第16話 託された物は……
消防隊員達の努力により火災は鎮圧されたが、アパートは灰になった。野次馬達は去り、残っているのは呆然としている住民たちだ。
全員、何も持ち出せず、着の身着のままの状態で沈痛な面持ちで瓦礫と化したアパートの前で佇んでいる。
『そういえば、来る途中で皆さんの大切そうな物を拾って来ました』
「「「「「「え!?」」」」」」
そう言いながら、ルミは黒い空間から色んな物を取り出す。
取り出されたのは財布だったり、紙の束だったり、仏壇だったり鞄だったりする。
ルミにとって意味はないが、雰囲気で大切そうだと感じた物だ。
「ありがとう、財布があれば何とかなる!」
「保険の書類、遺産の書類!ありがとう何とかなりそう」
「おじいさん、おじいさん、ご無事で!あんたさえ居れば何もいらないわ」
おばあさんは、おじいさんの位牌の入った仏壇の前で号泣している。それを見ながら、暗黒卿はそっと帰ろうとした。
そんな暗黒卿に助けられた少年は、暗黒卿の裾を引っ張る。
「オジサンはいっちゃうの!?また、僕は一人になっちゃうの!?」
「あんた、この人はね、おじさんじゃなくてね……」
咎める母を暗黒卿は手で制止する。
そして、仮面を取り外す。そこには銀髪に琥珀色の瞳をした美少女のルミが姿を見せる。
少年も男だけあって思わず、頬を紅潮させる。
『残念ながらお姉さんは、お仕事があるから行かないといけないの、でもこの子達を貴方にあげるわ』
仮面を少年に被せ、マントで羽織る。まだ、小さい子供が暗黒卿の仮面とマントを着けている様はシュールである。
『貴方はテレビとか色んな物を通じて、私を見ることが出来るわ、だから貴方はいつも一人じゃないわ』
そして、ルミは膝をついて少年と顔を合わせる。
『そして、貴方と私との約束をしよう!』
「うん!どんな約束?」
『貴方は、この仮面とマントに相応しい人に成るって言う約束!』
「分かった!絶対にお姉ちゃんみたいにカッコいい人になってみせる」
『じゃ、指切りげんまん、相応しくないとお姉さんが取りに来ちゃうよ!』
少年とルミは指切りをする。
暫くして、ルミは連れて来た少女をタクシーに乗せると去っていった。少女はまだ、虚ろな瞳で別世界にトリップしており自分の家が燃えたことに気が付いていない。
「あんた、ルミさんと約束したんだからね!カッコいい男になりなよ!」
「そうだよ!そうしないとルミさんが許しても私たちが許さないわよ!」
「う、うん!頑張る!」
まだ、幼い少年にはカッコイイ男がどういう物か分からなかった。だが、少年は成長し、様々な苦労をしながら一代で超大企業を作り、CEOとなる。
そして、そのCEOは毎朝のルーチンが有り、とあるテレビ番組で紹介された。
その時に、毎朝家から出かける前に、厳重に保管された焦げた仮面とマント、当時と変わらず歌い続ける少女の肖像画を前に「あの時の約束は果たせましたか?」ウィンクをするイケオジの姿に全国の女性陣が脳を焼かれるのはまた別の話である。
ルミがあの時、火事の現場に居なければ、今の少年も超大企業も無かった。
そして、少女から仮面を託され、約束をしなければ平凡な人生を送っていた。
人生は選択の連続、たまたま今回は幸せな人生を選択したに過ぎないのだ。