ヴィル・ブルフォード手記㊵
ヴィル・ブルフォード手記(封蝋済み・王宮地下書庫に秘匿)
第十三章-時間遡行編⑦
その二百十二 無音の翼
Mach 3の静寂飛行――あの体験を言葉で正確に残すのは難しい。とにかく、途方もなく速かった。
彼女が言うには「音が伝わる速さの三倍」らしい。だが、そもそも音の速さが一体どのくらいなのか、俺には見当もつかん。剣を振れば「ヒュッ」と鳴るし、馬を駆れば外套がはためく。その三倍、と言われても……いや、単位だの数字だのは俺に聞くな。だが確かなのは、風も衝撃もないまま、景色だけが矢よりも速く後ろへ飛び去っていくという異常さだった。無音のまま世界が置き去りにされる光景に、思わず笑いがこみ上げるほどだった。
けれど、その「とんでもなさ」を彼女は事も無げに数字で語ってのける。もしかすると、この世のどんな叡智をも突き抜けているのではないか――そう思わずにはいられなかった。そりゃそうだ。古代文明の失われた業を理解し、こうして扱いこなすのだから。俺が何もわからずとも、隣にいる彼女が“俺の妻”である限り、この速度も、この奇跡も、すべて現実になる。
風もなく、衝撃もなく、ただ鼓動と呼吸だけが残る世界。俺はあの時、理解不能な数字の羅列よりも、彼女の温もりを強く信じていた。そして確信したのだ――俺たちは、どうしたって離れられない。ふたつでひとつの翼だから。
ヴィル・ブルフォード手記(封蝋済み・王宮地下書庫に秘匿)
第十三章-時間遡行編⑦
その二百十三 無音の翼(後半)
結晶雲が目前まで迫ってきた。紫紺の縁をまとった渦が、息をひそめる獣のように揺らめいている。その中心には“窓”と呼ばれる闇があり、見ているだけで腹の底を掴まれる感覚がした。視界の端には次々と数字が奔っていた。速度だの到達までの秒数だの――だが俺にはほとんど理解できない。理解できなくとも、本能で悟った。あと数秒で、俺たちはあの闇に呑まれるのだと。
怖れはなかった。むしろ昂ぶりが胸を満たしていた。背にしがみつく温もりと、握った手の脈動がある。それだけで、どんな闇も現実のものに変わる。
「……あと十秒で侵入圏だ。目を逸らすな」
自分の声が、思いのほか静かに響いた。視線を逸らさず、渦の中心を射抜く。騎士として幾度も死地に立ったが、これほど研ぎ澄まされた感覚はなかった。あの夜、ボコタで彼女を残して死地に踏みとどまろうとしたときと同じだ。違うのは――今は俺一人ではないということ。
彼女の声が耳に届く。
「……わたしたちは、どうしたって離れられないのよ。理屈なんて関係ないわ。だって――精霊の巫女と騎士で、夫婦なんだから……」
その宣言に、胸の奥で火が灯った。俺は笑みを零し、言葉を重ねる。
「俺がおまえを帰す。おまえが俺を帰す。だからこそ、俺たちは最強なんだ」
闇が口を開く。紫紺の渦が眼前に迫る。だが、胸の奥で灯る光は闇よりも強かった。聖剣を握る手に、彼女の祈りが重なる。
ふたつでひとつの翼。この翼なら、どんな深淵にも届く。そして白銀の傘は、絶対静寂のまま紫紺の“窓”へと滑り込んでいった。
ヴィル・ブルフォード手記(封蝋済み・王宮地下書庫に秘匿)
第十三章-時間遡行編⑦
その二百十四 待ちかねたぞ、デルワーズ
無音のまま、俺たちは渦の中心に到達した。加速の余韻も、衝撃も、風すらも存在しない。ただ鼓動だけが胸を叩いていた。目の前にあったのは、直径三センチほどの完璧な黒孔。光も影もなく、存在そのものが「色」を拒むような絶対的な虚無――不在の結晶だった。
彼女は問いを放った。誰が、何を、何のためにこの孔を穿ったのか。言葉はレシュトルを通じて外部に“声”として変換されていった。最初の問いには応答はなかった。だがその沈黙は「無」ではなかった。あれは俺たちを値踏みする視線だった。理屈ではない。肌がそう告げていた。
