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優しさに包まれた旅立ち

  見慣れた仲間たちの顔ぶれ。

 大剣を振るう陽気なカイル、金髪をポニーテールに束ねた弓兵のエリス、冷静沈着な風魔法の使い手フィル、土系トラップを操る罠職人マティウス、強靭な斧使いボッツーリ、鋭い槍を携えたマーク──そして数え切れぬほどの仲間たちが、狭い扉から押し合うように現れ、私の前に集まってきた。


 マティウスは、私の視線に気づくと、頬を掻いて気恥ずかしそうに笑った。


「まったくもう……ここ何日か姿を見せねぇと思ったら、なんて水臭いんだよ、ミツル。街を出るっていうなら。俺たちに一言くらい声をかけてくれてもよかったんじゃないか?」


 冗談めかした言葉の奥に、隠しきれない寂しさが揺れていた。喉がきゅっと詰まり、目頭が熱を帯びる。私は苦笑いを浮かべて答えるしかなかった。


「ごめんね、マティウス……急に決まったことだから」


 私の謝罪に、すかさずカイルが割り込んできた。彼は腕を広げ、大げさな仕草で大声を響かせる。


「そうだ、そうだ! 旅立ちってのは、もっと盛大に祝わなきゃいけないもんだろ! 肉でも焼いて、夜通し酒でも飲んで騒いでさ! 泣くなって言われても、きっと泣いちまうぜ!」


 豪快な笑顔。場の空気まで明るくするその声に、仲間と過ごした日々が鮮やかに蘇る。私もつられて微笑んだ。


「カイル、そんなに盛大に見送られたら、私だって本当に泣いちゃうかもしれないから」


 肩をすくめて答えると、フィルが真剣な表情で一歩前に出た。冷たい瞳がまっすぐに私を射抜く。


「残念だな、君とはもっと魔術について語り合いたかったんだけどね」


「フィル……」


「でも、決めたことなら仕方がない。これからの君の活躍を期待しているよ」


 彼は小さく息を吐き、封筒を差し出した。


「それと、これを受け取ってくれないか?」


「これって?」


「僕からの餞別がわり。紹介状だよ。もしリーディスに立ち寄ることがあったら、王立魔術大学の人たちに見せるといい。何かしら便宜を図ってもらえるはずだ。君にはまだいろいろ知りたいことがたくさんあるんだろう?」


 封筒の角が指先に食い込み、ざらりとした紙の感触が伝わる。彼の真摯な思いが、そこに詰まっていた。胸の奥に熱が広がり、視界がにじむ。私は深く頷いた。


「本当にありがとう。あなたの気持ち、大切にするわ」


 そう言った瞬間、エリスが大粒の涙をこぼした。彼女は駆け寄り、私の肩を震える手で掴んだ。


「ねぇ……本当に行っちゃうの? せっかく仲良くなれたのに、こんなのってないよ……」


 頬に当たる彼女の髪が湿って冷たい。切ない声が、胸の奥まで沁みる。


「エリス……大丈夫。絶対にまた会えるから。どこにいても、あなたのことを忘れたりしないよ。それにね、この街は私にとって第二の故郷なの。だから、いつか必ず戻ってくる」


 そう言いながらも、喉に熱が込み上げて言葉が詰まりそうになる。それでも、彼女の涙が少しでも和らぐように笑みを作った。


「本当に……本当に約束だよ?」


「うん、約束する。絶対にね」


 握り返す手が温かい。その温もりが、心に小さな灯をともした。


 エリスが少し落ち着くと、ベルデンさんが歩み寄ってきた。彼はなぜか、返却したはずのハンター登録証と認識票を手にしている。


「ミツルさん、これはお返しますよ」


 私は驚き、目を見開いた。


「え、どうして?」


 彼は穏やかに微笑み、静かに告げる。


「あなたは、私たちの誇りです。どこへ行こうとも、当ギルドの一員であることは変わりません。それに、黒髪のグロンダイルの噂は大陸中に広まりつつあります。これを持っていれば、あなたの存在を証明するものになるでしょう。さあ、どうかお受け取り下さい」


