王座を継ぐ道――陰謀に揺れる王宮
閣議の開始時刻が近づいているというのに、わたしの身体にはまだ夜明け前の疲労がしぶとく残っているのが分かる。けれども、今ここで足を止めるわけにはいかない。ヴォルフとコルデオを伴いながら執務室を出て王宮の廊下を進むうち、自ずと気持ちは引き締まっていく。
朝の王宮――石の壁面や床には薄い光が淡く落ち、どこを見回しても静かな気配ばかり。ときおり通りかかる侍従や衛兵が恭しくお辞儀をしては、わたしたちを見送る姿に、“王宮”という威厳を嫌でも感じさせられる。それでも、その裏で宰相や伯爵がどんな企みを巡らせているのかと思うと、心が落ち着かない。
靴音が石の目地に吸われ、壁際の燭台に残る蝋の甘さと、油のうすい匂いが混じった。襟もとへ朝の冷えが忍び込み、呼気だけが浅く温い。胸骨の裏で拍がひとつ強く跳ね、掌の内側に乾いた汗がにじむ。肩を落としすぎぬよう背を伸ばし、指先だけ静かに握る。
マントの留め具が鎖骨の上でひやりと触れ、歩調が半拍だけ揃う。
「閣議では、おそらく宰相派が、『次期王太子としてリュシアンを擁立せよ』と騒ぎ立てるだろう。正面からぶつかると余計な摩擦が生まれてしまうが、だからといって一方的に押し切られるわけにもいかん」
「ええ……後手に回らされている以上、こちらは時間を稼ぎつつ、うまくあしらうしかないかもしれないわ。でも、伯爵がロゼリーヌさんを力ずくで連れ去ろうとする可能性だってあるのよね……」
胸に押し寄せる不安が、思わずため息となってこぼれ落ちそうになる。けれども、ヴォルフの落ち着いた声に耳を傾けると、ほんの少しだけ心がほぐれていく。
「今は耐えるときだ。隠れ家を出る前にステファンあてに招集命令を出しておいた。閣議が終わったら合流して、作戦内容を伝えるつもりでいる。具体的な部隊編成には段取りが要るが、今日中にはある程度の布陣が整うだろう。
……それより、おまえが宰相に呑まれないか心配だ。俺が言うのもなんだが、あいつらは狡猾極まりない連中だ」
ヴォルフが口にした“狡猾”という言葉に、背中を撫でる冷たい指先のような感触が走った。
宰相は、かつて先王の腹心とまで謳われた男。王家の事情も細部まで知り抜いている。
今や貴族院のほとんどを掌握し、その気になれば、わたしが“黒髪の巫女”として召喚された経緯も、これまで秘匿されてきた素性さえも――逆手に取って、大衆の心象を自在に塗り替えることくらい、容易にやってのけるだろう。
――わたしの手札は乏しいし、後手にも回っている。それでも、負けるわけにはいかない……。
自分を鼓舞するように心でつぶやきながら、玉座の間へと通じる大扉の前で足を止めた。ふだんであれば、ここから厳粛な儀式を経て入室するところだが、今朝は閣議用の会議室へ向かわなくてはならない。脇の回廊を、さらに奥へと抜けていく。
金具が低く鳴り、磨かれた木の匂いに、古い油の筋がまじる。指先に扉の冷たさが染みた。
吸った息が喉の途中で丸く滞り、裾の内側を冷えが撫でていく。足を一度留めると、侍従長のコルデオがそっと会釈をして、声をひそめた。
「陛下、宰相閣下ならびに重臣各位、すでに会議室にお揃いでございます。伯爵はまだご到着には至らず、代わりに伯爵家の名代を称する者が列席し、“可及的速やかに”との開会要請を重ねております」
伯爵派の代理……。おそらく、男爵家を王都へ呼び寄せる“準備”を正式に進めると公言するのが狙いだろう。
奥歯をそっと噛み、小さく呼吸を整える。
「分かったわ。……ねえ、コルデオ、ヴォルフ。わたしがもし我を忘れそうになったら、どうか止めてちょうだい。宰相を真正面から刺激するには、まだ証拠も少なすぎるもの」