二度目の送信。
――『わたしは始祖デルワーズの血を継ぐ者』。その名が発せられた瞬間、空気が凍り、吐息が白く砕け散った。黒孔の周囲に緑色の光粒が集まり、粗い網目を編み上げる。ノイズまじりの文字列が走査線のように明滅し、やがて一行の古代書体へと収束した。
╔═ W A I T I N G═══════╗
╠═ 待ちかねたぞ、デルワーズ ═╣
╚═ …… ═══════════╝
その瞬間、球殻の内側が一拍で凍りついた。温度が下がり、圧が軋み、視界の端でレシュトルの警告が赤く点滅する。呼ばれた名は、メービスではない。
――“デルワーズ”。
胸の奥に氷の杭を打ち込まれたようだった。
俺は知っている。その名が巫女の始祖であり、兵器として生み出された存在の証であることを。彼女自身が「わたしはその模倣品」と零した夜もあった。代々の巫女が持つ共通の容姿、黒髪と翡翠の瞳が、デルワーズと寸分違わぬということも。リーディス王家の血脈が、あの兵器を源にしているという推論にも至っていた。
だからこそ、この呼びかけは偶然ではない。向こうに潜むのは、ただの現象ではない。俺たちを誘い込み、待ち構えていた古代から生き続ける“意志”だ。待ちかねたぞ――。その冷徹な一行は、声ではなく刃だった。刃先は俺の妻ではなく、その魂に宿る“血”を突き立てていた。
彼女の瞳が刹那に陰る。禁書庫で触れたという殺戮の記憶が、胸奥で逆流したのだろう。
――違う。俺の隣にいるのは兵器じゃない。否応なく過分な力を押し付けられ、怖れ、悩み、泣き、それでも小さな幸せを求めて生きようとしている。その姿を俺は幾度も見てきた。兵器でも、模倣品でもない。ただの一人の女だ。俺の妻であり、かけがえのない大切な女だ。その女を、“兵器の名”で呼ぶことは許さない。どんな高次の存在であろうと、俺の前でだけは、彼女はメービスであり続ける。
鎧の下で拳が鳴る。歯を食いしばりながら、俺は胸の底から叩きつけるように思った。
――俺の妻は兵器なんかじゃない。
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第十三章 時間遡行編⑦
その二百十五 憎悪の名を呼ばせはしない
その思いを胸に焼き付けた直後、喉の奥で呻きを噛み殺していた。
「古代から連綿と続く怨念だというのか……」
そう呟くと、彼女はまっすぐに孔を見据えたまま澄み切った声で応えた。
「──そういうことになるわね」
ひとことだけで空気が氷面のように張り詰める。彼女の瞳は揺るがず、孔の先に潜む意志を真っ直ぐ射抜いていた。
……やつらは“彼女”を探していたのではない。デルワーズという札を最初から掲げ、この座標で罠を張り、獲物が訪れる瞬間を待ち受けていた。その事実が骨まで沁み、俺は背骨がわずかに痺れるのを感じた。親指が勝手に動き、ガイザルグレイルの柄を撫でていた。革手袋越しに強張る感触。金属と革の擦過音が、耳の奥で鋼線を弾くように響いた。
「言いがかりだろう、それは」
俺は低く声を投げた。
「メービスは始祖デルワーズじゃない。お前は、お前だ。なのに、なぜ名指しでこれほどの憎悪を向ける……」
声に乗せた怒気が、静寂を割る刃になったのを自分でも感じた。彼女は孔から視線を外さず、息を整えて答える。
「子々孫々まで続く恨み──そんな単純な話ではないのよ」
その声音に、決して退かぬ覚悟が宿っていた。そして続けた。
「だからこそ、問いただす。彼女が遺した“想い”を無駄にしないために――」
……ああ、そうだ。彼女は兵器の亡霊なんかじゃない。母として、女王として、そして俺の妻として、ただこの世の真実を問いただそうとしている。それは未来を切り拓くために。
返事のない闇へ、彼女は再び問いを投げかけた。
「――聞こえているのでしょう?
あなたは誰? なぜこの世界を執拗に狙う?
