終わり
初めまして、彗花です。
この物語は僕の初投稿作品となります。色々拙いところもあるとは思いますが、暖かく見守ってください。
次回から一人称視点です。
6月16日投稿の十一話から話が一気に進むと思うので、そこまで読んでくださると嬉しいです。
一人の少女が床に横たわっていた。
辺りは暗く、見えづらいが、彼女の髪は腰までもあり、手入れされてないのがひと目でわかるほどボサボサだ。
この冷たく湿った部屋の重たい扉が開いた時だけ見える髪はホコリや体の汚れでくすんでこそいるが、とても綺麗な瑠璃色だった。
今は固く閉じられている瞳は、光が差し込んだときだけ引き込まれるような深緑の輝きを見せる。
顔も整っていて、成長したらどれだけ美しくなるのか想像もつかない。
カラン
一瞬だけ天井から光が差し込み、なにか黒いものが投げ込まれる
彼女はパチリと目を開けると体を起こす。鎖に繋がれた、痩せ細った体を部屋の中央に持っていき、彼女はその黒いもの──固くなった黒パンを探した。
骨張った手が床の黒パンに伸びる。こぶし大ほどもあるそれを一気に口の中に放り込んだ。
何も知らない普通の人ならば喉に詰まらせないか心配するだろうが、彼女に限ってそれは無い。
今までも石造りの部屋の床に落ちて硬質な音を奏でた黒パンを、まるでクッキーでも食べているかのように軽く、バキバキと食べてきた。
全てを腹に収めたちょうどその時、彼女の体がビクッと震えた。
扉がきいっと音を立て、男が入ってくる。男が手に持つランタンの光が部屋に降り注いだ。
男は贅肉を揺らし、彼女に歩み寄っていく。興奮に歪めた顔を笑みで更に歪めると、彼女の首にかけられた枷を外した。
「お、おい、お前を解放してやるから、よ、喜べ!」
男は叫んだが、彼女の表情は全く変わらなかった。
当たり前だろう、最初に命令した最優先命令が『声を出すな、表情を変えるな』なのだから。
しかし、男はそのことを全く覚えていないのか、少し苛立った様子で彼女の手を引き立ち上がらせた。
そのとき、カチャカチャと鎧を鳴らしながら、筋肉質の男が走ってきた。
「男爵家のご当主様でいらっしゃいますか!?裏切り者が出たようで、ここが騎士団によって取り調べられるそうです!あと逃げていないのは貴方様だけですのでお急ぎを!」
彼女は相変わらずの無表情だが、男は慌てだし、腹の肉を左右に揺らしながら扉から出ていった。
可哀想に、彼女は何も理解できてないだろう。
言葉なんて教わってないだろうし、周りの大人も暴言くらいしか吐かないから。
彼女は開いたままのドアから窓の外を見ていた。
薄暗くてあまり見えないだろうが、気になるのかもしれない。
このままだと餓死するが、今まで奴隷であった彼女はここから逃げ出そうとしない。
彼女にとってはここにいることが当たり前で、この部屋を出ようとすると男に暴力を振るわれたことも関係しているのだろうか。
それとも、『この部屋から出るな』と命令されたのだろうか。
答えは分からないが、彼女はいつものように眠り始めた。
一時間弱が経過した。
開けたままの扉から男が現れる。
出てきたのは剣を構え、ローブを身にまとった男。先程の男ふたりとは異なり、とんがった耳と爬虫類のような瞳が目を引く。
先程の男の奴隷だというのは一目瞭然だが、何かを確認したいのか、その瞳が彼女にじっと向けられる。
部屋の外に向かってちょっと来てください、と呼びかけると、彼女の方に歩み寄る。
男は眠っている彼女をそっと持ち上げた。
その拍子に服がズレ、未だ残っている痣の跡がくっきりと見える。
男は少し悲痛な顔をしたが、すぐに微笑んで彼女を部屋の外へ連れ出した。
そのまましばらく歩いていった男だったが、一際大きな扉の前で立ち止まると何事かをつぶやいた。
その瞬間ギギイ、と扉が開く。
彼女は起きないが、もし起きていたら驚きでその表情を変えたかもしれない。
外に出ると、数台の馬車が止まっていた。そのうちの比較的豪華な方の馬車の中に彼女を連れていくと、彼女を膝に乗せて座った。
男は着ていたローブを脱ぎ、膝に乗っている少女にばさりとかけると彼女の頭をそっと撫でた。
ひょこっと窓から顔を出した同僚らしき男に、人差し指を口元に持って行って静かにするようにと伝えた男は、馬車が動き出すまで少女の頭を撫で続けた。
お読みいただきありがとうございます。
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