「御意にございます、陛下。どうかご無理は召されませぬよう、御身おいといくださいませ。――いよいよの折には、このコルデオ、しかとお諫め申し上げます」
コルデオが深く頭を下げ、ヴォルフは短く「心配するな」と頷いてみせる。わたしはもう一度、姿勢を正してから会議室の扉をくぐった。
◇◇◇
重厚な扉がゆっくりと開き、わたしが会議室へ足を踏み入れると同時に、長テーブルを囲んでいた宰相派の重臣たちが一斉に立ち上がった。
形ばかりの敬意を示す彼らの動作は、一見揃っているようでいて、その表情にはわたしの出方を伺う視線が複雑に交錯しているのがわかる。
椅子の脚が床を擦る細い音が、いくつも重なってほどける。羊皮紙の匂いが空気の表面に薄く張りついた。
最奥の席では宰相が堂々と腰を下ろし、その隣には見慣れない人物――伯爵の代理を名乗る貴族の男が付き従っていた。
二人とも、まるでこちらの一挙一動を見逃すまいとするかのように、じっとわたしを値踏みするような眼差しを向けてくる。
「女王陛下におかれましてはご臨席賜り、まことに恐れ入ります。本日正午までには諸侯の重立ちも参集の由にて、王位継承の大綱につき協議いたしたく存じます。先王陛下のご容体もなお一進一退にございますれば、民心安定のためにも、可及的速やかにご裁可を仰ぎたく存じます」
穏やかな声色を装いつつも、宰相の言葉には強い圧力が含まれている。
長く政権を支え、すべての権力構造を熟知していることを、改めて思い知らされるようだった。
喉がすこし渇き、指輪の縁が指の骨ばったところに冷たく触れる。
「ご配慮、痛み入ります。継承の件、先延ばしの許されぬことは重々承知しております。されど、先王陛下ご存命の折に拙速を重ねますのは、果たして最善でございましょうか」
わたしの問いかけに、待っていましたとばかりに宰相派の一人が即座に声を上げる。
「恐れながら陛下、時機を逸しますれば、国の混乱はさらに深まるばかりにございます。先王陛下もまた安定の政道をお望みと拝します。早期に後継を定め置かれるのが賢明かと存じます」
そこへ呼応するように、伯爵代理の男が低い声音で重ねる。
「また、男爵家のリュシアン殿におかれましては、ギルク殿下の正統の御血統。
速やかに王都へお迎えし、王家の御跡継ぎとしての教育を開始すべきとの声が、日に日に高まっております」
舌の奥に、金属の味がひとすじ戻る。口角だけを静かに持ち上げ、呼気を細く整えながら、話の続きを聞き取る。
「取り計らいにつきましては、わたくしどもの務めにございます。もしロゼリーヌ殿にご躊躇がおありなら、旧くよりギルク殿下と親交の厚かったレズンブール伯爵が自ら出向き、礼を尽くして申し述べる段取りとなっております。伯爵は義に篤き御仁、ここはどうかご一任くださいますよう」
あまりに独善的な発言に、わたしは思わず口を開きかけるが、その前に宰相がわざとらしい咳払いで話を仕切った。
「陛下のご即位の経緯を拝案じますれば、後継を確と定めおくことは、ひいては陛下ご自身の安寧をもお護り申し上げる道かと存じます……。
王位継承会議の開催につきましては、まず先王陛下のご容体を拝しつつ、貴族院と日取りを御協議申し上げたく存じますが、いかがでございましょう」
わたしの口から“いまこそ会議を開こう”と言わせたいのだろう――その意図が手に取るように伝わる。
もし、ここで軽々しく同意してしまえば、たちまち“リュシアン殿を王都に迎え、正当な血筋を示す”という流れが定まってしまいかねない。だが、強硬に拒めば、“女王が国を混乱に陥れる”という形で攻撃されるのは目に見えている。
だからこそ、わたしは一瞬だけ思考を巡らせ、角を立てすぎない形で話を切り返す。