 木札の刻印が指に食い込み、ひやりと冷たい感触が掌に広がる。その重みが、仲間たちの信頼と誇りを物語っていた。


「ありがとう、ベルデンさん……」


 胸の奥が熱を帯び、目頭がじんわりと潤む。


 視線を上げれば、仲間たちが温かい眼差しを向けている。カイルの陽気な笑顔、エリスの涙に濡れた表情、フィルの真摯なまなざし、マティウスの照れくさそうな仕草──。


 その一人一人の顔に思いが込み上げたが、今は泣かないと決めた。彼らの笑顔こそ、私が前を向く力になるから。


 カイルが私の背を大きな手で叩き、にっと笑う。


「ミツル、くれぐれも無茶だけはするなよ! まあ、お前のことだ、そんな心配は無用か。はっはっはっ」


 豪快な笑いに、思わず笑みが返る。


「ありがとう、カイル。あなたも無茶だけはしないでよ。エリスを心配させたら承知しないから」


「ああ、肝に銘じておく」


 エリスはまだ目元を赤くしていたけれど、精一杯の笑顔を向けてくれた。手をぎゅっと握りしめ、震える声で言う。


「絶対、絶対に帰ってきてね! 私、あなたが帰ってくるのを、ずっと待ってるから!」


「うん、約束する。そしたら、一緒にいっぱい遊ぼうね」


 その言葉に、彼女の手が温かく握り返された。


 フィルは静かに佇んだまま、真剣な眼差しを向ける。


「旅が君を成長させてくれることを信じているよ。帰ってきたら、また一緒に魔術について語り合おう」


 彼の冷静で温かな言葉に、私は深く頷く。


「もちろん。また会った時には、あなたに負けないくらい、たくさん知識を蓄えてみせるわ」


 そして仲間たち一人ひとりに視線を巡らせ、深く息を整えて告げた。


「ありがとう、みんな。私、これからもがんばるよ。そして、もっと強くなって、いつかこの街に帰ってくるから」


 ざわめきが広がり、仲間たちの声が重なって私を励ます。その響きが背を押し、胸の奥に確かな希望を灯した。


《《美鶴。あなたは自分が思っている以上に、みんなから愛されているんだよ。それはね、あなたが持っている優しさがみんなにも伝わっているから。だから、自信を持ってね》》


 茉凜の声が心に沁み、頬が熱くなる。


「……もう、茉凜ったら」


 思わず笑みがこぼれ、軽く息を吐く。その照れくささが、心を少し軽くした。


◇◇◇


 皆に見送られながら、私はギルドを後にした。


 外に出ると、立派な馬体のスレイドが待っていた。吐く息が白く揺れ、つぶらな瞳に優しい光が宿っている。鼻先を寄せてくる仕草に、私は思わず頬を緩めた。


 だが、手綱は馬止めに掛けられたままで、持ち主の姿は見えない。少し首をかしげて辺りを見渡すと、背後から陽気な笑い声が響いた。


「わっはっはっ」


 振り返れば、そこに立っていたのはヴィルとレルゲンだった。


「ヴィル!」


 声が自然に弾む。ヴィルは大きな手を振り、笑顔を見せた。


 酒友らしい会話を交わし終えると、レルゲンは建物の中へと戻っていった。残されたヴィルに歩み寄ると、彼はにやりと笑う。


「やっぱり……裏で手を回していたのは、あなただったのね?」


 問いかけると、彼は少し驚いたように眉を動かしたが、すぐに肩をすくめて豪快に笑い飛ばした。


「まあ、いろいろあってな。レルゲンと相談して、こっそり準備していたんだ。せっかくなら特別な見送りのほうがいいだろう? 後悔して酒が不味くなるくらいなら、派手にやったほうがいい」


