第67話 雑談配信③ in江戸川スケートリンク
貴方はスケートをしたことはあるだろうか?刃物を氷の上に乗せ、その刃物に足を乗せ滑る。
ある意味では狂気である。
え、狂気では無い?
包丁を氷の上に置いてその上に乗って滑る事が狂気ではないと?
その狂気を孕み踊るのが、フィギュアスケート。そんな狂気を孕んだスポーツの大国、日本。
何故、日本はフィギュアスケート大国か?明治維新、GHQによる帯刀廃止や刀狩り、日本刀を帯刀出来くなった日本人が刃物を合法的に所持でき、回転剣舞できるのはフィギュアだけというのも背景にある。
なお、作者はアイスホッケーをしていた。
フィギュアスケート靴を履いて最初に滑れる様になるのは、バランス感覚に優れた人である。そんな優れた感覚の人間が、次に当たる壁がスピードの壁である。
人間の脳に手に入る情報の9割は視界と言われている。スピードが速く成る程、視界からの情報は得られなくなり脳が拒否反応を起こし、一定のスピード以上から上げられなくなる。
「六甲さんの滑り方を見て滑れる様になったけど、何かスピード上げてサトちゃんみたいにスピンしてみようとすると躰が言う事が聞かない」
普通の人間なら数ヶ月掛かる所を新人類のシオちゃんは数分で六甲さんの技術を吸収し、簡単に滑れるようになった。
ただ、新人類という脳の構造が優れているからこそ現状の処理能力を超えるスピードを躰が生み出す事を拒否している。
分かりやすい例だと、AI機能搭載車で運転手が法定速度60kmを破って100kmで飛ばそうとしたら、AIに強制的にブレーキを掛けられるような物である。
この場合、AIは交通違反を防止するためにブレーキを掛けたのでは無く、法的限界が掛けられた自分の処理能力を超える為に自分が処理できる範囲内に押し戻したという表現が正しい。
AIに出来ず人間が出来る事は何だろうか?
そう、自分自身で限界を突破する事である。
そして、シオちゃんはある結論に達した。
「そうだ、六甲さん、スピードに慣れる為に俺を抱っこして走ってよ!そうすれば、自分の出したいスピードを超えられるかも!?小さいころにスケートリンクで滑れない時に、知り合いの人にやって貰ってスピードに慣れた気がする」
今のシオちゃんの身長は、元は149cmがダンジョン攻略と同時に160cmとなり体重は40kgである。一方、六甲さんは2m弱の身長に100kgの筋肉ムキムキの巨漢である。
シオちゃんを持ち上げて走ることは、容易である。
(出来るが、本当にやったら背後から刺されるんだよなぁ……)
【異性】、【敵か味方】、2人の根本的な認識の違いは此処にある。
六甲さんは異性との不要な接触を避けるようにコーチングトレーニングで叩きこまれている。
そして、触ったらシオちゃんの配信を見ている多数の人間から本気で刺されそうな気配を感じているため、YESと六甲さんは言えずにいる。
一方、シオちゃんことレイは異性とかそんな事は関係ない。
小学生時代の迫害を通じて【敵か味方か?】という極論でしか物事を見ていない。【味方】判定している六甲さんなら抱っこされても良いかな?って思っている。
考えあぐねている六甲さんにシオちゃんがやって来て両手を上げてやって来た。
「六甲さん?大丈夫?お願いします」
(ここまで来たら、もうやるしかない!?)
「分かった、もし不快感を感じたらすぐに言ってね!まずは、スピードに慣れるために、シオちゃんを自分の両肩に乗せて回転しながら滑るよ」
事前に断りながら、六甲はレイの両脇を抱え自分の肩に乗せる。シオちゃんの視点は2m+1.5mで合計3.5mの高さになっている。
これにより、高さとスピードの両方に慣れることができる。
(躰柔らか、軽い、軽すぎる!?)
同時にシオちゃんから十代の女の子独特の良い匂いがする。六甲の教え子も十代特有の良い匂いをさせる子が居るが、シオちゃんのは魔性の女の色香である。
常に、自分を律している筋肉達磨の六甲もクラっと来るが我に返るとシオちゃんを抱え走る。
六甲は心の中で般若心経を唱え、全力でスケートリンクを走る。
シオちゃんを抱え全力で走る事、十数周。
「あ、何か分かった気がする。大丈夫そうだ」
シオちゃんの声が聞こえ、六甲は両肩の乗せていたシオちゃんを氷上に置くと倒れ込む。
その姿は、何かをやり切り真っ白に燃え尽きた男の姿であった。
次回、シオちゃんの最終調整(サトちゃんへの何時もの依頼)