「宰相殿のご進言、もっともに存じます。先王がご静養の折は、慎重を失しましてはなりません。――リュシアン殿の件は重要と弁えております。適切の時期に、改めてわたくしより提案をいたします」
これが精一杯の妥協だ。宰相派の面目も立てつつ、こちらが“全面的に譲歩”したわけではない。
「畏まりました。では伯爵にもその旨申し伝え、受け入れの支度が整い次第、男爵領よりの上京の手筈を整えさせましょう」
奥歯が浅く噛み合い、頬の内側がわずかに強張る。笑みの形だけを残して、視線を一段低く据える。
――わたしを追い込むために、着々と地固めを進めているのね。
そう胸中で毒づきながらも、けっして表には出さない。ここでムキになってしまえば、宰相の思う壺だとわかっているからだ。
わたしは“黒髪の巫女”というだけで不吉の象徴視をされかねない。宰相派にわずかでも粗を与えれば、あっという間に民意を操作され、玉座から退けられる可能性さえある。
心の中で深く息を吐きながら、あくまでも優雅な態度を崩さないまま、この場をやり過ごすしかないのだと自らに言い聞かせるのだった。
◇◇◇
閣議はその後、大きな争点を避ける形で表面上は平穏に終わった。わたしは宰相たちにいくつか政務関連の案を聞かれながらも、そこに潜む“落とし穴”がないか注意を払いつつ、慎重に受け答えをする。
結果、午前中いっぱいを費やしてようやく閣議が散会すると、宰相や伯爵代理たちが先に会議室を出ていった。わたしはその背中を見送りながら、大きく息をついた。
椅子の背が小さく鳴り、肩から落ちた熱が袖口で冷える。
「陛下、さぞお疲れでございましょう。よくぞあれだけの圧を受け流されました」
「……ええ、なんとか。まだ“決定的”には動かれなかったけれど――あれは、嵐の前兆ね。伯爵は、きっと遠からず男爵領へ直接乗り込むつもりよ。
それに、あの代理人……まるで『女王陛下のお墨付きを得たから』という顔をしていたし……」
「奴らは何が何でも“リシュアンを王太子に”と既成事実化したいんだろう。このままでは、本当にあの母子は引き離される……」
「そうやって、逃げ場を封じるのね……」
わたしは唇を噛みしめ、しばし考え込む。
思い浮かべるのは、ロゼリーヌさんとリュシアンが笑顔で向き合う姿。穏やかな男爵領で静かに暮らしていた母と子が、いま王宮の陰謀のただ中に巻き込まれようとしているなんて――許しがたい……。
とはいえ、王宮から男爵領までは距離もあるし、道中でどんな妨害が待ち受けるか分からない。わたし自身が動けば、宰相派は「女王が勝手に公務を放り出して出歩いている」と、また難癖をつけてくるだろう。
「……まずは、ロゼリーヌさんと直接連絡が取れるルートを確保しないと。ヴォルフ、なんとかならないかしら?」
「もちろん可能だ。銀翼騎士団の中でも、隠密行動が得意な者がいる。そいつをステファンに付けよう。」
「お願いね。それはあなたに一任する。……わたしは、表向きの牽制役に徹するわ。それにしても……」
小さく息を吐き、窓の外に一度視線をやった。
「ん?」
「ほんとに銀翼って、多士済済なのね。ステファンは正統派の典型だけど、ダビドなんて、およそ騎士らしくない経歴だし。」
わたしが少し冗談めかして言うと、ヴォルフはかすかに笑った。
「だから、少数精鋭と言っただろ? ただの腕自慢の“均質な集団”じゃ、閉塞感が生まれるし、予想外の事態に対応できない。
騎士団と名乗ってはいるが、奴らは生い立ちも得意分野もばらばらだ。だからこそ、それぞれの強みを生かし合い、どんな局面でも力を出せる。この編成方針は、ユベルの受け売りではあるがな」
「そっか……そういうことなら納得」
彼の瞳には、自信と誇りが静かに混じり合う光が宿っていた。
