんばかりの違うのかは効いた。
「べ、別に私が嘘を吐いたってみんな気にしてないからいいもん!」
いつの間にか吐いた嘘が現実になる。
だから私の吐く嘘はいつか起きる出来事の予言になるし、いつしかその嘘が日常になる。
少しずつ私の都合のいいように変わっていく世界で私の言葉を気にする人は──
「俺は気になるが」
この男の命を握っている実感は正直ある。
この世界は私の嘘か叶って欲しいことかの区別がつかない。
だというのに
「気になるって、なーに私のこと好きなの?」
この男が私を好きだと世界が錯覚するような言葉をわざわざ選ぶ。
こうするのも何十回目か忘れたがその度にこの男はこう言うのだ。
「それはない」
曰く、この世界に来た理由は家族を探しに来たかららしい。
「俺がいた世界は跡形もなく弾け飛んだ。
その弾けた欠片のどこかに俺の家族がいるはず」
「ただ世界の狭間はあやふやで時間の概念が定まっていない
だから先にたどり着いてしまうこともある」
「ふーん、そうなんだ」
この男が感染系のウイルスだとしたら私は癌だ。
外来のこの男と内発的にできた私とでは同じ異物であっても違う。
「もしその欠片にその家族がいなかったら?」
意地悪な質問をする。
人によっては心が折れてしまうかもしれない問いかけだが、この男なら大丈夫だろう。
「俺の運命は彼女しかいないから必ず巡り会えるさ」
普段表情を変えることなんて滅多にないこの男がはにかむ姿を何度見ただろう。
「はー、やだやだリア充ってやつ?お熱いことで」
本当に嫌になる。
私はどこにも行けないしどこにも帰れないのにこの男はそれがあるのだから嫉ましい。
「エイプリルフールね、なるほど」
ふと何気ないイタズラを思いつく。
「私のような異物は嫌われるだろうけど、アンタはみんなに好かれるんでしょうね」
嘘だと言う前提で私とこいつの中では存在しているが、世界はこの言葉の機微を拾うかはわからない。
「……本気か?」
「ちょっとした実験。
私の嘘かアンタの純愛か、最終的にアンタがどっちを選ぶのか見ててあげる」
誰からも好かれ、相手を選び放題の状態にしてもその献身が続くのか見てみたい。
「ざっと数百年もあれば流石のアンタも折れるでしょう
それとも私を好きになる?」
「冗談」
男は鼻で笑う。
「俺の初恋を舐めるなよ」
ああ、早くこの男が挫ける様を見たい。
2025年4月1日 アルファポリスにて公開