そして、なぜデルワーズを知り、今もなお憎み続けるの?」
返答はなかった。ただ沈黙だけが重く沈殿する。孔の前で揺らめく緑光は、無感情な鏡のように彼女の鼓動を冷たく映し出す。
俺の耳にレシュトルの警告が落ちた。
≪維持限界120秒で〈Plan_C〉へ移行します≫
「……時間がない。このままでは戻れなくなるぞ、メービス」
俺は告げる。だが彼女は退かない。宿した小さな命の鼓動が、未来へ押し出しているのだろう。
「ええ。だから戻らない。ただ――前へ進むだけよ」
その言葉に、俺は鞘へ戻しかけた剣を再び握った。革巻きの柄が微かに軋む。俺にできるのは備えること、それだけだ。視界の端の文字列が翡翠色に光り、彼女の視線を掬い上げる。すぐに色は褪せ、闇へ沈む。
息を吸う。耳を打つのは、自分の脈が薄氷を叩く音だけ。
「わたしはメービス。デルワーズの名に足る力などない。彼女の託宣を受けた“代行者”に過ぎない」
彼女の声が、火種を抱くように響いた。
「一人の母として、今一度問う――彼女を憎むあなたは、いったい“誰”なの?」
沈黙が続く。だが虚ろではない。孔の縁が呼吸するように蠢いている。俺は静かに燃える目で見据えた。もはや言葉で届かないのなら――行動で破るだけだ。
その時、フィールドが赤子の寝返りのように微かに震えた。外からの衝撃ではない。内側から……彼女の腹の奥から生まれた揺らぎと共鳴している。俺にはそう感じられた。
守らなければ。この手で。この剣で。
次の瞬間、外殻が「ピン……」と氷膜を割る音を立てた。視界の隅で赤い警告が一瞬だけ点滅して消える。
《――外殻応力、∞》
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第十三章 時間遡行編⑦
その二百十六 指先が触れた世界線
その時、フィールドが赤子の寝返りのように微かに震えた。外からの衝撃ではない。内側から……彼女の腹の奥から生まれた揺らぎと共鳴している。俺にはそう感じられた。
守らなければ。この手で。この剣で。
次の瞬間、外殻が「ピン……」と氷膜を割る音を立てた。視界の隅で赤い警告が一瞬だけ点滅して消える。息を潜める俺の耳に、レシュトルの機械声が低く響いた。
《対象識別……シグマ16型……次元間深層探索プローブ……》
言葉の半分も頭に入ってこない。だが、彼女の吐息を震わせる声だけは伝わってきた。
「……探索プローブ?」
その声音が、刃の背で皮膚をなぞるように冷たく切迫していた。俺には意味は分からずとも、尋常ならざる脅威が目の前にあることは十分すぎるほど理解できた。
次々と専門用語が重ねられる。虚無のゆりかごだとか、狭間だとか。俺の頭では追いつかない。だが彼女の声色は次第に硬く、焦燥を滲ませていく。
「……逆探知……? 遮蔽が効かないって、そんな……」
そのかすれ声に、俺の喉もひとりでに鳴った。
彼女の表情は、氷を噛んだように強張っている。腹へ手を置きながら必死に問い返すその姿が、言葉の意味より雄弁に状況を物語っていた。難解な用語は、俺には到底理解できぬ。だが――“彼女自身が測られている”。それだけは、肌で分かった。
怒りが胸の奥で火を噴いた。
「要は……向こうが俺たちを値踏みしているってことか」
そう吐き出すと、彼女は一瞬だけこちらを振り向き、頷いた。皮肉めいた笑みを浮かべてはいたが、その瞳の奥に走る影は隠せていなかった。次の瞬間、黒孔に翡翠色の走査線が奔った。光の板に刻まれたのは古代文字――すぐにこちらの言葉へと変換される。
【識別コード “D-Pattern-Ø1” 保持個体──対象 デルワーズと判定】
刃のように鋭い烙印が、俺の視界を貫いた。
メービスではない。俺の妻の名ではなく、“デルワーズ”。彼女は唇を震わせ、それでも澄んだ声で反論する。
「誤認も甚だしいわ。わたしはメービス。彼女じゃない」