かつて戦火をくぐり抜けた経験と、何よりその多彩な仲間たちへの信頼が、言葉の端々からにじみ出る。
ただ“勇猛果敢”を揃えただけではない、未来で父が率いていた銀翼騎士団の真の強さ――それを、あらためて胸に刻み込む思いだった。
◇◇◇
翌日。
わたしは執務室に籠もり、宰相派から送られてきた書類――王都の治安報告や貴族院の最近の動きなどに目を通していた。どれも大きな事件が起きた形跡はないものの、政治の裏側で水面下の駆け引きが進行している気配は濃厚に漂っている。おそらく伯爵が男爵領へ向かうための準備を着々と進めているのだろうが、まだ具体的な日程は伏せられたままだ。
紙の角が指に立ち、墨の酸が鼻にささる。暖炉の灰が静かに落ちる音が、時折ひと粒だけ響いた。
そんなとき、侍従長のコルデオが急ぎ足で執務室へやって来た。落ち着いた面立ちではあるが、その目にはどこか焦りとも緊張とも言えない光が揺れている。
「陛下、ただいま緊急にお目通りを願う方がございます。……ヴァロワ侯の次女様にてございます。宰相派・伯爵派いずれにも与しない筋と存じますが、『どうしても陛下へ直に申し上げたいことがある』との由にて……」
「ヴァロワ侯といえば、領地の再建を優先して宰相派との距離を慎重に取っていたはず……。いったい何の用事なのかしら?」
名前を聞いて、わたしはすぐに思い出す。ヴァロワ侯は宰相派の誘いを受けながらも、あからさまには加担しないことで微妙なバランスを保っていたという話を耳にしていたからだ。
コルデオは声をひそめ、わたしの顔を窺うように言葉を続ける。
「『宰相と伯爵の背後に不穏の風聞あり』と申しておりました。護衛の目を忍び、直に陛下へ奏上すべく参った由。長居は叶いませぬとのことで……」
「なるほど。なら、通してもらえるかしら?」
「畏まりました。直ちにご案内仕ります」
コルデオの出ていく足音が消えるのを見届け、わたしは急ぎ侍従たちを下がらせるよう手配した。隣にはヴォルフが控えており、彼もまた警戒心を緩めずに扉のほうへ視線を送っている。
やがて、深緑のドレスを纏った令嬢が執務室に姿を現した。二十前後だろうか、瞳の奥には険しい決意が浮かび、きっと相当な覚悟でここへ来たのだろう。
扉が静かに閉じると、室内の空気はわずかに張り詰め、蝋燭の光が机の書類に淡く滲んだ。
彼女はわたしに気づくと、膝を折るほど深く一礼し、緊張でわずかに震える声で口を開いた。
「女王陛下、失礼をお許しくださいませ。わたくし、ヴァロワ侯の次女、ソフィアと申します。……父の名代として、どうしてもお伝え申し上げるべきことがあり、参上いたしました」
「コルデオから事情は伺っています。随分焦っておられる様子ですが、要件とはいったいどんな話なのでしょう?」
わたしがうながすと、ソフィアは一瞬、胸元の手袋を指で握りしめ、周囲をぐるりと見回した。まるで見張りがいないか確認するような目つきで、息を潜めるようにして言葉を継いだ。
「実は……父ヴァロワ侯が貴族院の席で耳にいたしましたところ、宰相派貴族らの間にて『伯爵と手を結び、男爵家を取り込む』との密議が交わされていた由にございます。加えて、『リシュアン殿さえ掌中に収めれば、女王陛下には“速やかに”ご退位願う』との言も……」
その内容を聞き、わたしは胸の奥がじわりと冷たくなるのを感じた。やはり彼らはわたしを早急に退位させ、リュシアン殿を擁立したい。ロゼリーヌさんの同意など最初から無視した上で、正統血筋の王を作り上げようという魂胆なのだろう。
「さらには、『宰相派に与するならば、領地再建の資金を融通する』との申し出まであったとのこと。父は『それでは国の筋目が歪む』と強く異を唱えましたが……諸侯の多くは困窮も深く、金の力に取り込まれる恐れが高うございます」