 呆れ混じりの息が漏れる。それでも胸の奥がじんわりと温かくなる。ヴィルらしい、不器用で少し無茶な優しさ。その思いやりが、心の奥に染みた。


「本当に……あなたってそういうところだけは抜かりがないわね」


「ふふ」


 気恥ずかしそうに鼻を鳴らした後、彼はいつものように笑った。その声は風を割って響き、張り詰めていた別れの寂しさを和らげる。


 澄んだ朝の光が差し込み、二人の影を長く伸ばしていく。互いに視線を交わし合うと、自然と沈黙が訪れた。


「さてと……」


 ヴィルは軽く息をつきながら呟いた。その声が空気を震わせ、未来への道を指し示すように聞こえる。


「うん……」


 短い返事に名残惜しさがにじんだが、心はすでに一歩を決めている。


「では、旅立つとするか」


 その言葉は力強く、同時に優しく背中を押してくれる。


「ええ、いきましょう」


 私は微笑み、彼と並んで歩き出した。足元の石畳を黄金色の朝日が照らし、革靴の音が澄んだ空気に溶ける。


 光は影を遠くまで伸ばし、その先に続く道を祝福するかのようだった。

 今回は美鶴が仲間たちと別れを告げ、新たな旅に向かう描写です。


 美鶴の目に映るのは、彼女にとって大切な仲間たちです。まず、大剣を振るうカイルの陽気で豪快な姿が印象的であり、彼の明るさはどんな場面でも仲間たちの支えとなっています。彼の大げさな言葉と笑い声は、別れを少しでも明るいものにしようとする気遣いが感じられます。


 対照的に、エリスの感情は純粋でストレートです。彼女の涙は美鶴にとってもつらいものですが、その絆の深さが別れの重みを増し、美鶴もまた感情を抑えきれない様子が描かれています。それでも、エリスを安心させるために美鶴が優しく微笑む姿は、美鶴の(前世的には同年齢といっても差し支えない)強さと優しさを際立たせています。


 フィルは理知的で冷静な存在であり、美鶴への別れの言葉にもその性格が反映されています。彼が渡した紹介状は、未来への期待と信頼の象徴です。フィルの言葉は冷静ながらも温かく、美鶴の成長を信じて送り出します。


 そして、罠職人のマティウスが見せる照れくさい仕草には、仲間たちの中でも特に親しみを持つキャラクター性が滲み出ています。彼の何気ない言葉にも寂しさが隠されており、その微妙なニュアンスが美鶴の胸を締めつけるような感情を引き出します。


 ベルデンさんの存在は、ギルドという共同体がどれだけ美鶴を大切に思っているかを象徴しています。彼が返却したはずの登録証を美鶴に戻す場面は、彼女がこの街とギルドにしっかりと刻まれた存在であることを示しています。この行為は、美鶴が一人ではないこと、どこにいても彼女には帰る場所があることを思い起こさせます。


 美鶴が一人ひとりに別れを告げ、彼らの温かな眼差しを受け止めるシーンは、その一つひとつが彼女の支えとなっています。仲間たちの存在は、美鶴に勇気を与えるだけでなく、彼女がこれからも自分の力を信じて進んでいくきっかけとなります。


 最後に、茉凜の優しい声が美鶴の心に響くことで、彼女がどれほど愛されているかを再確認させます。この内なる声は、美鶴が自信を持ち、前を向いて進んでいくための大切な支えです。茉凜の言葉は美鶴を癒し、彼女の優しさが周囲に与える影響を再認識させます。


 この別れのシーンの後、ヴィルが登場することで、物語の緊張感が少し和らぎます。彼の陽気で豪快な笑い声は、美鶴の張り詰めた気持ちを和らげ、別れの寂しさを吹き飛ばしてくれるような温かさがあります。ヴィルの不器用ながらも思いやりに満ちた見送りの準備は、美鶴に対する彼なりの気遣いであり、二人の絆の深さが垣間見えます。

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