その声は揺れていなかった。だが、俺には分かる。理屈の外側で、彼女の心が冷たい杭で抉られていることを。再び数値が示される。《一致率92.7%》。冷酷な数字。俺は無意識に肩を震わせ、革具を握る指が鳴った。
「曖昧なくせに結論だけは極端だな……腹が立つ」
噛み殺した声が、冷え切った空気を裂いた。
彼女はなお言葉を重ねる。強がりではなく、必死に「自分」を繋ぎ止めるために。デルワーズではない。私は私だ――その言葉が氷の膜に爪を立てるように響く。理解できぬ理屈も、数字も、俺にとってはどうでもいい。分かるのはただひとつ。
彼女は兵器などではない。過分な力を押し付けられ、怯え、悩み、泣き、それでも幸せを願う――かけがえのない俺の妻だ。ならば俺がすべきことはひとつ。この手で、この剣で、彼女を守り抜く。
ヴィル・ブルフォード手記(封蝋済み・王宮地下書庫に秘匿)
第十三章 時間遡行編⑦ その二百十七 魂の位相
レシュトルの無機質な声が続いた。
《報告。……登録オペレーター“メービス”と比較し、脳神経インパルス平均偏差38.7%を超過。感情ルーチン位相一致率42%――許容範囲を逸脱》
またしても数値と専門用語の羅列。俺には何ひとつ分からない。だが、その刹那、彼女の肩が小さく震えたのを見逃しはしなかった。数字が杭となり、胸を抉っている――それだけは痛いほど分かる。
彼女は、氷の刃のように澄んだ声で言い返した。
「だから何だと言うの? それは、わたしが彼女とは違うという証明にすぎないわ」
声は静かだった。だが俺には聞こえた。奥底に潜む波の荒れ狂いが。さらにレシュトルは追い打ちをかけた。
《マスターの固有精霊子インパルスは“メービス”と異なります。……敵性端末シグマ16が指摘する通り、位相近似率88.4%で“デルワーズ”に近縁》
その瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。俺はたまらず、鞘に収めた剣の柄へ指を掛ける。引き抜きはしない。ただ、革の感触を確かめることで、彼女の心ごと支えようとした。
「しっかりしろ、メービス」
低く告げる俺の声が、冷え切った空気に沈んだ重錘のように落ちる。
「言葉に惑わされるな。お前はお前だ。他の誰でもない」
彼女の唇がかすかに震え、やがて顔を上げた。瞳の奥でまだ迷いが渦巻いているのは見て取れた。だがその視線は闇孔から逸れなかった。俺には理屈は分からない。魂がどうとか、位相がどうとか、そんなものは知らん。
だが――彼女が誰であるかくらい、俺には分かる。メービスはメービスだ。俺の妻であり、命を懸けてでも守るべき女だ。それ以外の何ものでもない。
手記40(第十三章-時間遡行編⑦ 二百十二~二百十七) の全体総括
テーマ的意義
①「技術的言語」と「人間的言葉」の対比
レシュトル
冷徹な数値と論理(偏差・一致率・インパルス等)。
シグマ1
プログラムに基づく無慈悲な断定(HAZARD判定・デルワーズ判定)。
メービス
論理で抗い、自分を言葉で繋ぎ止めようとする。
ヴィル
理屈を理解しないまま、「お前はお前だ」と存在そのものを抱きとめる。
技術的合理と人間的真実が正面衝突する中で、最終的に勝るのは「愛と信頼」という非合理。
「兵器ではなく妻として見る」確信
プローブは「デルワーズ」として認識する。
メービス自身も「似ているからこそ」と罪悪感に揺らぐ。
だがヴィルは烈火の如く「俺の妻は兵器なんかじゃない」と断言。
この対比によって、彼の愛は「自己同一性を揺さぶる世界の理不尽」に抗う最後の砦となる。
「母性と父性の交錯」
メービス
お腹に手を置き、胎児の鼓動を錨として自我を繋ぐ。
ヴィル
剣の柄を握り、妻の心を支える。
二人の行動は異なるが、どちらも「命を守る」一点に収斂する。夫婦の愛情が「父母としての責任」へと昇華し、家族の物語へ接続していく。
夫婦関係への影響
「知の伴侶」と「信の伴侶」
メービス=理屈と自己肯定を求める側。
ヴィル=理屈ではなく存在を肯定する側。