ソフィアがそう訴える姿には、焦りと恐れがにじんでいる。
大半の貴族が戦乱の後始末で財政難に喘ぐなか、宰相と伯爵が多額の資金をちらつかせて仲間を増やす――あまりにもわかりやすい手段だが、悲しいかな、効果的でもある。
「……知らせてくれて、本当にありがとう。ヴァロワ侯も苦しいお立場でしょうに、勇気ある行動をしてくださったのね。わたくしからも心から感謝を伝えたいわ」
ソフィアは少しだけ表情を和らげて、
「過分なお言葉、身に余ります」
と頭を下げる。それでも怯えを消しきれず、目元をおそるおそる伏せるようだった。
「父は、先王陛下の築かれた公正の御代に多大の恩を受けております。その御志を踏みにじる宰相派の思惑には、どうしても与し難いと……わたくしも同じ思いにございます」
その言葉にわたしの胸が熱くなる。
「わたくしも、あなた方の安全が脅かされぬように力を尽くすわ。どうかヴァロワ侯にお伝えください。……本当に、勇気あるご報告ありがとう」
「はい。どうかご自愛の上、ご用心あそばされませ……失礼いたします」
ソフィアは深く礼をしてから執務室を出ていく。彼女のドレスの裾が石床をかすめる音が遠ざかると、コルデオがそっと扉を閉め、室内には静かな空気が戻った。
わたしは一拍置いて息をつき、ヴォルフに目をやる。すると彼も険しい顔つきで言葉を漏らす。
「宰相は本気だな。金で貴族を買い、ロゼリーヌを従わせられなければ、リュシアンを強引に連れ去るつもりかもしれない。奴らにしてみれば、どんな手段でも構わんのだろう」
「ええ。もう、悠長に構えてなんていられないわ。――わたしたちも、一歩踏み込んで動かないと。もし宰相と伯爵が裏で手を組んでいる“証拠”を掴めれば、貴族院で堂々と糾弾できるはずだけど……そこまでにロゼリーヌさん親子がどんな目に遭わされるか分からない」
焦燥感が胸の内をひりひりと焼く。
伯爵が男爵領へ向かってしまえば、ロゼリーヌさんは防戦の暇もないまま、リシュアン殿と引き離されることになりかねない。それを阻止するには、こちらが先に手を打つしかないのだ。
「ヴォルフ、頼むわ。銀翼騎士団で、ロゼリーヌさんたちを護って。それから、わたしの書状を託すから、なんとしても彼女に届けて。きっと、不安でつらいはずだから……。
わたしは王宮を出られないけれど、宰相を牽制して、伯爵が動きづらい空気を作る。コルデオも補佐をお願いね」
わたしの言葉に、ヴォルフとコルデオは同時に力強く頷いてくれる。
王家の命運を握る鍵であるリシュアン殿と、その母ロゼリーヌさんを守るために、いまは手をこまねいている余裕などない。
そんなわたしたちの決意を試すかのように、窓から射し込む朝の陽光が一段と明るみを増すのを感じた。まるで“覚悟はできているか”と問いかけられているようで、思わず心が高鳴る。
「――やるしかないわね。宰相の思惑も、伯爵の野心も、わたしが阻んでみせる。ロゼリーヌさんとリシュアン殿を絶対に守るのよ」
地図の端が指に張りつき、心拍が紙の上で数えるように整っていく。
そう固く誓い、わたしは執務机の上に地図を広げる。男爵領へ至る道筋を眼差しでなぞりながら、銀翼騎士団の配置や偵察のルートを頭の中で組み立てていく。
嵐の前の静けさはもう終わり。宰相や伯爵に先んじられる前に、わたしたちのほうから動き出さなくてはならない。
次に宰相と伯爵が本腰を入れて動くときこそ、わたしにとってもこの国にとっても正念場となるだろう。
だけど、ここで怯んでは何も守れない。先王――メービスの“父”が望んだ平穏を継ぐ者として、今こそ王宮に渦巻く陰謀を打ち砕かねばならないのだから。




