第15話 炎の中で
その少年は一人、風呂場に居た。今日は、忙しい母が早く帰ってこれる水曜日。
母が家に戻る前に、宿題を終えてお風呂に入る。そして、一緒に笑顔でコロッケを作って食べる。
そんな幸せな水曜日だったはず。
「お母さん……助けて」
宿題を終え、お風呂から上がってウトウトしていたらいつの間にか部屋が煙だらけ。ベランダから下を見たら火がメラメラと上がってた。
母が何かあったらこれを持ち出しなさいと言っていたリュックを持ち玄関から出ようとしたが、玄関の前も火の海だった。
「助けて……誰か助けて……」
少年の呟きはパチパチッと火の音に搔き消される。周りも熱くなり少年はたまらずお湯を張ったお風呂に飛び込む。
だが、誰もこない。
消防車も来ていないのだ、助ける事は出来ない。
やがて、突如として天井の換気扇が火を噴き換気扇と天井が少年の上に落ちて来る。
「お母さん助けて!」
少年は母を呼びながら、目を瞑る。だが、少年の上にいつまで経っても天井は落ちてこない。
少年が目を開けると、そこにはコフォーっと音を出す黒い人が居た。その人が落ちている天井を止めていたのだ。
『坊や大丈夫!?』
「おじさんは一体!?」
そう、この仮面は通常はルミの声で無くイケオジの声で変換されるのだ。だから、少年はてっきり中の人はオジサンだと思ったのだ。
『お母さんに、君を助けて欲しいと言われて来たんだ』
「ありがとう、オジサン」
少年は安堵したのか思わず暗黒卿に抱き着く。中の人は男の人だと思っているので、テレビで見た事があるアイドルとは知らない。
『安心した?さぁ、行こう?』
「まって、これを持っていかないと!」
『それは、何だい!?』
「お母さんが、色んな書類が入っている大切な物って言ってた!」
ルミ自身には、執着するような大切な物はない。スポンサーや色んな関係者から沢山色んな物が貰えるし、ダンジョンでも手に入る。
ただ、大切な人は居た、逝ってしまった友人だ。そのため、人が物に執着するという事がとても新鮮だった。
『他の部屋の人達も同じような物が大切なのかしら?』
「うーん、分からないけどお金、保険証、位牌とかってお母さん言ってた!」
『そうなんだ!じゃ、皆の大切な物も持って行ってあげないと!』
「オジサン、周りは火だらけだし、燃えちゃっているよ……」
『脱出のついでに、回ってみて大切そうな物を持っていくよ!おいで!』
その黒い人は少年をマントに包むと少年を背中におんぶする。そして、アパートの中を黒い旋風が駆け抜ける。
外ではようやく消防車が到着し、消火活動を進める。警察により規制線も張られた最前線で、一人待ち続ける女性が居た。
「あ、人影が見えた!誰か出て来た!」
野次馬のスマホのフラッシュが焚かれ、中から何かを背負った仮面が出て来た。母親はたまらず、子供の名前を呼びながら暗黒卿へ駆け寄る。
母親の声を聴いたのか少年はマントから顔を見せ、暗黒卿は少年を下ろすと少年はマントを持ったまま母親に抱き着く。
燃え盛るアパートを背景に親子が抱き合い、それを暗黒卿が眺める。
シュールな光景を突入時から一緒に居たルミのドローンは、全国に配信していた。
そのことを知り、後にびっくり仰天するのだが年に一回はこのシーンを親子で見て、親子で「あの時はどうだった、こうだった」と笑い飛ばせるようになる。