互いに補い合う関係が鮮明に描かれた。
「対等性」の証明
彼女は「精霊の巫女」、彼は「銀翼の騎士」。
一方的に守られるのではなく、共に「ふたつでひとつの翼」として立っている。この回では、ヴィルが彼女を“兵器”としてではなく“妻”として見ることで、互いの存在が対等に結ばれる。
「未来を抱く夫婦」への移行
彼女は胎児を守ろうとする母。
彼は妻を守ろうとする夫。
二人の意志が融合し、「生き抜く覚悟」へ鍛え直される。単なる恋愛関係ではなく、家族として未来を共に育む誓いに到達している。
物語全体での位置づけ
ここで描かれたのは「数値や理屈によるアイデンティティ判定」と「人間的な存在肯定」の衝突。メービスの罪悪感は論理で深められるが、最終的に論理を断ち切るのはヴィルの言葉。この構造は、シリーズ全体のテーマ「理不尽なシステム vs 人間性」の縮図そのもの。
手記40は、夫婦が“数値や因果”を超えて互いを肯定する瞬間を記録した章であり、次に来る《Plan C》発動の覚悟を支える精神的基盤となっている。この確信があるからこそ、次の《Plan C》発動がただの戦術ではなく、夫婦の「未来への選択」として成立します。
手記40の内容(30~39からの飛躍点)
Mach 3の静寂飛行(212~213)
「理解不能な技術」 vs 「妻を信じる心」 という対比
手記34で示された「お前こそ本物」という存在肯定が、ここで「理解不能でも信じる」という次元へ深化。夫婦の「対等な翼」が明確に表明される。
「待ちかねたぞ、デルワーズ」(214~215)
手記35の「畜生め」「兵器呼ばわり」からさらに進化し、今回は烈火の如き拒絶へ。「俺の妻は兵器なんかじゃない」という断言は、30~39で培った信頼と愛情の総決算。ヴィルにとって妻=兵器という呼び方は「最大の侮辱」となった。
「魂の位相」の判定(216~217)
レシュトルの数値やプローブの論理に対し、ヴィルはまったく理解できない。だが「理屈は分からんが、お前はお前だ」と断言。これは手記34の「今ここにいるお前こそ女王だ」をさらに強化した再肯定。今回は「歴史的・因果的な理屈すべてを超えて肯定する」段階へ。
連続性から見た夫婦関係の深化
30~33
物理的に支える段階(膝に抱く・危険から庇う)。
34~35
精神的に支える段階(罪悪感や恐怖を肯定し受け止める)。
36~39
共に決断する段階(生存確率を共有し、家庭的な温もりを分かち合う)。
40(212~217)
世界的規模の理不尽に対抗する段階。兵器呼ばわり・数値判定といった「外部の断罪」に抗し、 「俺の妻は兵器ではない」と人間的真実で断言。ここで二人は「因果や歴史に抗う夫婦」へと進化する。
テーマ的到達点
論理や数値に翻弄されるメービス
自己同一性が揺らぎ、「わたしはいったい誰?」へ。
理屈を知らぬヴィルの断言
「理屈ではなく心」で妻を守る。
ふたつでひとつの翼
30~39で積み重ねられた「日常の支え」「罪悪感の共有」「決断の共鳴」が、40で「世界に対する共同戦線」へと結晶。つまり、手記40は「夫婦の関係性が内側から外側へ拡張する瞬間」であり、家庭的な支え合い → 精神的な相互肯定 → 世界規模の理不尽への共同抵抗 へとスケールアップしたことを示す。
今後への影響
《Plan C》発動は戦術上の選択肢であると同時に、夫婦としての「未来を守る決断」。ヴィルの断言があったからこそ、メービスは「負けられない」という母としての覚悟を言葉にできた。手記30~39の積み重ねがなければ、この確信は生まれなかった。
手記40は、ヴィルとミツル(メービス)が「恋人」「夫婦」という枠を超え、世界そのものと対峙する共同体へと到達した証。彼女が兵器でも血統でもなく「妻」であると断言することで、因果と理不尽の連鎖を断ち切る力を獲得する――この到達点が《Plan C》への橋渡しとなっている。




